金曜日, 11月 29, 2019

音圧ってあるよねー

少々汚いぐらいの方が免疫力がついて良い的な話を聞いた事がある。抗菌やら除菌やらが当たり前だけど、それが真に健康的なら昔はどうやって生きていたのかって話になる。耐性って言葉もあるし。人生はサバイバルと捉えるなら、多少のノイズがあった方が精神的にも身体的にも健全なのかもしれない。

ただ、そのノイズが騒音になると甚だ迷惑になると僕は思う。
ある出来事が急に不祥事と化す時によく聞く言葉がある。批判が殺到したである。それをメディアが取り上げて火に油を注ぐ形で大きな炎になるケースをよく目にする。

全米が感動したやら泣いたやら震撼したやらの謳い文句をよく映画などで目にする。その全米に居るが感動も泣も震撼もしたことはまぁー無い。いつもそれらの騒音を後で聞くことの方が殆どだ。

要は「全米で映画を見た人たちにとって」の出来事である。じゃー、それは人口比の何パーセントなのかなんて話は聞く由もな考える事もない。同じ要領で殺到した批判の数なんて聞いた試しがない。殺到からイメージする数は僕にとって少なくとも3桁や4桁なのだが、続け様に起きる9件は殺到なのかもしれない。が、僕が声の大きさがかなりの割合で殺到度合いを増強してる気がしてならない。

ノイズ慣れして騒音の大きさを客観視出来るぐらいに逞しく生きる事が今の世の生きる術なのかもしれない。

そんな事を思いながら日々Twitterを眺めているのだが、炎上してメンタルを保てる自信があるかといえば。。。分からん!!
ただ言えることは、酒を飲んでる飲んでないで対応変わるやろうなーって。果てさて、わしゃ酔っ払い時のマインドを基準にすればええのかどうなのか!?そもそも今も飲んでいるし。ノイズ以前にまず自分のノイズをキャンセルせなあきまへーん!!

水曜日, 11月 27, 2019

プラスマイナスゼロは良いことなのかも

科学技術の進歩によってがん医療の現場などで本当に僅かな物質を検出することで早期発見に繋がる事例を見聞きする。
それは素晴らしい事だと思うだけど、それが僅かな物質であるだけに感じたことがある。

「何かを血眼になって見つける」行為と「特段に異常が無い事を確認する」行為はどちらが有意義な行為なのかと。

前者の場合見つかった結果、更なる精密検査を行う必要が生まれるだろう。
後者の場合見つかった結果、即入院などのある程度の規模の行為が行われることは自明である。

いろんな検査を受けすぎる事は実は身体にとって大きな負担となっているという記事を読んだ記憶がある。

ミクロ的かマクロ的か。医療費などを勘案してこの辺の最適解を見つけ出す事って実はとても大事な視点だと思う。
医療のケースを引き合いに出したが、これは日常生活や日々の仕事の中にも応用できそうである。

時に拘りが必要な時や「拘ろうぜ!」という引き込まないと場合もある。その逆で、一旦ストップ。引いてみてみようと促す必要性がある状況もあるだろう。

モノを常に違った見方で捉えることが出来るかが、それを実現するための要素だと思う。ただその見方をするためには余裕と言った心のゆとりが必要ではないかと。

とどのつまりは「肩肘張って生きるとロクな事ない」って事なのかもしれない。
明日は祝日だけど、少し作業をしに来ないといけない。肩肘張ってるやん!
だけど、今日はさっさと帰って酒でも飲もう。肩肘張ってないやん!
ジャルジャルのあの漫才面白かったなー。。。

日曜日, 11月 24, 2019

過去と未来を繋ぐきっかけ

アメリカに来て初めてNBAの試合を一人で観に行った時のこと。
高校までバスケに明け暮れてた自分にとってテレビ越しに見ていた光景が今自分の目の前にある現実にニヤニヤしていた。
そこには「この場所にいる」高揚感から英語を話せない・聞き取れないなんて些細な事になってしまった。
そんな僕が全身をゾクゾクっとさせる出来事と試合前に遭遇した。

国歌斉唱である。

当時は「君が代」は厳かで国際大会の試合前に聞く曲としてはどうなのだろう。と言った話は聞いたことがあった。それを脳裏に意識したのは人生初のアメリカ国歌斉唱を体験してからだが、この会場のボルテージが上がっていく光景はもう感動でしかなかった。
その後もこの感動は常にアメリカの4つのメジャースポーツを見に聞く際に感じたし、今も感じることである。

君が代の持つ厳かな空気感。実際、僕の記憶が正しければ君が代の意味を音楽の時間にプリントを使って学んだ記憶がある。中学生の時だったと思う。

「千代に八千代に」「さざれ石の」「巌となりて」「苔のむすまで」

へーって思ったし、その意味は僕の記憶と習った事が正しければ今でも説明できる。

成功に終わったラグビーワールドカップ。時差的な問題で唯一観れた日本vsアイルランド戦で聞いた君が代は僕に全く違う印象をもたらした。
この大会に向けて選手達があり得ないと自ら口にするほどの厳しい練習をやり切ってきた日本代表。
この大会中に知った事だか君が代の意味を理解する機会を選手間で持っていたという。それは外国籍の選手が日本代表として戦ってくれるための「愛国教育」とも言えるかもしれない。でも、彼らはそれを求めると思う。何故なら僕のアメリカ国歌斉唱の経験が1つ。そして、永住権を持った人がアメリカ国籍を取得する際に国家を歌えるかが試験の一つにあると友人から聞いたから。
日本人でさえどれだけの人が君が代の背景を語りながらお酒を酌み交わせるだろうか?

