火曜日, 11月 27, 2007

ホンマに!?

本当に眠たい。でも今日記しておかないと意味がない気がするのでパソコンに向かう。

何回「えっ、うそやん」「ほんまかいな!!」と思ったことか。
「疑う」と言うことは自分の経験則では考えられない出来事に向き合った時に起こる。
でも経験則は自分がどれだけの物事を知っているか次第で大きく変わる。
自分の常識は本当に正しいのか、起こっている物事が異常なのか。
今日は本当に混乱した。

時に物事は厳密に制御され、時に驚くほど大雑把である。
そしてその厳密さ大雑把さに驚く。
大雑把からくる厳密さへの衝撃、厳密からくる大雑把さへの虚無感
何を厳密にして何が大雑把でいいのか。
適当という言葉はこの二つの中間なのか!?
自分の知っている知識や経験で下した判断は何だったのか!?

とにかく今日は厳密さを思い知らされた日でした。
そんな量で!?そのせいで!?

本当に全てが無になる可能性がある。明日その結果を目にするのが正直怖い。
でも腹をくくった。とにかく大丈夫と信じよう。考えに考えた。その時はその時だ。

何かが分かれば何かが分からない。そこに成長がある。

every day learning

日曜日, 11月 25, 2007

やらないといけないけどできない

ここ1ヵ月執筆を怠っておりました。

書きたい内容は正直たくさんあるんですが…
気分が何か乗らないんです。
自分にとって書いておかないいけない感想.出来事がたくさんあるのに。
今度にしようと。

何か疲れています。
おそらく緊張の糸が切れてしまったんだとおもいます。
そんな状態であれもやらな、これもやらなでバタバタしていると以前より疲労を感じます。

気分って言うのは大きな要素なんだなと思いました。

あと、日が暮れるのが早くなって(5時で真っ暗)なんか寂しい気分になります。

僕は日々色んなものに影響をうけているんですね。

あーー、がんばらんと。

水曜日, 10月 17, 2007

漢(オトコ)

色々と感じていることが溜まっているのでおいおい書いていかなければ思っているついこの頃です。

ニコニコ動画で国会中継をみました。日本の大マスコミさんはほとんど報道していない事柄のようですが…。

人間、腹をくくって立ち向かわなければならない時があるんだと。
ビビってはいけない。堂々と。
それを貫くには信念、自己の高い意識がないと出来ないと思います。

たとえ自分にとってマイナスな結果であっても、誰かにとってプラスになるならやってやろう。
そんな時に、逃げずに腹をくくれるオトコになれたらかっこいいなと。

その誰かが日本国、国民のため。
みんなが手を付けにくい問題。
久々に鳥肌が立ちました。

土曜日, 10月 06, 2007

将来のとかではなく寝ている時の方です。

眠りが浅いのか妄想癖が異常なのかは分かりませんが僕は非常によく夢をみます。そして不思議なほどにその内容を結構覚えています。

最近では夢で見た内容(これに関しては思い出せないのですが)に腹筋が攣りそうなくらい大爆笑して目覚めるなどかなり夢にはお世話になっています。そこで、今日見た夢はいったい!?

「僕がある人に対して行った行動と全く同じような行動を自分が受けるという夢」
その時その人が感じてであろう気持ちを夢の中で自分が身を持って感じる。

起きた瞬間「なんでやねん!!」って感じでした笑

状況的には夢の方がシビアでしたが、もしこんな風にあの人も感じたんかなって考えさせられました。正直「そら、そう言うわ!!」って思ったり。

色々考えたり推測したりして答えを出しても、その状況に置かれてようやく見えるものって多いと思います。人の感情とか行動とかは特に。そんな経験をたくさんしてる人はカッコイイ強い人なんだと思います。それは人より見えるものや感じていることが多いから。

やっぱり色んな経験をしていかないと「おっとこまえ」になれないですね。

でも、寝てるときぐらいはええ夢みさせて!!んっ、夢見てるか!?
ようわからんわ!!

