木曜日, 2月 09, 2012

浸る

人の出入りはある季節ごとにあるし、今の状態がどれだけ続くかなんて分からない。

現状維持。

そういった観点で、今とても恵まれているとふと思った。
でも、以前にもこのようなコメントを書いた記事があるのを知っている。探してリンクを貼らないのはめんどうかさいからです。すんません。

何をもって良しとするかは難しいけど、当時コメントを残した時よりアクティビティとして今の方が勝っている気がする。
その中に入れる自分に改めてラッキーだなと思います。

次回このようなコメントを残す時は今以上ですね。

ありがとうございます。

火曜日, 2月 07, 2012

ZZzz...

いんから眠りにつきます。幸せです。
でも、こんなにリスキーな状況はないよね。究極に無防備。寝床という家があるからいいけど。そんな状況を考えると脳が欲する睡眠は大切にしたいね。
今から僕、無防備。いやん…。

水曜日, 1月 25, 2012

メッセージ

また連投。
なんや書く時は色々かんがえてる時なんか!?

あるコメント。ある発表。あるニュース。
99%は「へー」としか感じない。あるいはただの出来事。


でも、1%は愕然または狂喜乱舞。

まぁ、今日色々考えるとそんなことを体験した1%です。

見たときの衝撃といったら。ねぇ。
でも、それから約12時間ぐらい経ちましたが僕的にはエエ流れかなと。
その代わり、早足ですわな。
そんな物理的制約でモノが進むのも人生でしょう。
逆に進むきっかけを作ってくれたと。なぜなら…。
ね、ネタです。表現です。やらしい人間なので両方しましょ。がんばりましょ。

stay positive

明日はあるなぁ~。

火曜日, 1月 24, 2012

えー、寒い季節になりましてー。
落語の始まり的ニュアンスのつもりですが、自分的に「話」「ネタ」を考察する機会がありました。

きっかけは、DVD紳竜の研究からです。
NSCの生徒に特別講義を行なう島田紳助氏がいう一言。
「(島田)洋七さん観てたら怒ると思うけど、絶対に(B&B)に勝てると思った。なぜならネタが面白いから。」
島田紳助氏はB&Bの洋七師匠が作るネタは今も色あせずにずっと面白い。でも、世の中で売れるためには「しゃべってる本人」が「面白い奴」として認識されないといけないという下りです。

そこで浮かんだのがテレビ番組「すべらない話」。
コンセプトは何回同じ話をしてもよい。そしておそらく過去に「人のすべらない話をしゃべる」とう回もあったと思う。こういった趣旨を考慮すると、面白い話はとにかく面白い。
ネタが全て的に聞こえないことはない。

M-1グランプリを思い浮かべる。過去10回。毎年その年のおもろいネタ8本+決勝3ネタ(第1回は2つ)を観れる。でもその中で何回見ても面白いネタがある。例えば伝説といっても言い笑い飯の歴史民族博物館。それはネタ中のネタといってもいい、ホームラン的なネタなのだろう。
流れ的にこれは、すべらない話あるいはB&Bの漫才になる。
でも本当にそうなのか?あのネタを麒麟が千鳥が中川家がいとしこいし先生がしても大爆笑なのか?

今日ある人のセミナー(仕事・研究関係)を聞いた。彼は同僚の面白い内容(ネタ)を使わせてもらった。
だが、ここまで話す人が変わると意味が分からないかというぐらいスベっていた。
僕のデータをボスが話すとき、僕以上にそのデータのインパクトを上手く話してくれる。
そこには理解度・知識・経験が必ず関与するのだなと切に思う瞬間である。

さぁ、何がいったい面白いのだろう。
どんなものでも面白く出来る人。どんなつまらない人でも笑いを取れる話。
どちらを求め作るのがすばらしいのだろう。或いは、どちらを目指すべきなのか。

自分にしか出来ないこと。自分しか表現できないこと。
表現とは「おもしろい奴」なのか「おもしろいネタ」なのか。
笑うとか感動するってこんなにも単純でないのか。
でも、簡単に求めてしまうのですね。

