水曜日, 1月 20, 2016

1st book on 2016(231)

死をどう生きたか―私の心に残る人びと (中公新書 (686)) 新書
日野原 重明 (著)
中央公論新社 (1983/3/23)

この本の感想を書き始めてとみに感じること。本は手にした時がサインで、読み始める時に意味がある。

この本は記憶が正しければ7年ほど前の一時帰国の時にたまたま立ち寄ったフリマで3冊500円(もっと安かったかも)で購入して、ずーーーーーーっと積読されてました。
存在は把握してるけど読む優先順位が低かった、それがあるきっかけで思いを馳せる時に手に取るべき本となって居てくれた。

それは人が死を意識した時に生まれる感覚に近いのかもしれない。
当たり前が当たり前でなくなるという、残酷な仕打ちを受けないと天に召されない現実を受け止めた時に、人はいつも感じることのなかったゾーンに入っていくとでもいうのか。
そのゾーンには今まで生きてきた・関わってきた・捧げてきたものが色濃く反映されて、よりいっそう個人を浮かび上がらせるというのかな。

本書に出てくるのは一線で生きてきた人たち。だからこそ本として綴れる話があり、担当医を務めた日野原さんという「キュレーター」によってまとめ上げられた。
でも万人に万人の綴るべき話があるはず。あそれは、当事者となった人か「キュレーター」となり心の本に記さないといけない。なぜなら、問いを投げかけるという行為は対象があっての出来事だから。
その方法論、どう向き合ったらいいのか困ってる人にはよいナビになるのではと思います。

もう30年以上も前に出された本。色々変わったけど変わらない事。人はいずれ死ぬのだいうこと。そして人はそれに対峙しなければならないということ。

。。。

今年の僕、一味違う!?

初めの第一歩!

1月ももう終わるという時期にようやく投稿です。

毎年掲げる今年の目標。
2016年たった20日足らずで世界中で色んな濃い出来事が起きている。先が読めない大乱の年などと言われている2016年。
きっと僕もそうなのかもなーんて。安定と言う要素があるから目標も掲げられるのかと物思いにふけっていました。

今年は現れる目先の出来事に最善策を取れるよう全力を尽くすという、なんとも可も不可もない事が重要な問いになりそうです。

で、目標。。。

大晦日に
「おーーー、なんとかなったな!」と旨い酒を飲みながら言えるようにする!

今のところ。。。どーーーーーだかなーーーー。
がんばれσ(゚∀゚ )オレ

木曜日, 12月 31, 2015

15年くん行っちゃうんだね。。。

もうあと9時間ほどで16年です。変化の一年でしたねー、15年は。
2015年に立てた目標を振り返って。まぁー、これはなんとも中途半端な達成感ですわ。

「スーパーサイヤ人計画」と題打ってみたものの、初期の悟空のようにたまになれたかなぐらいです。
心技体の一年ですね!!と言っておきながらアキレス腱負傷と言うあきれた結果に。
オリジナルの研究で論文3つといいながら全てもうそこまで来ながら終わりきれないオリジナルの無さ。
唯一の救いは休肝日を前よりも多く作ったことぐらいですかねー。

でも、毎年の事ながら自分の予想を離れた事から大きく学んだり成長したりがたくさんありました。これがまさしく変化の一年と言う言葉の由来です。
さっきも出てきた怪我。なんともこのおかげで人間成長したと思います。気付けなかったものにたくさん気付けた。そして自分の性格もちょっと再確認でしたり。強くなったものです。
そして、働く環境に小さい変化がたくさん重なってその都度のその都度うまく微調整しながら過ごした日々。で、気付いたらちょっと違った景色に。おおー悪くない!いいぞオレ!


今年は「周りの状況が現状を規定する」という言葉が僕にガッチリはまった気がします。だた、その確定される現状をどうより良いものするかで結構考えれた、そこで自己も変化を起こせて準備ができた。これが良かったんだと思いました。変化とは内から生まれる意思とか半ば強制的に起きる外的要因による。これは水と油みたいに混じらないような感覚で居ました。現実は空のように繋がっていて連動していて。よく考えたら分かるのに気付いていない。気付けたと言う事実。いい経験を来年も継続出来るようにしたいですね。

さー、来年はどうなることやら。年が明けたらぼちぼち物思いにふけりましょう。
ってことで、夜は飲む!!
バイバーイ!2015年。ありがとー!