水曜日, 10月 03, 2007

髪の毛

日本に戻ってあまりの暑さに髪を切りました。

僕はずっと短髪だったのですが、留学中こっちの理髪店で上手く望む髪型を説明できる自信がないなどを理由に結構のばしていました。

今日、6階のワークスペースに向かうためエレベーターに乗ったところ、全く面識のない人に
「あっ、髪切った!!」
と言われました。
「あっ、はい」
と答えたものの、誰や!?感が否めません。

こちに戻ってこの方、第一声は「髪の毛切った!!」

正直ここまでの反響があるとは思いませんでした。
サッカーを一緒にやっている方々のは「less crazy」とクレームを付けられる始末。
こちらでは生活リズムや色々な点で「crazy Japanese」と呼ばれています。またそれを否定する気無しの僕。

外見(髪型)って結構大事なんだなとひしひしと感じるついこの頃です。

女の方の失恋したら髪の毛を切るってのも同じ要素を含んでいるのか!?

水曜日, 9月 26, 2007

母国語

日本にいる間に色々な人に話した内容を1つ。

よく「英語ペラペラやろ!?」「すごいな英語しゃべれるなんて」と言われました。
それに対する僕のコメントは「そんな凄いことではないですよ」
当然「謙虚」なコメントに取られそうですが本当に凄いとは思っていません。

もちろん「しゃべれる」「外国語を上手く扱える」ことはいいことだと思います。
でも僕は、「上手な日本語」「綺麗な日本語」を話せる人の方が断然カッコイイし尊敬できます。

テレビなどを見ていて語彙力のある人の話はカッコイイし、言葉遣いが悪い人には不快感を感じます。
敬語を正しく使える人や、話の中で慣用句などを適切に使える人になりたいと僕は思います。
だって、日本人だから。

言葉は悪いですが、「頭がいいから英語がしゃべれる」のではなく「頭が悪くても英語はしゃべれる」が正しいと思います。それは、語学は慣れが大きな要素を持っていると僕は思うからです。現に英語をじゃべれる人は結構いると思います。
第二外国語である限りその英語は日本語の思考を元に構築されると思います。
その日本語がしっかりしていない英語は所詮「しゃべれる英語」で「自分の考えを上手に伝える英語」あるいは「相手の言いたいことを正確に理解できる英語」ではないと思います。

その人の英語がその人の日本語を超えることはないと思う。
「しゃべる」ことは第一歩やけど「しゃべる」だけでコミュニケーションはできないと思う。
言語はその人を正確に相手に見せてしまう道具だと思う。

英語は話したいですが、それ以上に日本語をしっかり話せる人間になりたいです。

環境

アメリカに戻りました。

高湿度で熱帯夜、最高気温は30℃オーバーの大阪。
空気は乾燥して最高気温23℃、最低気温11℃…

寒いよ、喉痛いよ、風邪引いたよ!!

今までそんなに違いを感じない春先に移動することが多かったせいか、そこまで環境の変化を感じませんでした。しかし今回はスゴイ。

人間は色んな環境の中で過ごしているんですね。人間の適応能力はやっぱりすごい!!

僕の適応能力がんばれ!!

木曜日, 9月 20, 2007

目標と現実

PHP新書から「 「場の空気」が読める人、読めない人 」と言う本が出版されています。

今日この本を少し立ち読みしていてびっくりしました。
先日書いた「ありがた迷惑」にかなり近い内容の文章が載っていたのです。
「あなたの周りの「場の空気」が読めない人」の例として「独りよがりな思いやりで相手に迷惑がられる人」の項目にバッチリ。自己満足という言葉まできっちり出ていました。

かなり笑ってしまいました。相当に自分は今の流行で言う「KY」だったよですね。
その自分が目指しているのは「空気の読める人間になりたい」と言う…。なんじゃこら(笑)
正直なところ「なんでやねん」って気分ですが、真摯に受け止めようと思います。

でも本からではなく、いろいろな方との会話を通じて自分の中で思考を重ねて、この考えを得られたという事実は評価したいと思います。話を聞いてくださった方々本当にありがとうございます。こうやって日々考えて成長していこうと思います。

それにしてもまだまだ修行が必要ですわ。がんばれ、おれ!!

