金曜日, 3月 04, 2016

8th book on 2016(238)

フーゾク資本論 なぜセックスは「巨万の富」を生むのか? (文庫ぎんが堂) 文庫
岩永文夫 (著)
イースト・プレス (2015/3/8)

睡眠欲・食欲と並ぶ欲求の一つ。性欲。
子孫を残すためには必要なのでリーズナブルと言えばそうである。が、お金が絡むと何ともイカガワシイものになる。法律も絡んでくる。闇社会も。
その歴史は江戸時代よりも古い。公娼制度って言葉も聞いたことがあるであろう。

要は十二分考察に値するほど紆余曲折を経て現在に至っていること。
良いとか悪いでなく、今もそれで儲けている人がいて、そこに行く人がいて、そこで働く人がいるという事。排除とか無くせとか言う人に限って、変遷や対案を持ってなかったりするとおもう。ここで言う対案とは、風俗産業で働いている人(経営者ではなくお客と向かい合う人)がここで働かざるをない場合の救済。借金なのか趣味なのか。儲けられるという現実もあるから働く人が途絶えないのが事実でしょう。高くても通うお客がいるのも事実。

卵が先か鶏が先か。待機児童とかの問題と同様に結構真剣に向き合わないといけないほど色んな要素が絡み合っているのが現実でしょう。それを「資本論」とした筆者。

本の構成も、変遷・お客・女の子・経営者・場所と言うように各論でまとめられているので、読み手も現実に向き合える気がします。

生身の人間というこの稼業を議論すると同時にAVなどのコンテンツも同時に議論すべきでしょう。
特に今のデジタルの世界。まぁ、電子書籍って一度デジタル化することで複製が無限に可能になると思うんです(だからこそプロテクションと言うシステムで各企業は制限をかけるわけです)。
CDならディスクが、本なら紙が要るんです。でもデジタルになると容量という買う側が負担すべきスペースになる。
通常1000円で売っているXというAVが期間限定割引で200円に。これがDVDなりのモノである場合は原価がかかります。それがデジタルになればどうでしょう。原価はダウンロードするこちら側の負担になるんです。本やDVDに比べて劣化も少ないでしょう(まぁ、ソフトウェアの問題はありますが)。
200円だとアクセスできる数が上がって収益は減るけど、1000円でも好きな人は買う。そして数は無限に複製できる。原価ってちょっと掴みにくいでしょう。そう生身よりもボッタくりの意味合いが立ち悪いんですよ。で、性的体験は生身よりpoorになる。なぜなら思いのままに近い体験だから。

いやー、深いんですよ。この資本論と言う言葉は。
えっ、よく知ってるって!?人生何もかも勉強です。3大欲求の一つですから。。。

水曜日, 3月 02, 2016

7th book on 2016(237)

サルトル―「人間」の思想の可能性 (岩波新書 新赤版 (948)) 新書
海老坂 武  (著)
岩波書店 (2005/5/20)

サルトルとに興味を抱いたのはひょんなきっかけでした。買ったこの本も少し開いて積読に。そして、またあるきっかけによって読もうと。

哲学的な問い「存在」や「無」「自己」など。普段の日常で考えることなんて普通に暮らしている人野中にどれぐらいいるのだろう。ましてや解を求め悩み苦しむ人なんて。
でも、そんな壁が現れる時が突然あったりするのです。その際、人が培ったものが表に晒されるのかもしれません、慟哭したり打ちひしがれたり。そうならない事が良いわけでもないし、そうするのが普通でもないのだと思う。

戦争の中を生き、拷問も受け、ナチスや戦後の社会主義運動も身近だったサルトル。サルトルだけでなく、やはり哲学を語る人が生まれのには土壌があるのではと読みながら感じた。なぜなら戦争は根本的な問いが目の前に現れるような気がする。今の日本の安保法案を議論している人には到底「現実」としては現れていないと思う。そして「その現実」は実際にはとんでもない劇薬なのだろう。それに対して取り組むこと。哲学者と言うのはある意味で中毒症状を起こした人たちなのかもしれない。

知らなかったけどノーベル文学賞を拒否したサルトルの姿勢というのは、筆者があとがきに書いた「サルトルは、少年時代から死の直前まで、<人間>とは何かを問い続けていた人である」としての象徴なのかもしれない。問いにゴールはあるのか。