向き不向きと対峙する人との関係性。
人を笑わすとは、人に「ほー」と思わせるのはこうもややこしいのかと。
表現。
人は僕の何に反応しているのだろうか。自分と話してみたいと思った今日この頃。

水曜日, 1月 18, 2012

公式記録への道

今日2つ目の投稿。なんや極端やな…。

向こうは「あほか」とか「なんじゃこれ」って思うことが、こっちにとっては当たり前に思うこと。当然その逆もあるわけで。
こっちが知ってもらいたい事と、相手がコメントを付ける所の隙間を埋める方法。

知らない人に分かってもらうと言う作業は難しいですね。
でもこの作業、後々考えるとやってよかった!と過去の傾向から言えるので今回もそうなる気がします。

まぁ、すっとは行かなかったけど前進。ゴール前でパスを貰った感じでしょうか。
うまく修正してシュートしないといけまへん。3月までにゴールできたらOKってことで議論を煮詰めよーー。

2012年の目標

大晦日の投稿で明日書くと書いておきながら一月も半分経過。
忘れていたわけではなく、少し1月を過ごしてからでもいいんじゃないかな?と。
やろうと思って始めて上手く行かない時のトラブルシューティング的な試運転をやってみました。

で、今年の目標は

去年以上

毎年新しいことを加えたりするけど、まず比較対照を設定して上げていくのもいいのかなと。
例を挙げれば去年より本を読むとか。去年より旅に出るとか。

仕事に関しては既に新しいのが2つ始まっているので、それを軌道にのせないといけないし。
日々なんや起るので楽しむことが大事でしょう。人生愉快犯を突き進むのみです。

あー、今日は帰って本読もう。すでに出遅れ気味…

土曜日, 12月 31, 2011

2011年の総括

なんと12月最初の投稿が総括とは…。

日本はもう明けましたが、こちらは残す所あと2時間です。

今年立てた目標をまず。
1つ目「変化にうまく対応する。」
2つ目「自分の手で」。
3つ目「英語の本を読む」

1つ目。
今頃は英国で年を越すものだと思っていました。それが諸事情諸々でいまもアメリカ。
行く行かない行けた行けないは結果論になりますが、人事を尽くして天命を待つ状態で行けなかった。
だから今は行くな!ということなんやと理解してます。現に色々新しいことを始めさせてもらってます。
その点では、うまく対応したと思います。

2つ目。
データが揃わないから書けないという点が常にあるので難しいですが、達成できずです。
長いこと引っ張ってますが、前提として書ける状態を完全に整えることから始めないといけませんね。
来年こそは!!

3つ目。
絵に描いた餅でした。読みさし。スティーブジョブスの伝記も買って少し開いただけ。
日本語の本も今年はあまり読めていないので当然ですね。買ったのはしっかり読もうと思います。

その他。
3つ目と関連しますが、メルマガを昨年より3倍の数を購読。twitterを本格始動。facebookでセルフブランディングに挑戦。といった具合にまぁ正直やることが増えた一年です。おかげで本が溜まりに溜まってます。
そう言った点では新しい挑戦を始めたのでとても面白かったですね。今の状況でコンスタントに読書などを消化できるように”慣れないと”いけないですね。世の人たちの生活実態が興味あります。僕の今の状況は基準として上出来なのかまだまだなのか。
それとは別に上げて行かないと。

あと、今年の大きな変化は「たくさんの人に出会えたこと」です。
本当に幅ができました。僕がどうこうでなく、出会える場を提供してくださった方々に本当に感謝です。ありがとうございます。人との出会いは財産ですね。
でも、上手く発展できなかった方々がたくさん居ます。自分の力不足もありますが。
いろんな世界を感じていきたいですね!!

そんなこんなで、目標はあまり達成できてませんがエエ一年でした!
色々な出来事があって考える時間もありましたが、全体的におもろかった!!
皆様に感謝の一言ですね。ありがとうございます!来年もよろしくです!!

ちなみに明日来年も目標等を書きますが、今感じている来年。
2012年は自分にとってとてつもない年になりそうということです。
何がどうとかではなく、肌で感じる予想・予感というか。
気合入れて行きます。たくさんわろてやるさかいに!!