君が代のは試合前に聞く国家として実はものすごく最適なのかもしれない!と思ったのです。
厳しい練習を重ねたアスリートにとって試合前の不安を解消する唯一の方は自分に自信を与えてくれるモノ思うこと。そう、それは厳しい練習に耐えしっかり準備した事実に違いないはず。それを思い起こす際に君が代の持つ背景や曲調こそアスリートを試合に向かわせる触媒ではないかと。
それを思った瞬間に君が代を歌う日本代表という枠の中で戦う事を決心した世界各国の侍たちの姿に自分は泣いてしまっていた。周りに悟られないように必死に隠していた。
君が代は試合前にこそ聞くべき曲なのだ僕は思う。うちから湧き上がる闘志を確認し自身に変えるために。

それを気付かせてくれたラグビー日本代表とラグビーワールドカップ感謝です!

君が代を歌える聞ける舞台を求めて。。。
僕にとってそが実行可能な舞台。
karaoke time!!!

土曜日, 11月 23, 2019

2019年14冊目(342)

イチローさんが語る「チームとは」の動画がとても刺さりました。

良いチーム・良い空気・良い環境にはずっと興味があって何が最適解を導く方程式なのか(まだそれを実践できるチャンスを貰える機会はなさそうですが)模索を繰り返してます。

百聞は一見に如かず
一を知って十を知る

この相反する作業をいかに効率的に行えるかってとても大事で、この二つを方程式の左側とするなら

良い失敗をしていかに学ぶか

これが「=」が引かれる解になるのかなって。

スラムダンクの山王工業戦を改めて読んで思ったのが「湘北高校の選手はみな何かを感じれる選手だった」という事です。なので作中の彼らの成長を読者は自然に受け入れられて、最強・山王工業を負かす話を名作として受け入れられた。

ヒントは日常に転がっていてそれをどう綴るか。そんな中で読んだこの電子書籍が「もっと文章を書け!」と背中を押してくれました。

みんなが書き手になる時代の あたらしい文章入門 (スマート新書) Kindle版
古賀史健  (著)
ピースオブケイク (2017/12/3)

そういう事でいっとき投稿が増えました。間が出来ないように何かを書き続ける癖を身に付けたいと切に意識ました。如何せん仕事上文章を書く作業は必須でそれが僕にとって一番ダメなスキルだから。
こんな事を書きながらもう暫くの間が。。。
明日は書けるのか!?ボチボチいきまづ(← それがアカンねんって!!)

金曜日, 11月 15, 2019

現象には必ず理由がある理由はなにだろう

木から離れた葉っぱがニュートン力学に従って地面へ。
そこに止まっていた車。

ある葉っぱは車を避け(真下に車が無かった)地面へ、違う葉は車の上に。ある葉は車の側面やバンパーに当たり本来の落下位置からずれた場所に。

落ちるタイミングと車の存在によって運命が変わる葉っぱと変わらない葉っぱがある。

葉っぱには意思があるのかなどと話し出すと、植物も痛みを感じるのかなどと違った方向に向かいそうなので触れないが、人間の生活も僕が見た葉っぱのようにタイミングと物理的な要素でさまざまな変化が起きているのだと思う。

偶然会った知り合い。その時間にその場所で会うには、5分家を早く出ようと決めたことや捕まったと思った赤信号もすべて大事な要素になってくる。そんななかで「あっ」って思える偶然がここ数日とても多かった。

そんな時は無意識と意識が上手く連動してよい方向に進んでいる。「回っている!」と考えるようにしている。
残念な事や上手くいかない事が続いている時に、こういう偶然に出会うと「あれでよかったんかなー」って過去に囚われてた自分が一気に現在にから進みだした気分になる。こういったポジティブサインを可能な限り回収していきたいとふと思ったある朝の出来事でした。

そんな自分も人にとってポジティブサインな存在だったらええなーとも思う。酔っ払いの時の僕はデビルやな。ブラックデビルになると明石の力で楽しくなれる。。。わけない!!

日曜日, 11月 10, 2019

be動詞のbe. be there...

首里城が燃えノートルダム大聖堂が燃え。有が無に帰す。熊本城も崩れた。
有形文化財が存在することに苦労する中で無形文化財もある。人間国宝は有形・無形!?

