金曜日, 7月 31, 2015

水を含んだ砂上の楼閣

海岸を歩いている。浜に向かうほど足場はしっかりとしてくる。足にまとわり付く砂。数時間後、そのねっとりとした砂は乾き手によって払い落とされ、元々存在していたところからかけ離れた空間で過ごすことになる。

僕の住んでいるところは今とても人気で全米だけでなく日本を含めた世界から人が流入している。
それぞれの地区ごとに個性があり、それをベースとしてアパートの建設やレストランの入れ代わりなど競争が日に日に激化しているのを感じる。平行して確実に地価が上がっているのも皮膚感覚で分かる。

さて、それに伴って気になることが。最近とみに閉じられた店のスペースに次の入り手が見つかってない場所を見かける。アツイなどと言われているエリアでさえ。これに僕は恐れを抱く。

人気エリアだからクオリティーなど落とせばあっという間に評判が広がり閑古鳥。
上げた品質を下手に価格に反映させても、マーケティングとターゲティングを見誤ると閑古鳥。
そこに、店のレベル云々ではなく高額な家賃がのしかかる。
うまく経営できないが故の撤退。たとえ、良い店でも。
資金を持った良いクオリティーの店なんてそうそう出てくるものではないだろう。

ポートランドはここのジレンマを乗り越えないと弾けると踏んでいる。あと2年ぐらいかななんて予想したり!?
この都市に愛着があるが故に、空きテナントの脅威を畏れている。

住みやすさとはだれにとってなのか?哲学のような問いが10年過ごしたポートランドの人目の付かないところで頭を擡げている。
擡げすぎてこの週末はクソ暑いようだ。。。それは関係ない!!

水曜日, 7月 22, 2015

30冊目2015(216)

藤子不二雄論: FとAの方程式
米沢 嘉博 (著)
河出書房新社 (2014/3/6)

物心ついた頃の金曜日の食卓の記憶。リモコンのないレトロテレビがまだ幅を利かせていた時代の時から現在まで。水戸黄門ほどの型はなくとも安定感と言う名の印籠をお腹に張り付いたポケットに忍ばせるハットリ君。。。ではなく、ドラえもん。

僕はこのドラえもんを起点とした藤子不二雄をしか知らなかったわけで。

この本を手に取って人に歴史ありと言うか、ドラえもんが立っている地面の下で眠っている作品群の深さに正直驚嘆しかありませんでした。

作品は時代と読者と共に歳をとる。僕が藤子作品と歩んだ時間のスケールはあまりも小さく、僕よりも上の世代の方が思い入れが入ってる漫画家さんなのだと。
果たして、そんな話を両親を含め上の世代から聞いたことが無なっかた。聞かなかった僕もいるのでなんと言えない部分はあるが。言われてみれば白黒の怪物くんを観た記憶もあれば、僕が目にしたタッチとは少し違った”古さ”や”時代感”を纏った漫画のQ太郎・ハットリ君・パーマンを見た記憶も。
そう、売れたのが言うてしまえば最近なのだと。ある意味で、この売れ方との元々の読者のギャップが無知の原因だったのではと、ポジティブに考えてしまう。

FさんとAさん。アップルやグーグルの例にもれず、2人ペアなのだ。
そしてライバルであり戦友の存在が赤塚不二夫、石ノ森章太郎、つのだじろうと言った面々。でもって、師は手塚治虫。

お笑いの世界やサイエンスの世界でこの手の環境を基に弾けた分子を思い浮かべることできるので、ある種の方程式に容易に興味が進んでしまう。この本が僕にとっての面白味なのはその点かもしれない。

テレビと雑誌の需要。特に小学X生といった媒体。そこからコロコロコミックと言った流れ。時代性はあるけど、漫画と言う方法論にこだわった藤子不二雄・両氏に尊敬を。
ストーリーと絵の妙。ストーリだけでも大変だし、絵・画だけでも大変。そこにギャグや時代性を反映させ。SF的要素を混ぜたり。

器用貧乏の極地なのかもなんて。もちろん売れてはいたと思う。でもドラえもんと言う極の前を見る限りは、ある意味自由度のある好きなことをできる人生だったのかなって。
最大の贅沢が創作という。

だからこそ、ライバルや環境や師匠や時代性など。
僕の今は何なのか。そしてどう”したい”かなって。

風通しの良い生き方。良いとか悪いとかでない。通気性やフェアとか。
表現と想像の自由度を抱えて漂流したいですね。

この気持ち、お笑い漫画道場にでも通って極めるか。。。いや、でも笑点の大喜利も捨てがたい。。。
チャラーー、Yoshi OUT... いや、ホンマちょっとほくそ笑んだだけですやん。。。

火曜日, 7月 21, 2015

29冊目2015(215)

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ 単行本
吉川 浩満  (著)
朝日出版社 (2014/10/25)

進化が理不尽!?そんなアホな!

もしそれをアホとみるなら、僕たちはアホの上に成り立っています。

ふざけるな!進化とは。。。なんて聞こえてきそうですが、よく詳細を踏まえると進化と言う言葉の「後光の影響」がどれだけ僕たちを「レトリック」と「トリック」の狭間のブラックホールに誘導してるかを垣間見れます。

進化。それは進歩であり成長である。進む変化。字面をとるならそうです。その通り。
恐竜が絶滅したのは隕石が。。。そして寒冷化で。。。よく耳にする通説です。
さて、そこで「字面の進化」で生き延びた恐竜は居たのか。聞こえてきそうですが、そんな危機的状況で進化なんて。では、進化は何のために、何を見据えて起こるのか?

