水曜日, 5月 18, 2011

書評10(その53)

憚(はばか)りながら [単行本]
著:後藤 忠政
出版社(発売日):宝島社 (2010/5/15)

山口組の直参だった後藤組の後藤忠政組長の激動の半生を語った本です。

ヤクザという世界がどうこうという視点ではなく、生きる上で「まっすぐな生き方」ってどういうものかが語られていると思いました。
組織の上に立つということは。人との関係性とは。あることをやり遂げると言うことは。
腹を括ると言う言葉が伝わってきます。
どこの世界でも共通する「生き方」として、僕はかなり後藤さんのスタイルに共感できました。

最初に出てくる子供時代の話を読んで、子供・少年時代の経験って大きく影響するのかなと思いながら被災地の子供たちはどのような感情を抱いているのか気になりました。

本の中に出てくるいろいろな出来事での人との関わりなどは普通に興味を持って読めます。
そういった世界と関わることは別として。
でも、自分がどのような状況で出会うかも分からない。そうした時に自分はどのように振舞えるのだろう?
など、ここで出てくる一説などを読んでふと考えてしまいました。

今、後藤さんは管さんや政府の対応をみてどう感じておられるのか、など色々と感じることがたくさんありました。
震災後に読んだ本。まさに今読んだからこそ特に「生き方」などに対して感じたのではと思った一冊でした。

なんでやろ、文章を書いていて妙にドキドキしているのは…苦笑

無限の中の点

今しがた書評9を書き終えて、ふと自分のFacebookとtwitterに目を通す。

ここ(ブログ)に書く内容は結構自分にとって「大きな思考法」だったり「○○論」だったり覚えている方である。
でも、上の二つで過去にさかのぼった投稿を大雑把にでも把握できることは…。

facebookにおけるlike。twitterにおけるRT。
これらは「その時の印象・感情」が大きく作用するものではないか?
facebookのポストは基本的に(設定によるけど)友人間における発信
twitterは誰が見るか分からないけど、荒野に向かって自分の考えを140文字という制限の中で叫ぶ。

言ってしまえばお手軽感のハードルはかなり低いのではと思う。
もちろんこれが政治家やジャーナリストの方々やるページは該当しない可能性が高い(RTに対するコメントなど100%とは言えないけど)。

でもウェブという場所には残る。
もちろん紙の情報ではないので、残ると言う言葉の使い方は難しいけど。
その「残る」と言う現象に対して少し考えてみるのは面白いのではないだろうか。

以前このブログで書いた記憶があるけど、
youtubeや動画サイトはテレビでも不用意な発言やいい加減なコメントさえも残してしまう。本のように校正が無い「言葉」が記録として残るようになった。
といった趣旨のコメントを書いた。(今から探す!)

金曜日, 1月 30, 2009の記事:動画と言うなの記録
それを踏まえて、普通に使っているこれらのツールの違う意味での「意味」を気付けたかもしれない。

脳のなかで思い出や記憶として「しか」残せなかったモノ・コト。
日常の中で目にしない限り思い出さなかたモノ・コト。

案外忘れられたモノ・コトまで残ってしまう、いや残せてしまうのかもしれない。

記す…。深いなぁー。

書評9(その52)

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)
著:佐々木 俊尚
出版社(発売日):筑摩書房 (2011/2/9)

キュレーション【curation】
無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と共有すること。(amazonのこの本のページから転載)

今のソーシャルメディアについて実際のfacebookやtwitterを例に出さずに、どういったことでどういう可能性があるのかが書いてあります。

これも震災前に読んだ本。
まさに、震災でこのキュレーションが放射能の情報や色々な出来事の中で起きていたと思います。

自分の知っていること。他人の知っていること。これだけが情報ではなく、この世の中には無数というとチープなほどの自分の知らないものがあります。
その知らないものは、自分が知らないだけで見つけた人がいるからウェブや本(僕の分野では論文・データベース)として残っている。
それを見つけ、コメントを添える。そのコメントを見て人は何かを感じる。
こう書いていて、「そんなの今までもあったやん」と思ってしまう。

でもそれは以前はメディアという大きな存在によって、僕らは受け取る側にいた。
しかし、今は自分で発信できる側に居るんですよ!ということ。
そして受ける方法が無数に存在し、認識していない・気付いていない大きな網の中で生活しているということ。
ネットを使えば自分でニュースソースにアクセスできる。検索によって色々な情報をキャッチできる。
知恵を絞ったり気付くことが出来れば、得たい情報にアクセスしたり自分で発信することも出来る。