本当に些細なことで全てが綺麗に無くなってしまう事が起きる。
でも、何度も這い上がるような事象もある。

無になること前提にするのか、有に至る事を前提にするのか。

ポジティブリストとネガティブリスト。

世の中は起承転結・喜怒哀楽で溢れてるけど、個々人の捉え方って案外すごい狭い枠でしか動いてないのかも。

琵琶法師が吉本所属だったら日本中世界中で「諸行無常」を歌って廻ってるんちゃうかな。二次創作で大ヒットも。100万回再生とかミリオンヒットとか。

悲しいけど前向き、嬉しいけど後ろ向きで僕は生きていきたいと思ったのでした、”知らんけど“

金曜日, 11月 08, 2019

老舗たる所以

生まれも育ちも大阪の僕は関西のチーム贔屓です。阪神も好きですがどちらかといえばオリックスに頑張って欲しい派です。今でも初めて行った阪急西宮球場の阪急ブレーブスの試合が脳裏に残ってるからです。

さて、最近こんな僕に大きな変化が起きてます。それは読売ジャイアンツええやんです。伝統をきっちり守ってるのは本当にこの球団ちゃうかなって。
阪神タイガースも伝統があるかも知れませんが、ここ数年の人事のゴタゴタをみるとどうも球団コアの人が伝統より保身というか違う部分で動いてるように感じます。もし伝統を重じているとしたら下手くそなんだと思います。
そう言う点でジャイアンツはしたたかだなと思うのです。

FAで四番ばかりと言われた時期もありますが、野球人があれだけ集まる球団はやはり魅力的なんでしょう。魅力をどう使うのか、この差でタイガースは明かに負けてると僕は思います。

あと、ナニワのマスコミも原因かも知れませんね。ナニワの「扱い方・いじり方」は好きですが、昨今のファンはSNSなどで違う次元で応援してる気がします。選手とメディアとファンの距離が関西は結構歪なんちゃうって感じてます。東京に住んで在京メディアのジャイアンツ評を目の当たりにした事ないですが、もっと遠い北米大陸で好きな日本野球を追ってるこんな僕が至った結論がコレなんですわ。

歳を重ね丸くなって嫌いな球団なんて存在しない感じになった結果かもですが。この辺同年代のヒヤリングが絶対に必要なので個人の意見です、はい。

長らく甲子園に行ってないし一度も東京ドームに行ったことがないので、ふらりフラットに日本の野球見に行きたいですねー。でもこれだけは、オリックスまじ頑張れ!!関西のマスコミは阪神に寄りすぎじゃーーーーィアンツ!!

木曜日, 11月 07, 2019

2019年13冊目(341)

言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか (集英社新書)
塙 宣之 (著)
集英社 (2019/8/9)

言うてる間にこの季節です。予選はこの週末の3回戦@東京を経て佳境を迎えていきます。日程的に今年は以前のように年末のイベントになりそうです。

枕はこれぐらいで、もし漫才(お笑い)が好きでM-1にワクワクするなら読んだ方が良いです。
プラモデルを作る時み正確に作りたいなら説明書を読みます。北欧の家具ブランドIKEAの商品にも簡潔で分かりやすい説明書が付いてます。見なくても作れそうと言うのがミソです。お笑いの方程式と構造を理解して損はないでしょ。

M-1的な漫才は就職活動してる学生や僕のような仕事で発表が必要な職の人は学ぶべきもが多いのではとつくづく感じました。限られた時間の中で自分を知ってもらい相手に好印象(笑い)を提供する。顧客満足度100%を叩き出した人が勝つ。人生でそんな場面は多いでしょう。だからこそ仕組みを知るんです。

塙さんは「ボケたいから芸人になった(P87)」で書いてます。この言葉が僕がなぜ現職にいるのかストンと腑に落ちました。したい事を許される環境探しとマッチング。これが働き方改革の肝だと僕は勝手に確信しました。塙さん、ホンマにおおきに!!

書き出すとキリがないのでこの辺で。好きな内容はスッと入ります。しゃべくり漫才を聴くかのように読み切りました。そう、何度も読み込もうと思います。

好きな分野の面白い本があるっていいですね。映画・マトリックスのように脳にダウンロードしたい!記憶はダウンロード!?受験生の脳みそはテラバイトやー!!(読んだからと言って面白くなるわけでは僕の場合は無いようです)

水曜日, 11月 06, 2019

2019年12冊目(340)

天然知能 (講談社選書メチエ) 単行本(ソフトカバー)
郡司ペギオ幸夫 (著)
講談社 (2019/1/12)

天然知能と言うタイトルから思い描いていた内容は9ページ目で尽く異なるものだと知らされます。
人工知能・天然知能・自然知能の三つの区分けで話は進みます。
この自然知能を天然知能と思っていたとい結末です。
果たしてこの天然知能と言う概念が何とも面白いのだけど難解であり、分かったような分からないような、脳が明かに苦労していますがそこにに引き込まれました。