危機的状況で生き延びれた種。理不尽に耐えた種が「進化」のチケットを手に入れることが出来るのです。そもそも生き残った種は自分の”進化”などを意識することは毛頭ないのではないでしょうか。この前提から、ダーウィンの進化論や自然淘汰説のバックグラウンドを丁寧に紐解き当時の論争を辿っていきます。

最初の数章からここに入ると概念から詳細にシフトし小学校の歴史の教科書が高校生のそれに化けたように細かい部分を見ることになります。でも、そこが大事な気が僕にはします。

何か新しい事を始めるといううのはそういうことであり、当事者からみてはるか先に評価されるという事実が多く存在するから。そこに、頑なにこだわった一人の科学者。その頑なこそ理不尽であり、その理不尽さがまるで進化の象徴のようでした。
筋、頑固、譲れないとか、周りにもいたり自分もそんな面がある事にはあったり(僕は確実にその系統の人間ですが。。。)。でも、そのこだわりが学会や国や世界を動かすことに出会って、それを貫徹できるか?筆者にはこの物語の深さを感じたのでは。僕はそう感じてなりませんでした。

科学者として、根本として人間として。理不尽への向き合い方。
うまく生きるべきではあるが、うまく生きるとは何か。
理不尽には屈したくないが、戦うことは人生に何をもたらすのか。
理不尽な進化の上に生きる人間。その理不尽を受け止めてこれからまた起きるであろう次回の理不尽に思いを馳せてみませんか!?

僕の人生は理不尽な酒。いや、酒が理不尽なのだ。
酒を一切飲めなくなったら。。。スーパーサイヤ人になれるかも!?
こら、僕は自然に消滅だわさ。

28冊目2015(214)

渋滞学 (新潮選書) 単行本 
西成 活裕 (著)
新潮社 (2006/9/21)

現状には必ず理由がある。まさにこれを見せてもらった気がします。そして、大事な点はもう一つ。サイエンスは身近に存在するという事。

渋滞学。車の渋滞に関する話から始まりますが、行列を渋滞ととらえたり、遅いインターネット、飛行機や電車の遅延だってある意味で渋滞です。そして、人で溢れ返った状況で起きる事故は渋滞が原因となってるともいえるでしょう。

頼んだビールが来ない!なぜ?ガラガラの店内と超満員の中では後者は忙しいからと思うのが普通でしょう。その時、「結構店員さん居るのになぁー」と思ったとき。どこかに理由がある。そう捉えて観察する。そして「あいつ、仕事せんとずっとしゃべってるやんけ!あいつのせいや!」それを改善するためには。。。そう、こういった事をサイエンティフィック説明してくれているのです。これを踏まえてもらえると最初に述べた「サイエンスは身近に存在する」という言葉が現実味を帯びてくれると思います。

混むという原因。渋滞の理由。物理的に理由を付加することが出来る場合とそうは問屋が卸さない場合。人間の存在。現象に行動学や心理学が絡む。動物に当てはめるとケミストリーを踏まえての行動学になる、とくに昆虫など。インターネットに関してはテクノロジーとプログラムの妙。解は一つに求めれないんですね。それを思い描ける想像力を駆使して思いにふける。人間に与えられた特権。人間の営みの素敵さと愚かさからなる学問「渋滞学」ですね。

ハブ空港とかサーバーとかインターチェンジとか。集まること。地方とか一本道とか限定品とか。制限されるところ。便利と不便のエアポケット。渋滞学。面白かったです!

反面、僕たちの行動、とくに便利さ(当たり前に色んなものが時間通りに・頼んらすぐに・ボタンを押したらすぐに視界に現れてくれる。(多少の遅れはあったとしても。。。))を感じる場面ではこれらの学問のアウトプットで意識しないうちにその恩恵を享受していることを忘れてはいけないことを付け加えておきたいです。

さて、今研究しているプロジェクトに当てはめるべきなんですが、僕の頭が渋滞です。解消にビール。。。より問題を複雑化させているような。。。

金曜日, 7月 10, 2015

よゆう!余裕!?Yo, You!?予油!?

暑い日々が続くこの頃。友人と入った日本食店。メニューを眺め「あ!」と漏れる。

Cold Ramen

とある。ナイス!!このしばらく続く熱波に店も策を練ったのだろう。
即決オーダー。

しばしビールをすすり待つ。出てきたラーメン。確かにCold Ramenだ。。。けど!!



「冷やし中華」と翻訳した己のミス!
説明にあった具材だけ確認してスープの詳細を見落としていた己のミス。

いやはや、予断なのか油断なのか。翻訳と思い込みの妙です。
言語の奥深さを体感したのでした。

サブイわー。スープが!?

火曜日, 7月 07, 2015

鬼の首を取ったものの果たして鬼の首なのか

近日中に投稿しようとは思っていますが記録として。

W杯後、佐々木監督への風当たり厳しくないですか?なでしこジャパンの内輪的なもの(ネガティブっぽいもの)多くないですか?

