月曜日, 8月 31, 2015

31冊目2015(217)

盆栽の誕生 単行本
依田徹  (著)
大修館書店 (2014/4/28)

盆栽って結構ドラマやアニメなどでご高齢の方が趣味でやってるというのを観るんです。波平さんとか白い巨塔の東教授とか。

老人の趣味的なイメージなんですよね。実際に敬愛している高齢の知人が盆栽をやっておられたりで。

でも現代のプチ農園的な個人で小規模のプラントで自己消費と言うトレンド。こっちだったら庭でトマトやきゅうりなどを盛んに育てる光景を目の当たりにして、ふと。

盆栽ってなんぞやと思ったのです。

これがまた、サブカルチャーの面白さを体現した文化なのだと感心しながら読みました。

室町時代まで遡るんですよ。でもその当時は盆栽とは呼んでいない。いろいろな体裁があり武士階級(将軍や天皇まで含めた上層階級と言う意味)の趣味だったんですって。これはチョコレートやカカオが貴族階級のもであったの似ているなって。
江戸期に中国の内政、明朝と清朝の変遷で明から亡命してきた人々が宇治での煎茶会(抹茶でない!)で鉢植えを鑑賞しながら茶を楽しむあたりで盆栽にという呼称が誕生。
それが江戸期に入って庶民へ。もちろん徳川将軍家や天皇家の方々、明治維新の政治家や実業家も愛好しているのはいるのですが。

その都度その都度、適応に適応を重ねて廃れることなく生き残ってきた歴史。
盆栽を美術としての存在に上げようとした人々が居たり。
面白いのが絵画や彫刻・土器のように蔵や倉庫に置いとけない。人の手入れが必要で人から人に受け継がれる。そして今まさに鉢の上で息をしている生命。

盆栽は所有者の苦楽を共にするのかなって。だからハマるとやめれない。そこに存在する生命の前に自分は責任をどんな状況でも責任を持たないといけないから。かつ、枝を切ったり整えたり自分の表現でもある。ちょっと仏教的な世界観を感じました。

自分も所有できる機会を持てるようなタイミングがあったら贅沢なのかなって思いました。盆栽の世界観と向き合える空間。

そら、高齢者の趣味になってしまうかも。新進気鋭の盆栽アーティスト。情熱大陸の匂い!?そんな僕は圧倒的に平熱大陸です。

火曜日, 8月 25, 2015

脳 能 のー No!! 長いよ。。。

アキレス腱の事故から2か月。リハビリ的な事も始まり近日中にギプスから解放される。
ドラゴンボールで悟空が亀仙人のじっちゃんの亀の甲羅を脱いで「おー、軽くなったぞー!」と狂喜乱舞するような絵を想い描きそうだが、現実は筋トレの世界にようこそ。亡くなった筋肉を再生するためのスタートラインに立ったに過ぎないと言う。
なんとも、「おら、ワクワクすっぞ!!」と言う悟空的マインドセットの僕には楽しい毎日の始まりなのだけど、普通の人にはキツイよねー。

そのリハビリでの出来事。いままでふくらはぎを使わずにブーツを纏いテクテク歩いてきた結果、あらゆる動作にお尻の筋肉とハムストリングが連動するという。
助け合いや非常事態が常態化した結果本来回復を意識すべき箇所がなんとも不感に。

びっくり!!

そこの筋肉の回復と共に甘やかされた歩き方の補正も意識しないといけない。
あーーー、この怪我の大変さと主治医が「you need to find a good physical therapist」と言った意味を噛みしめ踏みしめるのです。出来たことがここまで出来ない。なかなかの経験です。
35年分のふくらはぎはiPS細胞(STAP細胞!?)の現実版に初期化されました。
使わない(同等に使えない)意味を感じます。

でもね年末にサッカーボールを実際にフィールドで蹴るのが目標なのでがんばりますよ。
ハーフマラソンとかも走ってやりたいと思ってますよ。
人体の凄さと生きる楽しさや達成感を感じる機会ですから。
これ、リア充とか言うなら、言ってる人は本当のリア充を知らないホモサピエンスだと思う。

なーーーんてな(和久さん!?)



本を読んだり購読してるモノに目を通したり、動画を見たりウエブサイトを漁ったり。その過程でメモを取ったりするのですが。。。あー、漢字を正確に書けないことが増えてきた。

読むこと音に出すことは問題ないのですが、書くことが何とも弱体化している。

この件(ケンでなくてクダンなんだけど漢字は同じなのよねー)を、文字化しようと思ったのは今しがた「魅力」の「魅」が書けなかったから。勉と魅が混ざったようなお化けのような漢字しか記せない。でも頭に浮かぶ「アトラクティブ」。オーマイガー!!

