金曜日, 10月 23, 2020

完全な個人的感想です

 昨日10月21日にあったFinal debateの感想をここに記しておこうと思う。

直感です。青組が相当な紆余曲折を経て最終的に勝つのではないかと思います。

このディベートまでは何だかんだ最後は赤組出はないかと思っていましたが、正直昨日で変わりました。でも、もしディベートでの赤組の立ち居振舞いが違っていたら当初の予想のままだったと思います。なぜ、予想を変えたか。

僕的な表現を使えば「あと4年もこってり豚骨ラーメンはやっぱりしんどいなー。おっさん4年間よーやったやろ。」って感じです。

現職である以上、赤組はもっと具体的な実績を強調し、未達成・道半ばであることは継続性とその重要さをもっと語るべきだった。なぜなら4年前の未経験者とは違うのだから。

でも、青組候補者の副大統領時代何も出来なかったことや、前政権のダメなことなどを並べて私は違うと言う。僕が求めた前者は根治的アプローチで実際に目にした後者は対処のようであった。根治を目指そうよ。特に後半はかなりの個人攻撃のように見えたし。

4年前は成績優秀の学級委員気質の才女とリーダーシップのあるガキ大将の戦い。で、ガキ大将を選んだ。そのガキ大将が生徒会長になったらガキ大将の性格は残ってたとしても生徒会長らしい振る舞いが必要なのに、昨日は4年前のガキ大将が少しお勉強して偉そうになった程度にしか僕には見えなかった。だから、こってり豚骨ラーメンはもうええかなって。

青組さんは確かに頼りないでもちゃんとしたブレーンを揃えることが出来ればうまくやれるんじゃないか?認知症やら年齢の不安要素が懸念されるが、昨日あれだけ強く言い返せるのをみると地位や役職が病気説や不安説を吹き飛ばす可能性もあるのでは?僕にはそのように後半になるにつれて思えてきた。あと、確実にあのディベートを見聞きしている人を意識して意図的にカメラ目線で言葉をその人たちに向けて投げ掛けていたと思う。

もちろん、本来は政策を吟味して候補者を選ぶべき。なんだけど、やっぱり最後はヒトとしての部分で選んでしまうのは人間でありその直感が正しいことも日常生活では少なくはないと思う。

これらの理由で僕は何だかんだで青になると予想します。外れても僕の予想が外れただけで何もないので悪しからず。見る目ねーなぁーって笑ってやってください。

にしても、議論の内容がコロナ対策・安全保障・経済対策・経済政策・人種問題・移民問題とこの国に色んな課題が山積みなのが見てとれるけど、それを平日に多くの国民がその議論をちゃんと見るという文化があることがこの国が何だかんだで強い理由かもしれません。

日本も党首討論でしたっけ?今もやってるのか知らんけどありましたけんど、まー比べ物になりませんわな。きっと、これを肌で体感することが面白いアメリカ旅行や生活になるのかもしれないですね。

P.S. モデレーターを務めた女性の方。すげーーーってホンマに思った。あの方が大統領になればええのにって思えるぐらい。M-1グランプリで一気に有名になるぐらいのインパクトで今頃仕事の電話えげつないような。ただ、プレイヤーとマネージャーが違うように。アンカーとしてモデレーターとしての能力で表に出るきっかけが生まれた。売れるタイミングは色んなところに転がっている。僕も来年ある役割を担うので今からシュミレーション。

P.S.P.S.小浜氏と寅さんのおかげで田さんはピンボールの両枠が出来たから色々とやりやすいかも。とはいっても、現実はピンボールのように二次元ではないから。。。

さて、どうなることやら。。。すごいね!アメリカ!


木曜日, 10月 15, 2020

2020年 5冊目 (348)

村上T 僕の愛したTシャツたち Kindle版
村上春樹  (著)
マガジンハウス (2020/6/4)

これが人生ではじめての村上春樹さんの文章を読む機会となりました。

僕もTシャツが好きで2011年の4月から1年間毎日違うTシャツを着てfacebookにキャプションつけて上げるというのをやっていたので、どんなエッセイなのかある意味で同士というような感覚で読みました。

僕が書くであろうTシャツ話とは全く毛色の違うものでした。なんでしょうかTシャツはあくまでもきっかけであって、そこから展開されていく内容は教養のある文章って感じでしょうか。天声人語を読んでるみたいでした。所々、その教養のフックに自分自身がひっかかると嬉しかったり我ながらおーって思ったり。文章から滲み出る優雅な生活をええなーと思ったり。そんな自分は村上春樹の文章に飲み込まれているのでしょう、くそー!

Tシャツの趣味で言うと多少被るような部分もありますが、流派が違う感じでした。僕のお気に入りでこんなエッセイ書くなら、Tシャツに使われているキャラクターの版権やら大変そうな気がしてなりません。というかそんな機会いつくるねん!

2018年の引っ越しの際に相当数は処分したのですが、最近またストックが増えてきたり。

まー、いつまでもTシャツ姿の似合うおっさんでいたいと改めて思いました。筋トレしよう!!