敗軍の将だからそうなのかもしれないですが、準優勝ですよ。
ボロ負けしたから。なら結果が1-2での敗北とかPKでのことだったら同じように出てたのかなって。

そういったものはもちろん然るべき形で評価・判断されるべきだとは思います。

ただ、伝える側がなんか息巻いているようにしか僕には感じられません。
日本に到着するのは今日だと思いますが、これから出てくるかもしれない当事者の声にもっと耳を傾けたいです。

あえて、同じことはマクドナルドなどにも当てはまると思うので近日中に書きたいと思います。
約束しちゃったよー。

日曜日, 7月 05, 2015

非日常への招待状

どぅばつぃん!!!

と耳元ででっかい音が。サッカーの試合中走ってくる相手を止めに行こうとした時の出来事です。
その走ってきた相手におもいっきり足を蹴飛ばされたと思って振り向いた背中越し。無人のフィールド。
なんじゃこりゃ!?と走り出そうとした瞬間に駆け抜ける激痛。

走れねーよ!!

過去に色々と怪我はしてきました。でも今回「これはちょっとメガトン級なあれではないか。。。」瞬時に脳が反応します。

左足膝から下だけ異空間に解き放たれたように浮いているような感覚。右足に感じる体重と重力に踏みしめている地面。そして地面からの反発を感じる身体。それが左足にはない。

アキレス腱やっちゃったかな。

試合後、10年目にして初めてアメリカの医療のお世話になるべく病院へ。しかもemergency room。
どんなロストバージンやねん!

担当してくださったスポーツドクターの先生に状況を伝え診察してもらった結果、ご名答!
やったー!10ポイント獲得!ではなく、MRIを受ける権利を獲得!

医療チームの方々が非常に良い方々でMRIを受けることを勧めてくださいました。というのも一部繋がっている所があるみたいだから細かく綺麗な画像で確認した方が良いと。断裂が損傷か。数日後MRIを受け、その数日後にドクターと会うことに。

MRIの音。へたくそなバンドよりもロックンロールなサウンドでした。

で、診察結果はアキレス腱重度損傷でした。

はい、今松葉杖とギプスの生活なのです。これが不自由なのですが色々と教えてくれるのです。
日常が非日常になることの意味。なかなか味わい深いです。

こんな上り坂・下り坂が大変なのか。
松葉杖だとめがねが安定しなくて毎日コンタクトだな。
変なおっさんが来たら走って逃げようって、すぐ追いつかれるじゃなーか。
公共交通機関の充実に感謝。
なにをするにもいつもの1.5倍ぐらい時間かかるな。
松葉ちゃんじゃ両手ふさがって買い物にもいけねーよ。
などなど

日々発見です。日々高速松葉杖使いに変身中です。日々いつも通り飲んでます。
uncomfortableを楽しんでいます。
非日常を楽しんでます。
日常のありがたさを感じてます。

いい経験です!

トチ狂ったように腫れた足も徐々に元の美しさ!?を取り戻しつつあります。
時間はかかりますが、またサッカーボールを蹴り、波に乗り、遅刻だと走り階段を一段飛ばしでかけめぐり、いい気分で千鳥足を両足で体現できるように。
ぼちぼち行こうと思います。

なでしこジャパンの中にも怪我での苦しみを乗り越えて今日の決勝のピッチに立つ選手たちの存在を知っています。先輩!パワーを貰いにスポーツバーで応援します!
Go なでしこ!

水曜日, 6月 24, 2015

てっぺんに辿り着くために

女子ワールドカップもいよいよ終盤。

順調に勝ち上がっている代表。
日本での報道とか知りませんが、なんとなく大丈夫か的なイメージだったりするのかなとか。如何せん生で観たカメルーンが日本で辛勝と報道されていたり。変なギャップを感じるからです。
他国が点取りまくって圧勝した相手に1-0で勝ったりとか。もありましたし。

僕はなんか物凄い高度なチャレンジをしている気がするんです。それは優勝するために。
一試合の勝った負けたの積み重ねですが、初出場でとりあえず勝て!とかグループリーグ突破を目標にとかでなく、確実に目標は「連覇」のはずなんです。それなら、それを実行する戦い方があるはずだと。

緒戦のPK以外は試合の早い段階(10分以内)に点を決めている現状。これが作戦通りに実行できてたら凄くないですか!?

そんな目を持って僕は土曜日の対オーストラリア戦を楽しみにしようと思います。

そして準々決勝の組み合わせ。


FIFAのHPよりキャプチャーしました。
歴史に経済とか現在の国際政治とかを照らし合わせてなんともよく出来たマッチメイクやなと。
そういう意味でも楽しみ方は満載ですね!

GO なでしこ!!

