火曜日, 5月 19, 2015

結果から学ぶ

結果は結果として受け止めないといけませんが感想としては一言、

残念。

開票後に出たデータも踏まえて少し記しておこうと思います。

この写真

http://www.asahi.com/articles/ASH5L3CGXH5LPTIL00J.htmlより

地域差で票割れたという。アメリカの大統領選挙のようで斬新でした。区の割り方も影響したのでしょう。あと住民の年齢層なども。
資本的なもの(大阪駅とか)があるエリアの区、将来北区となるところだったところの賛成の数。
そしてそれ以外になるのかな。

それ以外の区へ。無いから作れる。一から自分たちでデザインできる。といったゼロからイチを生み出すことに戸惑った。つまり生み出されたイチを百まで守りたい、なのでしょうか。

あと世代間の票。若い人たちは賛成票が多かった。でも70歳以上と言った上の世代は反対多数。


http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1840548.htmlより

上も変化の話と呼応するでしょう。ただ投票率が70%近かったのは評価すべきことだと思う。

加えて経済効果の試算が1つから2桁賛成派と反対派で違う。嘘ついてるとか分からないとか言う人が多かったとも。反対派で一億円ぐらいという試算。


これらを踏まえて。大阪がどんどん力が落ちているそれをどうするかのための案としての都構想だった。つまり現状を打破することに意味があった。でも多くの人がそれを拒んだ。ってことはどんどん落ちぶれていいんだって。反対派がほとんど対案を出さなかったようだし。

残念。

実は学ぶべきは東北の被災地の復興の現状でしょう。地震・津波・放射能である意味無に帰したとから作り上げる。色々な成功体験をしている地域がある。
印象に残っているのは、津田大介さんのメルマガ「メディアの現場」のvol.159の「だれのための復興なのか?小名浜と女川町、それぞれの4年」の中で女川町の都市計画に関するくだり

津田:その柔軟さも女川の町づくり計画に欠かせないものだと思っていて、ま
ず計画に関わる人たちが若いんですよね。これは女川FRKを呼びかけた高橋さん
の鶴の一声で決まったもので、当時還暦だった高橋さんが「60代は口を出すな。
50代は口を出してもいいけど手は出すな」と言ったらしくて。これから町がで
きあがるのに最低10年、その町づくりを評価されるまでにはさらに10年かかる
と考えたとき、いまの50代60代には責任が取れないからだということでしたが、
なかなかできることじゃないですよ。(メルマガより転載)

現状に投じるのではなく未来に投じて欲しかった。上の世代の人たちに。
と言っても変化によってただでさえ生活の不安がある上の世代、景気の影響もあったでしょう。でも、あえて動いてくれればと内心思っては居ました。

経済効果にしても1億円でも出ればええやん。マイナスじゃないねんから。要は都構想をすれば最低一億円の経済効果とそれによって生まれるメリット。僕はこのマイナスじゃないっていうのに意味があって、反対派は「一億円しかないんですよ、でも僕らが考える都構想に変わる政策では○○億円です」って言うのが筋でしょって思うねんけど。。。

親だって子供に「なんでイヤやの?」「なんで行きたくないの?」って理由を聞くのにね。
しかし、これは自分の意思を投じる行動であるので強制はできない。この際には通じる「嫌なものはイヤ」。民主主義の風圧を僕自身初めて感じた気がしました。

両親の投票行動や感想など聞いた時、これは無理だなとは思いました。
政策でも人気でも人柄でも勝てないんです。まんべなく秀でないと勝てないですね。

とてもとても感じることが多かったです。
でも、一点。曇りなく思っていること。生まれ育った大好きな大阪にはいい意味で目立ってて欲しい。ずっと。

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