たくさんの問いに挑んだ証を僕たちは読むことが出来る、ただしそれは読者にとっての答えではないかもしれない。でもふと立ち止まって彼が向かい合った「存在」「無」「自己」などを考えてみるのも必要だと思う。なぜか僕は好きな方である。そしてたまに鬱になるのだ。だから今の職業は合っているのかもとも思う。それをスカッと気にしないためにも今日も酒を飲むのである。サルトルさんなら簡単に論破できるこのロジックに噛り付いて生きる僕は「嘔吐」する、飲みすぎて。。。

日曜日, 2月 28, 2016

6th book on 2016(236)

「ノニ」―医師である私の命を救ってくれた植物 単行本
橋爪 勝 (著)
ごま書房新社 (2012/09)

ノニと言う植物。知りませんでした。とても興味深いなと。
漢方薬が生薬の組み合わせであるように、昔オリーブオイルは薬のように飲まれてた歴史があったり、自然の恵みの植物の特性を知り上手に摂取すること。とても理に適っている。サプリメントとして。

注意を喚起したいのは、筆者は「サプリメント」とこの「ノニのジュース」を呼んでいます。それは僕たちが思い浮かべる錠剤のそれとは意味合いの違うものであることを頭に入れなければいけません。自然の果実から作られたものであり、工業製品でないということ。

レモンから摂るビタミンCと化学的に作られたアスコルビン酸としてのビタミンCを区別するように。その辺のことを言及してくれると筆者の意図はもっと浸透すると思いました。
この辺は消費者も勉強しないといけない理科の延長としてのライフサイエンスの知識であると。

薬との違いの説明はなるほどそうだなと改めて考える良い機会でした。病巣の究明と対処療法。チームバチスタ2の救命での話が思い出されました。
ネットなどでどんな薬か容易に調べられるご時世なので、面倒だけと小さいアクションで今何が自分の身体で何が起こっているのか薬から学べますね。

福島第一原発の事故の時、放射能の議論がたくさん当時なされましたが薬も同じだと思います。「ただちに影響がない」と言う言葉のように「すぐに効くとは限らない」「効果には個人差がある」など。
人はどうしてもゼロサムを求めてしまいます。でも調子のいい日と悪い日がいつも極端ではないように、常に変化と平衡を行き来しながら日常を過ごすのを無意識ながら受け入れ生きながら生活するように、薬・サプリメント(ここでの意味はノニや錠剤を含んだ広範なもとして)と付きあえたらいいですね。

ノニ。一回飲んでみようかな?なノニ、ビールを頼む僕。哀れなり。。。

木曜日, 2月 25, 2016

5th book on 2016(235)

高学歴女子の貧困 女子は学歴で「幸せ」になれるか? (光文社新書)
大理 奈穂子 (著), 栗田 隆子 (著), 大野 左紀子 (著), 水月 昭道 (監修)
光文社 (2014/2/18)

読後感を書く筆がこんなに重いと感じたのは初めてです。
ここで描写されている現実。著者たちの体験談。これらは紛れも無い事実であり否定するつもりはありません。

僕としては「高学歴」「貧困」「女子」というキーワードから構成されるフォーマットを転換させることで問題への新しい光が差すと思うのです。

僕は海外での生活が結構な長いのでこちらでの高学歴女子たちを目にする機会が圧倒的に多いです。
今の現場は男女比半々。あるラボは6人に対して女性が4人。いつも全体的に女性が多い気がします。
この本で議論となる博士号取得者を高学歴と定義しても、この本での描かれているような虐げれ方は僕の感じる範囲では感じません。

学会などにでても女性は比較的多いと思います。僕の知っている生命科学の分野は。彼女たちが貧困かどうかの判断は難しいですが、この本での議論となる「高学歴女子の貧困」がしっくり来ない理由はそのへんにあります。

あとアメリカはヨーロッパでは学問を習得すること、そしてその行為に対して敬意や尊敬があるように感じます。大人になって学校に大学院に進む人もたくさん見ました。
博士号取得者への考え方は日本のそれとは正直全く違う気がします。ただ、彼ら彼女たちが貧困かどうかの判断は難しいです。

それは外国だからという結論を出す以上、この手の問題は一切解決しないでしょう。
なぜ日本にそういった土壌が無いのか。どっちの感覚がずれているのか。その辺を精査してどうすれば変われるのか。あるいは変われない現状を受け入れて日本独自の空気感を醸成するのか。
僕も真剣に向き合わないといけないと思います。なぜなら「僕のような性格の人間が日本で幸せになれるのか?」という個人的な新書(問い)を日本に戻る場合煮詰めないといけないからです。