Have a happy New Year!!
飲んだ暮れ最高~

日曜日, 11月 27, 2011

書評23(その66)

フーゾクの日本史
著:岩永 文夫
出版社(発売日):講談社 (2011/4/21)

はい、分かりやすく言うならエロの変遷です。しかし侮ってはいけません。
そこには示唆に富む記述がたくさんあります。

スタートは万葉集から始まります。
そんな時代から娼婦や風俗といった形態の職種があったとうことです。
それが今まで続いているのです。
時代の変遷と共に営業形態・法律の整備や取締り・地区など大きなダイナミクスの中で今も存在しているので。

外交問題の関連に娼婦の話が出てくるなど、いろんな事象との関連性が見えてきます。

風俗がなぜこんなに昔から存在するの?
男性が求めるから?女性が生活をするために?でも、需要が?でも供給があるんでしょ?
いたちごっこのような話ですが、人間の三大欲の一つ性欲と社会・文化を考えるには面白い本だと思います。

日本に帰ったら…。

書評22(その65)

三陸海岸大津波
著:吉村 昭
出版社(発売日):文藝春秋 (2004/3/12)

これを読んで一言。なんでもっと早くこの本の存在がクローズアップされなかったのか??

過去に三陸で起きた津波の記録です。今回の震災も凄まじいですが、過去の記録も凄まじいです。
文庫本ですぐに読みきれると思います。

あの震災後、こういった過去の本や古文書の分析が行われるようになりましたが遅いですよね。

誰の仕事なのでしょうか?
学者は調べた結果をもっと広げるアカウンタビリティー。
マスコミはそれを見つけ問題提起する必要性。
さて、それがちゃんと出来ているのか??
今後の為にもしっかり修正していきたいですね。

そして、改めて日本に帰ったら東北に足を運ぼうと思いました。

書評21(その64)

大発見の思考法
著:山中 伸弥, 益川 敏英
出版社(発売日): 文藝春秋 (2011/1/19)

ノーベル賞学者の益川さんと、次期ノーベル賞候補の山中先生との対談本です。
最後のあとがきに僕個人的に「やられたー」という出来事もありましたが。

内容としてはどうやって発見(益川さんの場合はノーベル賞の、山中先生の場合はiPS細胞)したかが書いてあります。
内容はサイエンスのプロセスですが、やり方考え方は相対化すると普通の社会にも通用すると思います。

僕が常日頃感じていたことが、所々オーバーラップしていてがんばろうと心底思いました。
思考停止にならないようにしたいものです。知的好奇心で仕事を出来ている現状に本当に感謝です。

あとお二方の研究の意味や意義も理解できるので(対談形式なので分かりやすいです)いいと思います。

でも、学問の細分化をとても感じます。出版にあたりそういう風にしたのかもしれませんが(お二人とも博士・教授ですし)、双方の研究の深さを対談で実感している感が伝わります。
自分はもっといろんなことを(サイエンスにおいても)知りたいと改めて思いました。

「うまくいかない」とか「どうしたらええんやろ」とか八方塞の方にはお勧めかもしれません。

あー、がんばろ!!

書評20(その63)

ことばと思考
著:今井 むつみ
出版社(発売日): 岩波書店 (2010/10/21)

今年読んだ本のなかでかなりのスマッシュヒットです。
おもしろい!!
内容は言語・思考・認識と言った問題を扱って、科学的な実験結果の話お出てきます。でもここにあるエッセンスは多言語だけでなく自言語を使って人と分かり合うというえで、極めて面白い話がいっぱいです。

なんでtakeとかhaveって辞書引いたらむっさ意味あるねん!!
なんでアメリカでは青信号をグリーンやねん!!
といった言語間の隙間を見事に埋め合わせてくれた気がしました。
その言語特有のこだわりとでも言うのでしょうか。
それにこだわってるのにそれ適当かい!?みたいな。
そういった面白い視点をたくさん与えてくれます。

次の角を右に。次の角を東に。
この両者(こういったふうに上下左右で表現する言語と東西南北で表現する言語があるんですって!)が実生活でイメージたらどれだけ面白いと思います??