僕の持ち得る言葉で表現すると何とも安っぽくなるのですが第六感というか予知夢というかデジャブというか、なんとなく感じる。無意識と意識を足して2で割ったような。
葬式のような空気のピンと張った空間だと本当に些細な事で腹が捩れるぐらい笑いそうになったりするような、真面目な場で不謹慎な事を考えてしまうダメさ加減、緊張と緩和が存在するような空間が生まれる脳内とでも言うのかな。

この1.5的な0.5的な感覚や存在をどう捉えるか。その捉え方に関する指南書といえば分かりやすいかも知れないですねー。シュレリンガーの猫を僕は思いだしました。この分かりにくい概念説明することの難しさに似ている。

この概念を好意的か否定的に捉えるか、となりそうな感じだけど僕はこのゼロサムでなく、「そんなものがあるのだと」と思えるかこそが大事な概念で現代が寄り添うべき思考なのかなって思ってます。ゼロサムにするとゼロもサムも正義になりお互いが削りあって解はでない。中間的な「知ろうとする」「知らない事をよしとする」でええんちゃう、オモロイやん!

これが天然の美味さと喉越しですね!味が複雑すぎて路頭に迷いかけますが(実際は迷った)けど、これでいいのだ!赤塚不二夫偉大です。脳みその筋トレでも無いストレッチでも無いイチローさんの初動負荷トレーニングに是非!

金曜日, 10月 25, 2019

生活リズム

新天地に移ってもう少しで5カ月。今までルーティーンだった事がルーティーンになるまでの大変さを実感してます。

ここに書きたいネタはあるけど書くパワーや気力がない。他の事で手一杯。
本は読みたいけど読めない。読み始めるけど続かない。なんか疲れてしまう。

1, 2年前は労力を割けれたものに手を付けられない。でも新たな習慣(朝方な生活)が生まれたり。安定とか落ち着くとか平穏という「状況がもたらすゆとり」を切に感じてます。

でも、色々書き記したいし本も読みたいし。一からこれらを今の環境にねじ込むしかないんやろうねー。

それを踏まえて台風・豪雨による被害を見るにあたり、働き方改革よりも生き方改革(持ち家か賃貸か・都市部に住むか車を持つかペットを飼うかなどなど)の方が生を全うするうえで大事な気がしました。諸行無常といえども準備や想像力に寛容など。求めるでなく備える世の中な気がしてます。自分も考えな。

そんな機会をくれるこの「書き記す」作業と「本を読む」作業をねじ込むぞ!!!!
変化を楽しみます。不変の事は、馴染みのバーと馴染みの知り合いが飲み屋各所に構築できている事。。。やっぱり投資(飲み代)した分だけ返ってくるね!もっと働け!!!

木曜日, 9月 05, 2019

お前に言われたない!って戯言

西野監督が今タイの代表監督をしている事を知った。岡田監督も中国で監督をされたし、日本人が世界的なビッグクラブの監督になるという偉業に期待したいです!!
研究分野では日本人が世界の大学でボスとして職を得ている姿をみます。海外大企業のトップ経営となると違うのかな。トップに立つ日本人を見ると、自分に発破がかかります。

メディアの意図が最近分からない事がよくあります。
EXITと言うファンキーな漫才師がいます。言動だけを見てると相当にパンチ効いてます。が、僕には笑い飯さんの進化系というか。ふざける・ボケるってラインや空気を読めないとタダタダスベるだけやと僕は思います。そこの塩梅。計算してるんですよ、きっと。
そこのトリックを記事にするのがメディアの仕事(当人的には営業妨害かもしれないけど、親近感や好感が生まれてファンが増えると思う。書き方のよるけど)。
それがツイッターやその他メディアからの情報だと「売れるために演じてるキャラ」に乗っかってウソや過剰演出してそれを「おもしろいと思って」演出してる悲しい現状を目にしました。
冷やかしと常連さんと言った顧客文化を失ったんでしょうね。視聴率と視聴質なんて通じない。流行りとは!?考えさせられます。EXIT、応援します!!

寛容性という言葉。大事にしてるんですが、最近よく分かりません。
韓国とアメリカとブラジルと南アフリカとロシアと。。。要は世界中の国々を要らないと書いて簡単に全部炎上するようなら、それこそ寛容性のなさ。大事なのはwhy?のはず。
「韓国は要らない」とい見出しで炎上。大事なのは記事の内容のはず。
迷惑メールのタイトルを拾っていちいち議論にするのかとも。
アホが書いてると興味が無ければ無視すればよい。
書いた内容を読んでホンマにあかんなら声を挙げればよい。
書いた内容を読んで一理あるならタイトルは客寄せ。キャラ設定。EXITさんではないけど。週刊誌のタイトルやで。。。東○京スポーツどうするねん!