火曜日, 12月 29, 2015

44冊目2015(230)

本を読むときに何が起きているのか ことばとビジュアルの間、目と頭の間 単行本
ピーター・メンデルサンド (著), 山本貴光 (その他), 細谷由依子 (翻訳)
フィルムアート社 (2015/6/27)

完全にしてやられました。本当にいい意味で。当初イメージしてた本と全く違う展開に笑らけてしまった。そしてガッチリ引き込まれます。

小説を読むことを前提にして書いていますが、ノンフィクションでも仕事やスポーツ・アートなど相対化すれば無数に接点を作れるぐらい面白いフックがたくさんあります。

時々僕自身が使う「無意識の意識化」の意識化をされたかんじです。
五感によって起こる脳の処理能力と想像力・柔軟性と言った可塑性の部分。これらがいかに読書によって刺激されているか。なるほどですよ全く。注意と集中と散漫のケミストリーと言っていいのかな。

そして大事な点はこれらレトリックの公開。少し表現を荒くすると「洗脳(=没頭)する方法」の公開とも言えるかも。僕はここれがこの本の大きな意義としての無意識の意識化なのではと終わりに差し掛かった時に頭をよぎったのでした。この逆転と言うか表と裏の関係を意識できたのはとても収穫だったかも。

いやー、2回3回読み直すべきだと思った本ですね。そしてノリは深夜、それもド深夜にやってそうな。
装丁の面白さが抜群なので是非手にとってください。あまりに興味がありすぎて原著をアマゾンでポチっとorderしてしまった。。。
あーーー罪な本!!思考するって面白い!!飲みながらならさらに幸せ!!

43冊目2015(229)

ソーシャルデザイン (アイデアインク) 単行本(ソフトカバー)
グリーンズ (編集)
朝日出版社 (2012/1/10)

何かが動き出す廻り出す時。ウキウキ感がありませんか?
その感覚がなぜ仕事やシステムやイベントに生かせないのかなって思いません?
そんな楽しい成功体験がたくさん載っています。「そんなの」と思うな馬鹿げたことから、「賢いな」と唸るものまで。
友人たちと飲みながら食べながら面白半分ででる「X&*%$したらおもろいやん!」的なノリ。それを実行に移せる人がどれだけ居るのかなって。それを移せた人たちの物語。

「あそび」がそれを作り出すのだと僕は感じました。
そしてただ「あそぶ」でなく「真剣にあそぶ」。これがこれからのコンセプトかもしれません。
本の中で出てきた「目の前の"what"でない深い部分の"why"という問い」というフレーズ。
前に読んだ「ヒップな生活革命」という本を思い出しました。むっちゃこの本と似てるんだけどちょっと違う。行き着くゴールは同じ、でも山の登り方が違う感じ。これから目指すべき社会の形がぼんやり浮かんできますよ!

問題を解決するためのソーシャルデザイン(better design for the greater good / 大きなよいことのためのデザイン)。深いwhyのために必要なちょっと変わった考え方。それを得るために何をすればいいのかな?

興味を持った人はこの問いを考えるアクションを起こすことだと思いますよ!

僕の場合はdrink first the think aboutというポリシーなので。。。

土曜日, 12月 26, 2015

42冊目2015(228)

ラノベのなかの現代日本 ポップ/ぼっち/ノスタルジア (講談社現代新書)
波戸岡 景太  (著)
講談社 (2013/6/18)

久々に入ってこない本でした。原因は分かっているのです。そう僕自身。
タイトルにある「ラノベ」こと「ライトノベル」が全くの守備範囲外・エアポケットだったので。
「涼宮ハルヒの憂鬱」がこれにあたるらしい。が、名前だけ知っていて全く内容が分からないんです。
僕が予想するに日本を離れた2005年から今に至るまで、ある意味での浦島太郎状態が今回の敗因です。しかし、考えることはとても多くありました。

僕の思春期(ここでは小学校後半から大学卒まで)見ていたサブカルチャーやオタクという存在があり、それを批評していた上の世代が居た。
今ラノベを書いているのはまさに僕と同じ世代で、書かれている作品は同世代を楽しませるのではなく思春期の若者へ。その若者が僕らの時代にはなかったネットやSNSというツールによって自分たちの世界自身も発信する。そこで起きるケミストリーにより生まれる若者文化。

2つの点
自分のが消費者で無くなり下の世代の消費行動に触れた。
サブカルチャーの形成過程が自分の経験則と変わっている。

これが分かってようやくぽつんと佇んでしまった自分の存在を理解できました。つまり変化に対応できてないんですね。今のオタクと僕の当時のオタクは字面の奥に広がる空間は違うのだと。