日曜日, 10月 11, 2020

まぜこぜ

夢を見た。
 
登場人物は中学・高校時代の人たちに似ている。あの時の顔のまま大人になった感じ。場所は大阪。そもそも夢の中の自分が幾つの設定なのかは謎なんだが。 

女性といながら女性とのもう一つに予定をダブルブッキングしているようで、どうしようか悩んでいる。贅沢な夢だ。 面白いなと思ったのは、僕が出そうとしてる解決策が今の僕でないと思い至らないであろう考え方である事。

そして取り敢えず、僕が馴染みの店でたこ焼きを食べようとそこに行く。その店が大学時代によく通った店と、大学院後半から卒業後に行ってた店のハイブリッド。そして僕は店に入って気付く、コロナ対策で店が主にテイクアウト専門となっている事に。そして、小さな外のテーブル座る。

ここでこのドラマは終わって、同じような舞台で全く怪奇な出来事が起きるサスペンス映画にような話を客観的に見る事になった。

今の記憶と過去の記憶が混ざりに混ざっているので、予知夢でも何かを示唆する夢でもない海馬の情報整理だと思う。 ただ夢の中に居た筆者の感情や感覚・視点は我ながら面白くなるほどと思ったのだ。

何か訓練を受けたような夢だった。

気付けば自己最長の休筆期間となってしまった。書きたいと思うネタは山ほどあってメモもある。コロナで違う習慣が生まれて身に付いて、ここに書く習慣が薄れ途切れた。 また細々と書いていこう。誰か見てる人がいるか知らんけど、自分との会話に。

ご贔屓に!!

月曜日, 5月 25, 2020

目指すべき場所

日本では緊急事態宣言が解除されました。僕の住んでるベイエリアは解除レベルフェーズ2(フェーズ4が完全解除:https://www.nbcbayarea.com/news/coronavirus/reopening-the-bay-area-full-list-of-counties-easing-coronavirus-restrictions/2290710/) になって徐々に街の中に人が戻ってきた感じです。でもマスクを付けてない人もいれば厳重に口元をプロテクトしてる人もいたり。

仕事の活動レベルはコロナ前に戻す努力は必要だと思う。その反面、戻ったとしてその運用の仕方はコロナ前と全く違ったルールの下で動くんだろうなと思っています。
日本を見てると「前のようにどうやって戻していくか」に必死な気がするのですが、実は目指すべくところは前とは違った「新しいコロナ後のスタイル」なんじゃないだろうか?と僕は思ってます。
働き方改革と言う言葉を今こそもっと強調して、第2波や起こり得る新たな感染症・夏に向けて起こり得る自然災害をも想定したフォーマットをもっと必死に今から議論して作るべきなんじゃないか!? 自粛と言った抑圧から解放された現状に充足してまうには早すぎるのでは?

僕は僕なりにパソコン環境などの整備を始めていて、今日仕事場で試してみようと思っています。先に先に。僕はこういうのが楽しくて好きな人間だから良いのですが。でも、前のように飲み屋でグダグダ飲みたい気持ちだけはとてもある自己矛盾とは話し合い。。。!!!

木曜日, 4月 30, 2020

プレポストコロナ

支持する支持しない・好き嫌い・良い悪い

そんな次元を超えてナイティナインのオールナイトニッポンを聴きました。

ここ1週間思う事を話を聞いてくださる人に話す事があります。
このコロナがあって良かったと思う人悪かったと思う人がいて、僕はコロナがあって良かったと思える側の人になりたい。

見る側と受ける側・主観と客観・安全と危険・知ってる知ってない・自由と不自由
まさか自分が?
甘えと厳しさ・甘えと現実・甘えと苦さ・甘えと辛さ・甘えと甘えって何?
迷惑と迷惑かけてない・迷惑と迷惑と思ってない・迷惑と迷惑なん?

言い出したら切が無いし、人は完璧でないし。

言ってくれる人・声を掛けてくれる人・見てくれてる人・気にしてくれる人・怒ってくれる人・笑ってくれる人・泣いてくれる人
当時者になってくれる人

データがあふれて。テクノロジーがあふれて。
プライバシーがなくなって・安全が脅かされて。

バランスって大事やけど、シーソーの両側があるからバランスが取れるとなると、バランスなんてアカンやん。

スマートウォッチで体温モニター出来たらコロナから身を守れる、でもプライバシーが
映画・ブレードランナーってスゴイ未来を示唆してて今やん、でも映画やん

パチンコとカジノどうちゃうの?
法律と憲法どうちゃうの?

今の僕を定義させてくれてる「みんな」にありがとう。。。「みんな」って表現での広さと深さを文章で表現したいけど、表現しないでいて、もしこれを見てくれてるその人が、「やな!」「ぽいな!」とかを思ってもらえたら。長々すんません。

分からんけど、僕らしく生きていきます!!!!!!
この!!!を増やすして僕の笑いでみんなが笑ってくれたらと。

Спасибо!スパシーバ!