なーーーーんかね。アカンはアカンし、その理由とか意義とかを話そうよ。
みんな感情ですよね。まぁ、愛知のアートイベントは「情」をフォーカスしたので間違ってはないんやと思う。ただ情は発情・逆情・苦情ってあるようにコントロールが難しいのよ。そこを甘くみてたというか、なのかな。

そんな感じで、日本はまだまだポテンシャルがあると思ってしまします。
そんな僕はジャパン不適合ですが。。。
Cool Japan 冷静にプラン立ててよーーー

火曜日, 7月 23, 2019

2019年10-11冊目(338-9)

そして、暮らしは共同体になる。 Kindle版
佐々木俊尚  (著)
アノニマ・スタジオ (2016/11/30)

星ヶ丘高校料理部 偏差値68の目玉焼き (講談社文庫)
樋口 直哉  (著)
講談社 (2018/5/15)

幸せの尺度なんて人それぞれだし、いくら給料が高くてもその地域の家賃も高ければ他と変わらない。結局何かと比べたりすることで満足するすることになってしまうのかもしれません。


果たして今の多様な価値観が存在する中でそれがどこまで幸せを担保してくれるのか。

この2冊の本は現代の価値観に対して「丁寧に生きる事」「丁寧な食事を採る事」といった「ふりまわされずに生きる術」を示しているように感じました。

心が単に充実しても、それは欲に繋がるかもしれない。
満たされるというか、そのような心持を提供している人たちを紹介してくれるのが佐々木さんの本。そのような料理を作るってどんなことかを感じさせてくれるのが樋口さんの本。

さっと読み返して、一見牧歌的な話のように感じるけど個々に科学的根拠や歴史的な背景などがしっかりある。そう教養とは丁寧さを支える体系なのかもしれないなぁー。

一見関係なさそうな2冊の根底には同じ水脈があると僕は感じました。
よい飲み方を僕も見つけたいです。飲まないとなると違うし、飲みだすと止まらないし。。。あーーー、ダメな大人です。

日曜日, 7月 14, 2019

知ってか知らずか

前々から感じていたことをツラツラと。

上野千鶴子さんの式典でお話しされた事が大きな話題になりました。女性が受ける差別に関して。平等とか言いながら腹の底にある深層心理と、それを感じながらどうしようかと葛藤する。投げ手と受け手。投げ手を正すのか受け手を保護するのか。似てるようで似てない対策。色々考えました。

タクシーにたまに乗りますが若い運転手さんに出くわしたことは僕はありません。ここでの若いは30代とか20代。先日乗った運転手さんは、最近この仕事を始めたと言っていたおそらく50代の方。高齢者の運転事故が多く報道されています。免許返納とか、過疎地では車がないと生活できない人はどないするとか。あれ?タクシーの高齢化は?Uberと言ったサービスがありますがラクラクphoneで手一杯の高齢者は使えないしそもそも知らないはず。高齢者が高齢化したタクシーに乗る、これってどうなの?

日本にいる間いくつかアルバイトの面接を受けました。僕は肩ぐらいまで髪があるロン毛のおっさんなんですが、これのせいでかなりの場所で弾かれました。「髪の毛はどうにかならないのか」と。括ったら大丈夫という良心的な所は1つだけありました。某大阪のシンボル的な高い建物の面接時、同じ事を言われ5分もかからず面接は終了しました。「切ってくれたら」。女性で髪の毛が長い人にも同じ事を言うのですかと喉元まで出ましたが飲み込みました。男性でロン毛はダメなのです、この国では。では、僕がトランスジェンダーだったとしてのロン毛は受け入れてくれるのでしょうか?僕が性転換していたら受け入れてくれるのでしょうか?無いわなと僕は思います。男性が受ける見えない壁に僕はぶつかったのです。

先日の女子W杯で優勝したアメリカチームは男子代表との賃金の平等を訴えて戦ってます。キャプテンのラピーノ選手がニューヨークでの祝勝会でサングラスを掛け自分たちを揶揄しながら聴衆とメディアの向こう側に向けて自分言葉で訴えていました。それをに対して賃金平等!USA!のコールが沸きました。2回連続で優勝し結果を残して訴える。なでしこジャパンは躍動した2011年から日本の女子サッカーの環境はどれだけ良くなったのだろう。日本では女子も男子並みそれ以上に結果を残してると思うんだけど。国民の興味は男子よりで女子が女子を応援できているのかな?

理不尽・不当・ダブルスタンダード・見て見ぬ振り

自分も含めてみんなしてるしみんな受けてる。投げ手であり受け手である。
それを変えるにはどうしたらいいのかかな。分からないけどよろしく無いのは分かる。まずは無意識の意識化から各々が始めませんか?

