土曜日, 8月 16, 2014

バイバイきーーーん!

人に出会うことはその人との別れをすでに含んでいる。
その出会いは刹那であり時に一生のものとなる。
その別れは一瞬であり時に今生のものとなる。

人と出会う際に抱く感情はときめきや驚きといった過去・現在との接点から昇華する。それが一時的が恒久的かは本人次第である。当然相手次第でもある。

人と別れる際に抱く感情などは過去・未来を包み込んで喜怒哀楽を基に心に刻まれ思い出になる。関係性が深いほど財産になり、別れは新たな関係性を生み出す。

出会いも多い。でもそれは別れも多い。その反面出会いを生む。メビウスの輪。その味はイカリングだ。

今日さよならを交わした彼女。たくさんの笑いやアクティビティを共有した彼女。新たなキャリアアップのためにここを経つ彼女。チームとしての彼女。友達としての彼女。一切恋愛対象としてはぐっとこなかった彼女。

彼女にとって僕はどんなおっさんやったんかいな。。。

僕を含め送る人たち。の人たちの別れもすでにある意味で包括されている。
相手が先が自分が先か。卵が先か鶏が先か。

good luck

この今という時間に乾杯、そして完敗。

金曜日, 8月 08, 2014

読んだ本・その30(173)

博士の愛した数式 (新潮文庫) [文庫]
小川 洋子 (著)
新潮社 (2005/11/26)

単行本を手にしたのはこんなにも前だったのかと出版された日付をみて感慨深くなりました。正確な日付はわかりませんが05年から06年の間に日本に一時帰国した際に手に取ったことは確か。

ラジオ番組の好きなパーソナリティーがお勧めだと。そして人生で始めて自分の金で読みたいと思って買ったこの小説。当時も読中・読後ずっとこのタッチの文章に触れていたいと思ったのは鮮明に記憶しています。

あるひょんなきっかけを経て、もう一度読みたいと文庫を購入。当時抱いたのと同じ感想はもちろんですがそれ以上に深く深く心と脳にずっしりと横たわる喜びや幸せという類の感情。
それは博士の語る数学と数の美しさに対して素直な感動と尊敬を持てるようになった現在の自分。

ライフサイエンスを仕事にしてる以上、いつも感じる生命の奥深さや複雑さ時に見せる乱雑さ。知恵と知識を組み合わせ小さな脳から仮説を立て答えを求める作業。それは現象として僕の前に立ち尽くす。その現象を定義という段階で物理学や数学が顔を出す。その数という存在。無限や普遍という性格を持つ彼らは神なのかそれと点なのか空なのか。

約10年前に手にした時には思いもよらなかった新たな世界に少しの驚きとそれを教えてくれる博士への敬意。アカウンタビリティの必要性が謳われる昨今の科学で、こんなに数字だけで人を魅了することが出来るという衝撃。もっともっと探究心もって今ある目の前の問いに挑まねばと思ったのでした。

さらに10年後この本を手に僕は何を想うのだろうか。。。

月曜日, 8月 04, 2014

らんだむ。。。ガンダム!?

真面目。
遊びごころ。
欲。
真理。
計算。
偶発。
閃き。
煩悩。
思い上がり。
謙虚。
決断。
飲み込む。
強引。
あきらめる。
継続。
切れ目。
思い入れ。
無関心。
理性。
本能。

よくよくよくよくよくよく考える。。。
くよくよくよくよくよくよ考える。。。

生。
死。

思い返すと。
思い出すと。

今。過去。未来。

感謝。忘れずに。進む。人生。

土曜日, 8月 02, 2014

読んだ本・その29(172)

ビッグデータの覇者たち (講談社現代新書) [新書]
海部 美知 (著)
講談社 (2013/4/18)

巷で噂のビッグデータ。使われる用語を含め導入書としてはとても良いのではと思いました。
僕自身はこの分野に興味があり色々とフォローはしてましたが、やはりちゃんと書籍として読むことで理解が深まりました。

簡単に言ってしまえばビッグデータの祖Googleの解説から始まり、Apple, Facebook, Amazonそしてtwitterといった各社のビッグデータとの関係性を分かりやすく解説してあります。そして、野球、カード詐欺、gmail、選挙に医療などなど、いかに自分たちがビックデータを利用しつつ利用されつつこの枠組みに取り込まれて日常を過ごしているかを知ることになるでしょう。そしてスマートフォンの今後とストーカーと言う存在の話は新鮮でした。まぁ、話のネタから考えさせられる話まで、さすがビックデータの本ですよ!