火曜日, 4月 14, 2020

2020年 4冊目 (347)

最高のコーチは、教えない。 Kindle版
吉井理人 (著)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2018/11/15)

一回投稿したんですがどうも上手く文章が上げられなくて、新たに投稿しなおしました。すみません m(_ _)m

僕は日本人メジャーリーガーと言われる方々がメジャーリーグを離れた後にどのような活躍をされるのかがとても興味を持っている人です。なので吉井さんの本をとても楽しく読みました。コーチングの詳細は本を読んでもらうとして僕が感じた感想は経験の重要性だと思いました。

プロ野球において名将と言えば?という問いを投げかけた場合、好き嫌いなど色んな要素もあって色んな名前が出てくるだろうと思います。でも、嫌いだったとしてもそうだろうなと思われる人こそ歴史に名を刻んだ名将とだとしたら吉井さんが師事した監督はなんとも名将ばかりと言えるのではないでしょうか - 仰木監督・野村監督・バレンタイン監督 - ?  バレンタイン監督においては日本でなくメジャーリーグで生まれた関係性。人に恵まれると言うのは本当にこういった事なんじゃないかと。そして吉井さんは学問としてのコーチングを学ぶために大学院に。

僕は吉井さんのような方が色んな経験を日本のプロ野球に還元して下さることを期待するのと同時に、海外の選手・アメリカのマイナーリーグだけでなくメジャーの選手も日本のプロ野球を目指してくる大きな土壌になってくれんじゃないかと。毎年たくさんの外国人選手が日本に助っ人としてやってくる。いつまで助っ人ととして求めるのか?仮にイチロー選手が監督となったらその下でプレーしたいと言う選手が日本にやって来ることは大いにあり得るのでないのか?そうだとして現状として、ロッテ・井口監督にヤクルト・高津監督はメジャー経験者。オリックスの田口コーチはチャンピオンズリングを2つも持っている。現役選手でも阪神・藤川選手やヤクルト・青木選手など外の空気を体感した選手がたくさんおられると思いません?以前より絶対に来日した外国人選手との意思疎通は密になっていると僕は思う。もっとこう言った機微を知りたいな思うのは僕だけではないはずです。

昔と今のコーチングの違いが縦だとしたら日米のコーチング違いを横として、今の日本のプロ野球はとても風通しの良い環境だと思うのです。同じことはJリーグにも言えるだろうし、去年爆発的人気となったラグビーも。ビジネスとか研究といった分野もこのようになってきて然りだと思う僕は間違っているのかな。。。吉井さんのこの本が僕の師となる方々との経験を思い起こさせてくれました。みなさんも思い起こしてみてください。そこに教えがあるはずです。それを踏まえて読むと深いっす。教えてくれません、教えていてくれたのです。それを気付きましょう!!乾杯!!飲むんかい!!

土曜日, 4月 04, 2020

1を2にと普通に受け入れる柔軟性があるなら、受け入れるべき現状とは?

去年の今頃は年号が変わってバタバタ。8ヵ月で令和2年になったから、もう2年目と思っていたけどようやく本当の意味で令和2年目に突入した。

そんな実質令和元年の最後に志村けんさんが亡くなられた。
新たな令和2年目を迎えるにあたって身を持ってこのコロナ危機に対して警鐘のメッセージを発してくださったとしか僕には思えない。

そしてもう1つお世話になったテレビ業界に大きな助け船を出して行かれたようにも思う。ロケや収録がしづらい現状において、志村さんの死は過去の志村さんが遺したたくさんのコンテンツを再利用するという機会を作り何が今の状態で作り出せるのかを考える猶予を与えてくれているように僕はふと感じました。

何かを作り込むのが好きな職人気質であると自分の事を分析していた志村さん。もしお元気だったら今の状況でどのような新しい笑を作られたのかなって?
だからこそ生きながらえている自分たちができる事をしっかりしなくてはいけないのだと。

心よりご冥福をお祈りします。献杯。

木曜日, 4月 02, 2020

整いました!

春一番
元気ですかと
いわれたら
はいそうですが
でも室内!

もーすぐはーーるですね!
ちょっと歌ってみま短歌ー!

火曜日, 3月 31, 2020

言葉を定義する言葉でなく、行動に定義を与えるための言葉?

ロックダウンという言葉が注目を集める日本の状況をみながら、日本がやろうとしてるロックダウンが本当に必要なロックダウンなのか?