言語を発する際には脳による認識があるわけで。
何気ない世界に・その国に生まれたから、意識する・認識する・区別するもの。
どうしてそうなったの??

本当に普段は意識しない前提に問いかけを与えてくれる面白い本です。

もうひと言語なんとか学びたいなぁ~

書評19(その62)

決断できない日本人
著:ケビン・メア
出版社(発売日): 文藝春秋 (2011/8/18)

「沖縄はゆすりの名人」と言ったことが報道され、国務省日本部長を解任されたメアさんの著書です。

テレビ番組等でメアさんが話しているのを聞きましたが、日本語がとても上手です。しかも話しておられる内容は外交安保や政治経済といったもの。アメリカのテレビ番組でこの手の内容に対してアメリカ人ジャーナリストや評論家と丁々発止議論できる日本人がいるのかなと思ったのが最初の感想です。

さて、内容ですが東日本大震災時に日本とアメリカのパイプ役をされた方なので色々なやり取りについて書いてあります。冷却材の提供や東電とのやりとりなど。
他には沖縄の総領事を勤めたことがあるメアさん。基地問題や沖縄の話。
次に、役職を経た経験者の視点から述べられる日米関係の詳細。
などなど。
僕はこの本に書かれていることはおおむね信用できると思ったのと同時に、アメリカ政府と日本政府といった相互関係におけるスタンスの違いを感じました。

当事者性

アメリカ政府がいかに福島原発の危険性を危惧し対応したか、他国なのに。
日本政府と東京電力がいったいどんな対応をしたか、自国なのに。

物事が起きたときにそれを「自分が」、「この先」あるいは「彼が彼女が」どうなるか。その比率がどうなるのか。
保身と言うのは「自分が」という比率が高いと思います。
で、日本政府や東京電力などは…。現在の官僚・政治家は…。

その視点を持つきっかけにはとてもいい本だと思います。
比較対照を元に自分がどうあるべきか考えて生きてゆきたいですね。

当事者性…。この一杯でやめておこうか…。

水曜日, 11月 16, 2011

はしる

youtubeで2つの動画を観て感じたこと。

1つ目、この前のWBC(野球のワールドカップ)で代表に選ばれた西武の片岡選手。
盗塁。塁間マネジメントと言う言葉は凄くインパクトがあった。足で代表に選ばれたと言ってた。
彼を指導したコーチの方が言った言葉「足は裏切らない(嘘をつかないやったかも)」を鮮明に覚えている。
そう、の動画はもう数年前に見たもの。今は残っているのか分からない。