火曜日, 9月 18, 2007

気付く

よく「親孝行をしたいときには親はいない」と言う言葉を聞きます。
これはすごい本質を突いていると思いました。

いつも当たり前に思っていたことが無くなって、その存在の大きさを実感し自分の浅はかを痛感する。
あるいは「そうやったのか」と気付いた時にはその出来事は終わっているのです。そして気付いてから修復に取り組んでも手遅れなことが多いと言うことです。

もっと日々アンテナをはって色々なサインを拾える人間になりたいなと感じました。

ありがた迷惑

みなさんは人のことを考えて行動していますか!?

友達や好きな人が喜んでもらえるように、相手の気持ちを考えて行動することは非常に大変で体力を使います。何がその人にとってプラスになるのかなどを一生懸命考えるのは大変だからです。

ただその行為が相手にとってどれだけ役に立っているのかの判断は難しいです。
時にはその行為が迷惑になることもありうるってことです。

迷惑となる時は自分のことよりも相手のことを真剣に考えすぎたあまりに起きるとおもいます。
つまり、自分は人のことを考えているという自己満足になっているということです。その自己満足の状況では結局、相手よりも自分の為になっていると言うことだと思います。
人にとって良い事だろうと自分の感情を押し殺して、相手とすれ違いになることほど悲しいことはないです。

自分を犠牲にしてでも相手にとってよいことを考えることは素晴らしいことだとおもいます。
しかし、自分の考えと相手への思いやりがいいバランスであることが最も大事な部分ではないかと最近感じました。

自分を完全に殺して生きる人生なんてやっぱり楽しくないし、人と上手く付き合えない人生も楽しくないです。

こんな風に考えすぎる人生も楽しくないから、肩の力を抜いていこう!!

受け手

私たちは人に対して言葉を発してコミュニケーションを取っています。
話し手がいて受け手がいて成立します。
そして、会話の内容はしょうもない話からまじめな話まで、無限に存在しています。

ある物事に対して意見をぶつけて相手を納得させるといった行為は皆さんされていると思います。
その意見は話し手の経験や考え方をもとに形成されていくもので、それを堂々と人に話せる人間になることは大事だと思います。
話すことで受け手が思考を重ねて、考え方を正しい方向に進めることができれば非常にその会話は意味のある物になります。

ただ最近切に感じたことは、発する内容も大事ですが「言い方」もかなり大きな要素になると言うことです。

どんなに正論を吐いてもキツイ言いかたで相手を傷つけてしまっては、受け手が拾える内容は不安の方が大きくなると言うことです。
言ってる内容に正しさを求めることには気が向きますが、相手の受け取り方などには配慮が向かなかったことを経験しました。
どんなに正しい意見も相手が真摯に受け取ってもらえるからこそ意味があるのだと。

今後はその辺りも気にしながら人と話していきたいです。

日曜日, 9月 09, 2007

平和

日本に帰っています。

レストランや喫茶店に行くと、テーブルや椅子にカバンで席を取ったまま注文に行っている方々がいます。
深夜12時にまだ人がいっぱい歩いています。

アメリカでは見ない光景です。日本って安全なんだなと

でも最近外国人をよく街で見かけるようになりました。ほんの数年前からは比べ物にならないぐらいに。
かれらはどのように感じているんでしょうか?