安直な言葉になるけど希望かと絶望とか日常とかスクールカーストとか。僕が理解するために落とし込んだラノベの世界観を理解するのに苦しむのは、理屈と肌感覚の差なのかもしれません。

村上春樹と村上龍の両氏の作品にも言及していてこのあたりは入ってくるのです。でも、彼らが現代を含めた上で描く世界への解説も入ってくるのです。
きっとそれは筆者らが消費した世界からの流れ(僕のそれも含まれる)が自然に投影されているからかもしれません。

今の若い世代が投影されたサブカルチャーの理解は今後その世代と一緒に仕事したりする中で不可欠な要素になりうるという。このようなことは戦後にもあったようです。しかも当時は世代に加えアメリカという存在もありましたし。そこで大事なのは自分の空間が下の空間に当てはるとは決して限らない、しかもその変化の速度がとても速くなっている。

断絶という遠くはなれたものを理解する大変さ。久々に頭をどつかれたようでした。
人の考え方とか国家間の文化とか言語とかの違いに寛容になろうとか言っていて、自国の世代間の断絶に絶望するとは。灯台下暗しでした。

あっ、そういえば今日はコンタクトしてなかった。。。




41冊目2015(227)

餃子の王将社長射殺事件 単行本
一橋 文哉  (著)
KADOKAWA/角川書店 (2014/11/28)

12月中ごろに少し新たな情報が出ましたが未だに色々と謎の多い未解決事件です。
ちなみにそのニュースと関連することはこの本の中で言及されていたと言うことは補足しておきます。

色んな視点でこの本は楽しめるかもしれません。
警察がどのように事件を捜査するのか。暴対法による闇社会の変化。中国マフィアの実情と中国の実態。無関係のようなニュースや事件の繋がり。などなど。

でも一番グッと引き込まれるのは「王将がどのように発展したか」だと思います。
マーケティング、ユニークなサービス、社員教育など参考になるような成功例が溢れています。
ただその反面、急激な成長と言うのは歪を生み「ブラック企業」といわれても仕方ない側面も多々読み取れました。
経営者側の熱と社員の熱。上に立つと言う意味と働くと言う意味。一見すれば普通な対を成すものなのですが「世代間の持つ考え方」が掛け合わさるとねじれが生じる。もちろん経営者も代替わりがあり、それによる世代間や個人の考え方の影響も反映される。
これらの齟齬の積み重ねが「ブラック企業」となり、今回の事件に繋がったのかもなど思ってしまいました。そして筆者はこれを「企業テロ」と括っています。

真相を読み解くには上に挙げた色んな視点から辿っていかないといけない。生きるということは同時にどう反応するか分からないプロッティングを知らず知らず埋め込んでいるのだと思い知らされました。
創業者自身から現在の「王将」という存在そのものが産んでしまった射殺事件かもしれません。

グローバル化は否応無しに世界のルールで迫ってきます。今回の場合は中国が関連国でしたが、TPPによってこの手の「ルールの主導権」問題は見えないところで起こるのかもしれませんね。

あと確実に言える事。途中で絶対に餃子が食べたくなります。。。

日曜日, 12月 20, 2015

内弁慶の泣き所

この前の日曜日に5 kmのfun runを走るという半年ぶりのちゃんとした運動をしました。
といっても5K。されど5K。
まだ左足一本で身体を持ち上げるだけの筋肉が戻ってないけど、目標が無いとグダグダするので思い切って登録したのが始まり。
結果は途中歩くことなく32分で完走できました(パチパチ!)。

フルマラソンは3回完走したし去年もハーフマラソンを走ったけど、この5Kは今までに経験した走るという行為から感じ得たもと違う、新たな感情をもたらしてくれました。

結構負けず嫌いの性分で、抜かれると追い越したり前に走ってる人を目標にして追い抜いたりしながら今までレースに参加してました。

それが今回。。。
追い抜かれても追い抜けない。筋肉無いからスピードでまへん。
目標を定めても追いつけない。筋肉無いからスピードでまへん。

むしろ。。。
完走することが目標と言い聞かせ。
歩かないという事が目標と言い聞かせ。
ランナーたちでも歩いてしまったりしんどそうな顔をしてる人を見ては「きっと何かあって、何かを決してこれに参加したしたのかな」などと感情移入してしまった。