そして、2つ目。
サッカー日本代表を初めてフランスワールドカップに導いた劇的ゴール。それを放った岡野選手。
その岡野選手と中田英さんとの関係の動画。

走る。至極基本な運動行為。質はどうあれ基本的に皆走れる。
走る。至極基本名運動行為。速く走るという素朴な質に皆が競う。

その走ることで、トップに立つ。
才能?天性?
でもそれは運動の基本である。

たかが走る。されど走る。

なんでもない、当たり前に僕たちはどれだけ向き合えているのだろうか。

基本の前に前提する当たり前と言う名の基本。
しかしその基本は下手をすると個人差というもので議論されない性質かも。

飛ぶもそうかも。気付くもそうかも。考えるもそうかも。
さぁ、そもそもの原点に帰る世界にようこそ笑

火曜日, 10月 25, 2011

ありがとう

声を掛けてくれる方が居る。ありがとう。

心配して下さる方が居る。ありがとう。

信頼してくれる方が居る。ありがとう。

一緒に喜んでくださる人が居る。ありがとう。

一緒に悲しんでくれる人が居る。ありがとう。

しょうもない事に付き合ってくださる人が居る。ありがとう。

時に叱咤激励をくださる人が居る。ありがとう。

僕はあなたのありがとうになれているのかな。

考えるチャンスをありがとう。

僕は僕でしかないけど、こんな僕であり続けます。

笑いを。感謝と共に。

ありがとう。

土曜日, 10月 01, 2011

企画構成

僕は本当によく夢を見ます。

夢と言うのは脳の海馬が記憶の整理をしている時に見ると聞きます。

最近見る夢は本当に面白かったり、オチが利いてたり、突飛だったり。
まぁー、楽しませてもらっています。

脳が整理の過程で作る「作品」を見て笑ったり・びびったり・感心する自分。
まてまて、作品を見てる自分と作っている自分は同じ自分の脳。

夢の過程で「自分の要求を反応させたい」と思うときがある。
かわいい女子が出てきたら、エロいかんじにならんかなとか(すんません、男性のしょうもない欲求です)。

今日見た夢は映画「アイアンマン」のよう。敵に襲われそうになって「頼む機能してくれ!!」と強大なパワーを発生するライターみたいなものを握り締める自分。でもこれが機能したら死ぬかも。
で、きわきわで機能して敵をやっつける自分。そのギリギリ感。作品としては「おもしろい!」
でも、自分が寝てる夢で…。もっと気持ちいい快適な展開にしようよ!

じゃー、この夢の企画構成は誰がしているのか?
僕の脳みそ。
じゃー、僕の思考は僕の意思に即しているのか?

寝てるという究極な「プライベートな空間」でさえ、実世界のような不確定要素に支配されているのか?
では、誰もしらない構成作家が頭に居るのか??

うーーーん。寝ながら考えよう!
これも夢だったり!?

とりあえず、もう一杯!!

金曜日, 9月 30, 2011

受験生という期間

久々にドラマ・ドラゴン桜を見ています。
そして、思い出すのは受験して2年間予備校と言う迷路を彷徨っていた日々。

今ふと思うと、なんとも実は贅沢な時間だったのかなと思う。

なぜなら、勉強をして答えを導くだけでよかった日々。
予備校内で一応受験のプロと呼ばれる先生の話を聞ける。
同じ境遇の人が全国に何千人といて、たとえ大学に落ちても同じように落ちる人がいる。

授業料とか受験料とか費用は浪人生だとかかるけど、現役生だと高校の生活の一部としてある受験と言うプロセス(もちろん全ての高校生がそうでないのは知っている)。

苦痛と思えばそれまでだけど、与えられる教材・テストをこなし授業に出る。
上手く表現できないけど、実はこんなにも考える・モノに取り組むことってなかなかないんちゃうかな。

そして、必ず答えがある。

社会において仕事において”答え”とは?
既存のもの(答え)を必死で探して、いい点とって、誉められる。
こんなことって実社会ではそんなに無いのでは?

そう思うとあの日々は実は貴重なおもしろい時間だったなと思ったのでした。

今僕に欲しい答え。もっと飲んでええよという言葉…

火曜日, 9月 27, 2011

帰宅難民から考える

日本を襲った大型台風の時のニュースを見ています。
リアルタイムではtwitterでフォローしていたので山手線が止まったり名古屋が水浸しになったり被災地の仮設住宅が水浸しになったりは知っていました。

見ているニュースでバスを待つ人でごった返した駅の情景が映し出されていました。
そう、電車が止まっていてバスしかない。だから。
ふと…。タクシーの利用者はどうなっているのか?
タクシーが長蛇の列をなして駅前に並んでいるの光景は、僕が日本に帰った際など見ていました。
その競争でワンコインタクシーがでてきたり。
タクシーは不足していたのか、利用者がいなかったのか。
後者の場合は相当に景気・経済を判断する基準になったり?
早く帰りたいよりもバスを待つ。
いやいや、タクシーって選択肢は一切脳裏に無かったですとは言わせないです。もし無かったらタクシーのハードルがそれだけ高い?
考え方次第だと、タクシーを使うより待ったほうがいいという判断基準。
何時帰れるか分からない状況で、安息を求める判断基準の変化があったり?
バブルの時期なら?
示唆に富みすぎです。非日常は日常を考える鏡です。

次は、危機察知能力。
アメリカなら、この事態が予測される日に出勤してくる人はいるのか?
台風の強さが分かっていて、電車も止まる可能性がある。
そこで出勤する。或いは早く帰れない。そして帰宅難民。
想像力の欠如なのか、敢えてなのか?エム??
いやいや。
でも、平日やし出勤するのは当たり前やん。というコメントは分かります。むしろ当たり前。「におもえる」とここではつけます。
そこで一日休むリスクと、来るリスク。どんな時間を消費するのか。
それを考えたら、僕は行きたくないなぁー。
僕は企業で働いていないから机上の空論かもしれない。でも、現実問題として思考する価値はあるのでは?
ルールを守るのは大事だけど、ルールに縛られるのは違う気がする。