完全に能力が衰退している。その原因は使用頻度の低下でしょう。
日本語で文字を書くななんてメールやこのブログ、そして行きあたりのメモ。
報告書なんて在米科学者では英語ですわな。

能動的に記そうとする脳への刺激と言うのを決して忘れてはいけないなと。


継続って当たり前に出来ていること。いや、それは継続でない。日常や無意識。出来なくなってこそ気付く。出来ないことへの態度。
きっとこれが僕の今回の肝。
戦後70周年の安倍さんの談話の中で「若い世代に謝罪を継続させるのどないやねん!」と言うことを言って下さったのが肝のように。

現実をちゃんと見ようよ。
何が出来るか、何をすべきか。
そんな難しいことじゃないのに。。。
難しく捉える人がいるから。。。おもしろいねー!!
でもね、本当に追い込まれたら難しくなんて捉えられないよ。だって、だってだって。走れないしまとに歩けもないからね。。。

じゃーーー、もう一杯!!あー、幸せー!!

木曜日, 8月 20, 2015

狐に抓まれたら緑?赤?グリーーんだよ!!

わ!!!

ここ数日暑くて。ねー。そのせいで時刻表通りにすすまない。わかります。

で、で、で。

遅れてると思われるトレイン。ネットで常にいつ来るか観てました。

はい。はい。はいはい!!!

急にね、遅れてない前提で画面から消えたよ!!
知ってます。その状況をキャプチャー出来ないので何もかも捏造できるの。
でもね、消えた!
で、数分後にね。本来あるべき時刻表通りに列車きた!!

きたーーーー!!

ちゃうやん。その遅れてた云々。。。
まー。でも時刻表を信じた人が生き残り、ネットで安楽死ですよ。

はーーーー。でもね。これ健全!本来のタイムに戻すのがベスト。
ネットに何もギャランティーはないんというね。

わらけて。てくてく帰りますよ。

これが日本でなくてよったね。
これが休日でなくてなくてよかったね。
寛容でよかったね。

あほかのあほかをいうあほか。そのじてんであほのきわみじゃーー。

あーーーーーー。おもろいね。
おこるより楽しもう。

でも、trimetあかんでーーー笑

いま酔ってます。後に編集したら言及します!!8/20/17 12:23 am!!! NO max くるはずやってんでー

月曜日, 8月 17, 2015

ウエルカム!狭間。間。アメマー!!

家訓!!

非は認める勇気を持つ。
非を正直に認めたら受け入れる。
相手の事を思いやり、想像する。
周りと相手の状況を理解する。
過去にくよよくよするより、未来に希望を抱く。



これを提示されて反抗期ならごめんなさい。でも、みんなそうだよね!って言う道徳の教科書的な文言だとおもう。

ここからーーー。

天津の大爆発。みんなの反応。あれはね。あの爆発。ハリウッドみたい!想像が現実だ!
ピッか!閃光とともにキノコ雲。原子爆弾が落されたらあれよりもすごいんだね。それをした国と受けた国があって、時間が過ぎてるね。した国は明確に謝ってないのに、違うところから謝れって。
何を受け入れて。何に反論して。何か基準で。
周りとパワーバランスをよく見なよ!
でも正直に生きないと。嘘はダメだよ。
そんなの幻想さ。
じゃー、何が真実で誰が何を守るんだよ。
未来を見ようよ。
そんな状況で未来を見れるかよ。
人それぞれ立場があるから。
エンドレスの会話に。。。

鹿児島の川内原発。
節電の広告のないこの夏の電力需要。地元の経済。技術の維持。桜島の危険度。何も清算出来てない東京電力と福島第一原発。風評被害。決まった東京五輪。危機管理。
エンドレスの会話に。。。


家訓!!

非は認める勇気を持つ。
非を正直に認めたら受け入れる。
相手の事を思いやり、想像する。
周りと相手の状況を理解する。
過去にくよよくよするより、未来に希望を抱く。

これを提示されて反抗期ならごめんなさい。でもねーーー。


一つの答えをを導き出すために。。。
あらゆる当事者をなだめるために。。。
最適解を探して奔走するために。。。
しがらみで視界が不明瞭なために。。。

色んな意見を知ったうえで行動できるために!!
なんか、普通が普通でないところでごちゃついてるよね。

寛容。

寛容。

それをできなアカンYO!!
いいんDAよー!!

知らぬが仏。無知の知。これらは寛容の極限かも。
そうじゃない優知の輪。知るが神の領域的な。説法を受けてもええやん!
なぜなら。井の中の蛙なんですよ。
知らないことの方が圧倒的に多い!!

そうでないと言う人ほど。。。うーーん、よくしゃべる。ぼくもか!!

それこそ家訓の「周りと相手の状況を理解する。」を考えて。冷静に色んな事知らないやん。「知ってる!!」というあなたがいたら。
もうそれはどうぞ。はるかかなた。さかいくにとおる。ひっこしのさかい。さいやたいち。

世界のエアポッケトにようこそ。想像力と興味本位の渓谷へ。怪我してもええやん。体験しましょう。理想と現実の狭間と言う現実と理想を。

その前にある課題。もう一杯を早く訊きに来てくれ!!

炎上したら!?燃え上がれガンダム!!

up後にかなり編集しました。もう一杯頼んで。文書は難しい。8/17/2015 10:30 pm pacific timeもう編集はないです。。。たぶん。。。なは!