僕の住む西海岸ベイエリアは今言えばロックダウン中である。とは言っても電車バスは動いている。バーはクローズしてるがレストランはテイクアウトのみで何とか営業している。スーパーマーケットはsocial distanceを守りながら営業してるし、散歩等の必要最小限の運動は許されている。厳密に発表された当時の言葉はShelter in placeだった。仕事場も特性上誰かが来て動物の管理を最低限しないといけないのでローテーションを組んで回している。この時も厳密にはshutdownと言わずにrampdownという言葉を使っていた。

ゼロサムや白黒や1か0かではなく、出来る人はやる!そして実行する!である。今でも覚えている、3/15の日曜の夜から急転直下で状況が変わり、shelter in placeが実際に始まったのが19日の木曜日。その間メールのやり取りやオンライン会議など上司と呼ばれる人たちは相当にしんどい時間だったと思う。でも、それをやるのである。そしてやったのである。全米で先がげてやったのだ。それから後のニューヨークでの出来事を見るに、やるかやらないか。決断するかしないかである。

そして何度でも書くけど、 ゼロサムや白黒や1か0かではない。ちゃんと買い物は出来るし、郵便物も届く。もちろん飲食業界や旅行業の人などの苦労は理解している。でも、100%全員を救済できる術なんて、一年間話し合いをしても作れないと僕は思う。

取りこぼしの補填はちゃんとすると言えばいいじゃないか。言われたら信じようじゃないか。だってもう他人事ではないだろう。

交通機関を止めるには根回しや通達が?とりあえず休日ダイヤにしようよ。
店を閉めたら経営が?テイクアウトは維持して、利用できる人は利用しようよ。
テイクアウトにしたら容器やらの準備が?家から自分のどんぶり鉢や皿を持って行って食べたら自分で洗おうよ。ゴミ減るやん!

ワーストケースはそれが起きた時にはもう終わりだから、 シュミレーションでワーストケースを考える。 ロックダウンと言う言葉の定義をゴチャゴチャ言わずに、ロックアウトをしないためにも何が可能か不可能か考えて、準ロックアウト的な行動を頭使って始めようや。都市封鎖の是非でなく、都市封鎖的状況の程度の是非をしようや。そこには強制力はなくても要請で各人が節度と常識と知識と知恵を駆使してできるんちゃうの?海外がやってる例を精査しながら。。。



知らんでホンマに。海の向こうの引きこもり真っ最中がお送りしました。。。

木曜日, 3月 26, 2020

生態系ご近所さんは。。。

早く寝ると早く起きる。当たり前だが。
日の出前の外が明るくなる時間に聞こえる声がある。

カーカー!

カラスの声だ。引きこもり指令がでて約一週間。植物や動物は人間の行動をどう思っているのだろうか?

カラスなんてこのコロナのあおりを受けて残飯にありつけてないのでは?
それはネズミやアリやハエもそうか。
植物は人間に踏まれたり荒らされたりしないからむしろハッピーなのか?

コロナは食物連鎖ならぬ地球連鎖・人類連鎖だろう。
祖国に帰った人がウイルスを持ち帰ってしまう。残った人は心配をかけてします。
誰も悪くナイ。誰も良くナイ。仕方ナイ。

カラスはカーカー毎朝何をしゃべっているのだろうか。とても気になるけど、カラスはカラスで大変なんだろうな。はい、僕は元気で非日常を楽しんでます。。。どーも!



日曜日, 3月 22, 2020

結果的に or 意図的に

3月7日に僕が好きなお店の歴史が幕を閉じました。

それは突然やって来た。当日店の前を通ったら「本日で閉店です」という立て看板。テクテクと仕事場に歩く僕には一瞬の出来事。「え、嘘でしょ?見間違えや、帰りに確認しよう」と先に進みました。

帰りに通りがかると長蛇の列。朝の出来事が事実だったことに気付く。中に入りたいがかなり待たないと入れない。幸い2週間ちょっと前に行ったのもあったし、残念だけど仕方ないと腹をくくり店の写真を撮って帰路につく。

ただ腑に落ちない点がある。その店いつも相当に賑わっている優良店。経営で窮地にってのはあまり考えられない。。。なんでや!?
そんな疑問をよそに近所の飲み屋で一人飲んでいたら同僚がメッセージをくれた。あの店最後やでって。僕の飲み歩きを認知してくれてくれてるから送ってくれたのだろう。嬉しかった。やっぱり顔を出そうとそれなりに飲んでいるにも関わらず足を運んだ。

店内は変わらぬ込み具合。濃厚接触や。ビールを一杯頼み知り合いの従業員の人を探す。おった!、でも忙しそう。彼と話すタイミングを計りつつ、周りの会話に耳を傾けなぜ急な閉店になったのかを探る。もう一人の僕を認識してくれていたサーバーさんに会ったの訳を訊ねた。

どうやら従業員にとってもこの閉店は青天の霹靂だったようだ。そして知り合いにも聞くと店を維持するための家賃の値上げを要求されたそうらしい。この手話はよく聞く話でで仕方ないなと。でもこんなに流行ってる店を潰す愚かな地主は居るのかとも思いつつ、居るんやろうなーと。最後の挨拶が出来て良かったと思い家に帰る。

そして今。外出禁止に営業自粛の僕の住む町。急に仕事を首にされる話もよく耳にする。果てさて、あの店のオーナーさんはこの状況を予期して店を敢えてあの時期に閉めたのなら何というファインプレーなんだろうと。解雇になった従業員も急とはいて、今の混乱の中でなく比較的余裕がある段階で失業保険を申請できているはずである。

これは結果かもしれない偶然かもしれない意図的かもしれない。事実は分からないけど。良い店の終わり方は何とも良い終わり方になったのである。

人間万事塞翁が馬とは言うけど、続いている人生でそう思う事もあれば閉店した店や引退した人、あるいは不幸にも人生の幕を閉じてしまった人にもそれは当てはまるかもしれない。ここでの人間は個人の人間だけでなくそれを取り巻く人間、humanではなくhumansなんだと職場の閉鎖の前日にその店の前を通った時に感じたのでした。

今の非日常もそう思える日が来るように生きていこうと思います。思いを書き上げた日曜の昼下がり。さー、昼酒じゃ!!