僕の無意識の意識化。髪の毛ホンマ相当に長い。。。これから会う人たちになんて言われるか楽しみである。学会前の空港からお送りしましたー。

土曜日, 6月 29, 2019

思惑と表と裏読み。。。

権力
義理
欲望
繋がり
感謝
お金
利用
妥協
誘惑

白い巨塔(最新版と一つ前)をみながら思った。

闇営業(直の営業とは違うその筋と接点を持った営業)に関して、吉本さんや芸人に対するあり方とか現代の芸能に対して突きつけられた課題だと思う。

医師という立場と大学での立ち位置。
食うか食われるか。生きるか死ぬか。

そらね、薄給でとか恩義とかで「頼まれて」動くことあるでしょ。
その動くきっかけが誰からなのか。
その誰がどのように生まれるのか。
システムで潰すのか、道徳で潰すのか。

これこそAIに食われるで。。。
笑いごとでない笑いの出来事。

ア○MEトーク、youbueでよく上がってる気がします。昔はすぐに削除されてたのにね。
視聴者を戻すために規制を緩めてるのかなと僕は。。。健全な視聴者はみてますよ。
手のひら返し!?再考の時ですね。

はい、家で飲むのは本当に控えないと。僕もまたルール設定の日々です。。。
あーーー!!人生はムズイ!!

火曜日, 6月 25, 2019

徒然なるままに

女子サッカー日本代表の結果。

悔しいですよ。悔しいです!で区切るとごにょごにょ。

good attacks no goal

ごれが結果です。
機会損失です、仕方ない。

世界で活躍し、一番世界を知ってるはずの熊谷選手のカードからのPK

人生は残酷です。

残酷だと思った人生に光を見つけた僕は「あたおか」ですか。
時間は流れる。流しそうめんん揖保乃糸。

熊谷選手が背負った重荷が広がり代表チームの飛躍を願います。
背負った人。。。
時間が何とかします。
背負えるとが背負えてよかった。。。

無責任バンザイって高田さんにすっとすっと。。。。

人生愉快犯!!

すんません、今日は酔ってます。。。

月曜日, 6月 17, 2019

2019年9冊目(337)

東大VS京大 入試文芸頂上決戦 単行本
永江朗 (著)
原書房 (2017/1/10)

「はじめに」の中で筆者が“入試問題は時代をどのように反映しているのか”と疑問を抱いたおかげで、この本のタイトルを見て「なるほど、やられた」とニヤニヤしてしまった。サブカルチャーは時代を反映すると常日頃思っている事だが、それが入試に見ようと言う試みがとても愉快で即決である。

明治・大正時代の問題から始まり、高度成長期・全共闘・バブル期、阪神淡路大震災とオウム事件が起きた1995年を経て東日本大震災から2016年まで。

こうやって並べると出題者がその時代を思いどういう受験生を求めるかなど当然あって然るべきだと思う。ただ、受験生はそれを味わう余裕など当然ないし高校や予備校の先生もそこまで問題のチョイスを楽しめる余裕があるのかと言えば疑問が残る。

これだけ面白い資料は毎年いわば消費財として赤本の中に収められ、出題者の意図と離れた傾向と対策として残っていくのは甚だもったいないと。

筆者の永江さんがこのようにエッジを加えてくれたおかげて僕にはとても有意義な読書体験となり、このようなガイドこそ教養なのかもと思ったりする。

話は少し飛躍するかもしれないけど、毎年行われる漫才やコントのコンクールのネタのチョイスもこのように評論すれば時代を反映したカルチャーとなり教養となるかもしれない。AI持っていかれる前に誰かがして欲しいとズボラな僕は思うのである。

この本を読みたくなった理由は実は根底に僕自身の実体験が大きかった。。。

時効だと思うから書こうと思う。大学生時代、某予備校でバイトしていた僕は試験の時期になると赤本・青本を漁るように目を通していた。なぜなら課されるレポートに即したお題とそれに対する的確な解説を求める上でこの「受験の虎の巻」は効果的だった。神に誓って丸写しはしてないが、この検索の中から色んな面白い文章・解説に出会い実際にレポートを助けてもらったこの経験は受験で採用される文章の興味と共に、大学の選ぶ文章へに興味を抱いたのも事実だった。だからこの本にはやられた痛切に思ったし、まとめてくれた筆者に感謝でしかない。

受験生と言う当事者が文章を味わえない(味わえている人もいるかもしれないが)のは何とも大きな矛盾にも思えるが、ここで得られたアプローチは理科・社会・数学などにも通じるのか機会があれば問いかけてみたいなと。

この文章が受験に使われたら、出題者は僕ですわな。採用理由。。。自分LOVE。。。定員割れやな!!

日曜日, 5月 26, 2019

2019年7-8冊目(335-6) + 雑誌

イチローに糸井重里が聞く (朝日文庫)
「キャッチボール」製作委員会 (著)
朝日新聞出版; 新装版 (2019/4/16)

Number(ナンバー)976号「完全保存版 イチロー戦記。」
(Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー)) 雑誌
文藝春秋 (2019/4/11)

敗れても 敗れても ――東大野球部「百年」の奮戦 (単行本)
門田 隆将  (著)
中央公論新社 (2018/5/18)


失敗をすることから学ぶ。学習は人間を含め動物にも備わった能力だが、イチロー選手はそれをかなり深いレベルて行う事を2004年の段階で相当に実行していたのをこの糸井重里さんとの対談本を読むとよく分かります。ここからさらにその作業を極めていくことはイチロー選手が残している言葉やnumberのインタビューから十二分に感じ取ることが出来るのはきっと僕だけではないと思う。