僕自身が肝に銘じないと思ったのは文中で出てきた「データというものは、量をたくさん集めていけば、どこかの時点で質に変わる」という一文。
頭をガツンとやられましたね。そう、その通りなんですよ。そして過去にこれと同じ経験した事があるんですが、当時はその質になったタイミングで自分があることに気付いたことを評価していた自分がいました。その前の収集があってこそ。あー、実験もっとしないと。最近のズボラを心から恥じたのでした。

あと2013年現在は起こっていなかったPRISM問題を予言するかのような内容もあって「おーーっ!」て感動したりもしました。読み返すとうのも刺激があって面白いですね!

さて、この文章も解析されるのだろうか。結論は。スパム!ゴミ箱行きかな。。。

火曜日, 7月 29, 2014

片付けと整理整頓

パズルのように結構な数のピースを改めて眺める。
そこから物語と言えば言い過ぎだが、ロジカルにかつエキサイティングな話を構築するのがある種仕事でもある。
見つけるだけ。書くだけ。でないのがこの仕事の胆だろうか。
と言いながらほかの職も同じような側面を抱えているは重々感じている。

そのパズルたちの数とピースのばらつきにちょっと面をくらってしまった。
絵にかいた餅とはこのことで、もう餅を味わうところまで頭が勝手に先に進んでいた事を知ってしまった。
全然全然うまくまとめれない。
まとめれないというより、まとめるべき優先順位・ルールが存在しないと言うべきだろう。

ちょっと困り果てながら。求めすぎているかも。過大評価してるかも。まだスタートに立ってない?など冷静に状況を分析し始める本人がいる。

要るか要らないの判断。この話にはこれは入れない方がいい。仲間はずれになって一人宙ぶらりんの数字や表や曲線。捨てると言えば語弊があるが、これは世に出すためのリストラ。でもアフターケアを考える。だってそれは十分な重さをいつどこで起きるかわからないに連鎖反応のために持っているから。
新成人に送るスピーチのようにそのモノたちへビジョンや意義を吹き込み社会の現実とすり合わせる。

そんな作業をしてる自分もそんな社会に組み込まれたピースに過ぎない儚さは心にしまって、今を最大限に楽しむべ目の前の風景にメスを入れすべてを把握すべく格闘している。医学部生が将来の希望に期待を抱きながら初めてメスを持つのとは似ても似つかない。でも医療や科学というETの点のような接点でなぜが関連があるように錯覚する仕事観。

一見おなじで、全く異なるプロセス。それを踏まえた連続と不連続(今日から読みだした本の中に出てきたワード)の相関に頭をくらくらさせながら(酒のせいでないことを祈る)、この数か月のズボラを恥じるのである。

実際に何かをすると言うこと。それはいったいどいうことなのだろうか。
ただ、やってるふりをごまかしごまかし繕っていたツケを今から払うのだと。
そして、それを見て見ぬふりをしていてくれたであろう番頭さん。明日しれっと会う時に平常心と共に感じるいい重圧を昇華させようではありませんか。

あーーーーーーー。はーーーーーーーー。
絶対酒臭い。。。

金曜日, 7月 25, 2014

読んだ本・その28(171)

パテ屋の店先から―かつおは皮がおいしい [単行本]
林 のり子 (著)
 アノニマスタジオ; 新装増補版 (2010/11)

料理・調理や食材・素材といった食文化を含めた多岐にわたる関連語句。
それらの言葉は僕たちにその意味を伝えてくれる。そして僕たちは脳でそれらを食し味わいながら解釈し理解する。
でもそれらの言葉によって隠れてしまった本質的・根源的な歴史的要素。

立ち止まって「待てよ」って頭を使う作業が乏しくなってしまった情報がフロー化した現代。
まるで小学校の時の国語の時間。英語を習い始めてすぐの時。辞書を開いて意味を求める作業を、やさしい文章で問いかけてきます。何か忘れていたものを思い出すといった具合に。

