日曜日, 5月 26, 2019

2019年7-8冊目(335-6) + 雑誌

イチローに糸井重里が聞く (朝日文庫)
「キャッチボール」製作委員会 (著)
朝日新聞出版; 新装版 (2019/4/16)

Number(ナンバー)976号「完全保存版 イチロー戦記。」
(Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー)) 雑誌
文藝春秋 (2019/4/11)

敗れても 敗れても ――東大野球部「百年」の奮戦 (単行本)
門田 隆将  (著)
中央公論新社 (2018/5/18)


失敗をすることから学ぶ。学習は人間を含め動物にも備わった能力だが、イチロー選手はそれをかなり深いレベルて行う事を2004年の段階で相当に実行していたのをこの糸井重里さんとの対談本を読むとよく分かります。ここからさらにその作業を極めていくことはイチロー選手が残している言葉やnumberのインタビューから十二分に感じ取ることが出来るのはきっと僕だけではないと思う。

自分との対話の中で見つけ出した神髄も脳科学の進展やAIの発展に伴って「成功」や「適正」の1つの形として提示される可能があり、その出来上がったフォーマットに従って進むだけで実際に成果を上げることが出来る未来がすぐそこに来ているように感じる。

少し前に映画にもなった「マネーボール」で話題になったセイバーメトリクスという考え方。身近になると仰木マジックに野村ID野球など、戦術にデータが関わっているのは感じれました。そこに昨今言われるビッグデータ。中継などでもたくさんのデータが放送中に出てきます。  よりよく過ごすためにみんなが使う検索もデータベースと言う過去の蓄積の賜物です。監督が使うべきデータと選手が使うべきデータ。野球を楽しむために観るデータ。

それぞれの良い点と悪い点を踏まえて、先日引退したイチロー選手がその記者会見の中で言及した「頭を使わない野球」と言う言葉。つまり頭を使う野球がある。その好例と言えるべきものがこの東京大学硬式野球部なのかもしれないとこの「敗れても 敗れても」を読んで強く思った。彼らだからこそ適性のフォーマットを自分たちで作り上げることも、彼らだからこそ完成されたフォーマットを理解し実践できることもありえる。ただ似てるようで全く異なるこの2つの間にイチローさんの言葉が存在するのかもしれない。 

なぜ東京大が東京六大学のひと枠なのかは歴史を辿ることで腑に落ちたし、ひと昔に「大学に行く」や「野球をする」という事がどういう意味があったのかは多様な価値観が存在する今だからこそもう一度考えてみるのは意味のある事ではないかと思ったのである。広める誰かが存在したし、その誰かがどのような存在であったのか。色んな機会を得る可能性を広げるには何をすることが近道なのか。運動と学問。  これはさっきのフォーマットをどう捉えるかに似ているかもしれない。

深いです。自分の研究分野にも当てはめれるような問いの提示でした。僕自身も向き合わないといけない。答えが出る時には何浪やろう。。。
こんなんじゃ、一生無理やな。。。

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