金曜日, 3月 20, 2020

2020年 3冊目 (346)

ミスター味っ子 全19巻
寺沢大介  (著)
Kindle版

小学生の時にテレビ大阪で観ていたアニメ。印象的な回が結構あって(駅弁の回、味皇さんが城を突き破る回など)印象にはすごく残っているけど全体のストーリーはハッキリと覚えていなかった。

動画サイトの発達で当時観ていた記憶を呼び起こすようにほとんどの話は結構前にフォローしていた。

が。。。なな、なんとー!この原作とアニメ版が全く違う2つの世界であることに今回衝撃を覚えたのでした。。。!!!

原作の良いところとアニメ版の良いところ。どちらが良いとは言えないけど、アニメ版はよりスリリングでちょっと濃い目。余すとこなくキャラクターを活用した構成なんだと。対して、原作はもっと純粋というか素材のうまさと言うか。売れるとか流行るとかの意味をなんか考えました。

今の時代なら原作でも十分流行ると思う。でもアニメ版の当時だとちょっと濃い味ぐらいでちょうどいいと思えるぐらい他のアニメがたくさんあった。平日のゴールデンタイムにアニメが30分の枠で普通に流れていた時代を今振り返るとすごいなって。

その世代が今社会の中心を担う世代になっている中で、あの当時のマーケティングが今と圧倒的に違う事を感じます。映画と原作。ドラマと原作。時代の中で生きる作品。

今回の衝撃は相当でした、やっぱり覗いてみると言う行動は必要ですね!アニメ版を観返そうと思ってます。

実際に実行されている方もすでにいますが、料理漫画の料理再現シリーズは YouTubeの素材として相当面白いと思います。自分がやれと言われればやりたいけどtoo shy shy boyなんで。。。しゃっせー!

木曜日, 3月 12, 2020

こんな時期だからこそ映画...あえて!!

僕はこの新型コロナが広がり始めた辺りにずっと頭の片隅にあった映画があります。
World War Z (https://www.youtube.com/watch?v=HcwTxRuq-uk)というBrad Pittが主演の映画で人がゾンビ化していく映画です。ここでのゾンビから身を守る、どうやって囲い込みをするかが今の感染症対策に似ているように感じたからです。

で、つい先日この映画の記憶がもう一つの映画とごっちゃになってることに気付いたのです。そもそもこの映画を観た時に「パンデミックや」と思うに至ってすでにそれに関する映画を観ていたという伏線があったので、この映画がすっと入ってきたのだと。
その伏線となった映画はContagion(https://www.youtube.com/watch?v=C-ADAwfrwGs)という映画で本当に原因不明の感染症によりパンデミックになるという話です。

約一か月ほどどこのメディアでもtwitterでもだれもこの2つの映画に触れていないのが僕は少し驚きです。
映画とは非日常を楽しむ空間だと僕は思っている反面、その非日常をいかに現実に落とし込んで想像力を働かせるか貴重な材料提供とも。この2つの映画のおかげで僕はこの新型コロナに関して2月の頭の段階でかなりリアリスティックに捉えて、本来なら日本時間の今日3月13日に日本にいるはずだった旅程をキャンセルしました。

考え過ぎだったで終わって欲しかったけど実際に「パンデミック宣言」です。
検査の是非が方々で議論されてますが、僕は無駄な検査はしない派です。重篤症状者や高齢で症状が疑われる人優先派です。

40代ぐらいの人が心配で検査で陽性が出て「罹患してますが重篤化の可能性は引くと思われるので帰って自宅で静養してください、外部との接触も完成拡大になるのでやめてください。あと、帰りは人との接触を避けるよう上手に帰ってくださいね」と医療従事者に言われ「分かりました」って素直に帰る人なんていないと思うからです。未知の物への恐怖と安心は結び付きやすいでしょう。でも、だからこそリテラシーをもって優先順位を決めて考えて行動する大人であるべきだと思います。

必要以上に怖がらない、でもしっかりと準備する。少しでも早く鎮静化するのを願うばかりです。少しでも経済に貢献すべく、僕は今日も昨日も明日も夜は飲み屋にてアルコール殺菌実施中ですです、はい。

金曜日, 3月 06, 2020

2020年 2冊目 (345)

東京大学物語  全34巻
江川達也  (著)
Kindle版

東京大学物語を全話読んでみた。もしこの漫画をリアルタイムで読んでいたら僕にどんな影響を与えていたのだろうか?と考えるほどインパクトのある物語でした。なんだかんだ受験戦争の中を過ごして来たので共感というか接点があってグイグイ読みました。ただ、途中でリアルすぎてなんか気持ち悪くなるというかクラクラしてきたのも事実です。