そんな素敵な本。なんと元は1987年に出版されたもの。これは新装増補版で20年の月日を経て2010年に新たに息吹を吹き込まれた本でした。

落語ではないですが、古典というのは廃れない。それを思い知らされたのでした。
90年前半の生化学の論文たち。それにも同じことが当てはまる圧倒的な知への探求を感じる時があります。温故知新とはうまくいったものです。ちょっとそんなサーチをのんびりしたくなりました。

僕の文も古くなりますがこのように生きるのでしょうか?カビがきれいに食べてくれるんやろうなぁー。。。

月曜日, 7月 21, 2014

読んだ本・その27(170)

炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学 (光文社新書) [新書]
夏井 睦 (著)
光文社 (2013/10/17)

なんて面白い本だろう。頭を殴られたような。機会があれば是非読んでください。なんと言うのでしょう、これは教養本です。

実際に経験した筆者の経験を下に仮説を立て、実験(自分を使って、人の変化を見ながら)し根拠を調べ、さらに今の食生活に疑問を投じることも含め文章化する。
あー、科学者とはこうあるべきだ。そうありたいと思うんですよ。なので特に感銘したのかもしれません。

ここで出てくる科学的根拠の大半は専門家じゃないと理解できない類のものではなく、原理的には高校生の教科書レベルで十分フォロー出来る。
この本の胆は学問の横断的リンクとでも言うべきでしょうか。多岐にわたる話(論拠)が隙間を埋めるかのごとくそれぞれがそれぞれを補完する。なんて理想の書なのだろうか。

そもそも的な実体験からスタートして、見聞きしたことある文化の話、哲学的問、進化論、生態学、考古学、医学、生化学、世界史、文化人類学、動物学、植物学。。。
もう多岐にも多岐の分野のオーケストラですね。
しかも圧倒的に「そうか言われてみれば。。。」の話ばかり。
ここで敢えて「罠」という言葉使いたい。
医学の罠。サイエンスの罠。常識の罠。もう常識への問いかけです。
言えます。食生活変わりますよ。いや、それは言い過ぎかな、でも絶対に意識します。肉食であれビーガンであれベジタリアンであれ。どんな人でもそもそも僕たちヒトと言うものが備え持った生きるための機能を意識するから。

過去に読んだ本たちとの接点もたくさんありました。チョコレートの世界史や地球を救う農業などなど。

面白いのが、人にさんざん変わっているオカシイと言われてきた僕の食・飲み生活。
この本をもって僕は全くおかしくない。本当にこの本のように僕の身体が適応してしまったのなら。そして、そうなら僕はこの自身のシステムを最高だと断言できる。

書ききれない程に脳を刺激します。是非!
えっ、なんでそんなに推すのかって!?それは。。。
自分の変わった生活を変わってないと完全に理解してもらえそうだから。。。
ってやぱり自分は変なんやん!!
って知ってますよ!でもそれが実は普通なんです。。。うーーーーん、読め!!

木曜日, 7月 17, 2014

おぬしだれや??

昨日ふと自分でも考えていたこと。そしてある会話の中で同じ事象の話になった。

友人を3つにカテゴライズできるということ。

A)普段会う時もう酒が入っていてほとんど素面の僕をみた事がない集団。
B)基本的に僕の素面と接する集団。
C)両方を均等とまでも行かなくともそれなりの頻度で会う集団。


A)はもうプライベートの関係。一緒にワイワイするひと。
というのも僕って仕事場を離れたり運動をしてる時以外って基本飲んでいる。
B)は職場やサッカーなど。
C)はA)B)が被っている友人。

本人は常に自分でありそれ以上それでも以下でもでない。でも接する人はきっと印象違うんやろうなぁー。

じゃー、本当の僕ってどれ、これ、あれ、それ!?
かしこまりましたー。

金曜日, 7月 11, 2014

読んだ本・その26(169)

美味しんぼ 110 (ビッグコミックス) [コミック]
雁屋 哲 (著), 花咲 アキラ (イラスト)
小学館 (2013/8/30)