金曜日, 8月 14, 2015

印象は印象派。本質は興味本位から。

手元の電子辞書を開く。入力する言葉は

anniversary

僕の脳内のライブラリーにあるように「記念日」と言った語意が表示されるのは当たり前として、目に留まった字面。

毎年(anni)巡ってくる(vaese)

あー、言語は人間の感情と言う手垢を拭うと普遍性を持った存在なんだと。


8月15日である。
談話が出たり、ちょっと良くも悪くもキリットする日。
そんな日の3日まえのこと、職場の人との会話。
「8月15日がくるね。70年目だよと。」
そこで彼女は70年目の表現に「70th anniversary」を使った。
思わず笑いながら「それは勝ったからやな」。
アニバーサリーという持つ意味に敏感に面白おかしく反応してしまった。70年目を祝うのかいなと。

そこから落ちていった言語のエアポケット

連想される感情が単語には存在し、それを結構な頻度で意識せずに過ごしている。
そんな中で合われたanniversary。まれは眩いポジティブなイメージを持ったアニバーサリー。少なくとも僕には。そして多くの日本人にとって。
でも、会話の中で「10回忌」といった出来事にanniversaryをアニバーサリーとして使わないというEnglishの経験則に触れることが出来た。
それは純粋に毎年(anni)巡ってくる(vaese)なんだと。

これを知らずにこっちの紙面をみて70th anniversaryが目に飛び込むこと。
政府の談話のこっちの新聞社の翻訳に70th anniversaryと使われていたらということ。
日本政府の英語訳に70th anniversaryでない表現が使われていたらということ。

言語の息遣い。吐息を感じた面白い経験でした。
終戦記念日っていうのもよくよく考えるとねー。無意識の意識化。

やはり今日はアニバーサリーよりもanniversaryであることが英霊の方々への敬意でありつつ、国のために殉じた方々への敬意はanniversaryよりもアニバーサリーでありたいなと。

献杯!!(飲むんかい!!)

火曜日, 8月 04, 2015

やーーまだー!!って本気で葉っぱを咥えて言えるズラか?

漫画の世界、小説の世界、ドラマの世界が現実に追いつくことにワクワクする時があるとすれば、それはこれから始まる高校野球甲子園大会でしょう。

早実の清宮君でしたっけ(ごめんなさい、調べるとすぐ出てくるんでしょうけど、ちょっと面倒で。。。)。
高校一年生でスゴイ成績を残しているとか。
まるで、山田太郎じゃないですか。

ヌンチャク打法とかでyoutubeで話題になった埼玉の高校生。
まるで、殿馬一人じあゃないですか。

あと、むっちゃ足の速い高校生。ナイジェリアのお父さんとのハーフだとか(お母さんだったらごめんなさい)。
ハーフというかそういう外国人の気配。まるでクリーンハイスクールのフォアマンじゃないですか。
俊足といえば。まるで、いわき東の足利くんじゃないですか。

ドカベン的な尖がった個性的なキャラ。現実に。いいですね!
想像できる脳が現実に変えていく。それが人間の営みだとすれば。
甲子園はカオスですね!

なんか、ふと思ったのでした。
そんなアホなの前で立ち止まって、まぁ漫画からのこじつけですけどそんな遊びができた自分の想像力に。。。カオス!!まだ2杯目だぞ。。。

金曜日, 7月 31, 2015

水を含んだ砂上の楼閣

海岸を歩いている。浜に向かうほど足場はしっかりとしてくる。足にまとわり付く砂。数時間後、そのねっとりとした砂は乾き手によって払い落とされ、元々存在していたところからかけ離れた空間で過ごすことになる。

僕の住んでいるところは今とても人気で全米だけでなく日本を含めた世界から人が流入している。
それぞれの地区ごとに個性があり、それをベースとしてアパートの建設やレストランの入れ代わりなど競争が日に日に激化しているのを感じる。平行して確実に地価が上がっているのも皮膚感覚で分かる。

さて、それに伴って気になることが。最近とみに閉じられた店のスペースに次の入り手が見つかってない場所を見かける。アツイなどと言われているエリアでさえ。これに僕は恐れを抱く。

人気エリアだからクオリティーなど落とせばあっという間に評判が広がり閑古鳥。
上げた品質を下手に価格に反映させても、マーケティングとターゲティングを見誤ると閑古鳥。
そこに、店のレベル云々ではなく高額な家賃がのしかかる。
うまく経営できないが故の撤退。たとえ、良い店でも。
資金を持った良いクオリティーの店なんてそうそう出てくるものではないだろう。

ポートランドはここのジレンマを乗り越えないと弾けると踏んでいる。あと2年ぐらいかななんて予想したり!?
この都市に愛着があるが故に、空きテナントの脅威を畏れている。

住みやすさとはだれにとってなのか?哲学のような問いが10年過ごしたポートランドの人目の付かないところで頭を擡げている。
擡げすぎてこの週末はクソ暑いようだ。。。それは関係ない!!