 これを読む大分と前に筆者の江川達也さんがこの本について話しているのを聞いてたことがあったので現実の終わらない日常の描写がクラクラさせたのかもしれません。ただ、その終わらない日常は現実。東大に入ろうが入ってからが始まる。何かが始まれば終わる、終われば始まる。残るものっていったい何だ。こんなん妄想だと言えばそれまでだか、そんな世界に生きてる人も実際に居る。そしてそんな頭のおかしい人がすぐ近く隣にいるかもしれない現実。

 みんな裏で何やってるかなんて分からんし変態ばっかり、と言っている自分の変態さと向き合っているのか?趣味言うかオタクと言うかマニアと言うかプロと言うか専門家と言うか素人というか。そんなもん人が貼り付けた札で、貼り付けた人の価値観によっていい意味にも悪い意味にも変わる。そんな暗澹たる現実をどう生きるのか。なんか今思い出してもクラクラしてきます。

 漫画って大人が色んな感情やテーマを持って書いてる。それらを受けるように売れるようにこねくり回しながら作品は出来ていくわけだけど、そんなもんを子供が読んで伝わるかもしれないが、テーマを完全に拾えるわけがない。この肌感覚で子供には十分なんだと思う。手塚治虫先生の鉄腕アトムだってウルトラセブンだってとんでもない社会背景が織り込まれてるわけで。子供と一緒に大人が大人になって何かチクチクした棘を感じれるもの。それが漫画の凄さだとこの物語を見て思ったのでした。強烈なオチのの後の現実描写で各人が抱える頭の中に抱える妄想。ゆとり教育ってそんな口にするのが恥ずかしい事を恥ずかしくないと知り互いに理解し合う事なのかもね。

 少なくとも僕の学生生活はここまで無茶苦茶ではなかったと自分のフィルターを通して感じている。他人の評価は知らんけど。

土曜日, 2月 29, 2020

ドラゴンボール超・全131話を見た

正直言ってむっちゃ面白かった!

ギャグっぽい回と闘いの回のバランスが取れていて、各個人のキャラクター設定も強固になって(特にベジータのキャラ設定が面白い)、過去の伏線も回収しつつ新しいキャラクターと設定。ちょっとまた見たいなと思ってしまいます。

キン肉マンでもそうですが、神様と言う存在と悪と言う存在の設定にどうしても行きつくのかなと。2つに共通点があったりなかったり。そんな比較をしながら見てました。

そして一番この漫画に関して感嘆したこと。僕が小学生で初回から見始めた時から「ブルマ」という女性を重要なキャラに使っていた事。あの当時から理系女子・ブルマという存在がこの超ではかなり大事な設定となり、昨今の女性の社会進出などの話を考える上でなんとも強いメッセージ性を放っていると僕は感じたのです。これを見た女の子がブルマのような天才女性エンジニア/研究者をキャリアパスとして真剣に夢見れるきっけになったら素晴らしいと僕は思う。

読者視聴者と共に作品は歳をとると言います。不朽の名作はどの世代にも何かを感じるきっかけを与えるものであると思うし、今回ドラゴンボール超をみて作品が続いている事をとても嬉しく思ったのでした。

いやー、おらワクワクしたぞー!!

水曜日, 2月 12, 2020

2020年 1冊目 (344)

料理の四面体 (中公文庫) (日本語)
玉村 豊男  (著)
中央公論新社 (2010/2/25)

「相手の気持ちになって」とか「勝者の視点と敗者の視点」など、物の見方を変えることは理解を深める上で極めて重要なアプローチだと僕は思っていて、実際心掛けている方だと思っていた。甘かった!
この本は料理という枠の中で素材や調理法・調理名を基本事項を確認しながらデジタルをアナログに変換するように繋いでいきます。
これが何とも痛快で、そんな事は考えもしなかったがその通りやなを膝を打つ事の多い事。

今自身が対処に困っている問題を解決するきっかけを与えてくれるほどのインパクトで、自分の貧相なものの見方にガッカリした反面、今後この捕まえ方と正確な位置分析を心がけようと誓ったのでした。

ステーキはサラダだ!!この発想を受け入れらるようにになるんだわこれが!!固定概念だったり「それはそうモノだ」と思ったり、日本含め各国の言語間にある表現の溝だったり深く考えない思考停止になりがちな事って料理にはこんなにあったんやと。しかも文庫化される前のオリジナルが出版されたのは1980年。餃子の王将のcmでは無いですが食は万里を超えるとはよー言うたもんですが、40年たっても色褪せない万里も時代も越えて残る。伝統とは何か違う本質をかんじませんか?