手元にある単行本「美味しんぼ110巻」。今は遠い過去のような話題だがこの本(漫画だとは思わない。含んでいるメッセージは切実だから)を読んで、僕が定期購読している津田大介さんのメルマガ“メディアの現場 vol123「美味しんぼ」はなぜ紛糾したのか”を読んで自分の感じたことを合わせて、消化して記しておくことは意義があるのではと思ってつらつら書いてみようと思う。

まず手元の美味しんぼにはメディアで話題になった鼻血の描写は含まれていない。それまでの話題。主に風評被害・現地で暮らす人の苦悩と葛藤などが描かれている。大きな問題提起として、郷土料理が食べられなくという事実があると思う。放射能で汚染されてしまった土地。そこで育つ郷土料理の核となる動植物。それらが安全だと証明する苦労は風評被害で自明なため、この事実はあまりにも重すぎました。

津田さんのメルマガは問題になった鼻血の場面の前後に起因する描写を、津田さんたちが実際に取材した実感に基づいて比較・議論したものである。この内容は以前ここでも紹介した「福島第一観光化計画」に収められているものと被るものであります。

そう、じゃー福島の真実って何??ってこと。

鼻字の描写には議論の余地はあるけど、それまでに描かれている真実にはちゃんと向き合わないといけない真実がある。
津田さんたちはフェアな立ち位置として「鼻血問題」と向き合った。そんなメディアを定期購読できていたことを誇りに思う。
でも朝日新聞社が出しているプロメテウスの罠しかり手元にある美味しんぼだったり、本来僕たちが向き合わないといけない筈の問題以外のところで、盛り上がり冷めてはないか?

今朝も福島で揺れた。震源の深さ10キロだったと記憶している。

待ってくれないよ。待ってくれてるんじゃない?もっともっともっともっと本気で向き合わないと駄目じゃない?鼻血のあった美味しんぼという認識しかないんじゃない?この福島の真実の回一回でも見たことある人どれぐらいいるの?福島含め東北に震災後足を運んだ人はどれぐらいいるの?被災地の物品とかどうしてる?読んでるあなたはどう?何かしてる?何もしなくていいと思ってる?世界中で悲劇はいっぱい起きてるけど、日本国内でもあるんだよ?

僕はもどかしくて悔して仕方がない。
だからこそ自分にできることをします。自分ができる範囲で継続的に。
なにもそれが偉いとかそんなんではない。色んなものが永遠に続かない世の中だからこそ。

ダブレットを手にして、作業ができる場所が広がった弊害の顕著たる投稿。でもこれもいち記憶として良しとしよう。。。何様!???笑

読んだ本・その25(168)

デザインのめざめ (河出文庫) [文庫]
原 研哉 (著)
河出書房新社 (2014/1/8)

オリジナルの本は2001年に出版されたものです。それが文庫本になって今年の頭に新たなエッセイを加えて10年以上という月日とともに再登板です。

登板という言葉を使ったのは、この本を読むと至る所に宿る「視座」「モノの見方」という点が今読んでも圧倒的な面白さとともに的を得ているからです。

2001年といえば大学という空間に自分の中でようやく身を置くことができ華やかなキャンパスライフなどと絵にかいた餅をホクホク食べていた時です。
そのころにこんな本を手に取るなんてミジンコ以下の小さい種ですら頭に無かったと思います。

一つの話はページとして3ページほど。その中に「なんて面白い視点で物事を捉らまえるのか!」そしてキレのある文末のオチ。
狐に抓まれたように読んでしまいます。が、それは大きな罠。一つ一つを噛みしめ味わい落とし込まないとこの本の醍醐味はないのでは。

職業上こういった視座は意識していますが、切込みがシャープなんですよ。
そうそれがデザインという、人の裏をかいたり感動を与えたり気持ちよくしたり。
つまりは無意識の意識化。
つまりつまりは万人の視界に埋もれている盲点にニヤニヤできる楽しさ。

サイエンスとデザイン
デザインとサイエンス

ニヤニヤできる日が来たらと図や表を眺めたいと思います。
デザインのめざめ。
目が覚めるようなタイトルだと気づきますよ!