日曜日, 6月 14, 2015

26-7冊目2015(212-13)

クリスマスには焼き魚にローソクを 単行本
中川 剛  (著)
幻冬舎 (2009/06)

寂しさの力 (新潮新書) 新書 
中森 明夫  (著)
新潮社 (2015/3/14)

一件似ても似つかないような2冊ですが大きな共通点を感じたので一緒に記録します。

剛さんの本は幼少期見てきた両親とくに父親について記したものです。約一世代僕より上とはいえ、育った環境これがパンチの効いているのなんの。僕らの世代では共感できる部分もかなりあるかもしれませんが、今の世代なら小説とか漫画でもイメージしがたいのでは。
ここで出てくる描写をみながら、中川家のネタの原型というか元が分かった気がしました。

中森さんの本は剛さんの本同様に自分の成長過程もありますが、そこから俗に言う成功者の生い立ちに迫っていきます。坂本竜馬・ヒトラー・ディズニーにスティーブ・ジョブスなど。そしてアイドルや哲学者まで。それぞれ中川家のような貧乏とは違うが性質的に似たある種の負の部分を抱えている。そしてそれを中森さんは「さみしさ」と言う言葉で表現した。

こういった環境が生きる糧・原動力となって、激しく駆動した結果が皆さんの知るところになる彼らの業績なのだと。でも、これが僕たちが目にしたしているようなプラスに機能するかしないかは別問題で、マイナスに向けば(ヒトラーはこちらかもしれません)犯罪などに向かってしまう。

今現在読み進めている本の中からその言葉を使わせてもらうと「理不尽」環境と運の化学反応によって生まれたある種の理不尽さによる結果なのでしょう。その理不尽な環境にどう生きたか。深く回想し考えてしまいました。今現在のように生きているということを。

個別に書くと、
剛さんの本:ダウンタウンのやってのけた事のすごさをまた感じました。何組の芸人が影響を受けてきたのか。まさか中川家もその一つだったとは。
中森さんの本:読書体験について最近考えることが増えたんですが、この中でも感じました。そして本棚という存在と可能性に。それを踏まえて電子書籍と紙の本についてあらたな視座をもらいました。あと完璧さを追求と欠点を含んでいるといことの大事さ。質と人気の狭間。おもしろいですね!

僕の生い立ちをまとめるとどうなるのかな?25歳以降は確実に「酒にまみれた人生。以上」で終わりやな。。。

木曜日, 6月 11, 2015

25冊目2015(211)

美味しんぼ 111 (ビッグコミックス) コミック
雁屋 哲  (著), 花咲 アキラ (イラスト)
小学館 (2014/12/10)

第110巻からの続きでここにその感想も載せました。基本的にはそこで記した感想と同じです。
読んだ本・その26(169)

だだ、この111巻には話題になった鼻血の回が含まれているということ。この件に関してなどを含め今回感じたものを記そうと思う。

魚介類や農作物のモニタリングによって検出される放射能の強さ。基準値以下でも消費者は買ってくれないと。もちろん食事に関しては内部被爆になるので、ここの判断があってよいと思うんです。
でも、放射能以外の食品添加物の存在などに気を配らないで放射能だけを槍玉に挙げるという態度は改めるべきなのでは?なんて僕は思います。

正しく恐れるという行動をとるためにすべきこととは何か?
そして、それを踏まえた上で各人が決めた行動は尊重しないといけない。
かつ何が出来るか考えること。福島は日本の一部にしないで受け入れること。

時間軸はリアルタイムと平行しているので2013年とかでこんなにも問題がまだあるのかという現実。そして、それを知らない人のほうが多い。
ツールが漫画であれ、この福島の真実というシリーズがあったことはとても意義があったと思います。

最後に、鼻血に関して。
この取材を通じて取材班(このシリーズに関わった人たちも)は何度も福島に入り、立ち入り禁止区域や福島第一原発敷地内にも入っている。そして末巻の資料にも双葉町民の健康被害に関してなされた調査報告の資料も載せている。ここで身体のだるさや鼻血などの症状の報告について触れている。
もちろんだから全てが真だとは言いません。でもこれらのことを踏まえたら鼻血の描写があっても何の差支えが無いと思うのは僕だけかなと。
報道した側・非難を向けた人たちはここの取材班並みに現地に入ったのって?
ここまでのプロセスを理解しないで、単に一つのことでワーワーいう。こういった態度1つ1つに復興が進まない現状や昨今議論されていることに対する反応が映し出されているのではなんて思ってしまいます。

僕自身震災以降日本に帰っていないしその空気感を肌で感じることは出来ていない。それは圧倒的な発言のウイークポイントであると思う。でも、それ知るために努力も何もしない日本に住んでいる人たちより何かを言うことは出来るんじゃないかなと。

これからも何らかの形で支援・関心を維持したいです。まずは日本酒でも買いに出かけよう。


りあ充ってやつ!?

ほとんどの本はアマゾンで買ってこっちに送ってます。
その履歴から興味深い本が出てきて、ついついカートに保存してしまいます。
あとはメディア等で取り上げられた本などからの派生。
そして、興味の湧いたモノに関連したキーワードの検索から。
こうやって買う本が絞られていきます。それで十分多岐にわたる本を選べてると。

先日こちらにある紀伊国屋書店に行きました。アマゾンで見かけた本や聞いたことある本などが並んでいます。
そんななかで何これって出会う本たち。僕の上記のサーチによってまず出会うことがないであろう本が現れます。そして手にとって「おもろそうやな」でお買い上げ。

それがこの投稿の前に書いた2冊(23-24冊目2015(209-210))なのです。

アマゾンで出会うランダムもあれば本屋に足を運んだ事で起きるランダム。
どちらが記憶に残るかとなるとやっぱり後者だろうと。
こういった原体験の大切さをまさに予想外のところから学んだ事実。

ちょっとニヤリって感じですね!こういったことがあるから人生はおもしろくなっていくだろうって。
元気でましたよ!
だから今日も飲みに出かけるのです!!言い訳やん!!