子育てに対する環境も日本と欧米での違いが確実にこの本で書かれてる実情に与するでしょう。
日本という国への問題提起として僕はこの本の現状を受け入れたいです。
巷のポスドク問題や高学歴女子への議論に収めて読んでいくとなぜか腹が立ってくるので。。。
俗に言う駄目な結論なのかもしれませんが「自己責任論」や「現状を受け入れること」と言ったことを僕はある程度自己の信念として持っているからです。

安倍政権の掲げる国民総活躍社会(あまりこのフレージングは好きでないですが)を実現するなら、フレームワークやフォーマットとといった僕たち自身の価値観や信念との戦いが必要だと僕は思います。

3章の明治からの女性が教育を受ける環境の整備というか変化の歴史が僕にはとても興味深く読みました。当時の先人たちに負けないように変化を現代にもたらすエネルギーが生まれること願います。
男性の僕ですが髪の毛が長いせいで稀に女性に間違えられるのである意味の当事者として。。。

光る 雲を突き抜け fly away

ピンからキリまでという言葉や「本物の味」という表現がある。
XXXの最高峰とかXXXの頂点とかも。
要はその道の突き当たりは極みであると。

その極みを祭り上げる場合もあれば、そことは違う価値を見出す方法もある。
それを愚の骨頂と罵るのまた趣なのかもしれない。

どの場合も「その空気感」を知っているのかいないのかで、説得力や正当性や理由付けなどが揺らいでしまう。
かといって、それをいとも簡単に経験できるような身近なものでないからこそユニコーンのような謎めいた魅惑の存在となりうる。

果てさて向き合うのか無視するのか諦めるのか。個人差があって然りである。
僕はどちらかといえば興味があるけど、そこにこうべを垂れるより違ったモノを楽しみたいし性分です。

昨年末。雑誌Natureに投稿しているグループのお手伝いをさせていただく機会を得ました。
僕は「一本のNatureよりも10本の良い論文がいい」と思っています。それは今も変わりません。でも覗いてみたい場所ではありました。
ヒット10本とホームラン1本という例えが正確かは分からないけど打者のこだわりがそこにあるのと同じように。

退いたその場所は、なんとも質の高さを感じさせるものでした。
その質は研究論文の内容を具体的に指すわけではありません。STAP事件がその象徴であるように。
限られたページ数や文字数の中で表現するということ。図やその色合いの綺麗さや美しさ。これらにガツンとやられました。

この地を常に意識しているということは、これらの作業が当たり前であるということ。頂が頂きたる所以は普通の設定が普通でないんだなと。
僕は図や色合いなどは気を配っていたほうですが、完全に考えを改めても良いのではと。定期的に目を通して基準の底上げが必要だと。目を慣らし肥やすべきだと。

経験できるならやはりその眺望は見ておくべきです。幸いにも高い授業料を払うでもなく、偶然という幸運で体感できたこの出来事。

ご馳走様でした。美食倶楽部おそるべし。。。あれ?やまおかー!?修行がたらん!!

火曜日, 2月 02, 2016

反射してきたシグナルを捉えてみた。

仕事場のまえにある横断歩道。信号が無く右左を見ながら車の運転手と阿吽の呼吸で渡る歩行者。

目と音を使えば当たり前だけど、距離感を感じながらゆっくり渡ったり速足で渡ったり。
そこには運転手の視界に入る歩行者がそこに居るからと言うのもある。

敢えてまた使うが阿吽の呼吸である。

あっ、歩行者いる。 = あっ、車が来る。
歩行者優先ブレーキ掛けます。 = 距離あるし目合ってる渡る準備 。
止まる車 = 歩く歩行者

そこで会釈だったり手をすっとあげたり、少し速足で後ろに車がつまらないように歩く。
いい意味での社会のマナーであり世間との繋がり。


面白い小話を。
車との距離に余裕がありいつもならゆっくり渡るはずが、時間的に急がないといけなくてその距離感を無視してダッシュ気味で渡った時の出来事。
渡る前に車を見た僕。車を認識した僕。僕を認識した運転手。お互いに十分な距離感。
そこで僕がダッシュ。
車もダッシュ!ではなく、ブレーキが強めにかかったんです。距離があるのに。
この感じよくよく考えたら前にもあったんです。でもふと頭が回らなかった。

人は強く反応すれば強く返す癖がある!?
逆にマイルドにいくとマイルドに反応する!?
それは準備と反した時は特に。
あーーー、そうかも!って。
おもしろい!

反射と言う生理的なリアクションが備わっている人体だからこそ、それは日常にも反映されるのかなって。
といっても、普通に物理的な反射の関係ってこれと同じと言えば同じなんよねー、理想的な状況では。

そんなことから、炎上とかもこんな感じのルールで回避できるのかななーんて。
恒常性。動的平行。
生きる速度。考えてみませんか?