水曜日, 7月 02, 2014

日常の非日常と非日常の日常

ふいに起きる変わったことに心躍らせたり深く考えさせられたり。それは日常という平衡状態から見える世界。しかしこの非日常を受け入れるか流すかは本人の判断に依存する場合も多い。

面白いことが重なったり深く落ち込んだり考え込んだりしている時、それは日常と乖離したアンバランスな世界。いつもなら必ずするであろう事を飛ばしてしまう。特殊状態化における見落とし怠慢。

前者と後者の行ったり来たりで少しずつ深化・進化していくのだろう。
でも、特に後者でのミスは時に致命的になるなと思うついこの頃。
なぜしたのか?なぜしなかったのか?つもならしないのに。いつもならするのに。
いつもを知る=自分を知る
自分探しは自己探求というのが本来持つ意味なのかもね。

水曜日, 6月 25, 2014

新しい考え方が必要な時!?

ワールドカップに関して少しだけ。

日本代表。ドイツ大会の再現のような結果でした。でも僕はあの時ほど落胆はしていません。
圧倒的な力の差を感じたのはあの時と同じなんだけど、ここから代表自体がどういった道を進むことが次のワールドカップで成功する道なのかよく分からない。
どんなことにでも通じるようなことに見えて、それが一番今回考えさせられること。
これに似たことはヨーロッパの大国が予選で姿を消している姿と状況は別だけど抱えている問題は同じなのではと思ってしまう。

たくさんの選手が海外にでて経験を積んで集合した今回のチーム。ここの底上げで言うと間違いなく前回よりもあがっているのだと思う。でもなぜ勝てないのか?
イタリア・スペイン・イングランドといえば世界中の選手がプレーするのを憧れるサッカーリーグを抱えている。でもそのリーグが代表チームに反映されていないのかな?なんて。
世界中の国々の選手のレベルに貢献してしてしまっている?

組織、チーム、結束、コミュニケーション、信頼、作戦といった個の次元とは違うのもが勝敗を分ける時代になってきた?
これらの問題は上手く回っているうちは明るみに出ないけど、いったん噛み合わせが悪くなるといっぺんに露呈するものかも。
なんとなくそういったことが上手く機能しているチームが予選を突破している気がする。ここで機能してるというのはそういう事態にならないようにしっかり準備が出来ていた、または大会に向かうにつれてうまくはまっていったという意味で。

この組織の上でヘッドコーチの役割が以前にも増して大事になってくるのでは?
僕は日本人の監督で勝負するべきだと思った。
個々の蓄積した経験を収集して反映させられる監督。そうなると言葉の壁というのは大きな障害になるのではないかな。

機械や企業が色んなものを肩代わりしてくれるようなった研究環境。個人のスキルに頼って結果を出すレベルからチームプレーになっていく部分。このアンカーをしっかり出来る存在。そこで必要になってくるのはさっき述べたようなキーワード群だと思う。

まだ明日最後のグループステージの試合が残っているけど、今回の大会はエポックメイキングな大会なのかもって。
そして何か今後の世の中を指し示してしているような気がしてならないので、ふと記しておこうと思ったのでした。

自分の役割をうまく掴めてない僕自身は予選にも参加できない弱小チームっす!!

追記(06/26/2014)
1) どんなに自分たちのサッカーとかいってもやっぱり対戦相手ありきだとおもう。自分のやりたいことをするための柔軟性・対応力・適応力・観察力・分析力とかが必要なのかな。
2) コロンビア戦の日本の攻めを見ていて思ったこと。悪くないは良くもない。これは肝に銘じておきたいな。

土曜日, 6月 21, 2014

読んだ本・その24(167)

被差別の食卓 (新潮新書) [新書]
上原 善広 (著)
新潮社 (2005/6/16)

同じ著者の「日本の路地を旅する」を読んだ後に、この本のことを知り読んでみたいと思っていた本。知り合いの本棚で見つけ、お借りすることができ読む機会に恵まれました。

アメリカから始まりブラジル・イラン・ブルガリア・ネパールとまわり日本で締めくくられます。

食。生きるうえで必要不可欠な行為。生活に密接していて当然。それが集落・地域で形成される食文化となる。この人間の営みの側面だけ見ると、観光などでこれらは資源になりうる。しかし生活に関わる分宗教などの影響を色濃く受けて当然。そして差別という人間行為もまた関わって当然。