水曜日, 7月 22, 2015

30冊目2015(216)

藤子不二雄論: FとAの方程式
米沢 嘉博 (著)
河出書房新社 (2014/3/6)

物心ついた頃の金曜日の食卓の記憶。リモコンのないレトロテレビがまだ幅を利かせていた時代の時から現在まで。水戸黄門ほどの型はなくとも安定感と言う名の印籠をお腹に張り付いたポケットに忍ばせるハットリ君。。。ではなく、ドラえもん。

僕はこのドラえもんを起点とした藤子不二雄をしか知らなかったわけで。

この本を手に取って人に歴史ありと言うか、ドラえもんが立っている地面の下で眠っている作品群の深さに正直驚嘆しかありませんでした。

作品は時代と読者と共に歳をとる。僕が藤子作品と歩んだ時間のスケールはあまりも小さく、僕よりも上の世代の方が思い入れが入ってる漫画家さんなのだと。
果たして、そんな話を両親を含め上の世代から聞いたことが無なっかた。聞かなかった僕もいるのでなんと言えない部分はあるが。言われてみれば白黒の怪物くんを観た記憶もあれば、僕が目にしたタッチとは少し違った”古さ”や”時代感”を纏った漫画のQ太郎・ハットリ君・パーマンを見た記憶も。
そう、売れたのが言うてしまえば最近なのだと。ある意味で、この売れ方との元々の読者のギャップが無知の原因だったのではと、ポジティブに考えてしまう。

FさんとAさん。アップルやグーグルの例にもれず、2人ペアなのだ。
そしてライバルであり戦友の存在が赤塚不二夫、石ノ森章太郎、つのだじろうと言った面々。でもって、師は手塚治虫。

お笑いの世界やサイエンスの世界でこの手の環境を基に弾けた分子を思い浮かべることできるので、ある種の方程式に容易に興味が進んでしまう。この本が僕にとっての面白味なのはその点かもしれない。

テレビと雑誌の需要。特に小学X生といった媒体。そこからコロコロコミックと言った流れ。時代性はあるけど、漫画と言う方法論にこだわった藤子不二雄・両氏に尊敬を。
ストーリーと絵の妙。ストーリだけでも大変だし、絵・画だけでも大変。そこにギャグや時代性を反映させ。SF的要素を混ぜたり。

器用貧乏の極地なのかもなんて。もちろん売れてはいたと思う。でもドラえもんと言う極の前を見る限りは、ある意味自由度のある好きなことをできる人生だったのかなって。
最大の贅沢が創作という。

だからこそ、ライバルや環境や師匠や時代性など。
僕の今は何なのか。そしてどう”したい”かなって。

風通しの良い生き方。良いとか悪いとかでない。通気性やフェアとか。
表現と想像の自由度を抱えて漂流したいですね。

この気持ち、お笑い漫画道場にでも通って極めるか。。。いや、でも笑点の大喜利も捨てがたい。。。
チャラーー、Yoshi OUT... いや、ホンマちょっとほくそ笑んだだけですやん。。。

火曜日, 7月 21, 2015

29冊目2015(215)

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ 単行本
吉川 浩満  (著)
朝日出版社 (2014/10/25)

進化が理不尽!?そんなアホな!

もしそれをアホとみるなら、僕たちはアホの上に成り立っています。

ふざけるな!進化とは。。。なんて聞こえてきそうですが、よく詳細を踏まえると進化と言う言葉の「後光の影響」がどれだけ僕たちを「レトリック」と「トリック」の狭間のブラックホールに誘導してるかを垣間見れます。

進化。それは進歩であり成長である。進む変化。字面をとるならそうです。その通り。
恐竜が絶滅したのは隕石が。。。そして寒冷化で。。。よく耳にする通説です。
さて、そこで「字面の進化」で生き延びた恐竜は居たのか。聞こえてきそうですが、そんな危機的状況で進化なんて。では、進化は何のために、何を見据えて起こるのか?

危機的状況で生き延びれた種。理不尽に耐えた種が「進化」のチケットを手に入れることが出来るのです。そもそも生き残った種は自分の”進化”などを意識することは毛頭ないのではないでしょうか。この前提から、ダーウィンの進化論や自然淘汰説のバックグラウンドを丁寧に紐解き当時の論争を辿っていきます。

最初の数章からここに入ると概念から詳細にシフトし小学校の歴史の教科書が高校生のそれに化けたように細かい部分を見ることになります。でも、そこが大事な気が僕にはします。

何か新しい事を始めるといううのはそういうことであり、当事者からみてはるか先に評価されるという事実が多く存在するから。そこに、頑なにこだわった一人の科学者。その頑なこそ理不尽であり、その理不尽さがまるで進化の象徴のようでした。
筋、頑固、譲れないとか、周りにもいたり自分もそんな面がある事にはあったり(僕は確実にその系統の人間ですが。。。)。でも、そのこだわりが学会や国や世界を動かすことに出会って、それを貫徹できるか?筆者にはこの物語の深さを感じたのでは。僕はそう感じてなりませんでした。

科学者として、根本として人間として。理不尽への向き合い方。
うまく生きるべきではあるが、うまく生きるとは何か。
理不尽には屈したくないが、戦うことは人生に何をもたらすのか。
理不尽な進化の上に生きる人間。その理不尽を受け止めてこれからまた起きるであろう次回の理不尽に思いを馳せてみませんか!?