飲む速度。考えます。。。

土曜日, 1月 30, 2016

4th book on 2016(234)

現代思想 2015年12月号 特集=人工知能 -ポスト・シンギュラリティ-
新井紀子 (著), 小島寛之 (著), 石黒浩 (著), 茂木健一郎 (著), 竹内薫 (著), 西垣通 (著), 池上高志 (著), & 6 その他
青土社 (2015/11/27)

久方ぶりのこの手のムック系の本を読みました。いやー、脳みそが鍛えられますね。
その脳みそがらみの人工知能に関するお話。

感じた事は研究者がまず本質的な知能・意識・思考・賢さ・理解について研究していいるということ。つまり、それをベースに生きている人間自体がその本質的な解に辿りつけていない。
ここでの理解と言うのは物理や数学的にアウトプットとして再現できるいうレベルです。

どうしても人工知能(A.I.)の話となると、機械がロボットが人間の仕事を奪ってゆく未来の担い手。あるいは便利さの象徴として語られるのかもしれません。

そもそもそれを担うにあたり日常での僕らの作業の根本を理解できていないのに恐れるのは本末転倒に思えます。ただ、その探究の過程でパンドラの箱を開けてしまうかもしれない。決定的なアルゴリズム。これがサイエンスがもつ爆弾ではあります。原子の持つ謎を純粋に探究しプルトニュウムの力を知った人間が純科学の手を離れていったのは周知のことであるように。

これを読んで思ったのは、人間がいかにダイナミックに情報を処理していること。日々がたくさんのノイズと無意識の構成であること。それを最適化して記憶や経験と紐づけて生きている事。そして、たくさんの人工知能がもう日常生活の一部に当たり前に入っている事。こういった人間側の事情を知らない機械そして怖れを知らない機械だからこそ、ビックデータの処理やその人工知能をもっと有益に使う方法論が存在するはずと言う事実。
「人工知能と友達になるための教育」という項があります。これが答えなのではないでしょうか。

東大合格を目指す「東ロボくん」はキン肉マンのウォーズマンには到底及ばないシステムなんだろうけど、それを達成できてもウォーズマンがキン肉マンで見られたように設定を超えた処理能力では機能不全になるかもしれない。その設定が人生と言うなんとも大きな意味を持っている人間の深さを考えさせられました。死と言う問いは人工知能には不問なのかもしれないですね。

連載も面白いモノばかりで定期購読したいのですが、これを設定にしても一か月内に処理できる自信が無いアルコール勘ピューターには。。。
とりあえずガスヲ・ホキュウ・シマス!

木曜日, 1月 28, 2016

3rd book on 2016(233)

置かれた場所で咲きなさい 
渡辺 和子  (著)
幻冬舎 (2012/4/25)

お借りした本です。今年の始めに読んだ日野原さんの本が「死」に対して書かれたもの。そしてこの本はその対となる「生きる」に関して綴られたエッセイ集とでも言うのでしょうか。

ここで語られることは「そうだよねー」と言うことばかりなのです。でもそれを実践することの難しさと人間の持つ忘れっぽさを思い知らされます。
自分自身も意識していることやそういう風になりたい振舞いたい事のオンパレードでした。
「あー、忘れてた」と言うのもある反面、以外に今も意識できているのとかも結構あったのでよい復習というか新たな気持ちで意識付けできました。

日野原さんの本を読んだ後と言うこともあってか、ちょっと自己啓発本的というか要旨集っぽく感じてしまったのが僕の脳みその反応でした。あと読んだ本が第67刷と言うのに驚愕でした。。。

筆者は修道者であるのでキリストの教えや言葉に基づいたものが多いのです。そして、なんとも驚きがありました。れらの意味する本質と言うべきものはなんとも仏教にもみられるものに被るなーと。

週末に教会に足を運んだり、法事等でお坊さんの話を聞くと言うことは僕が今回したような継続的な意識の植え付けなのかもしれませんね。やっぱり原点を辿り教えを請うということが大事ななのでしょう。それを上手く組み替えすり替え違う意味で刷り込まれると。。。ねーーーってなりますね。

本来、釈迦やキリストやモハンマドなどの祖となる人たちが辿りついた物事の本質的な問いと言うのは同じようなもので、ただ表現方法や応用と言った手段の差異が各教えの色となっているのかな、なーーんて偉そうに考えてしまいました。。。飲むと大きくなる人の典型でした。。。

水曜日, 1月 20, 2016

お化け番組たる所以

昨年末からちょっとどっぷりハマっている番組

「探偵ナイトスクープ」

あー、円広志の「ハートスランプ二人ぼっち」がぐるぐる!!