フライドチキン・オクラって日常触れるもの。でも地域やルーツを辿ると由来は被差別の食卓
ハリネズミなんて聞いたら地域の伝統料理っぽく聞こえるかもしれないけどこれもそう。
豚や牛は屠殺を行っていた階層の話を知っていればホルモン・油かす・豚足・こうごりといった食文化も納得できる。
飽食の時代というがこういった食事が一般に広がったり廃れていくのは、差別というのもへの意識の変化と考えると豊食の時代なのかもしれない。

以下メモ。
美味しいソウルフードとは母の作るのも。奴隷の廃止と移民という概念。浄・穢の概念。この概念から好まれる好まれない動物がありそれはその者たちの生態系から生まれる。仕事の有無から生じる、食べるのため生きるために人々が選ぶ職業。貧困・差別・無知の関連、それを断つための教育の持つ意義。イラク人の持つフセイン大統領へのイメージ。不可触民という概念と日常で見られる人の行動。名前の由来。ベジタリアンという行為と宗教との関係性。

これらの雑感は全てではないが他の様々な本を読んでてもリンクすることが多かったりするので、この種の事案と持っている歴史的や文化的な意味などは他分野にまたがっているのだなと。それか僕自身が深層心理で持ってる関心事なのかもれない。

さて今日は何を食べようか。僕の食卓は手抜き適当のオンパレードだ’。。。

金曜日, 6月 20, 2014

立方体の秘密はね。。。

ここ数週間ぐるぐるぐるぐる頭の中で回っていたこと。

自分・距離・深さ・色からなる4面体

どれが固定されてどれが流動的でどれが大事でどれが弱いのか。
自分を除いた3点は対人。色には自分も含まれるかもしれないけどそれは自分に集約しよう。

ぐるぐるぐるぐる考えていたものがついに弾けた。飛び散った。
ぐるぐるぐるぐる考えて弾け飛び散って出た結論。分からない。
答えは分からない。つまりは。詰まって。突っ込んで。

4面体を包むもう一つのものの存在を意識するのかしないのか。
思うと毎年この時期に必ずこの種の壁に出会うなぁ。毎年まいとしまいとし姉妹都市。

わかりまへんから始まる問答どうも。
はてさてはてさて。攀じ登りましょう。なにか景色が開けると思って。

月曜日, 6月 16, 2014

読んだ本・その23(166)

上岡龍太郎 話芸一代 [単行本]
戸田学 (著)
青土社 (2013/9/20)

敬愛する上岡師匠、小学生高学年から師匠の番組を観て笑いというより話術を楽しんだという感じでしょうか。

この本、たまらない人にはたまらなくつまらない人には文字の羅列と映るでしょう。師匠との関係性で成り立つと思います。

僕の場合は前者。2,3章に収録されている師匠が舞台でやった講談の文字起こし。もう文章からあの師匠の語り口が脳に甦ってきます。文字を読み脳で復元吹き出る笑い。読み終えてこの本なんと5刷!!それだけファンが居るのだなぁと実感したのでした。

前半は芸人としての龍太郎師匠がどうやって生まれたか、そこから師匠は何を目指しどんな芸を追い求めたのか。頻繁に出てくる人とのつながりの数々。最近とみに感じますが大事ですね。特に僕はテレビでの影響が大きかったので6章を面白く読みました。
以前ダウンタウンDXで師匠がゲストの回でダウンタウンに対して「最近の笑いには教養がない」という話をしていました。それはこの書を読んで師匠の発した言葉の意味が分かった気がしました。実際に僕はその師匠の意味を汲みたいなぁとも思いました。

最近ダウンタウンの浜ちゃんから感じてたツッコミの本質的なも。ツッコミ論とはいかなくても振りがあってボケがある。この何気ない言葉の誘導に関すること。自分でうまく表現できなかったもやもやを例えまで含めて書かれていて、ありがとうございますーって感じでした!