でも客観的に遠方から日本の事件をると日本はかなりおかしくなってきていると思います。平和とはいえない世の中になりつつあります。

でも、日本に戻るといつも慣れ親しんだ平和スタンダードで過ごしている僕がいます。
だって安全な空気や雰囲気ですもん。

って平和ボケできることが平和の象徴なんですかね。

葛藤

自分の意見や考え方を持っています。
色々な人と話したり議論したりしてそれが正しいのか改めなければいけないのか己に問いかけ悩み考え答えを出して形成してきた財産です。

自分の抱く感情自分の想いを素直に表現したいときに、必ずしも自分の意見考え方を無視することはできません。

意見考え方にそって自分を押し殺すのがいいのか、意見考えを放棄してでも自分に正直に生きるのがいいのか。

考えているうちに時間が解決してくれるのか、底なし沼にはまっていくのか。

生きることは本当に大変です。全てを放棄したくなります。でもそんな簡単じゃない人生だからこと楽しいのかもしれないですね。

また一回り大きくなりますか笑

火曜日, 7月 31, 2007

お祭り

「お祭り」ってとても華やかで賑わいがあってとても気分が高揚するものです。
でも次の日にお祭りの催されていた場所に行くと、出店が完全に撤去されその閑散さと散らばったゴミ。小さい時、この変わりようになんか悲しいような気分になったことを覚えています。

先日選挙が終わりました。
「自民党の歴史的惨敗」逆に言ううなら「民主党(野党)の大躍進」

選挙の当日ネットで速報を見ながら
3人区で民主党議員が軒並み2人当選、岡山選挙区で自民敗北
など、かなり衝撃を受けたことたことを記憶しています。
これだけ野党に票が流れたのはやはり国民の民意なのでしょう。それが野党支持か与党不支持のどちらかは分かりませんが。

何かを変える時は、大きなエネルギーと強い精神力が必要なものです。

民主党という政党に一抹の不安を感じるかもしれませんが、自民党が勝っていたら変化は起きなかったでしょう。今「自民敗北」ということで「大きなエネルギー」は手にしたと思います、あとは民主の精神力に期待したいです。

「痛みの伴う構造改革」

一世を風靡した言葉です。個々に大きな日本語レトリックがあります。
「主語はだれ!?」
英語では必ず主語を明らかにしないといけません。だからアメリカ大統領の演説などは誰に向けてが明確なので盛り上がったりするのかもしれません。一方で日本語は省略されます。だから字面や響きに踊らされるのかもしれません。

国民はたいがい痛みを伴いました。政治家や官僚が痛みを伴う構造改革をして欲しいものですね。

選挙が祭りの「最終日」でなく「初日」であることを願うのみです。

土曜日, 7月 28, 2007

言動

人の言葉を聞いて感動したり腹を立てたり、日々色んな人の言葉を聴いて生きています。

「しんどい」時は特にその「言葉」について敏感に反応してします。

この敏感には2つの要素があって
①「しんどい」から自分に対して送られる言葉に対する喜怒哀楽がおおきくなる。(自分のことを考えてくれているのかなどを如実に感じてしまう。)
②「しんどい」から色んな物事に対する許容範囲が狭くなる。(いつもは許せることも許せない。)

これを上手く自分に対して相手に対して出来る人はきっと人間関係が上手な人なんだなと思います。

これって、政治家や有名人のコメントも同じで「相手」である「国民」の「しんどさ」である「感覚」を把握できてないから色んな問題発言が生まれるのだと思います。

「空気を読めること」と「自分の許容範囲を大きくする」こと、難しいですが取り組んでいきたいものです。

水曜日, 7月 25, 2007

訓練

僕が日々活動している場所は病院の中です。

今日そこで俗に言う「避難訓練」がありました。
小学校の時など「1階給食室から火の手が上がりました。全校生徒は…」的な設定があったと思います。

今回の設定は、
「地震により電気系が全てアウトになって、自家発電(たぶん!?)で緊急用の電源のみ機能する。」状態でした。非常時でもOKなコンセントを使っていない機器はもちろんオフラインになる。僕らも早々に撤収せざるを得なくなりました。僕はもう少し実験をしたかったんですが「Yoshi, go home」と言われ撤収です。

2年と少しこちらにいますがこんな訓練は初めてです。なぜ…。
そう、憶測ですが先日の中越沖地震による柏崎刈羽原発の事故を踏まえているのではと考えます。
この原発は世界最大規模で、当初東電の説明では首都圏への電力供給に大きな被害が出るとも言われていた。今回の一連の報道で色々な事故や隠蔽(といってもいいだろう)が発覚している。IAEA(国際原子力機関)の調査も入るようで、世界的にも「いったい何が起きたのか」が関係機関にとって注目になっているに違いない。地震の翌日のこちらの新聞に大きく今回の地震のことと東電の対応について記事が出ていたのを覚えている。実際家にその記事は持って帰ってきた。読み返したいけどしんどいから今日は堪忍で。