実生活でどのような場面がそれなのか?どういった方法やモノなのか?ということが分かりやすく書かれていると僕は思います。

メディアリテラシーを含め、情報を得ると言うプロセスが受身で無くなったのだと僕は思います。
でも、受身でなく自発であることが「must」ではない。「better」であって、底に割く能力との費用対効果。
実際には、今までどおりのテレビを見ているだけでも生きていける。知らなくても生きていける。
そこに何が本当に「いい生き方」なのかを見つめる機会でもあると思います。

震災前に読む機会を持てた事は幸いだったと思います。

書評9(その51)

誰も語らなかった防衛産業 [単行本(ソフトカバー)]
著:桜林 美佐
出版社(発売日):並木書房 (2010/8/2)

また書評を始めないと思いながらどれだけたってるねん。ホンマに情けない限りです。
しかも震災前に読んでいた本やし…。

今被災地で必死に動いて下さっている自衛官の方々、特に陸上自衛隊の方々が使っておられる戦車などの部品がどのような所で作られているか?という本です。

まさに職人技の数々が記してあります。
ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベル。ダイナマイトは人を殺してしまうが、その発明のプロセスは科学の探求であると思う。
正確無比な部品、それがないとハイテクの塊戦車は動かせない。
しかし防衛費削減のあおり、注文数の減少、儲けにならない。しかし、それを作るための設備。
機密に関わるから転用が難しい。外注は信用できるのか?国家機密だからこそ国内で作る意味がある。

などなど、読んでいて「んーー、って思ってしまいます。」
技術とは?それは相対化したら、研究とは?科学とは?学問とは?となってしまいます。
何に応用するか?
そもそも、誰が国を守るのか?
違う側面からとても考えさせられる命題でした。

そして震災。果たしてこれらの部品工場は被害を受けていないのか?
計画停電、夏場の節電などでこれらの「貴重なライン」はどなるのか?

企業の経済活動だけでなく、将来の国防にも影響することはあまり議論されていないのでは?
腕に職とはいいますが、人間関係などと同じで維持するのでも大変。応用するにはパワーがいります。

大きな被害が無いことを祈ります。

木曜日, 5月 05, 2011

いま

ふと。

またふらり旅に出たいな。

報復テロの危険とか百も承知。飛行機に乗ること出かける事自体がリスクを伴うから。
いまここにいても何が安全かなんて分からない。

ただ、気の向くままに。

6月には一度出かけよう。

土曜日, 4月 16, 2011

ポロリと

今日のグループミーティングでの出来事。

ある機械の調子が悪く、部品の取り寄せが必要に。
その部品は日本から来るとの事。

ある方が、
「with radioactive」
僕は笑いました。間が良かったし。
そもそも食品が取り込んで摂取するのとは違うから(表面に付着したものは洗えばよいので「取り込んで」と書いています。外部被爆と内部被爆の違いのようなものです。ここの違いを認識しないと風評被害を煽ることになります)。

でも、ネタであれそう言った感じでみんなが「日本のも」にセンシティブになっているんだと感じました。

センシティブになるなと言う権利はありませんが、安心だと訴えるは僕たちにはあります。

みんなで日本を守りましょう。

ビバ!made in Japan!

満足

いま今月11日に放送されたTVタックルを見てます。
放送中何度も地震速報がでる。
福島県の民宿を経営されている方、漁師の方が出ておられてる。

風評被害。
原発からかなり離れているけど同じ「福島県」ということで予約キャンセル。
人が来ないことがつらいと。

西海岸で起きたことを東海岸の人がどの程度気にするのか。
国内ならそんなん離れているし。
日本人なら?外国人なら?土地勘があるか?アメリカはアメリカ。
相対化できる気がする。

で、東京ディズニーランドが営業再開でスゴイ人が並んだそうですね。
あえてリンクは引きません。

その人たちは「なにか出来ないか」と思っても福島には行かないでディズニーランドに。
自己の満足と現状の不満。
行かない理由と行った理由。

生きる。行動する。

なぜに全てはシンプルでないのだろうか?