これを読んでノック師匠が他界されそのお別れ会での上岡師匠の弔辞を改めて聞き直しましたが、あれは上岡龍太郎師匠の最高傑作の話芸だなと改めて感じたのでした。おもしろかった。

普段当たり前にしゃべっている日本語ですがこれも文化でもあり言語でもあり芸でもある。
僕のジャパニーズ・イングリッシュは。。。コメディーだな。。。

水曜日, 6月 11, 2014

読んだ本・その22(165)

言える化 ー「ガリガリ君」の赤城乳業が躍進する秘密 [単行本]
遠藤功 (著)
潮出版社 (2013/10/5)

率直な読後感は一言「ええ会社やなぁー」。
働いてみたいなと思ったと同時に実は今の職場に似た空気感なのかもなんて思いました。

内容はタイトル通りそのヒミツを明らかにしていく。
まず会社のスローガン「あそびましょ」。遊び心を持って小ネタ的なくだらなさの追求とでも言うのでしょうか。でもこの「くだらなさ」って大事な気がします。なぜなら人に笑いを与えるというとてつもない要素を含んでいるから。

この「あそびましょ」には自由に伴う責任が発生する。その責任に臆することなく、失敗を恐れずにチャレンジする。そこからしか学べないことがある。
ここまで言うのは簡単なんですがやっぱり失敗と責任は怖いものです。そこでこの会社には失敗に対する評価の仕方が確立している。なるほどって思いましたね。そこまでちゃんと練ってこそ実行できるのだと。

若手の育て方。当人がやばいと感じ追い込まれるまで放置するようです。でも、そこまで行かないと見えてこない世界がある。パラダイムシフト。これは僕も経験があるのでよく分かります。上司が上司でなくmentorであること。納得かつ肝に銘じようと思いました。

この本のタイトルにある言える化。察しはつくと思いますがアイディアや考えを上司に言える体系。これを実行するために必要なこと。それは上司の「聞ける化」だそうです。でもそうですよね、聞く人がいるから言えるんです。

でもここで書いたことって、良好な人間関係を作る時や大切な人との間でみんなしてることなのでは?
それを企業という規模で実行している。この相対化が難しいんですよね。でもこうやってやってる会社がある。218-19ページにある社員さんの集合写真から滲み出る空気。で、最初の言葉「ええ会社やなぁー」と。

とにかく工場に行ってみたくなりましたね。この本も遊び心が詰まってましたし。アメリカでガリガリ君流行らんものかねー。だれか作ってくれませんか??ガリガリ君ビール味??

日曜日, 6月 08, 2014

読んだ本・その21(164)

おどろきの中国 (講談社現代新書) [新書]
橋爪 大三郎 (著), 大澤 真幸 (著), 宮台 真司 (著)
講談社 (2013/2/15)

大御所3人の鼎談とでも言うのでしょうか。少し難しい箇所もあるかと思いますが中国という国・中国人の基質がどういう国なのかよく分かります。

まず決定的に感じたこと歴史の勉強の必要性。事柄の羅列でなくなぜそれが起きどうのような結果ををもたらし何への布石になったのか。
それぞれのストーリーがすっと入った時、そこに広がす世界は「そういうことか!」という理解になるのだと。
日本と中国をめぐる歴史の事案の数々。改めて不明を恥じました。

一番「ほーーーー!」っと思ったのは中国をユーロのように捉えた方が良いという事。
中国国内は文字である漢字を共通使用しているだけで、音が異なる言葉(あえて方言とは使わない)が多数存在するということ。まぁLINEのスタンプみたいな感じでしょうか。
それを踏まえるとユーロのような各地域の集合体であると。だから過去の中国は清や明や秦といった名前で区別される。だからこそ統一という戦争の歴史。それをまとめるための共産主義・中国共産党の支配。先ほど述べた漢字と言葉の持つ側面から生まれる科挙という上級公務員試験制度。
すべてが「なるほど!」腑に落ちます。

そこで日本を見ることへの意義がすごく出てきます。
江戸時代という長い長い幕府支配。漢字と仮名を組み合わせたことと識字率の関係性。
日本がなぜこんなに安全保障オンチなのか。国に対して期待することが他の国々と違う点。
などなど。

他に面白かった点は、
長い歴史の中では中国の方が圧倒的に日本よりも先進国であった時代が長いということ。日本が上に立って欧米列強的に中国よりパワーを持った(ように日本自身が感じてた?ともいえますが)のは、本当にここ数十年(大東亜戦争前位から)の出来事である。
それを踏まえてなぜ中国の近代化が遅れたのか。
日本人は字を知らないと言葉を知ったような気分なれないというような言葉の関係性。同音異義語の存在するおもしろさ。大喜利なんてまさにこれの最たる例かななんて思ったり。
最後に、満州国がどうして出来たのか。
あと3章の歴史問題をどう考えるかは僕には絶品でした。謝罪という言葉がよく両国の中で話題になりますが本質的な態度としての謝罪。これは日常生活色んなところでも役に立つ考え方を提示していてくれています。