僕の人生は理不尽な酒。いや、酒が理不尽なのだ。
酒を一切飲めなくなったら。。。スーパーサイヤ人になれるかも!?
こら、僕は自然に消滅だわさ。

28冊目2015(214)

渋滞学 (新潮選書) 単行本 
西成 活裕 (著)
新潮社 (2006/9/21)

現状には必ず理由がある。まさにこれを見せてもらった気がします。そして、大事な点はもう一つ。サイエンスは身近に存在するという事。

渋滞学。車の渋滞に関する話から始まりますが、行列を渋滞ととらえたり、遅いインターネット、飛行機や電車の遅延だってある意味で渋滞です。そして、人で溢れ返った状況で起きる事故は渋滞が原因となってるともいえるでしょう。

頼んだビールが来ない!なぜ?ガラガラの店内と超満員の中では後者は忙しいからと思うのが普通でしょう。その時、「結構店員さん居るのになぁー」と思ったとき。どこかに理由がある。そう捉えて観察する。そして「あいつ、仕事せんとずっとしゃべってるやんけ!あいつのせいや!」それを改善するためには。。。そう、こういった事をサイエンティフィック説明してくれているのです。これを踏まえてもらえると最初に述べた「サイエンスは身近に存在する」という言葉が現実味を帯びてくれると思います。

混むという原因。渋滞の理由。物理的に理由を付加することが出来る場合とそうは問屋が卸さない場合。人間の存在。現象に行動学や心理学が絡む。動物に当てはめるとケミストリーを踏まえての行動学になる、とくに昆虫など。インターネットに関してはテクノロジーとプログラムの妙。解は一つに求めれないんですね。それを思い描ける想像力を駆使して思いにふける。人間に与えられた特権。人間の営みの素敵さと愚かさからなる学問「渋滞学」ですね。

ハブ空港とかサーバーとかインターチェンジとか。集まること。地方とか一本道とか限定品とか。制限されるところ。便利と不便のエアポケット。渋滞学。面白かったです!

反面、僕たちの行動、とくに便利さ(当たり前に色んなものが時間通りに・頼んらすぐに・ボタンを押したらすぐに視界に現れてくれる。(多少の遅れはあったとしても。。。))を感じる場面ではこれらの学問のアウトプットで意識しないうちにその恩恵を享受していることを忘れてはいけないことを付け加えておきたいです。

さて、今研究しているプロジェクトに当てはめるべきなんですが、僕の頭が渋滞です。解消にビール。。。より問題を複雑化させているような。。。

金曜日, 7月 10, 2015

よゆう!余裕!?Yo, You!?予油!?

暑い日々が続くこの頃。友人と入った日本食店。メニューを眺め「あ!」と漏れる。

Cold Ramen

とある。ナイス!!このしばらく続く熱波に店も策を練ったのだろう。
即決オーダー。

しばしビールをすすり待つ。出てきたラーメン。確かにCold Ramenだ。。。けど!!



「冷やし中華」と翻訳した己のミス!
説明にあった具材だけ確認してスープの詳細を見落としていた己のミス。

いやはや、予断なのか油断なのか。翻訳と思い込みの妙です。
言語の奥深さを体感したのでした。

サブイわー。スープが!?

火曜日, 7月 07, 2015

鬼の首を取ったものの果たして鬼の首なのか

近日中に投稿しようとは思っていますが記録として。

W杯後、佐々木監督への風当たり厳しくないですか?なでしこジャパンの内輪的なもの(ネガティブっぽいもの)多くないですか?

敗軍の将だからそうなのかもしれないですが、準優勝ですよ。
ボロ負けしたから。なら結果が1-2での敗北とかPKでのことだったら同じように出てたのかなって。

そういったものはもちろん然るべき形で評価・判断されるべきだとは思います。

ただ、伝える側がなんか息巻いているようにしか僕には感じられません。
日本に到着するのは今日だと思いますが、これから出てくるかもしれない当事者の声にもっと耳を傾けたいです。

あえて、同じことはマクドナルドなどにも当てはまると思うので近日中に書きたいと思います。
約束しちゃったよー。

日曜日, 7月 05, 2015

非日常への招待状

どぅばつぃん!!!

と耳元ででっかい音が。サッカーの試合中走ってくる相手を止めに行こうとした時の出来事です。
その走ってきた相手におもいっきり足を蹴飛ばされたと思って振り向いた背中越し。無人のフィールド。
なんじゃこりゃ!?と走り出そうとした瞬間に駆け抜ける激痛。

走れねーよ!!

過去に色々と怪我はしてきました。でも今回「これはちょっとメガトン級なあれではないか。。。」瞬時に脳が反応します。

左足膝から下だけ異空間に解き放たれたように浮いているような感覚。右足に感じる体重と重力に踏みしめている地面。そして地面からの反発を感じる身体。それが左足にはない。

アキレス腱やっちゃったかな。

試合後、10年目にして初めてアメリカの医療のお世話になるべく病院へ。しかもemergency room。
どんなロストバージンやねん!

担当してくださったスポーツドクターの先生に状況を伝え診察してもらった結果、ご名答!
やったー!10ポイント獲得!ではなく、MRIを受ける権利を獲得!