今まで考えた事もない人それぞれの胸の内に思いを馳せる自分が居ました。
よくよく考えるとそんなの当たり前で何をするにも人それぞれの理由があるに決まっている。でもなぜか、色んな場面で「なにしてんねん」的な。「こんなんなるやったらやるなよ」とか。「うわーーー、無駄してるなーーー。」とか。思ってしまう人間でした。
やるならちゃんとせーよ!とか偉そうに上から思ってました。

初めて肉体と感情の完全な乖離を経験してからの5Kはそんな自分のしょうもない業をあぶりだしてくれました。

5 kmの道のりはなんともいえない道のりでした。けがの功名ではないですが、経験しないとわからないものです。来年はまたハーフに挑戦したいです。

追伸。まー、走った後のビールの旨いこと。。。

日曜日, 12月 06, 2015

m-1 2015

ネタの部分だけ観れました。以下率直に思ったことを少し。

・結構ダークなネタの設定が多かったような。それのせいでお客さんの空気が何度か重くなったようなkがした。
・その前後の関係で跳ねたり思ったより伸びなかったコンビもあったような。
・漫才の完成度やスタイルに加えて、いやそれ以上にお客さんの笑いの数と熱が採点に影響したのかなと僕は採点をまとめた表を見て思いました。

その日一番良かった組が優勝する。これはやっぱり変わらないんでしょう。その出来が何なのかが審査員9人の基準によってバラけるわけですし。ネタの後の審査員の方々のコメントを聞けたらまた感想は変わるかもしれませんしね。

決勝のネタ、僕はジャルジャルが好きだった。銀シャリには取って欲しかった。タイムマシーン3号は残ると思った。

トレンディーエンジェルさんおめでとう!

日曜日, 11月 29, 2015

値鳥

僕の敬愛する漫才師・千鳥をもじってこんなタイトルにしすみません。ノブさん・大悟さんごめんなさい!

ちょっとショックというか市場経済半端ないっす!

木曜日。アメリカはサンクスギビングと言うおっきな祝日で週末はその雰囲気を抱えたのんびり空間です。
その一方で、ここから1か月クリスマスに向けた商売戦争の始まりで、ブラックフライデー・サイバーマンデーといった商戦恐恐狂狂が始まります。

サンクスギビングにはターキーを食べます。
正月にはおせちを食べます。
おせちもいいけどカレーもね!

まぁ、鶏を消費します。そして今日日曜日。近所のスパーへ。まぁーーーーーー、鶏さん50%のタグまみれで。その横の牛さん豚さんの普通なこと。

人間の消費に振り回された動物の結末はこうも無残ですか。
鶏さんを敢えて購入です。彼らはこんなに虐げられるために生まれたわけではない。
僕の拙いキッチンで何とか「うめーーー!!」と食べることが唯一の報いだと。

ここで僕のこのページで出来る人たちへ。。。

おい!!!ベジタリアン・ビーガン!!
お前らなんでこのイベントに抵抗しないんだ!!
デモしろよ!!何千尾の鶏がくやしいチキンになって食されてんだぞ!!
お前らの出番ではないのか!!
私はベジタリアン・ビーガンだから食べないのおしゃれにワイン飲みながら両親と歓談してるのだろ。そこで両親を罵れよ!
はー、それはカルチャーだ!?
いまの君たちの行動もカルチャーなんだよ!!
だったらぶつかれ!!それが嫌なら偉そうにいうな!!

50%になった殺傷された鶏肉への愛情は、悪いけどおめーーらより上だよ!!!!
悔しかった食ってみろ。こんな高タンパクの美味しいだしの出る食材を。

はい、酔っ払いの勢いです。でも、議論がらるならオープンでやりましょう。
顔出し・素性出しオッケー!!

なんか、すっごい考えされられた食肉コーナーでした。
これこそ、献杯。。。

金曜日, 11月 27, 2015

40冊目2015(226)

笑う仕事術 (ワニブックスPLUS新書) 新書
菅 賢治 (著)
ワニブックス (2014/8/25)

ガキ(あえて注釈はしません!!)が好きな人なら読んでみたくなりますよ。
特に僕は笑ってはいけないシリーズの初期(黎明期と言うにはねぇ。。。)から中盤の最初(ちゅうかどんだけ続いとるねん!!)新聞社あたりまでがカバー範囲なので、「がーすー」の菅さんです。

