木曜日, 3月 14, 2019

その道はいつか近道

川というのは人類に水を供給する大事な役割があるが、地域を区切り時には国境・県境・州境と地域の境になる。この境界がよい線引きになる場合もあれば分断となる場合もあると思う。
その川の向こう側に行きたい。そして人類は橋を架けた。これにより移動の自由度が高まり経済文化政治と各方面での交流から発展へと繋がった。。。

ぐだぐだ書いているが、要は近所にある橋を使うと車で移動したとしても目的地に上手く行くと15分以上早くつける。そんな橋について。

先日、諸事情もろもろで救急車に乗ることになった。実は人生初である。そして目的地へと動き出した。そう、さっき話した目的地へだ。
果たして、左折の道を右折!!!大通りを通って目的地へ。もちろん橋は使っていない。緊急車両なので特性上10分以内で到着した。

「なぜ橋を使わない!?」と右折時に思い、そしてなるほどおそらく「だから橋は使えない!!」と自分で納得。
その橋は片側1車線の2車線の道。もし橋が何かで渋滞したら身動きが取れなくなってしまうおそれがある。だから道幅の広い大通りを使ったのかと。1人社内で「ほ~!」と感動していたのでした。なんでも経験ですねー。。。苦笑

パトカーや救急車・消防車などに搭載されているGPSは通常とは違うルートを算出するように出来ているのかもしれない。
この前実家でおとんとカーナビの話になってもう「みんなスマホ持って買う奴おらんのちゃうか。無理から車に抱きかかえで付けて売らなあかんで。某PCみたいに」などと話していたのですが、なるほど!これがGPSの生きる道。専門仕様と一般仕様での競争が出来るか。ビジネスの芽は色んな所に落ちてるぞ!!

いやこれなんてかなり進んでる事象のはずやし、あんたが酔っぱらって気付かんと踏みつぶしていただけや!
下を向いて歩こうーよ。。。なんか違う!!

火曜日, 3月 05, 2019

出がらしのようなネタからの。。。

たぶんすでに色んな所で語られているであろうネタの気がするけど、敢えて自分へのメモとして。

Star Wars に出てくるC3POとR2D2
こういったお助けキャラは的な存在はアニメなどでもよく出てくる。それを将来こんな世の中になるのかなって思っていた。

現在みんなが持つスマホ・タブレットもは正しくこれらの役割をこなしている。タブレットは大きさやポータブルという意味で少し当てはまらないかもしれないけど。

果てさて、スマホがR2D2だー!なんて事を記しておきたいのではなくて本題はここから。
当時の未来的描写が実際に実現されたなんてケースはたくさん議論されていて、back to the futureに出てくる品々・マイノリティーレポートの個別広告・ドラえもんのアイテムなどなど。
それを踏まえて今のSF映画に出てるアイテムで未来志向なものって何やろう?マトリックスでヘリの使い方をダウンロードするとか、自分のクローンを作るとか肉体的や倫理的に議論を呼ぶもので半句純粋なテクノロジーで未来を描写できてるのってなんやろうと。
空間に広がるディスプレイをタッチするとかアイアンマンスーツとかは確かに未来描写ではあるけど、実現性が高くてありえそうで空想度的に低いと思う。

そういう風に映画を観てないなって。なんかそこまでぶっ飛んだ発送に出会ってないな、いや厳密には見つけれてない気付けてないなって。想像力の向こう側。この視点忘れないようしたいです。

今の流行はリアリティを持った過去の正確な再現なのかもしれない。素晴らしいけどテクノロジーの向かう道として、僕は何かを想像してほしいなと。某へみあんな映画をトータル4回も観て言ってる僕。説得力という想像がたりなし。。。あーーー!!

土曜日, 3月 02, 2019

降水確率50%は十円を投げて平等院が出たら雨より正しいのか!?

先日の話。知人との会話の中でアメリが大統領の話になり真面目なオバマ前大統領でも上手くいかず、イテマエ的なトランプ現大統領でも成功とまではならないと言った会話の中で「次はAI大統領ですね、愛されますよ」なんて話していた。

そんな会話から去年聞いた機械学習とAIの違いとそれをごっちゃになってる人が多いと言う話となり、各々読んでる話から物理や数学の話題まで広がり自然法則を数式で表してきた先人たちの偉大さに感銘して一旦会話は終わった。

チェスや将棋でプログラムが自分のディープラーニングから僕たちの予想を超えた解を出す。何故そうなのかはそのプログラム(AI)しか分からないブラックボックスなのだが、解の精度が高いたAIスゴイに目がいってこの「なぜこの解が導かれたのか」に注目が集まらない。

The Man Who Knew Infinity (奇蹟がくれた数式)」という映画がある。素晴らしい数式を導き出す数学者のお話。インドからイギリス・ケンブリッジでさらなる数学の高みを目指す中で「proof」証明を何度も要求される。主人公は数式は完璧だと言う、指導教官もそれは感じているが証明をひたすら求める。そして種名の精度が上がり批判的だった数学者も彼の仕事の凄さを認めるようになる。これは実話に基づいた映画で、対象が数学的命題が故に批判者が多い中から始り数式を描けた事実の凄さとそれが確立される事実を体感できる。コンピュータのない時代に。

AIの出す答えが日常生活で100点を連発するようになった時、誰がこのブラックボックスの証明を試みるのだろうか。それは遠い昔の天動説・地動説のような論争になるかもしれない。自然を記述してきた人間は今後AIが描く世界を記述できるのか。あるいは自然を翻訳したAIの言語を理解できるのかとか。AIの世界観の定義がどこまでできるのか。僕はこれはかなり大事な事柄な気がしてならなんだけど、どうなんやろうか。。。

ただの酔っ払いの戯言なのか、とてつもない気付きなのか。だれか教えて!!アイちゃんだけが知ってるのかな!?テヘヘヘ。。。