昨今の中国との関係を見るにつけて、相手のことを知るという点でこの本は面白いと思います。
さて相手に知ってもらうために今から漢文で書き直すか。。。

木曜日, 6月 05, 2014

予知夢

僕の好きな曲の名前です。ガリレオのサウンドトラックの最後に入ってる曲です。

今日改めてこのタイトルを見て、改めてこの前見た夢を記しておこうと思いました。


夢の中の夢。

テレビからニュース速報が流れ、北朝鮮から拉致されていた同胞が帰国しその方たちの名前が順番に流れる。
そこをみながら「あった!!」とある方の名前をを見た瞬間に声を出し、泣きながら知り合いに「よかったですね!!」とだけテキストを送る。

そこで目が覚め、あれは夢なのかと思ってテキストの送信履歴をチェックしようとする。

そこで現実世界へ。実際に自分の携帯の履歴を見るがもちろんそんな軌跡は残っていない。
そもそも家にテレビはないのだ。。。

だけどこれは予知夢であり正夢になってほしいと思った。
早くでも慎重に。特定失踪者の方々を含めた全員の帰国を心から望むのです。

予知夢。今日もヘビーローてしょんだ。

火曜日, 6月 03, 2014

読んだ本・その20(163)

ナガオカケンメイとニッポン [単行本]
ナガオカ ケンメイ (著)
創美社 (2009/11)

知人からお借りした本です。文は2005/11-2009/08の期間に筆者のブログ「ナガオカ日記」の中から「日本」というキーワードに関するものをピックしたものです。文体と構成のせいもあると思いますがさくさく読みきりました。

筆者が立ち上げたプロジェクトとの推移とそこで筆者の感じたことの記録ですが、読み進めるにつれてどうも僕には仏教的な文章に見えてきました。空、無常、縁起といった言葉がしっくりくるような所が多々ありました。

テーマであるデザインについて思いを巡らせる筆者。時に自分が生きるやサイエンスについて考えるような解に似ていたり。ちょっと感覚的な部分がなんか自分と被っている気がした。

デザインの持つ本質とは?
デザインの中からデザインを探していないか?
人との関係背の中で自分や社会が成り立っている。
何か根本的なことが雑になっている自分を恥じた。
オープンした店を見るよりも、つぶれた店を回るのだ。そこには無理が現実となった状態がある。
当たり前だけど出来ないことを積み重ねることで、幸せは作れる
(本より)

まだまだたくさんぐっときた箇所はありました。こう表現するのかなんて悔しかったりも。

本の中に出てくるプロジェクト等に関して一切検索せずに来ました。なぜならタイムラグがあるから。
しかも震災があって、おそらくデザインというものに関して筆者はまた悩んだのではないかと。
ドキドキしながら検索しようと思います。日本に帰ったら是非ここで紹介される店舗に足を運んでみたいです。現在も進行していることを願いつつ。

このブログも書籍化してくれる人おらんかな。。。あったらドッキリやな。。。

水曜日, 5月 28, 2014

TTIPって。。。

Iは間違えて打ったのではありません!
TTIP: 環大西洋貿易投資パートナーシップ (Transatlantic Trade and Investment Partnership)。要はTPPのアメリカーEU版らしいです。

http://ec.europa.eu/trade/policy/in-focus/ttip/

今日僕は知りました。みなさん知ってました?
2国間 FTA (Free Trade Agreement)の話はよく比較で出てきたのにこっちの方がもっと参考にすべきだし学ぶことが多いのではって思ったんやけど。。。
しかも交渉開始に向けた内部手続きは去年の2月にスタートしてるみたいで。
こういうを報じると多様な議論を生むと思うのになぁ。まったくシラナンダ。
知らなかった僕が恥なのか、知った僕を褒めるべきなのか、知らぬが仏の方がよかったのか。わかりまへんが、今晩のビールのあてが増えました。難しくて酔いがすぐに回りそうですが。。。