手品のネタバラシ的だっらとか変な妄想は杞憂でした。難しいですがバラすべきネタを見せてくれたと言うか。ありがとうございますですよ。

上からかもしれませんが、アクションと波風の関係性。面白いけどケレームが来る的な構図を見聞きしてた、そしてそれに??を抱いていたからこそ、この本は面白かった。

さっきも言いましたが、上からです。敢えて、波風立てたて。しかも自分の実力とか立ち位置とか考えずに。意味もない自信と自尊心で。菅さんと何の利害関係もないけど(たくさん笑わしてもらってハッピーになったからあるのか!?!?)。

クリエイティブを標榜する人は読んだ方がいいよ。共感するでしょ。
しかもこんな風にできないでしょ!?でも、菅さんは出来るような環境を作るべく戦っている。
自分の立ち位置考えようぜ!盛り上げようぜ!
EZ DO DANCE!!

おーーー!ひゅーひゅーだよー!夢がもりもり!


置いといて。。。

あー、ここもトリック。

自分がクリエイティブなのと天才に関わるそれはまた違うしねーーー。
あーーー、うえから!?

あの時のダウンタウンと菅さんの会話がとか、さんま師匠とのやりとりとか。書けます。
でも読んだ人が書くと安い。読むのはおもろい。
これもなんかお笑い的な部分だったりするのかな。
ネタ元的な。

「24時間鬼ごっこ」とか僕のリアルタイムの「笑ってはいけない」をまた観たくなりました。


素人っぽい演者だと思ってる演者は、演者だから素人っぽく振る舞う事を求められたけど、素人は素人だけどお笑い好きだから何とかするけど、プロのお笑い芸人さんはそれが分かるから、その空気を崩さないように番組の中で振る舞うけど、その関係性はテレビの枠を外したらそんな関係性でないかもしれいけど、何が本と変わらなくなるこの悶々はあるけど、テレビマンと芸人のケミストリーをシンプルに楽しめばいいじゃん!!!!!

あーーー、この感想もネタと言う事で。Yoshiアウトー!!

39冊目2015(225)

統合失調症がやってきた 単行本(ソフトカバー)
ハウス加賀谷 (著), 松本キック (著)
イースト・プレス (2013/8/7)

多少の御幣を生むかもしれないが思ったことをいつも通り記そうと思う。

この本は出来るだけ多くの人に読んでもらいたい。フィクションのようなノンフィクション。まるで新進気鋭の漁業の乱獲法の方に、だれが読んでもどこかのフックにかかるような気がします。

精神疾患が起きる要因や環境。
幼少期の子どもとの接し方。
子と親と言う関係性と家庭と言う空気・機能。
受験や英才教育や学歴とquality of lifeの意味。
精神を病むこととは。
やめる勇気、あきらめる勇気、声を上げる勇気、受け入れる勇気。
逃げ道や避難所がある事の重要性。
お笑いの持つパワー。
受け皿としてしての人間愛と寛容性。
薬の正しい飲み方。
精神病棟とは。
友人とは、人間関係とは。
身体の反応とは。
やりたいことをやるという意味とは。

なんかこの本から思ったことを羅列したら、なんでも書いてるよう怪しい本のようになってしまった。
でも、精神的な病とか統合失調症とか躁鬱とか心神耗弱とか、裁判の争点になるようなこう言った事象。どうなん!?って思っている人の方が正直マジョリティーだと思う。
その影はいつも周りに潜在的にあって、ちょっとしたトリガーでにょきっと出てくるかもしれない。
それは自分かもしれないし、周りかもしれないし、周りの周りかもしれない。
変だなの先。その想像力を養えると思う。

めちゃイケで江頭さんと熾烈な張り合いをしていた松本ハウス。そのハウス加賀谷さん。加賀谷潤さん。日本に帰ったらライブに行けたらと思う。
つくづく笑いの持つエネルギーというか薬効を思い知らされます。

今日のお薬です。ビール。ぐいっとではなくチビチビが好まれます。あーーざす!