医療チームの方々が非常に良い方々でMRIを受けることを勧めてくださいました。というのも一部繋がっている所があるみたいだから細かく綺麗な画像で確認した方が良いと。断裂が損傷か。数日後MRIを受け、その数日後にドクターと会うことに。

MRIの音。へたくそなバンドよりもロックンロールなサウンドでした。

で、診察結果はアキレス腱重度損傷でした。

はい、今松葉杖とギプスの生活なのです。これが不自由なのですが色々と教えてくれるのです。
日常が非日常になることの意味。なかなか味わい深いです。

こんな上り坂・下り坂が大変なのか。
松葉杖だとめがねが安定しなくて毎日コンタクトだな。
変なおっさんが来たら走って逃げようって、すぐ追いつかれるじゃなーか。
公共交通機関の充実に感謝。
なにをするにもいつもの1.5倍ぐらい時間かかるな。
松葉ちゃんじゃ両手ふさがって買い物にもいけねーよ。
などなど

日々発見です。日々高速松葉杖使いに変身中です。日々いつも通り飲んでます。
uncomfortableを楽しんでいます。
非日常を楽しんでます。
日常のありがたさを感じてます。

いい経験です!

トチ狂ったように腫れた足も徐々に元の美しさ!?を取り戻しつつあります。
時間はかかりますが、またサッカーボールを蹴り、波に乗り、遅刻だと走り階段を一段飛ばしでかけめぐり、いい気分で千鳥足を両足で体現できるように。
ぼちぼち行こうと思います。

なでしこジャパンの中にも怪我での苦しみを乗り越えて今日の決勝のピッチに立つ選手たちの存在を知っています。先輩!パワーを貰いにスポーツバーで応援します!
Go なでしこ!

水曜日, 6月 24, 2015

てっぺんに辿り着くために

女子ワールドカップもいよいよ終盤。

順調に勝ち上がっている代表。
日本での報道とか知りませんが、なんとなく大丈夫か的なイメージだったりするのかなとか。如何せん生で観たカメルーンが日本で辛勝と報道されていたり。変なギャップを感じるからです。
他国が点取りまくって圧勝した相手に1-0で勝ったりとか。もありましたし。

僕はなんか物凄い高度なチャレンジをしている気がするんです。それは優勝するために。
一試合の勝った負けたの積み重ねですが、初出場でとりあえず勝て!とかグループリーグ突破を目標にとかでなく、確実に目標は「連覇」のはずなんです。それなら、それを実行する戦い方があるはずだと。

緒戦のPK以外は試合の早い段階(10分以内)に点を決めている現状。これが作戦通りに実行できてたら凄くないですか!?

そんな目を持って僕は土曜日の対オーストラリア戦を楽しみにしようと思います。

そして準々決勝の組み合わせ。


FIFAのHPよりキャプチャーしました。
歴史に経済とか現在の国際政治とかを照らし合わせてなんともよく出来たマッチメイクやなと。
そういう意味でも楽しみ方は満載ですね!

GO なでしこ!!

日曜日, 6月 14, 2015

26-7冊目2015(212-13)

クリスマスには焼き魚にローソクを 単行本
中川 剛  (著)
幻冬舎 (2009/06)

寂しさの力 (新潮新書) 新書 
中森 明夫  (著)
新潮社 (2015/3/14)

一件似ても似つかないような2冊ですが大きな共通点を感じたので一緒に記録します。

剛さんの本は幼少期見てきた両親とくに父親について記したものです。約一世代僕より上とはいえ、育った環境これがパンチの効いているのなんの。僕らの世代では共感できる部分もかなりあるかもしれませんが、今の世代なら小説とか漫画でもイメージしがたいのでは。
ここで出てくる描写をみながら、中川家のネタの原型というか元が分かった気がしました。

中森さんの本は剛さんの本同様に自分の成長過程もありますが、そこから俗に言う成功者の生い立ちに迫っていきます。坂本竜馬・ヒトラー・ディズニーにスティーブ・ジョブスなど。そしてアイドルや哲学者まで。それぞれ中川家のような貧乏とは違うが性質的に似たある種の負の部分を抱えている。そしてそれを中森さんは「さみしさ」と言う言葉で表現した。

こういった環境が生きる糧・原動力となって、激しく駆動した結果が皆さんの知るところになる彼らの業績なのだと。でも、これが僕たちが目にしたしているようなプラスに機能するかしないかは別問題で、マイナスに向けば(ヒトラーはこちらかもしれません)犯罪などに向かってしまう。

今現在読み進めている本の中からその言葉を使わせてもらうと「理不尽」環境と運の化学反応によって生まれたある種の理不尽さによる結果なのでしょう。その理不尽な環境にどう生きたか。深く回想し考えてしまいました。今現在のように生きているということを。

個別に書くと、
剛さんの本:ダウンタウンのやってのけた事のすごさをまた感じました。何組の芸人が影響を受けてきたのか。まさか中川家もその一つだったとは。
中森さんの本:読書体験について最近考えることが増えたんですが、この中でも感じました。そして本棚という存在と可能性に。それを踏まえて電子書籍と紙の本についてあらたな視座をもらいました。あと完璧さを追求と欠点を含んでいるといことの大事さ。質と人気の狭間。おもしろいですね!