料理をしたくなるし食べたくなります。ベタなオチで恥ずかしいですがキレイに料理されました。ご馳走様でしたー。

月曜日, 1月 27, 2020

今年の第一歩


2020年最初の投稿がもう1月の終わりになってしまった。
でも、それぐらい年始早々から良い悪い含め色んな事象が起きてあっという間にここまで来てしまったって感じである。

今年はチャレンジングな一年になると去年から感じていたし、実際そうなりそうな気をすでに十分感じている。やるしかない!この一点である。12月に去年から来た新しい環境に本格的に馴染んで色んな事を生み出し始めているとニッコリ思えたら成功だと思う。

それに向けての小さな芽が出てきている。だからそう、やるしかないのだ!!

家から海が近いのでアキレス腱を損傷してから遠ざかっていたサーフィンを再開しようと思う。ワークライフバランスかライフワークバランスか分からんけど、チャレンジしてみようと思う。

文章自体はそれなりに毎日量を読んでいるんだか、本を読む時間が確実に減少している。理由は他の媒体に気をとられているからなのは知っている。これもライフライフバランスで修正また変化をしていかないといけないねー。

そう、今年はやるしかない!!!!!
がんばれオレ!!!!!

火曜日, 12月 31, 2019

令和元年の終わりにー

今年の最初に「今年は結果(アウトプット)を出していきたい」と記していました。何だかんだで思ってる以上にヒットを打てた方かなと思います、しかも結果を見せたい人にタイミングよく示せる機会でちゃんと打てました。もちろんしっかり準備をしましたが。自分の出来る事からしっかりアピールして結果を残して信頼をもらいチームに馴染む。これを新天地での成功のきっかけと意識してましたが肌感覚で間違いないと感じました。このスタイルを試せたのはこれから先とても貴重な財産になると思います。

6月から新天地に移って、慣れない環境に置かれた割にはかなりの適応力を出せた方だと思います。痛感したのは環境が変われば生活は変わると言う事です。いままで夜型人間だったのが朝方人間になった。遅い時は深夜まで実験していたけど、今では早かったら7時には寝てたりします。それに付随して、昼まで寝ているのが普通だった日々が4時とかに起きて情報収集を始めたり。
あと本を読むペースがとても遅くなった。電子書籍を使って読む状況も増えましたが、読書もやはり習慣ですね。これは早急に元に戻したいです。

とても有意義な1年になったと思います。一つある作文を書ききれなかったのが汚点ですが、完全なんて無理なんで年明けに気合入れます(という言い訳です)。  いつも通り日付変わるまえにさっさと寝ます。これが日常だから。
 See you 2019!!  

土曜日, 12月 28, 2019

M-1 2019感想

こんなに腹を抱えて笑ったのは久し振りちゃうと思えるぐらい今年のMー1はとてつもなかった!!

8組目のインディアンズさんの前ぐらいでこの激しい大会に疲れてる自分を感じた。笑いのオーバーワークというか。こんなに多種多様な笑いの風を受けて疲弊しない方がおかしいとも言えるけど、どれだけ肩肘はって見とるねんと突っ込まれたら僕の敗けである。

そんな笑い疲れた大会の僕の勝手な感想を残しておこうと思う。自分が殴り書きしたメモの文字を何て書いてるんやと悶絶しながら。

敗者復活
僕は正直なところ自分の面白さ的には和牛が一番では無かったです。四千頭身さんやクラゲさんのネタが僕にはツボでした。ただ上手さ洗練さでは和牛さんがダントツでした。でもグッと来なかった。女の子的に言うなら色気が無かった、僕には。和牛さんさんがどんどん敬愛する笑い飯さんに見えてきて僕は辛いんですが、本当にやりきってほしいと思っていたんですがどうやら今回の大会を最後に卒業されるようです。これに関してはまた後で。

本戦
こんなに順番の妙が炸裂した会は初めてのように思います。ニューヨークさんの後のかまいたちさんのネタで完全にブースとがかかった気がします。言葉の「てにをは」で何を言ってるか分からないという下り。会前にKBS京都のチュートリアルさんのラジオにゲストとして出演のかまいたちさんがコンビで唯一の言い合いの喧嘩が「てにをは」を巡ってだったってのを聞いていたので、あのやりとりがとても笑えました。どんな発想でネタを思い付くかには伏線があるんやなって改めて思いました。
和牛さんのあとのすゑすろがりずさん。僕は腹か抱えて笑ってしまいました。そして年末年始この古典表現使う人増えそうやなと、そして営業の仕事が激増やなって。それ以上にこのコンビが残した功績は「古典芸能」「古典の言葉遣い」に興味を持たせるきっかけを撒いた事だと思います。文部科学相は彼らを称えないと!小・中学生が遊びの中であの表現を使いながら古語を学んでいく。これってとても大切なきっかけだと思います。王様は関白に相当するのか、たそは誰、召すは飲む、やんごとなきって何!?みたいな。世に知ってもらうきっかけとしてこれはとても大事な方法論を示したと思います。当然ステマとは区別しないといけませんが。
からし蓮根さんの最後の盛り上がりはえげつなかったし、見取り図さんは言えば大喜利の出しあいがすべて面白いという。ハイレベルすぎる!そこに投下されたミルクボーイさん。
もう言葉は不要でしょう。ただただ面白かった。僕はメッセンジャーさんが関西でやってるラジオを聞いていたのでその期待度と評判を聞いていましたが、やはり百聞は一見にしかず。作り出されたシステム。僕にはブラックマヨネーズさんが勝った大会がすぐに浮かびました。史上最高得点を叩き出したのは圧巻です。ごちそうさまでした!
あの衝撃の後で淡々とペースを守ってネタをするオズワルドさんにまた感動。インディアンスさんは実はネタが飛んでたらしいのに関わらず纏めてしまう実力。そしてペコパさんの現代のコンプライアンスにドロップキックではなく遵守するというツッコミ!!あの言葉の使い方も流行りそうです。多種多様のスタイルに最高の笑いが加わった一本の最高の寄せを見た感じでした。人を笑わせるって素敵です。

