水曜日, 3月 02, 2016

7th book on 2016(237)

サルトル―「人間」の思想の可能性 (岩波新書 新赤版 (948)) 新書
海老坂 武  (著)
岩波書店 (2005/5/20)

サルトルとに興味を抱いたのはひょんなきっかけでした。買ったこの本も少し開いて積読に。そして、またあるきっかけによって読もうと。

哲学的な問い「存在」や「無」「自己」など。普段の日常で考えることなんて普通に暮らしている人野中にどれぐらいいるのだろう。ましてや解を求め悩み苦しむ人なんて。
でも、そんな壁が現れる時が突然あったりするのです。その際、人が培ったものが表に晒されるのかもしれません、慟哭したり打ちひしがれたり。そうならない事が良いわけでもないし、そうするのが普通でもないのだと思う。

戦争の中を生き、拷問も受け、ナチスや戦後の社会主義運動も身近だったサルトル。サルトルだけでなく、やはり哲学を語る人が生まれのには土壌があるのではと読みながら感じた。なぜなら戦争は根本的な問いが目の前に現れるような気がする。今の日本の安保法案を議論している人には到底「現実」としては現れていないと思う。そして「その現実」は実際にはとんでもない劇薬なのだろう。それに対して取り組むこと。哲学者と言うのはある意味で中毒症状を起こした人たちなのかもしれない。

知らなかったけどノーベル文学賞を拒否したサルトルの姿勢というのは、筆者があとがきに書いた「サルトルは、少年時代から死の直前まで、<人間>とは何かを問い続けていた人である」としての象徴なのかもしれない。問いにゴールはあるのか。

たくさんの問いに挑んだ証を僕たちは読むことが出来る、ただしそれは読者にとっての答えではないかもしれない。でもふと立ち止まって彼が向かい合った「存在」「無」「自己」などを考えてみるのも必要だと思う。なぜか僕は好きな方である。そしてたまに鬱になるのだ。だから今の職業は合っているのかもとも思う。それをスカッと気にしないためにも今日も酒を飲むのである。サルトルさんなら簡単に論破できるこのロジックに噛り付いて生きる僕は「嘔吐」する、飲みすぎて。。。

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