僕の生い立ちをまとめるとどうなるのかな?25歳以降は確実に「酒にまみれた人生。以上」で終わりやな。。。

木曜日, 6月 11, 2015

25冊目2015(211)

美味しんぼ 111 (ビッグコミックス) コミック
雁屋 哲  (著), 花咲 アキラ (イラスト)
小学館 (2014/12/10)

第110巻からの続きでここにその感想も載せました。基本的にはそこで記した感想と同じです。
読んだ本・その26(169)

だだ、この111巻には話題になった鼻血の回が含まれているということ。この件に関してなどを含め今回感じたものを記そうと思う。

魚介類や農作物のモニタリングによって検出される放射能の強さ。基準値以下でも消費者は買ってくれないと。もちろん食事に関しては内部被爆になるので、ここの判断があってよいと思うんです。
でも、放射能以外の食品添加物の存在などに気を配らないで放射能だけを槍玉に挙げるという態度は改めるべきなのでは?なんて僕は思います。

正しく恐れるという行動をとるためにすべきこととは何か?
そして、それを踏まえた上で各人が決めた行動は尊重しないといけない。
かつ何が出来るか考えること。福島は日本の一部にしないで受け入れること。

時間軸はリアルタイムと平行しているので2013年とかでこんなにも問題がまだあるのかという現実。そして、それを知らない人のほうが多い。
ツールが漫画であれ、この福島の真実というシリーズがあったことはとても意義があったと思います。

最後に、鼻血に関して。
この取材を通じて取材班(このシリーズに関わった人たちも)は何度も福島に入り、立ち入り禁止区域や福島第一原発敷地内にも入っている。そして末巻の資料にも双葉町民の健康被害に関してなされた調査報告の資料も載せている。ここで身体のだるさや鼻血などの症状の報告について触れている。
もちろんだから全てが真だとは言いません。でもこれらのことを踏まえたら鼻血の描写があっても何の差支えが無いと思うのは僕だけかなと。
報道した側・非難を向けた人たちはここの取材班並みに現地に入ったのって?
ここまでのプロセスを理解しないで、単に一つのことでワーワーいう。こういった態度1つ1つに復興が進まない現状や昨今議論されていることに対する反応が映し出されているのではなんて思ってしまいます。

僕自身震災以降日本に帰っていないしその空気感を肌で感じることは出来ていない。それは圧倒的な発言のウイークポイントであると思う。でも、それ知るために努力も何もしない日本に住んでいる人たちより何かを言うことは出来るんじゃないかなと。

これからも何らかの形で支援・関心を維持したいです。まずは日本酒でも買いに出かけよう。


りあ充ってやつ!?

ほとんどの本はアマゾンで買ってこっちに送ってます。
その履歴から興味深い本が出てきて、ついついカートに保存してしまいます。
あとはメディア等で取り上げられた本などからの派生。
そして、興味の湧いたモノに関連したキーワードの検索から。
こうやって買う本が絞られていきます。それで十分多岐にわたる本を選べてると。

先日こちらにある紀伊国屋書店に行きました。アマゾンで見かけた本や聞いたことある本などが並んでいます。
そんななかで何これって出会う本たち。僕の上記のサーチによってまず出会うことがないであろう本が現れます。そして手にとって「おもろそうやな」でお買い上げ。

それがこの投稿の前に書いた2冊(23-24冊目2015(209-210))なのです。

アマゾンで出会うランダムもあれば本屋に足を運んだ事で起きるランダム。
どちらが記憶に残るかとなるとやっぱり後者だろうと。
こういった原体験の大切さをまさに予想外のところから学んだ事実。

ちょっとニヤリって感じですね!こういったことがあるから人生はおもしろくなっていくだろうって。
元気でましたよ!
だから今日も飲みに出かけるのです!!言い訳やん!!

水曜日, 6月 10, 2015

23冊目2015(210)

春画に見る江戸老人の色事 (平凡社新書) 新書 
白倉 敬彦 (著)
平凡社 (2015/1/17)

タイトルが示唆するように春画を解説していきます。

そこでおもしろいのは春画はフィクションであると言う点。エロ小説みたいなものです。でも、小説には時代背景が色濃く反映するので解説が可能になるわけで。現代の子が20年ほど前の小説読んで「携帯電話使えばええのに。」と思うそれがミソ!みたいな。

読み進める中で変な描写だったリがあったりすのです。完全なエロを目的としているのなら萎えるような。
ストーリー性とかとは違った描写が。そこの解説がふーーんとは思うのですが、そういったものなんかないなと。
最後の解説をよんでなるほど納得!どちらかというと笑いのために使われたツールの一つであったと。
そこに描写される老爺や老婆の姿。なるほどと。
この点に関しては最後にしてやられた感じでとても勉強になりました。使用目的の理解。
どんな文化やトレンドにも大事です。