水曜日, 6月 10, 2015

23冊目2015(210)

春画に見る江戸老人の色事 (平凡社新書) 新書 
白倉 敬彦 (著)
平凡社 (2015/1/17)

タイトルが示唆するように春画を解説していきます。

そこでおもしろいのは春画はフィクションであると言う点。エロ小説みたいなものです。でも、小説には時代背景が色濃く反映するので解説が可能になるわけで。現代の子が20年ほど前の小説読んで「携帯電話使えばええのに。」と思うそれがミソ!みたいな。

読み進める中で変な描写だったリがあったりすのです。完全なエロを目的としているのなら萎えるような。
ストーリー性とかとは違った描写が。そこの解説がふーーんとは思うのですが、そういったものなんかないなと。
最後の解説をよんでなるほど納得!どちらかというと笑いのために使われたツールの一つであったと。
そこに描写される老爺や老婆の姿。なるほどと。
この点に関しては最後にしてやられた感じでとても勉強になりました。使用目的の理解。
どんな文化やトレンドにも大事です。

かといって全てが全てそうではなかったのも真理でしょう。
現代のエロビデオ。熟女ものや爺さんの男優さんもいるわけで。
読んでいる途中は現代のポルノはようやく昔に追いついた!?なんて思ってました。
規制と自由と時代とテクノロジーの相互作用ですね。そんな視点で色んな物事の歴史を辿ると違うレイヤーが引けるかも知れないと思いました。

最後に。この本が世に出たのは今年の1月。そして筆者は昨年10月に他界されていたのです。
その事実を知る前まで、文体がなんか上からというかドライだなと思っていたんです。
そう書いている筆者がここで描かれる老爺的立ち位置であり、自分を観て出てくる言葉もあったのだろうと。そうするとまた文体の謎も腑に落ちたのでした。

この読書体験はちょっと得がたいものなりました。筆者・白倉さんへ感謝です。そして、ご冥福を心からお祈りする次第です。献杯。

ってまだ今日は飲んでませんが。。。

日曜日, 6月 07, 2015

22冊目2015(209)

なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか (講談社+α新書) 新書
福本 容子 (著)
講談社 (2014/8/21)

僕は基本的にこういったモノの見方がたまらく好きなので楽しく読みました。ただアマゾンの星は低いです。敢えて言及。

僕は祖父も親父もその毛ではなく"気"のある家系なので、この問題のある意味当事者かもしれない。
まえまえから感じていた事、自分が当事者になったらこうありたいと思っていたことは間違っていなかったと思ったのが読後感です。

それは「ハゲを受け入れる」こと。

潔さって素敵であり、素直であることや受け入れることって良しとしません?それに比べて、往生際の悪さや無駄な抵抗と言った意地を張るのはイメージよくないでしょ。一般的にね。

お題は「ハゲ」なのですが、これは髪型とか服装とかといった外見の本質、それも物理的に制限のかけられた身体へ出来事に対しての向き合い方の指針と言っていいと思うのです。そう言った一般的な人が人をジャッジするという前提での。

誰しもよく見られたいし、格好良く振る舞いたいんです。
突きつけられるのは自分が思ってるイメージと世間の抱くイメージ・世間体ってやつと時代のトレンドとの差です。その狭間でどう振る舞うかの選択の問題なんだと。
そこに迷うからこそビジネスが発生するんです。本書に「髪の文化人類学」や「ハゲノミクス」と言った項が入ってることの意義です。僕はなるほど思いましたよ。

ハゲだ差別だとか言うのではなく、人間は老いるもの。経済はそんなことでもズカズカ儲けの種にすることを忘れないという前提で、「起きたことの中でかっこよく生きる」という術。ファッション誌の役割にも言及したり。その見方で言えば至極全うですよ。

P194に出てくる「失った機能を数えるな、残った機能を最大限に生かせ。」

これなんて納得そのもですよ。清潔とか前向きとか。そこに文化や宗教とか規則とかを知ったうえでの立ち居振る舞い。
人は素敵になれるんです。格好良く生きれるんです。小さいことでくよくよするな!
そして、そんなことでしょうもない評価を下さないカルチャーが本流となればいいね。
それが起きていると感じる現代。

最後は帯に書いている言葉を。。。

「潔い!!」

「もう一杯!!」

(6/8/2015少し修正しました。)

金曜日, 6月 05, 2015

リズムとリズミカルと音感のケミストリー

高校野球漫画の名作ドカベンに最近はまっています。
観ていた当時から好きだった登場人物、ずらずら殿馬ずら。
秘打・白鳥の湖が有名なように、音楽が彼にとってのキーワードになります。

ある回で打席に入った殿馬がいつものように投手のリズムを取ろうとした時に言った言葉
「こいつはリズムがバラバラずらよー。きっと音痴に違いないずら。」
他の回では
「やつの球は4拍子ずら」