自分もやらなと思ってできていないことが多すぎる…。
あした友人にまずメールします。やろうと思って出来てないことからやっていこう。
あと書評も…。

時間が欲しいし処理能力も欲しい。

満足感。今は胃の不快感。飲みすぎ…

木曜日, 4月 07, 2011

言います

震災後ある方々には言ってきたことです。
本当にそう感じているのでここに記しておきます。

被災されている方々に対して失礼なのは百も承知な文言になります。それは自分でも分かっています。
でも敢えて。

今回の地震は神の思し召しだったと思います。

ある政治に関わる方は「天罰」と表現されました。僕はそこまで罰の意味は感じません。
ポジティブに力が働いたと信じます。

領土問題。北方領土、竹島、尖閣。あえて対馬も僕は入れます。
うまく対処できていたようには思えない。
TPP。僕は当初賛成でしたが、情報を集めるにつれて「よくない」。最終的にはこの政権下では反対。

2012年。世界のトップの選挙戦が起きる時期に向け、世界中が票を得るため内向き政策になると言われる中で、この国はこのままだと本当に大丈夫か!?言わざるを得ませんでした。

この震災でしばし全てペンディングです。
この猶予期間の間に、ダメな人にはしっかり退場してもらわないといけない。
それを判断するためにしっかり観察しましょう。しんどい状況です。だからこそ向こうも本音が出る。
自分たちの手で「帰ってください」「もう出てこないで下さい」を言いましょう。

そのチャンスをこう言った形でしか得られ無かった。それが本当に残念です。
だからこそ…。

さぁ、僕はどうするのが最善なのか。
日々悩み。そして考え、行動したいですね。


飲みます。

水曜日, 4月 06, 2011

いかんいかん

久々のブログになります。
facebookとtwitterとブログ上手くバランスを取りながら運用したいけど、書くの面倒くさくなるからあきまへん。

本当に震災から色々と感じることがあります。
書き出すときりが無いですが、2点をここに記します。

義援金および支援金。
全世界そして国内でどれぐらいの額が集まっているのか想像できます?
台湾で億単位とかの報道、また何千万単位で寄付をなさる方々。
「宝くじで一等当たったら何します?」でないですが、額が巨大なだけに運用というか分配(被災地へあるいは復興資金に)を明瞭にして欲しいです。
世界の方々が善意で寄付された、後でポッポとかの報道を聞いたら日本の信用は落ちると思います。
自分が直接関与しているだけに感じることが大きいはず。
当たり前に常識で対応して欲しいです。そして、感謝のありがとうを忘れずに。

2つ目。
放射能は日本だけの問題でないです。
海洋国家の日本です。だから日本は海に放射能を吐き出してもいい。
そんな訳が無い!!
日本の海は国境です他国との。それなりのアナウンスや配慮をもって行動して欲しいです。
地震は天災ですが、原発の処理は日本の責任で世界に迷惑を掛けないようにして欲しい。

以前にここで書いた「x(-1)の効果」が怖いからです。
とても震災後の日本人の振る舞いが謙虚で秩序よくなされたために、評判・評価は上がっています。
だからこそ身を引き締めて。
だれが?政治家や官僚などの処理に当たる方々です。
被災者の方々による「不幸中のアウトプット」を踏みにじらないように。
僕も謙虚に行動しないと。

あーー、書評…。
また今度。アカンわ~


水曜日, 3月 16, 2011

メモ

今後起きる原発議論を想定した自分自身へのメモ。

火力発電に余剰はあると言った記事から出発
→石油の調達にかけるコストの捻出
→二酸化炭素の排出問題
→排出権取引
→京都議定書
→原発を全部止めた時に現状で賄える電力
→西日本と東日本の交流電流の周波数の統一
→原発に関わっていた人の再就職
→原子力研究

とりあえずは以上かな。。。

複眼的に議論しないと復興が中途半端になる。
みんなも考えよう!!

土曜日, 3月 12, 2011

海外から

被災地の方々に心からお悔やみ申し上げます。

僕の両親は大阪ということもあり無事でした。
自分が海外に居てネットも出来てご飯食べれて酒も飲める状況です。
だからこそ何が出来るのか紳士に考えたいです。

昨日本当に多くの方々が僕に声を掛けてくれました。
家族や友人は大丈夫だったのか?
何通もメールも頂きました。本当にありがとうございます。

僕がまずできることはこっちの方々に現状をしっかり伝えることです。
それによって彼は考え行動してくれるかもしれません。

友人たちが言ってました、あの揺れでまだ立ってる東京のビルはすごいと。
原発の問題はもちろんあるけど、あの地震と津波でこれだけの被害に抑えてくれているのは日本の技術とそれを遂行している技術者の方々のおかげです。

僕は前向きに伝えて行きます。
みなさんも踏ん張りましょう。

日はまた昇る

水曜日, 2月 16, 2011

書評8(その50)