38冊目2015(224)

ボディ・ブレイン: どん底から這い上がるための法則(ルール) 単行本
下柳 剛  (著)
水王舎 (2014/7/2)

37歳で最多勝を2005年に輝いた下柳選手。彼がそれを手にするまでのプロセスの中で培った奥義を明かします!とでも大げさな話にでも出来ます。が、本質は昨今言われる心の問題の構造にリンクする深い内容でした、僕には。

下柳選手はアスリートです。それ故に心技体の充実が必要です。キャンプやトレーニングという技や体の方に目が言ってしまうのが事実。試合で実際に目にし直接的に感動するのもするもの、評価の対象や様々な指標の判断基準となるものも、この2つ技体から体感するものといえるでしょう。木で言えば地上に生える幹。いわば表です。
この本ではむしろ木の根っことも言うべき裏方・心に注目します。心技体の心は根性・気合と言ったスポコン的なものに置き換えがちでそれすらに疑問を抱くことが無かった。下柳選手が心の重要性を悟った結果、何がどう変わったのかを追っていきます。それが逆に技や体とは何か浮かび上がらせ、心技体の宿る身体としての人間の本質的に本能的に備わった能力の偉大を思い知ることになります。

僕たちがいつも日常で感じていることとはいったい何で、それはなぜそうなってしまっているのか?
立ち止まること。考え想像してみること。実行すること。失敗を含めた結果を見てまた立ち止まる。
失敗が悪だという前提。答えはこれに決まっているという常識。
さぁ、問いかけましょう。ちょっとした意識の違いで思いも寄らない世界が広がるかも。

といってる当人。意外にも考え方や意識してる部分など結構同じ所があったりして、自分の方法論の再確認できたようなところもあって、テンション上げ上げでした。
僕の最多勝。。。行きつけで年間飲んだビールの量!?カオス!!

金曜日, 11月 20, 2015

37冊目2015(223)

北方領土 特命交渉 (講談社+α文庫)
鈴木 宗男  (著), 佐藤 優  (著)
講談社 (2007/12/21)

かなりこちらの大きな書店の日本書コーナーでused bookとして見つけ購入。それから塩漬け状態のまま月日が過ぎ、数か月ほど前に僕が好んでチェックしている番組に鈴木さんが立て続けに出演されロシアとの話を聞くに至り、この本を手に取れた事を幸いに思いたいです。特にパリでの事件が起きる前に読み終えることが出来た事も。

北方領土問題が進まない事などの裏話にごにょごにょと言ったことをここで書くには至りません。
地政学の意味を思い知らされたことを記したい。ロシアといって何教の影響があるかとかあまりピンと来ない。それが実感。でもイスラム教が実は大きなカギを握ると言うのが実に目から鱗。想像力が働かなかった自分を恥じました。

パキスタン・アフガニスタンと言えば中東関係・テロとの関係と頭に浮かぶはず。そしてこれらとの関連イスラム教。
旧ソ連から独立した国々。カザフスタン・キルギスタン・タジキスタン・ウズベキスタン。。。
タン・タン・タン。そう、これらの国々もその影響が及ぶ国々。しかもあの大きな国土でそれらの国々と面している。
それを踏まえて安倍さんが中央アジア歴訪の意味とか、ロシアがシリア問題に首を突っ込んだり、エジプトからの飛行機の墜落事件とか、今回のフランスとロシアの連携とか。
チェチェン問題もその1つで”チェチェン人”が戦っているとは知らなかった(恥じですわ)。まるでクルド人が戦っているように。さらに深くいくと中国と新疆ウイグル自治区。

深い。実に深いとか言いようがありません。
いくつかの混乱があって一つでも落ち着くとほかの問題に集中して取り掛かれる。
プライベートと仕事の関係のように。
仕事に集中してもらうために、プライベートの問題の処理に尽力する。
やはりどんな時も広い視点で取り掛からないといけません。

ロシアと言う国。深い!ウオッカ。強い!

金曜日, 11月 13, 2015

混乱と平穏

情報が飛び交う僕のtwitterのタイムライン。
いつも通りの平穏なfacebookのタイムライン。

用途が違えばこんなに風景は変わるものか?
それともどこのみんなも普通なのか?

しばらく温泉・水風呂・電気風呂を彷徨う時期になるのかもしれない。
明日は我が身かもしれない。

こんな時だからこそ安保法制の議論をもう一度したら??
こんな時だからこそ憲法9条の議論をもう一度したら??
こんな時だからこそ日米同盟の議論をもう一度したら??

点でなく線だよ。平静も混乱も線で繋がってる。

犠牲者の方々に今晩は献杯します。

月曜日, 11月 09, 2015

36冊目2015(222)

チーズはどこへ消えた? 単行本 
スペンサー ジョンソン (著), 門田 美鈴 (翻訳)
扶桑社(2000/11/27)

瓢箪から駒。ひょんなきっけで手にしました。言わずと知れたベストセラー。
こんなに面白い本だったんやと。深い。実に実に深い。

待てよ。あれだけ売れたのに。。。

チーズを手にした日本人はどこへ消えた?