で、今回の訓練。たまたまといえばそれまでだが、もし仮に自分の憶測が正しかったとしたら。
なんて素早い対応なのだろうかと感心せざるを得ない!!実際オレゴン州がどのような発電に依存しているか調べなければいけないが、「日本の地震を対岸の火事として見ていない」とういことである。

日本国内でどのような対応がなされているが分からないが、案外地震が起こりうる国内の方が対岸の火事で見ているのではないかと、最近の日本を見ていて考えてしまう。
実際に動いて分かることは驚くほど多い。ただそれを簡単に実行に移せる行動力はもっと重要だと思う。

あくまでも僕の憶測ですが、色々考えさせられてしまった瞬間でした。

カンパン買いにいかな…。

日曜日, 7月 22, 2007

プライバシー

中越地震に関するプライバシーの問題の記事について感じたことを書きます。上手くまとまってる自信はないですが、お時間があれば読んでくださいm(_ _)m

日本人ってちっちゃくなったな。

確かに個人個人見られたくない事はあります。親に彼女と話す会話を聞かれたり、寝顔や癖、身体に関する事みんな持ってます。僕だってありますよ。

でも、状況に応じてそこは自分よりも「まわり」「世間」ってのがあったと思うんですが。

被災を受けた方々は今も非常に苦しい状況を強いられているのは百も承知です、でもあなただけじゃないんじゃないですか?? 「人目を気にせず着替えを」「家族水入らずで過ごしたい」なんてみんな思ってますよ、きっと。それをこの期におよんで要望??

日常生活でもみんな不平不服を持って生きていますよ。でも人間関係や色んな要素で我慢してますよ、きっと。もちろん被災者の方々に快適な生活を早く取り戻していただきたいと思います。

僕はある程度はそんな意見は出ると思います。「何がつらいですか??」「人目を気にせず着替えたいです」当然ですよ!!そんなのみんな感じてますよ。

どう報道するかって大事じゃないですか??
僕はこの報道が、「個人のプライバシーにも配慮」って記事で最後まで読めば「こんな状況でもそこまで考えられる人がいるんだな」と感心します。でもこの記事からはなんか、向こうの人がそんな要望を出して設置した感が否めません。僕は。だから前半部分の意見を持ちざるを得ません。

プライバシーって言葉を盾に勝手すぎません!?

こんな非常事態はみんなで助け合って、プライバシーよりもみんなや地域とかになるんじゃないかな(って僕は思います。)。要は周りの人との人付き合いがこの上なく下手くそだから「プライバシー」を盾に蛸壺に入るんでしょ!?すごい連携の取れた「近所」ならこんな時こそうまくやると思いますよ。

きっと「***さんが、上手く考えてくれて人目を気にせず着替えをできるようにしてくれたんですよ」てきなコメントが出ますよ。でも実際には「人目を気にせず着替えをできる」ほどの物ではないけどその人の努力とか信用とかそんなもので上手く機能するんじゃないですかね。

そんな個人個人の主張をプライバシーと言う言葉を盾に報道するマスメディア。
何をどう報道するか、伝えるかって難しいですよ。みんな記事の通り「ほしい」ですよ。

日本人ってそんなに個人主義だったか??