おもろい!!ビビビと来ました。
スポーツにリズムはあってしかり。それ何拍子とかで表現する。なかなか面白い視点だなって。


先日TEDxの地元のイベントに参加しました。
どのトークも個性的で示唆に富みつつ感動と感激を与える。脳みそがくたくたになりました。

ある一人のスピーカー。彼はミュージシャンで自分の過去に受けた差別的な経験を歌にのせというよりリズムに乗せ歌いました。
ラップと言えばそれまでになってしまう。
僕にはもっともっとリズムと表現と言う深いモノを感じました。
表現の中にpolitical correctnessといったフレーズが入ってくる。そうですよね、だって彼の訴えや想いは難しいissueに対してですから。

でもそんな言葉をリズムに乗せるとすっと身体に入ってくるんです。
浪曲が昔は政治的演説としての役割を果たしのが腑に落ちます。
人に届けるためのメッセージが乗ったリズム。パワーを思い知りました。


漫才やトークにもリズムがあって、スポーツにも人に訴える言葉にもリズムを見いだせる。
サイエンスにリズムを。遺伝子・タンパクの流れにもリズムを。
いや、
サイエンスにリズムが。遺伝子・タンパクの流れにもリズムが。
そのビートを殿馬のように「4拍子ずら」とTEDのスピーカーのようなビートで伝えれたら。

聴覚と音楽の底力に唸らされたついこの頃でした。

今日のビールは少なくとも2-pintsのラップだぜ!!
cheers!!


火曜日, 5月 19, 2015

21冊目2015(208)

私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ) 新書
武田 徹  (著)
中央公論新社; 増補版 (2011/5/10)

ゴジラが生まれように鉄腕アトムが生まれように(2つとも本の中で出てきます)作家さんがいて演出家がいて台本に沿って(しかもハラハラドキドキのある)ものとして、今の現状は存在しているのと。

単純な政治的や経済的といった大枠の話でない、歴史の一つ一つきの機微が”原子”という名の付く原子力周りの軌道に沿っているように思えてなりません。

第二次世界大戦(大東亜戦争)はもちろんのこと高度経済成長や冷戦に大阪万博。地域格差に科学技術、エネルギー政策、安全保障も。政治家・企業家・科学者の思惑にいたるまで。
これだけ色んなところに侵食している以上、日常で生きる僕たちも知らず知らずに当事者になっている気付かない現実。

冒頭に書いたアトムやゴジラも原子力と関係し、各種映画・アニメで放射能は話題になる(北斗の拳も宇宙戦艦ヤマトも)。
インターネットは軍が開発したといったことは知っていたのですが、それは核攻撃時における通信網と関係してたなんて。

僕の場合は第二次大戦前の物理学の発展として各種原子の発見を「若き物理学徒たちのケンブリッジ: ノーベル賞29人 奇跡の研究所の物語 (新潮文庫)」で、震災後は「福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2」や「知ろうとすること。 (新潮文庫)」などを読んでいるためか、点が綺麗な線となってしまったのもあって、この本が読者として食い入るように読んでしまったのかもしれません。
そして本当にありえないような偶然が繋がっているとしか僕には思えない。

ところがここで量子論的な偶然を勘案すると「この偶然」も真なのかと。哲学・宗教的側面まで帯びさせることが可能なのかと。

都構想もそうですがゼロサムで議論しているうちは本質ではないのでしょうかね。

この本が福島第一原発事故の前に書かれていたこと、そして新書となって事故後にもう一度出版されたこと。読後にこの2つの事実だけでも十分考えるに値します。
手にとって時代を感じ、今の現実と今後について思いを馳せて欲しいです。


ここからは感じたことを。
よく東北地方や新潟の原発を踏まえて都心への電力供給地と揶揄したり。それを考えると江戸時代の石高という制度はなんともよく出来たものなかと。米が国力を示す指標であり通貨的な役割もになっていた。都市部の反映と農村部の米の取れ高。つまりは先ほど揶揄していた地域は電力ではなく米を供給し、それは過疎とかいった言葉でない大きな強い地域だった。
時代もあったでしょう。でも何か大きな視点を獲た気がします。そして日本の国サイズというのは一つ大きなキーワードになるとも。

勉強になりました!!

結果から学ぶ

結果は結果として受け止めないといけませんが感想としては一言、

残念。

開票後に出たデータも踏まえて少し記しておこうと思います。

この写真

http://www.asahi.com/articles/ASH5L3CGXH5LPTIL00J.htmlより

地域差で票割れたという。アメリカの大統領選挙のようで斬新でした。区の割り方も影響したのでしょう。あと住民の年齢層なども。
資本的なもの(大阪駅とか)があるエリアの区、将来北区となるところだったところの賛成の数。
そしてそれ以外になるのかな。

それ以外の区へ。無いから作れる。一から自分たちでデザインできる。といったゼロからイチを生み出すことに戸惑った。つまり生み出されたイチを百まで守りたい、なのでしょうか。

あと世代間の票。若い人たちは賛成票が多かった。でも70歳以上と言った上の世代は反対多数。


http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1840548.htmlより

上も変化の話と呼応するでしょう。ただ投票率が70%近かったのは評価すべきことだと思う。

加えて経済効果の試算が1つから2桁賛成派と反対派で違う。嘘ついてるとか分からないとか言う人が多かったとも。反対派で一億円ぐらいという試算。


これらを踏まえて。大阪がどんどん力が落ちているそれをどうするかのための案としての都構想だった。つまり現状を打破することに意味があった。でも多くの人がそれを拒んだ。ってことはどんどん落ちぶれていいんだって。反対派がほとんど対案を出さなかったようだし。