なーーんて、笑いたくなります。
ベストセラー。それがなぜベストセラーたるのか!?
店でNo1の風俗嬢はなぜNo1なのか!?それは。。。クワバラクワバラ。。。あの時よくそれを知りたいモチベーションがあったものです(遠い目)。

古文の教科書で論語を学び、知っている、人。
何かに迷い、論語を手にし、知っている、人。

山登に上り方があるように、本にもそれがあるということでしょう。


この本を読んだ後、ある日本食の店で鮨を食べました。
単純な感想。美味しい。悪くない。などなど。そこでもう一つの店が浮かび、比較対象を始めます。
ここはこっち、あれにかんしてあっち。
両店ともいいんです。でも、よい点悪い点がユーザーの求める欲求・要望で変わるんです。
みんなで楽しくワイワイなら後者。
女性を口説きにかかるなら前者。
それは、価格だけではない、味だけではない、鮨を取り巻く価値観なのです。

でも時に人は絶対的執着をモノや店にも抱きます。それは悪くないんです。分かるんです。
だからこそ、自分の価値観の軸を常にルースにしとかないと、時に大恥やオイタをやってしまう。
チーズを探す登場人物のように。

ふらっと、入った店で、中間地で鮨について想いふけった僕。
おいしいとは?雰囲気とは?高い・安いとは?
それは貴重な経験であり、そこを考えるからこそ変化にも想いが至るのです。

はてさて、ビールはどこへいった?胃袋に。はい、もう一杯。これは不変の定理です。

金曜日, 11月 06, 2015

35冊目2015(221)

教養としてのプロレス (双葉新書) 
プチ鹿島  (著)
双葉社 (2014/8/6)

レスラーの話から始まると思われた書き始め、果たして「いいとも!グランドフィナーレ」の話から始まります。これがプロレスだと。
これをプロレスたる定義から話が転がってゆきます。

プロレスとは世界を見る目を養うと。
オウム真理教的なモノ。オカルト的な半信半疑なモノへの対峙の仕方。スポーツ・犯罪・芸能・政治まで。個々の事象に宿る喜怒哀楽・起承転結。そのダイナミズムを目の当たりにしている現状。
それに対する受け身の虎の巻。いったい何が起きているの?という。
相対化して過去のプロレスの出来事になぞらえて道筋を立てていく。

ははーー。こういうことか。
自分が熱を持ったモノに例えるのは人としての常套手段。それによって理解が深まるから。
それをプロレスに当てはめた。そのプロレスが本音と建前的な熱狂と冷静の間を行ったり来たりするような代物だから見えてくる景色。

馬鹿げたような真面目なような熱気を帯びた人間味の裏に潜む寂しさ。みたいな。

プロレスがプロレスたる所以がなんやようわからんように、世の中の出来事のなん霞んだグレーを見る目。それをはははと笑える・咀嚼できる。教養なのです。
なんか何かにつままれたような読後感です。それがプロレスなのかも。

グランドフィナーレのプロレスを目の当たりにするかなり前に、まるで同じようなリングに上がるお笑いレスラーたちに僕は魅了されていたのでした。
僕のバイブルたる番組・パペポTV。それの本当の最終回(鶴+龍が最後の番組タイトル)
舞台で繰り広げられた取っ組み合いはまさに、この本で言うプロレスそのものだったのでした。

あー、歴史は繰り返されるというより本質は同じ構成でしかないのかもしれません。
ワン、ツー、ス。。。おーーーー!!旨いもんは旨い!!
ダウンする前に是非!
注) 酔っ払いはダウンではありません!

火曜日, 11月 03, 2015

34冊目2015(220)

南海ホークス ナンバ栄光と哀しみの故郷 (追憶の球団)
広瀬 叔功 (著)
ベースボールマガジン社 (2014/06)

今年の日本プロ野球の覇者ソフトバンクホークスの前身、というよりルーツ南海ホークスの誕生から消滅までの記録です。タイミングもあってか歴史の上の点と現在のみを生きる点・今を喜ぶファン心理的な点が交差しているようで感慨深く思いました。

競馬の場外馬券を買いに大阪球場を舐めるようにオヤジと歩いた記憶。
南海ホークスホーム最終戦。
大阪球場の無料開放された外野席に僕はいました。同時期に消滅した阪急ブレーブスの方がしっくり来てオリックス・ブレーブスのファンクラブに入り、ブーマーのサインボールをもらった一連の記憶。鮮明に残ってます。