決勝ラウンド
僕はかまいたちさんに勝ってほしかった。それに値するネタのクオリティやったので、キングオブコントととの二冠をしてほしかった。Mー1の2連覇とかそんな強い芸人さんを僕は見たかったです。でも今年でミルクボーイさんは勝っておかないといけないと思ったし。運命とは何とも複雑骨折です。

その他
舞台裏のレポーターは麒麟の川島さん。審査員のひとりはナイツ・塙さん。Mー1打ち上げの仕切りは千鳥さん。そう、Mー1でチャンピオンにならずともしっかり売れて立ち位置を築いている人って多いんです。Mー1で優勝したら売れるのではなく、売れる確率が圧倒的に高くなるというこの確率論を頭に置いておかないと大事にな気がします。これは現実社会で常に関わってきます。良い大学・良い企業・ブランドなど。みんなが血眼になって目指したいゴールとなるような場所。働きありの法則ではないけど、どんな場所でも一定数のポンコツと天才が共存します。その比率大小ややクオリティの平均値を求めてそのような場所を目指すのは決して間違いではない、だけどそれが全てではない。和牛さんは十二分にこの最高の舞台を活用できてこれ以上は自分を傷つけると判断しての撤退なのかなって。正直残念だけど、この判断力は見習わないといけないです。そう思ってみると、上沼さんのあのからし蓮根さんの採点時のコメントは的を得つつ「わかってますねん」という和牛さんの心の声が聞こえるように何度も見直すなかで感じました。みなさんプロフェッショナルです。

最後に、日清食品の番組中のCMと優勝商品のあの発想。この会社、何か絶対おもろいことをたくらんでる気がしました。センスが良すぎる!!!このような会社を僕は応援したいです!!

Mー1最高です!もう5回は見ました。たぶん今日も見そうです。笑う門には福来る!!!

水曜日, 12月 25, 2019

クリスマスに我思ふ

習ったり学んだ事が身に付き当たり前になる(習慣となる)。この行程をリアルタイムで感じること。この意識を磨くことが出来ればかなり面白い景色を見ることが出来るんじゃないかなって最近思ってます。

6月から新天地に移ってから何もかもが新しく前提となる知識やルールを詰め込む日々。ある時から注意深く意識を払わなくてもそれら新しい事々が頭の中にスッと出てくるようになりました。どの引き出しに何が入っているか整理できたように。
それがどのあたりから起きたのかなってふと考えていました。それはおそらく実際に手を動かし始めた9月後半ぐらいからかなって。それまではまだお客さんで自分の過去のアセットを使いながら自分という人間を理解してもらう段階だった気がします。当事者性が生まれてからばらばら立った点が繋がり始めた気がします。

おそらくこの学習から習慣へはどんな人も日常で起きる出来事であるけど、これが仕事といった必然性でなく語学の習得となると極端にハードルが上がる気がします。自分の意思が強くない限り。もちろん習慣化する必要は必ずしも必要ないけど、習慣になった方が成長曲線は圧倒的な早に変わると思います。

そんな話をふと先日友人と話していた時の事、僕の話にとても共感してくれた友人が「まさに同じことを言ってる本があって、the power of habitって言うの」と。直訳すると”習慣の力”。ふと僕の脳みそが反応した。なんか聞いたことあるぞ。そのときの会話ではすっと流してしまったけど頭に引っ掛かった棘。
そう、なんとこのthe power of habitの日本語訳バージョンの習慣の力をちゃんと僕は読んでいたのです(2018/09/04の自身の本の感想参照)。

贔屓目に考えるならこの思考は自分の中で習慣になっていたから、無意識の思考になったのかなって。との無意識の意識化のきっかを与えてくれた友人に感謝しつつ、この思いもしなかった嬉しい点が線になった出来事を誇りに思いたいなって。

でもこの習慣が慣習になると馴れ合いを生み成長の機会を削ぐことになると思う。そういう意味で今年起きたこの生活の変化のおかげで散らばった点を繋げるとても良いきっかけになってる気がしてます。守られると守るは似ても似つかぬLearning(学習)とhabit(習慣)の最終型なのかもなんて。

ビールを飲む習慣は自分にとって大事な慣習なのだけど飲みすぎる癖を治すことを学習せねばいけません。。。灯台もと暗しか!!!!