ぶと、考える機会をくれた台風でした。

土曜日, 9月 24, 2011

書評18(その61)

鉄道員裏物語-現役鉄道員が明かす鉄道の謎
著:大井 良
出版社(発売日)
彩図社 (2010/10/22)

日ごろ乗っている電車。そこで働いている人たちの勤務体系などとても「へー!」と言うことがありました。
改札を通る時にちらりと見える駅員室の中、今考えると「あー、なるほどなど」って思ってしまいます。

なにげなく過ごしている日常、でもその場所場所で勤務している人が居る。
その人がどんな勤務体系か?
絶対に気にすることが無い限り、どんな詳細なのかは知らないというか気にならないと思う。でももし断片でも知れたら、印象とかって変わるのかなって思いました。
無意識に色々なことをスルーしていると改めて感じた次第です。

逆にいうと、自分の仕事も周りから見るとそうなのだろうなと。
見る、見られる。意識、無意識。
日々、当たり前に動いていること。それを支える人。動かす人。

自分の仕事をまた客観的に見れました。

改めて、電車に乗りたくなりました。

書評17(その60)

博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか?
著:榎木 英介
出版社(発売日)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/11/16)

自分のやっている職業を客観的に見てみました。といった感じでしょうか。
いまいるポジションというか肩書き、僕は点として2010年に取得しました。が、流れがあってどのような政策が過去に採られてきたのか読むことが出来てよかったです。

書評2(その44)で書いた本は文型的な視点ですが、この本は自分が属する理系の現状を書いていてとても参考になりました。
この2つを含めてサイエンスや大学院というものを見てもらえると幸いです。

そして、改めて僕は恵まれているなと思った。そしてがんばらないといけないなと。

研究って面白いんですよ!お金にはならないですが。
それをもっと発信しないといけないとも感じました。
なぜ人は働くのか?なぜ人は勉強するのか?肩書きって?
相対的な中の具体的な自分。

10年後とか少し先にもう一度読んでみたいですね。どう変化して、何を感じるか。
とにかく実験します。明日から!(今日は昼酒万歳です…)

書評16(その59)

二畳で豊かに住む(集英社新書)

著:西 和夫
出版社(発売日)集英社 (2011/3/17)

この本で登場するのは夏目漱石・高村光太郎そして正岡子規といった方々です。

彼らは、二畳程度の広さ(狭さ!?)で生活していた描写が記されています。

震災後、脱原発が論点になっています。ここで述べるのあれですが、僕の意見を。

将来的に脱原発は当然だと思います。でも議論が今止めるかどうか。そんなに簡単に止めれるのでしょうか?というのが僕の論点。減らしていく・止めていく道筋を作るべきでしょう。

この夏電力不足が叫ばれました。でも結果的には足りた。

じゃー、足りたからOKなのか?もしこのような危機感がないままに夏を過ごしていたらOKだった?

安定に供給できるというのが企業にとっては大事で。企業も自家発電をかなり動かしたのでは?

見える結果でなくプロセスを見ないといけないと思います。

今でこそ電化製品が充実して、洗濯機・食器洗い機をはじめとして家事というのもが機械でできるようになりました。昔は洗濯板だったんですよ。

なぜその発展があったのか?電気を自由に使えたから。ここに原発がどれだけ寄与しているかは要論考ですが、電気と言う存在がいかに僕たちの生活を充実したものにしたか。

そして、今のこの移行期。僕は推進派ではないです。が、ゼロサム論でなくどう軟着陸するかの議論をしないといけない。

その表裏の議論として、この本に出てくるような「質素な生活」にあなたは本当に戻れますか?を考えないといけないと感じました。

贅沢も続けばそれが慣れとなり当たり前に。そうなると戻れない。豊かとは何か?

もう一度「暮らす」と言うことを考えるきっかけになるのではないでしょうか。