公務員の異常な世界―給料・手当・官舎・休暇
著:若林 亜紀
出版社(発売日):幻冬舎 (2008/03)

まぁ、これを読むと「公務員ってええなぁー」と思います。
筆者の若林さんは一般企業で働いた後に厚労相の外郭団体での勤務したそうなので、その違いたるやすごかったのかもしれません。
4月から3月までカレンダー形式で、その時々にある行事と上手くリンクさせながら公務員が以下に優遇されているかを書いてあります。

ここからは私的な意見になりますが、確かにこの本に出てくるような全ての優遇を受けている方もいるかもしれません。が、公務員すべてがここに出てくるような人たちなのか!?
そういう疑問は残っています。

ムーブ!という大阪の番組でも(残念ながら終わってしまいましたが)公務員(市や府の職員)の惨憺たる仕事振りが報道されていました。
さすがにそれを見て「アホか!ふざけるな!」と思わない人はいないと思います。
でも逆に僕は「なぜ、そんな人たちが存在するのか?」と思ってしまいます。

注意しないといけないのはこの本で紹介される「制度」がダメなのであって、公務員が悪いという意味をしっかり理解しないといけないのでは?と思いました。
制度があれば乗っかってしまうのが人間だと思いますし。
まぁ、国民の税金だと意識もせず制度に乗り感覚が完全に麻痺してしまっているような人も人ですが…。

それのフェアな部分で実は悲惨な公務員 (光文社新書)と言う本も買ってあるので比較しながら読めたらと思います。

でも、この本に出てくる全ての厚遇を得ている公務員がいたら…。天誅じゃ~!!

書評7(その49)

面白いほどよくわかる官庁&官僚のすべて―日本の中枢、中央省庁・霞が関の姿が見えてくる(学校で教えない教科書) [単行本]
著:斎藤 ヒサ子
出版社(発売日):日本文芸社 (2008/12)

公務員と言う職業に友人の関係で興味を持って色々読んでみようと。
そして全体的な構造を理解したいと言うので買った本です。

はい、全体的なイメージがつかめました。
各省庁の管轄や役割や官僚とはなんぞやみたいな。
「へーー」って感じですね。

色々な本を読む中で、官僚や省庁に関する枠のような疑問が出た時に参照するとよさそうです。

それ以上それ以下でもないです。はい。
この本は使い方ですね。政治家が官僚制度に対して言う言葉みたい…

書評6(その48)

お釈迦さまの脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか?
著:苫米地 英人
出版社(発売日):小学館 (2010/10/1)

脳機能学者であり天台宗にて得度し僧籍を持つ苫米地さんの本です。

仏教の生い立ちとその教義に関して分かりやすく説明してあります。色々な宗派に関して特にバラモン教やチベット密教などがどういうものかを知ることが出来ると思います。
その説明を踏まえたうえで仏教の持つ考え方とは何か、それを考えることを通じて脳という存在が浮かび上がると言った感じでしょうか。

僕自身はこの苫米地さんと宮崎哲弥さんの仏教に関する会話の中で、その思想に興味を持ちました。
もともと抱いていた色々な疑問(「生きるとは」「死ぬとはな」どの抽象度の高い疑問)を考える際に、この仏教的な考え方がとてもぴったり当てはまり。それ以降自分は仏教徒(者)と言うようにしています。
どこの宗派といったことではなく、その思考に魅了されたということです。

アメリカではよく「あなたの宗教は?」と聞かれることがあります。
僕は今まで日本人の宗教との関わりを自分なりに説明した上で「ポテンシャル仏教徒」と言っていました。こういった体験も興味をもった原因かもしれません。

ここに出てくる「そもそも論としての仏教」を知った上で、今身近にあるお葬式など色々な宗教的行事を見つめ直すのは悪くないと思います。
これに関連して以前書評 その15 、書評 その27 の本を読むものいいかもしれないですね。

この文章って怪しい新興宗教の勧誘文みたい…。

日曜日, 2月 06, 2011

書評5(その47)

クルド人 もうひとつの中東問題 [新書]
著:川上 洋一
出版社(発売日):集英社 (2002/7/17)

正直なところこの本を読むまで「クルド人」と言う民族を知りませんでした。
日本語を話す国民が日本という国に居る。
この概念よる母国語と国家から考えると、クルド人の方々は最初の区分け(国としての線引き)であぶれてしまった。そういう風に僕は感じました。