かといって全てが全てそうではなかったのも真理でしょう。
現代のエロビデオ。熟女ものや爺さんの男優さんもいるわけで。
読んでいる途中は現代のポルノはようやく昔に追いついた!?なんて思ってました。
規制と自由と時代とテクノロジーの相互作用ですね。そんな視点で色んな物事の歴史を辿ると違うレイヤーが引けるかも知れないと思いました。

最後に。この本が世に出たのは今年の1月。そして筆者は昨年10月に他界されていたのです。
その事実を知る前まで、文体がなんか上からというかドライだなと思っていたんです。
そう書いている筆者がここで描かれる老爺的立ち位置であり、自分を観て出てくる言葉もあったのだろうと。そうするとまた文体の謎も腑に落ちたのでした。

この読書体験はちょっと得がたいものなりました。筆者・白倉さんへ感謝です。そして、ご冥福を心からお祈りする次第です。献杯。

ってまだ今日は飲んでませんが。。。

日曜日, 6月 07, 2015

22冊目2015(209)

なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか (講談社+α新書) 新書
福本 容子 (著)
講談社 (2014/8/21)

僕は基本的にこういったモノの見方がたまらく好きなので楽しく読みました。ただアマゾンの星は低いです。敢えて言及。

僕は祖父も親父もその毛ではなく"気"のある家系なので、この問題のある意味当事者かもしれない。
まえまえから感じていた事、自分が当事者になったらこうありたいと思っていたことは間違っていなかったと思ったのが読後感です。

それは「ハゲを受け入れる」こと。

潔さって素敵であり、素直であることや受け入れることって良しとしません?それに比べて、往生際の悪さや無駄な抵抗と言った意地を張るのはイメージよくないでしょ。一般的にね。

お題は「ハゲ」なのですが、これは髪型とか服装とかといった外見の本質、それも物理的に制限のかけられた身体へ出来事に対しての向き合い方の指針と言っていいと思うのです。そう言った一般的な人が人をジャッジするという前提での。

誰しもよく見られたいし、格好良く振る舞いたいんです。
突きつけられるのは自分が思ってるイメージと世間の抱くイメージ・世間体ってやつと時代のトレンドとの差です。その狭間でどう振る舞うかの選択の問題なんだと。
そこに迷うからこそビジネスが発生するんです。本書に「髪の文化人類学」や「ハゲノミクス」と言った項が入ってることの意義です。僕はなるほど思いましたよ。

ハゲだ差別だとか言うのではなく、人間は老いるもの。経済はそんなことでもズカズカ儲けの種にすることを忘れないという前提で、「起きたことの中でかっこよく生きる」という術。ファッション誌の役割にも言及したり。その見方で言えば至極全うですよ。

P194に出てくる「失った機能を数えるな、残った機能を最大限に生かせ。」

これなんて納得そのもですよ。清潔とか前向きとか。そこに文化や宗教とか規則とかを知ったうえでの立ち居振る舞い。
人は素敵になれるんです。格好良く生きれるんです。小さいことでくよくよするな!
そして、そんなことでしょうもない評価を下さないカルチャーが本流となればいいね。
それが起きていると感じる現代。

最後は帯に書いている言葉を。。。

「潔い!!」

「もう一杯!!」

(6/8/2015少し修正しました。)

金曜日, 6月 05, 2015

リズムとリズミカルと音感のケミストリー

高校野球漫画の名作ドカベンに最近はまっています。
観ていた当時から好きだった登場人物、ずらずら殿馬ずら。
秘打・白鳥の湖が有名なように、音楽が彼にとってのキーワードになります。

ある回で打席に入った殿馬がいつものように投手のリズムを取ろうとした時に言った言葉
「こいつはリズムがバラバラずらよー。きっと音痴に違いないずら。」
他の回では
「やつの球は4拍子ずら」

おもろい!!ビビビと来ました。
スポーツにリズムはあってしかり。それ何拍子とかで表現する。なかなか面白い視点だなって。


先日TEDxの地元のイベントに参加しました。
どのトークも個性的で示唆に富みつつ感動と感激を与える。脳みそがくたくたになりました。

ある一人のスピーカー。彼はミュージシャンで自分の過去に受けた差別的な経験を歌にのせというよりリズムに乗せ歌いました。
ラップと言えばそれまでになってしまう。
僕にはもっともっとリズムと表現と言う深いモノを感じました。
表現の中にpolitical correctnessといったフレーズが入ってくる。そうですよね、だって彼の訴えや想いは難しいissueに対してですから。

でもそんな言葉をリズムに乗せるとすっと身体に入ってくるんです。
浪曲が昔は政治的演説としての役割を果たしのが腑に落ちます。
人に届けるためのメッセージが乗ったリズム。パワーを思い知りました。


漫才やトークにもリズムがあって、スポーツにも人に訴える言葉にもリズムを見いだせる。
サイエンスにリズムを。遺伝子・タンパクの流れにもリズムを。
いや、
サイエンスにリズムが。遺伝子・タンパクの流れにもリズムが。
そのビートを殿馬のように「4拍子ずら」とTEDのスピーカーのようなビートで伝えれたら。

聴覚と音楽の底力に唸らされたついこの頃でした。

今日のビールは少なくとも2-pintsのラップだぜ!!
cheers!!