この記事をよんでなんかスゴイ悲しくなりました。

正直この記事をよんで寂しくなりました。

月曜日, 7月 16, 2007

地震

新潟地方で地震が起きました。
被災者の方には心からお見舞い申し上げます。梅雨の時期で気温が高い季節。早期の復旧を心から祈るばかりです。

残念なことに時期が時期です。
というのも選挙期間中です。政治家、政府がイメージアップのためにこの災害を利用することが起きないのを願うばかりです。

有権者の方々は注意深く客観的に、政治に関する人たちの行動や発言を見て欲しいと思います。

関西出身の自分としては、地震報道を見るとあの阪神淡路大震災を思い出します。
中学生だった自分はテレビを見ながら、電車ですぐ行けたあの神戸の町がむちゃむちゃになっていることに、すごい衝撃を受けたことを覚えています。
あと地震直後、机の棚にあった広辞苑が日の丸飛行隊ばりの大ジャンプをしていたことも鮮明に覚えています。
やはり自然の力はスゴイとしか言いようがありません。

今回感じたことは、もし今自分が住んでいるこの異国の土地で地震が起きたら…。
考えただけでぞっとしました。
情報は全て英語、周りは全てアメリカ人。うまく対応できるのか!?
やはり異国に住むには覚悟がいるなと再認識させてくれた地震でした。

あーー、こわ。カンパン買いにいかな…。

金曜日, 7月 13, 2007

悔しい出来事

それは何かというと…

今回の参議院選挙に投票できないことです。

先日領事館に自分は投票できるのかを確認しに行きました。
結果はNo

住民票を移動していないことが最大の要因でした。
海外からの投票するには、
①住民票の移動
②選挙権の申請と認証(2.3ヶ月かかるそうです)
③選挙があること
が必要だとおっしゃていたと思います。

今回の選挙は本当に大事だと思います。これを読んだ方は是非投票に行って欲しいです。
僕は基本的に投票には行っていました。誰に投票すべきか判断がつかないときには白紙で投票しました。「投票すべき人がいない」という意思表示をするためです。

今回の選挙は本当にターニングポイントになる選挙だと思います。
あえて言います、政権交代の時期かもしれません。
今の日本はイケてないと思います(一応客観的に見てです。)
「はぁ!?」「まじで!!」ってことが多すぎます、政治家に。
そんな政治家に制裁、判断を下せるのは有識者やマスコミなどではなく真摯な国民の信用「票」だと思います。
投票できないやつが偉そうにとおもうかもしれませんが、投票できないからこそいいます。

選挙に行きましょう!!
色んな政策に文句云々たれる資格は投票した人だけがもてると思います。
投票してない人は「委任」したも同然。従うのみ。

おれは従うのみか!?だから悔しい。
自分の考えと現状にげんなりです。だから現実逃避に寝るとします…。

なんでやねん!!!!!!

火曜日, 7月 03, 2007

後悔

していることがあります。それは…

物理を勉強せずに逃げてきたことです。

最近この知識が欠落してることをひしひしと実感し、避けてきたことをかなーーーり後悔しています。
思うに物理や数学が強い人は「突破力」がある気がします。
人生日々学習。遅ればせながら少しずつ学んで行きたいです。

日本人は働きすぎと言われて、近年ゆとりや週休二日やで休む機会が以前より増えた気がします(もちろんそうでない方々がたくさん居られるのも知っています)。
以前に比べ、「働きすぎ=悪」みたいな気がします。

でもその結果が、学力低下や中国なのどの国々の追い上げに悲鳴を上げる始末。

働きすぎて積み上げてきた国です。働けとは言いませんが、そんな人やそういう行為に誇りや尊敬を持ってもいいんじゃないですか!?ただでさえちっちゃい国土で知恵をフルに活用して生きてきた日本人なんですから。
外国の人に「働きすぎ」と言われて「そうですか、ほな…」ではダメだともいます。

そんな言葉に踊らされずに、何をすべきか何が必要かを考えたらおのずと働くようになるでしょ!?
今はみんな自分のためばっかりで、「だれだれのために」とか「なになにのためには、やらんといかん」といったような意識が薄れている気がします。日本人はもっと謙虚で人のことを思いやれる人々だったから、今があると僕は思います。

自分の身なりをよく見直して、日々学習で色んなことに感動感心して成長していきたいです!!

自分の思うがままに書いた文章で意味が通ってないかもしれませんが、あの時「物理は難しそうや」で逃げた自分を恥じて、今からがんばっていきたいですね。