トルコを中心に中東に広く分布しており、自治獲得の際に周辺国やアメリカの政治的経済的思惑の間で振り回されている。
イスラム教の部派的なこと・出身者の階級・石油の問題など色々な点が対立軸となって思惑に利用されたようですし、のエジプトとアメリカの関係などもこのクルド問題から相対化して考えることが出来そうです。
アメリカ含め各国は本当に自国の利益のために強かに外交しているなと。
日本国…、頼みますよ。

中東の歴史と問題は本当に複雑だけど、理解できたら色々なことがもっと分かるんじゃないかな。
あー、勉強ですね。

僕がこの本を読んで想像した似たシナリオ。
仮に日本に方言が無くなってしまってみんなが標準語を口にしている。そんな中、我が我がの大阪人は「大阪弁」止めなかった。国家は大阪弁を認めず公でしゃべること禁止。「なんでやねん」など特有な表記も禁止し、大阪弁に関する書籍は焼き払った。大阪弁を口にするものを危険分子として排除・弾圧したため、やむなく国外に集団で退去した。自分たちの聖地・道頓堀に帰り大阪弁を自由に話せるよう自治を日本国に求める。はてさて、同じ日本人同士の血のにじむような争いが始まった…。

みたいな。使用言語と歴史の中で作られるアイデンティティー。
チベットの問題、韓国・北朝鮮の問題など色々と考えるきっかけになります。

日本という国はそういう意味で自由と人権は保障されているのかなって。

大阪人サイコー!!

書評4(その46)

平成海防論 国難は海からやってくる [単行本]
著:富坂 聰
出版社(発売日):新潮社 (2009/12/22)

尖閣諸島の問題が起きた時、「なんで読どかへんかったんや~」と後悔しました。
非常に読みやすく、とても示唆にとんだ内容でした。

海

そこから何をイメージしますか?
おそらく浮かべたイメージとはかけ離れたモノたちが海を通って繋がっていくと思います。
食料・エネルギー、外交・領土、海賊、環境・生態系問題。
全て海が関係し、海に囲まれた日本は間接・直接含め影響を受けるのです、複雑に絡み合いながら。
少し想像力を働かせば「そらそうやな~」ってなります。
なぜ感じないのか!?無関心。いや無知という恐怖ですね。

陸の国境を身近に感じないのは海があるから。でもその海には海面の国境がある。
船でしか見れない日本の国境。

海上保安庁と海上自衛隊の方々に本当に感謝しないといけません。

日本の海デカイです。そして日本にとってかなり大事な問題が浮かびまくってます。
「海」について考えるのにとてもよい本だと思いますよ。

んー、なんか魚が食べたくなってきたなぁ…

最近見た映画などなど

先日ワシントンDCの友人ところで色々と映画を見ました。
その感想を

1つ目。電車男
はい、ここに来て初視聴。ドラマも見てないし全くもって「名前だけ知ってます」の状態で見ました。
おもしろかったです。最近話題のfacebookやtwitterとの比較で考えて、あの「2ちゃんねる」的掲示板の匿名性だからこそあのストーリーは成立するのではと。
比較対照として映画「ソーシャルネットワーク」をなんとか見たいと思っているついこの頃です。

2つ目。東京原発
これ、まじでおもろかった!2004年の作品のようですが、今見ても十分新鮮。
てか含まれるメッセージが色々深すぎる。
中で出てくるデータが現在どうなってるかは検証の価値はあると思いますが、これ現実にないとも言えないような気が僕にはします。

3つ目。たそがれ清兵衛
4つ目。クロッシング
両作とも「あなたにとって幸せに生きるとは何ですか?」と訴えかけてきます。
特にクロッシングは自分が日本という国に生を受けたことへの感謝を切に感じます。
クロッシングは機会があるなら是非見てください。
北朝鮮と言う国、自由と言う概念、人権というものをふと立ち止まって真剣に考えて見るのも時にはいいのではないですか?

また、見たら感想書きます。めったに見ませんが…。


あとDCで感じたこと。
キンドルを使っている人がいっぱいいた!
ポートランドで今までの間に5人ほどしか見たことが無かったけど、一日で7人ほどいたのでは!?
あと、今調べていてキンドルのエエ使い方が浮かんだ。これは要検討だな。

水曜日, 2月 02, 2011

浦島太郎

先週の木曜の夜から月曜日まで友人に会うためにワシントンDCへ出かけてきました。

旅自体はとても楽しく、面白い映画も見れたし(後日書きます)色々な話ができて有意義な時間でした。
期間中ネットにアクセスする時間は少しはありましたが、メールを少しチェックする程度。メールマガジンも読まず、twitterも見ず。