自分との対話の中で見つけ出した神髄も脳科学の進展やAIの発展に伴って「成功」や「適正」の1つの形として提示される可能があり、その出来上がったフォーマットに従って進むだけで実際に成果を上げることが出来る未来がすぐそこに来ているように感じる。

少し前に映画にもなった「マネーボール」で話題になったセイバーメトリクスという考え方。身近になると仰木マジックに野村ID野球など、戦術にデータが関わっているのは感じれました。そこに昨今言われるビッグデータ。中継などでもたくさんのデータが放送中に出てきます。  よりよく過ごすためにみんなが使う検索もデータベースと言う過去の蓄積の賜物です。監督が使うべきデータと選手が使うべきデータ。野球を楽しむために観るデータ。

それぞれの良い点と悪い点を踏まえて、先日引退したイチロー選手がその記者会見の中で言及した「頭を使わない野球」と言う言葉。つまり頭を使う野球がある。その好例と言えるべきものがこの東京大学硬式野球部なのかもしれないとこの「敗れても 敗れても」を読んで強く思った。彼らだからこそ適性のフォーマットを自分たちで作り上げることも、彼らだからこそ完成されたフォーマットを理解し実践できることもありえる。ただ似てるようで全く異なるこの2つの間にイチローさんの言葉が存在するのかもしれない。 

なぜ東京大が東京六大学のひと枠なのかは歴史を辿ることで腑に落ちたし、ひと昔に「大学に行く」や「野球をする」という事がどういう意味があったのかは多様な価値観が存在する今だからこそもう一度考えてみるのは意味のある事ではないかと思ったのである。広める誰かが存在したし、その誰かがどのような存在であったのか。色んな機会を得る可能性を広げるには何をすることが近道なのか。運動と学問。  これはさっきのフォーマットをどう捉えるかに似ているかもしれない。

深いです。自分の研究分野にも当てはめれるような問いの提示でした。僕自身も向き合わないといけない。答えが出る時には何浪やろう。。。
こんなんじゃ、一生無理やな。。。

ありがとうの行方

サービスとは対価を払って受けるもの。でも、人間持つ良心によってなされるサービスもあるだろう。

先日バスに乗っていた時の出来事。僕は乗客で運賃を払うことで目的地まで運んでもらうサービスを受ける。対価を払えば成立する関係ではあるが、運転手さんに「ありがとう」と降車時に言う事は僕にとっては当たり前のことであり、こう言った小さな思いやりが円滑な世の中を作るんじゃないかなと僕は思っている。

車いすの方が家に引きこもるのでなく積極的に外に出ることは素晴らしいことだし、社会もそれを受け入れる事から多様な考えや生き方を身近なものとして感じる事が出来るんじゃないかと思う。車いすの方がバスに乗る環境もかなり整ってきているのは実感するし、先日その光景に巡り合った。ただ、そこで感じた違和感を僕は記したいと思う。まず結論として誰も悪くないし誰も間違っていない。ただ、なんかモヤモヤしたのである。

車いすの方が降車するために運転手さんがバスにスロープをかける。そして、降車する車いすの方に「ご乗車ありがとうございました」と頭を深々と下げる。そして、すーーっと街の風景の一つとなったその方。何事も無かったのように発車するバス。
サービスだから頭を下げる事は真だし、サービスの対価を払っているのだから無言でいることも真である。でも、僕には何かが残った。
一般乗客にすること、一般乗客がすること、車いすの乗客にすること、車いすの乗客がすること。ここに差はあってはいけないと思う。でも、なんだろう僕に残ったこの変な感じは。

過剰も良くない。かといって無もどうなんだろう。「ありがとう」っていったい何なのか。しばしぼーっと考えてしまった。ここに残すことでまたふと考える事があるだろう。
過剰も良くない。かといって無もどうなんだろう。すみません、生ビール1つ。。。

木曜日, 4月 18, 2019

2019年6冊目(334)

字幕翻訳とは何か 1枚の字幕に込められた技能と理論 Kindle版
日本映像翻訳アカデミー  (著)
日本映像翻訳アカデミー; 1版 (2018/9/24)

映画・ボヘミアンラプソディーを日本で観た時に感じたこと。「字幕がとても効果的やなー!」その字幕のおかげで聞き取りにくかった部分の英語も拾えて内容の理解がとても深まりました。第二言語を扱う人にとって字幕によって語学学習の効率化を意識した瞬間でもありました。

では、その字幕はどうやって作られているのか?僕自身が英語を日本語に翻訳するという作業にも興味があったので、この本を読んでみようと思った次第で。しかもキンドルの読み放題のおかげで見つける事が出来た。やっぱり、本を読むのはタイミングだなとつくづく。