残念。

実は学ぶべきは東北の被災地の復興の現状でしょう。地震・津波・放射能である意味無に帰したとから作り上げる。色々な成功体験をしている地域がある。
印象に残っているのは、津田大介さんのメルマガ「メディアの現場」のvol.159の「だれのための復興なのか?小名浜と女川町、それぞれの4年」の中で女川町の都市計画に関するくだり

津田:その柔軟さも女川の町づくり計画に欠かせないものだと思っていて、ま
ず計画に関わる人たちが若いんですよね。これは女川FRKを呼びかけた高橋さん
の鶴の一声で決まったもので、当時還暦だった高橋さんが「60代は口を出すな。
50代は口を出してもいいけど手は出すな」と言ったらしくて。これから町がで
きあがるのに最低10年、その町づくりを評価されるまでにはさらに10年かかる
と考えたとき、いまの50代60代には責任が取れないからだということでしたが、
なかなかできることじゃないですよ。(メルマガより転載)

現状に投じるのではなく未来に投じて欲しかった。上の世代の人たちに。
と言っても変化によってただでさえ生活の不安がある上の世代、景気の影響もあったでしょう。でも、あえて動いてくれればと内心思っては居ました。

経済効果にしても1億円でも出ればええやん。マイナスじゃないねんから。要は都構想をすれば最低一億円の経済効果とそれによって生まれるメリット。僕はこのマイナスじゃないっていうのに意味があって、反対派は「一億円しかないんですよ、でも僕らが考える都構想に変わる政策では○○億円です」って言うのが筋でしょって思うねんけど。。。

親だって子供に「なんでイヤやの?」「なんで行きたくないの?」って理由を聞くのにね。
しかし、これは自分の意思を投じる行動であるので強制はできない。この際には通じる「嫌なものはイヤ」。民主主義の風圧を僕自身初めて感じた気がしました。

両親の投票行動や感想など聞いた時、これは無理だなとは思いました。
政策でも人気でも人柄でも勝てないんです。まんべなく秀でないと勝てないですね。

とてもとても感じることが多かったです。
でも、一点。曇りなく思っていること。生まれ育った大好きな大阪にはいい意味で目立ってて欲しい。ずっと。

金曜日, 5月 15, 2015

王手リスタート due to update

以下はヤフージャパンのヤフーニュースから元記事が削除されたら嫌だなと思って文章をコピーして残していたものの転載です。こうやって一度ネット海に出たモノは残っていくのかと言う当事者性と共に。。。
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将棋電王戦」最終局はソフト側21手で電撃投了、3勝2敗でプロ棋士が勝ち越し
マイナビニュース 4月11日(土)11時56分配信

「将棋電王戦」最終局はソフト側21手で電撃投了、3勝2敗でプロ棋士が勝ち越し
写真: マイナビニュース
5人のプロ将棋棋士がコンピュータ将棋ソフトと団体戦で戦う「将棋電王戦FINAL」の第5局・阿久津主税八段 対 AWAKEの対局が11日、東京・将棋会館にて行われた。

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第5局は10時49分、「第2回将棋電王トーナメント」第1位の将棋ソフト・AWAKEが、21手で投了し、両陣営勝ち越しをかけた第5局は阿久津八段が勝利。「将棋電王戦FINAL」はプロ棋士が3勝2敗で勝ち越す結果となった。将棋は、先手の阿久津八段は、序盤で角交換四間飛車と呼ばれる形に進めたが、そこからあえて自陣に隙をつくって角を打たせる特殊な作戦を選択。その直後にコンピュータ将棋ソフトAWAKEが21手で投了するというハプニングが発生し、対局開始から1時間も経たずに終局となった。消費時間は阿久津八段が13分、 AWAKEが30分。

AWAKEは「将棋電王戦FINAL」出場に先立って、アマチュアと対戦する企画に出場していたが、その際本局と同じ展開から敗れており、第5局でも同じ形を阿久津八段が採用するかどうか注目が集まっていた。AWAKEの開発者・巨瀬亮一氏は、アマチュア対戦企画の敗戦と同じ形に進んだら投了すると決めており、開発者の意思として投了を選択したという。

終局後の会見で阿久津八段は「(AWAKEの弱点は)ソフトを貸し出してもらって3日目か4日目ぐらいに気づきました。(特殊な作戦について)普段やらない形なので葛藤もありましたが、一番勝ちやすい形を選ぼうと思いました。(団体戦勝利については)素直にうれしいという感じではないですが、とりあえずはよかったなと」と振り返り、巨瀬氏は「△2八角と打ってしまったら▲2六香と上がられたところで投了しようと決めていた。アマチュアが指した形なのでプロが指してくるかどうかはわからないと思っていた。こうした穴があるのは、しかたがないところもある。最初から勝ちにはそれほどこだわっていなかった」「アマチュアが先に指した手なので、プロは指してこない可能性もあると思った」と語っている。

なお、第5局および「将棋電王戦FINAL」の記者会見は、本日18:00より行われるという。
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さらにネットの力を借りた話。このニュースから遡ること2か月ほど前だったと思う。情熱大陸でこの電王戦を素材とした回があって興味深くみました。
そこではヒトはマシンに負けた現実。

こんな感じでは書きたくないが浮かんだのがこれだからね。
コンピューターか勘ピューターか。
どんなマンパワーをも凌駕するアウトプットを生み出すコンピューター。決められたルールーに沿って。そこに正確なシュミレーションを加える。最適解も付加する。
その実践の電王戦。

それで勝ってきたコンピューターのこのチョンボ。
これをどう捉えれるか。
「ははは、ざまーみろ」なのか「こんな弱点があるのか」と思うか「そう来たか」「その発想はなかった」「想定外」「想定内」。。。


人間味ってなんだ??
融通ってなんだ??
愛嬌ってなんだ??