読後感として細かい点を述べ出したら色々書けてしまう。でもそれはちがう。
一つ前の世代にあったダイナミズム。
もっとも大雑把で適当な部分・グレーな部分。ええ加減な所もちらほら。それは側面。
もっと力強く、堂々とたくましく。ガツガツしながらガチンコむき出し。それも側面。
人間味があってウエットな世界観。

なんだろう。勝負の世界の質感が今と何かちがう。それをひしひし文章から火傷しそうなほど感じてします。
きっと、ファンの形態も異なるし、経済や娯楽やいろんな時代背景の要素がその質感に反映されているのかもしれない。

なら、なぜ、同じホームラン30本、打率三割、30盗塁という数字が同じのようで同じででなく感じるのか。

世界の盗塁王・福本豊さんが言った言葉
「盗塁のタイトルとったり、盗塁で給料上がったら途端に走らんようになる。」って。
怪我を恐れて。それに対して「あほか!」いう表情を浮かべた盗塁王。

そう、ようはどこかでブレーキを利かせるような、丸く長く生きる術がスタンダードになったのかなって。
そもそものハングリー精神の違いもあるかもしれないけど。

バイタリティーという何か臭く匂うように思われがちな生き方こそ今のみんなが知ってるけど観て観ぬフリする世の中の解の気がしたのでした。
無駄な協調より突飛な孤独。

先人たちの生き方しっかり学ぶ時なのかもしれません。
先人たちのようにたくましく。。。もう一杯!!!

月曜日, 11月 02, 2015

おい!おっさん。。。

感傷的になるな。まだ何かを成し遂げたわけではない。

スラムダンク・山王戦の後半のタイムアウトでキャプテン・ゴリが自分に言いきかせる場面。


感傷的になるな。まだ何かを成し遂げたわけではない。
書いてる本人へ。

時に人は過去を思い、人との繋がりや人生の豊かさに想う。
逆もしかり。
自分の置かれた境遇を恨み、己の行動を悔い。

それを噛みしめる今は、なんとも感情的な、感傷的な、誰にも見せたくないような時間。

でも、それは自己の空間で完結し他人に押し付けられない香ばしい空間。

さー、明日、また、現実との接点でそれを持ち込まいように。

感情感傷はエネルギーに。
それは自発的でありつつ、許容的でありたいなと、

さーーー、吐き出した明日は明るく!!!

飲みたいけど。。。
乞うご期待!

木曜日, 10月 22, 2015

リアクター/reactor

努力と才能と発揮出来る環境。

三井寿が居た場所。

スラムダンクからです。

本来書きたいモノゴトが意外に書けなくて観た山王vs湘北の試合。

序盤に弾けるみっちー・三井寿。
監督・安西先生の言葉「今の君はもう十分あの頃を超えているよ。」

そのみっちーは中学時代はヒーローで鳴り物入りで高校へ。
そこで膝の怪我を負い、一年生の夏前あたりでバスケから離れる。
離れたその後は不良となり。タバコは吸わなかったけど運動とは皆無。
好きと嫌いは紙一重。転じたバスケット部への嫌がらせから、本当の嫌味やっかみは好きこそ起こる感情。

復帰したみっちー。ブランクをみせつつ、その苦難を乗り越えながらたどり着く頂。

いい話です。
このみっちー。漫画や!と言えるのに好きな人が多いんです。


アイドルにハマる友人にどんなコメントを送ります?
宝くじ・競馬などのギャンブルに希望を持つ友人にどんな言葉を送ります?

やめとき。


この三井寿の現実は何なのか。
持って生まれた才能は必ず最適な場所に置かれれば花開く。
神話的な話なんですけど、実際そんな人が居るから「三井寿」は「ユニコーン」でないんですよ。


自分は世界で唯一な花的な存在として生きるのか。
自分の才を認めてくれる人が居ると信じて生きるのか


似ているようで似つかない。
ミツバチが寄る花と無視する花。

蜜の甘さは必死の時には味わえない。
ふと息を抜いた、いや抜けた時に味わったありがたさ。
あーーーーーー。
気抜くな!!

みっちーは理想形。でもその理想形を信じて日々鍛錬。その理想形を理解してくれる人が居ると信じて。

これはね。フィクションでなくてノンフィクション。体験できるかあなた次第。

バスケがしたいです。そう、正直に!!!

オチは。。。チェックしたけどもう一杯頼みます。。。