帰ってきてたった4日間ほどの間に起きたことについていけない。
エジプトの件、小沢さんの件、アジアカップの件、橋下知事のtwitterとかなどなど。
すごく情報過疎というか置いていかれているような気分…。

日常ルーティーンでしていることが出来ないことの弊害。
非日常で感じる新しい経験や知識など。

何かを得るには何かを犠牲にするにはこういうことかと。
そら、自己努力で僕の抱えた問題など解決できそうですが相手(友人)やモノ(飛行機)があることなのでね。

必死にフォロー中。

水曜日, 1月 26, 2011

書評3(その45)

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 [新書]
著:岡田 暁生
出版社(発売日):中央公論新社 (2009/06)

音楽には疎遠な自分ですがこの本は面白かったです。
ここで扱われるのは西洋音楽(クラシック)ですが、ちゃんと聴いてみたくなりました。
「聴き方」と聞くとたいそうに思いますが、要はどうやって音楽を楽しみますか!?ってその方法の紹介とでも言うのでしょうか。

僕には漫才と落語がこの本を読んでいて浮かびました。
特に落語は噺がする人によって変わります。いわゆるネタは楽譜と同じでしょうか。
なので、どう表現するかどう解釈するかは演者と客に委ねられる。
本の中でも出てきますが、昔は稽古と言う形で伝承が「録音」「録画」の技術の登場で変わります。でも録画とライブの違いがあったり。

あと、僕は本当にお笑いが好きなのでよく劇場に足繁く行ってました。
そのおかげか色々な部分を感じながらネタを見れている気がします(自分で言うなと聞こえてきそうですが)。だからM-1グランプリは見ていてとても面白い。
この本でも、自分なりの(内なる)図書館を持つことの意味が書いてありました。
モノを楽しむにはある程度比較対照や経験が必要だということです。
でも、そのきっかけには絶対的な感動が必要だったり。

そもそも「音」とは!?
外国人が日本人の会話を聞いて心地よい音楽に聞こえるかもしれません。
これは言語にも繋がる面白い議論のタネですよね。

見る、聴く、話す、そして体験する。「楽しむ」ということをどう考えるのか。
音楽から相対化させると皆さん共通点を感じれるのでないでしょうか!?
音楽っておもしろいなと思いました。

でも…、カラオケは苦手だなぁ~

書評2(その44)

ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 [新書]
著:水月 昭道
出版社(発売日):光文社 (2010/9/17)

タイトルの通り自身が身を置く世界に関する本です。
自分の仕事におけるスタンスや自分の置かれている状況を考慮した上で感じたコメントに以下なります。

第一部に関しては読みながら腹が立ってきたのが正直な感想です。
・僕には文系と理系の院というものがごっちゃになってるんちゃう!?
・外部からの院生がいじめに合う!?僕の研究室はほとんどが外部だったし、周りにも結構居るし。
・給料の話が出てきますが、この世界でお金を儲けようって思うほうがと思ったり。
・自分が去年の卒業式で感じた群の中の点で僕述べたように博士を得ることで満足した人なのかな、この筆者は。
・不遇を言う前にこの人はどんな研究をしているのだろう。
などなど、読んでいてまぁ自分との齟齬を感じました。

しかし2部を読み出してふと、「自分は今のところ恵まれているしなぁー」と思うと相対化して読めるようになりました。
多くの人が「博士」に希望を持ち進学したのも事実。それを利用した教員もいるやろうし。現在、次の職探しで困っている人もいるはず。
そう、この人は嘘は絶対に書いていないわけで、なぜそうなったのかを考える必要があると。つまりは教育問題と科学技術行政に対して問わないといけない。

筆者は得度(分かりやすく言うならお坊さんになること)し仏教的な視野から今の置かれている状況と向き合ってこの問題に取り組んでいはるんやと。

そう思うととても腑に落ちる問題提起のされた文章に思えてきました。

学問というものと職業というもの。自分を表現する方法としての仕事。
ふと自分を省みると、この本で指摘されているような「よくない動機」で自分は院進学を選ばずに、ぼんやりだけど院に対して上手く向き合えていたのかなと思います。それには周りの方々の助言があってなので、改め自分はラッキーだと。

これは博士の処遇だけでなく、大学・大学院問題や教育問題など視点を変えるといろいろな議論が出来る本ではと思います。

機会があれば筆者の方と話してみたく思いますね~。
さぁ、明日はわが身がんばりましょう!!
といいながらちょっと朝から飲みたい気分(アカンやん!!)