不確実性・不確定性・カオス
完璧を目指すが完璧は難しい。だからこそ臨機応変と言ったゆらぎとかバッファーといったものの価値。

ハイテクを使うことはそのシステムに取り込まれた世界で生きるという現実。そんな取り込まれた世界から脱出したいと求めれば求めるほど囲われている現実。それに身を委ね最小限で生きることが最大の抵抗である現代。
そんななかで、取り込まれない唯一の方法を取り込む側のコンピューター・テクノロジーがちょろってボロを出したこの出来事。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」
うまい!!確かに!!でも。。。
「すぐに踊らず、止まる馬鹿。じっくり見る馬鹿、悩む馬鹿。馬鹿できないこの阿保踊り」
なーーんてね。

使いたいとか思わないけど使われるのもねってバランスで生きたいなと思った記事でしてた。

よーやくまとめれた。。。そこでフリーズするなよな。。。

賛否両論

小泉郵政・政権交代の時のような風のイベントになっていない。凪というかイケイケドンドンといった感じでなく進んでいるのがいいですね。

まぁ、その地に足を置いてないので何ともいえないのですが。

賛成してます。

今読んでる本にもあるんですが、色んな偶然の中で決まっていくことってあると思うんです。でも一部熱狂として進んでいく側面がある。
両論どっちやねん!両派から出てくる数値もちゃうし。

だからこそ留まる。だからこそ進む。ねー。
そっちのマインドがいいのか?

議論されている構図を眺める似たようなものが多いような。以前から指摘されていたりとか。

その時々に即したものに変えることが出来るような体質になるべきだと思うから。
そして、失敗から学べる社会や空気にもっとなるべきだと思うし。

それを踏まえて、僕は後者のマインドがよいのでは。
だから僕は賛成していますと記しておきたいと思います。

はてさて何について言ってるのかね。

木曜日, 5月 07, 2015

20冊目2015(207)

日本のセックス (双葉文庫) 文庫
樋口 毅宏  (著)
双葉社 (2012/11/15)

今年最初の小説です。はい、はまって3-4時間で読んでもうた。
内容はそらタイトルにあるようなものガッツリです。

僕はどんなAVが出てるのかよくチェックします。そこら辺の人より観てると思います。デビューも早かったし。
何を赤裸々に語っているんだと思いますが、久々に帰った2010年に酔って友人と入ったエロビデコーナー。ジャンルと言うか種類と言うか。もう、痒いところに手が届く。ニッチ。
いやー、ちょっと酔いました。酔ってるのに。
確実に嗜好と言うものが反映されてます。リーチするために。でも、その嗜好は個人で楽しむうちは良いんです。でもでも、SNSとかいう時代だしねー。

この小説はその辺の擽りが堪らなかった。バームクーヘンのように切り取った出来事は当事者性の要素を十二分に持つきがしてなりません。

普通の新書や単行本だとこんなにいっぱい種類を楽しめない。小説と言う空間の凄さ。
ごちそうさまでした。

人は人の事を100%知れない。だけ知ろうと努力し話し想い関わる。でも、’100%に近似はできても100%にはなれない。知らないとか気付かないとか。僕は。あなたは。周りは。

タモリ論で知った樋口さん。なんとたくさんのスパイスの効いたフィクションを。それを買い手に取った日。
おもろいでんなー。

アメリカとセックス。米と性。蒸れ蒸れでわ。。。あほか!

19冊目2015(206)

電通の正体―マスコミ最大のタブー 単行本
『週刊金曜日』取材班 (著)
金曜日; 増補版 (2006/09)

いつ買ってどれぐらい塩漬けになってたのか。以前に苫米地さんの電通に関する本を読んだの2冊目です(2012年7月)。
この本は結構細かい点で「ほー!」「へー!」ってのが多くあり、ちょっと面白かったです。でもある意味で想定できる範囲内というか。

やっぱり実体験として接するか当事者に聞かない限りはユニコーンのような存在でしかないんだろうと言うのが結論ですね。

思うのはインターネットが無い時代。SNSが無い時代。この会社の持つネットワークは協力だったんだろうなと。それは今も強力かもしれないけど、確実にそんな業界のルールを知らない人たちが業界の知らないところで繋がる時代であること。そして、そこにどう割って入るのか考えているのか違う先手があるのかを知りえないからこそ覗きたくなるんです。

それを踏まえて規模の経済と言うか、常に先頭集団にいることの貴重性を思います。
しがみついてでも。

電通の正体。
千と千尋の神隠し。
よく分からんけど浮かんだのでした。

いつか交わるのかな。。。なんやこの表現!!