本のタイトルにある通り「1枚の字幕に込められた技能と理論」を体感した。これもタイミングで読書と並行して友人のお手伝いで翻訳作業を実際に手伝ったことがこの読書に当事者性と裏付けを与え、読書と経験の相互作用を意識したのでした。

単に訳せばよいではなく「理解が出来るように訳す」の背後にある膨大な思考の作業は、言われてみれば「そらそうちゃうとなる」が言うは易しやるは本当に難しだった。中学生の時、「have/get/take」などの訳をみてどんだけ訳があるねん!オロ○インやメンソ○ータムの効用みたいに万能か!と思って、意味が解せなかった記憶がある。ところが「語が持つそもそも意味」を留学し使い・聞き・感じる立場になってなぜあんなに対応訳が多かったのよく分かり、日常生活で利便性を感じられるようになった。

日本語には主語が省略される文化だったり、日本語版のhave的な表現(siblingは兄弟姉妹のどれなのかなど)を考えると両方の言語の文化・習慣・伝統といった背景を理解しないと、短い言葉に落とし込むのは大変だと思う。僕が携わった文章翻訳の方がまだ「字数の制限」が緩やかだと思うので、字幕となると表現のハードルたるや。。。

その際に思い出したのは、友人が取材を受けその模様を録画し1つの動画としてする作業の際に自己紹介の時でも撮影側が用意した台本に則ってしゃべったと言っていたのを思い出した。言葉を嚙むかまないがあるのでカンペは必要かもしれないけど、内容ぐらい自分で考えさせればと思った僕の浅はかさに気付いたのでした。この動画にはサブタイトル・字幕が入るので、それを踏まえて訳者に対しての配慮または動画作成の迅速さを考えるとこの「台本」はとても理にかなっていたのだと。

こういったテクニカルな部分に加え、昨今話題のファクトチェックを入れるとなると翻訳者と言うのは野球でいう「走攻守」を備えないと出来ない仕事なのである。読み手・聞き手に対しての作業でその層がどのような人達なのかによって選ぶ言葉も変わってくるわけで、その要求されるレベルたるや。。。同じ台本でも演じる人よって変わるような演劇や古典落語のような側面もあるのかもしれない。

その他に字幕の縦表記・横表記に関して眼球運動で使う筋肉やら有効視野など生物学的な側面や、スティーブ・ジョブスがスタンフォード大学でのスピーチで言及したような文字のフォントの話に使用される文字の色など。さらにAIが生成する字幕に関して言及してあったり。されど翻訳、なるほど翻訳である。たかが翻訳だなんて言おうものなら。。。

自分の海外生活の経験を踏まえて「翻訳」とか一つの仕事のオプションなどと考えた自分が恥ずかしい。実際に手を動かす機会を与えてくれた友人に心から感謝である。貰った課題は何とかやり遂げたけど、思ってた以上の時間を要した。。。当たり前じゃ!!!でも当初の目論見は。。。あー、サブすぎる。。。

日本で映画を観て感じてから約3カ月ぐらいだろうか。とても身になった体験だった。うまく全てが噛み合ったこの期間に感謝! まるで翻訳された新しい自分。。。癖がすごくなった!

木曜日, 3月 14, 2019

その道はいつか近道

川というのは人類に水を供給する大事な役割があるが、地域を区切り時には国境・県境・州境と地域の境になる。この境界がよい線引きになる場合もあれば分断となる場合もあると思う。
その川の向こう側に行きたい。そして人類は橋を架けた。これにより移動の自由度が高まり経済文化政治と各方面での交流から発展へと繋がった。。。

ぐだぐだ書いているが、要は近所にある橋を使うと車で移動したとしても目的地に上手く行くと15分以上早くつける。そんな橋について。

先日、諸事情もろもろで救急車に乗ることになった。実は人生初である。そして目的地へと動き出した。そう、さっき話した目的地へだ。
果たして、左折の道を右折!!!大通りを通って目的地へ。もちろん橋は使っていない。緊急車両なので特性上10分以内で到着した。

「なぜ橋を使わない!?」と右折時に思い、そしてなるほどおそらく「だから橋は使えない!!」と自分で納得。
その橋は片側1車線の2車線の道。もし橋が何かで渋滞したら身動きが取れなくなってしまうおそれがある。だから道幅の広い大通りを使ったのかと。1人社内で「ほ~!」と感動していたのでした。なんでも経験ですねー。。。苦笑

パトカーや救急車・消防車などに搭載されているGPSは通常とは違うルートを算出するように出来ているのかもしれない。
この前実家でおとんとカーナビの話になってもう「みんなスマホ持って買う奴おらんのちゃうか。無理から車に抱きかかえで付けて売らなあかんで。某PCみたいに」などと話していたのですが、なるほど!これがGPSの生きる道。専門仕様と一般仕様での競争が出来るか。ビジネスの芽は色んな所に落ちてるぞ!!

いやこれなんてかなり進んでる事象のはずやし、あんたが酔っぱらって気付かんと踏みつぶしていただけや!
下を向いて歩こうーよ。。。なんか違う!!