感動あり、爆笑あり、社会派あり。 
はー!?あほちゃう!?もある。これが一番大事かも。

依頼を出せる空気。
依頼を出来る空気。

ちょっとねー。すごい!
西田局長は「町の何でも屋」と言ったのを偶然耳にしたけど、それになれるのって中々でしょ。

たかじんのそこまで言って委員会で故・たかじんさんが視聴率があるから許されてる的なのを副委員長の辛坊さんと話してた。
世論の支持。政治然り。色んな所でも真実ではあると思う。
でもナイトスクープのそれは異質で、なんやろ人の本質とか喜怒哀楽の深いところをツンツン出来てるといか。

まっちゃんがワイドナショーでいじめ問題に関して、「ナイトスクープに送ったら解決できたかも」的なコメントをした時なるほど思った。
それは、局長が上岡師匠だった小中高と観ていた感覚とは違う現在自分の持つ色んな感情を持って観るこの番組の彩に起因すると思う。。。ねーーー!何回も泣いたし笑ったし。

探偵さん個人の色もあるし。あの番組に選ばれるってうらやましいと思う。

これからも応援したいし、続いてほしい。依頼でも出すか!!!

大阪のお化け番組は永遠なれ!!!!

2nd book on 2016(232)

数学する身体 単行本 
森田 真生 (著)
新潮社 (2015/10/19)

最初の数章を読むと今僕たちがいかに当たり前に使っている事の後ろにどれだけの試行錯誤とと困難があったかが入ってくるでしょう。

ゼロから1を作るという作業の深さですね。
一が0から生まれたらそこからは走り切れるか。
でも0と1の文字のおかげで、世界中の人が「ゼロ、一」が「0、1」と通じる事実。
英語は公用語と言いながら、数は公用を超えてコモン(常識)となっている。

すごいね。

数学者たちが説いた問いの本質。ありがたく刻ませていただきました。忘れてはいけない。
その言葉は何とも美しいんですね。(以下引用)

「いかに」答えを導き出すかと言う技術以上に、「なぜ」その答えが正しいかという理論に拘った。
「図形」の織り成す世界を「よく見よう」とする静かな情熱
「わからない」はあくまでもこちらの話で、数式の方は平気でその「存在」を主張してくる。
「計算する機械」がどこまで「数学する機械」でありえるかだ。
「零までが大切」

(以上引用)

だた最後に進むほど富士の樹海のようにハマっていってる感はグイグイくる。
その深みが心地よいのか不快なのか。SMみたいなものかもね。突き抜けた本質って。

魅了す。そこには数学的な生物的な物理的なハーモニーを思うのは合理的なのかな。
だからこそ、そのそれたる箱の中身を観てみたい。
生化学者の僕はツールとして数学を使いこなしたいなと思ったのでした。

sin, cos, tanはスーパーでの買い物には役立たないけど、「そっち方面」に行く際は役立つかも。
なんか教育って教養の背景を整地する作業かもっていま、まさに今おもって書きました。

ビールが潤している僕の土地は不毛なのかトチ狂ってるのか。。。
正解は。。。もう一杯!



1st book on 2016(231)

死をどう生きたか―私の心に残る人びと (中公新書 (686)) 新書
日野原 重明 (著)
中央公論新社 (1983/3/23)

この本の感想を書き始めてとみに感じること。本は手にした時がサインで、読み始める時に意味がある。

この本は記憶が正しければ7年ほど前の一時帰国の時にたまたま立ち寄ったフリマで3冊500円(もっと安かったかも)で購入して、ずーーーーーーっと積読されてました。
存在は把握してるけど読む優先順位が低かった、それがあるきっかけで思いを馳せる時に手に取るべき本となって居てくれた。

それは人が死を意識した時に生まれる感覚に近いのかもしれない。
当たり前が当たり前でなくなるという、残酷な仕打ちを受けないと天に召されない現実を受け止めた時に、人はいつも感じることのなかったゾーンに入っていくとでもいうのか。
そのゾーンには今まで生きてきた・関わってきた・捧げてきたものが色濃く反映されて、よりいっそう個人を浮かび上がらせるというのかな。

本書に出てくるのは一線で生きてきた人たち。だからこそ本として綴れる話があり、担当医を務めた日野原さんという「キュレーター」によってまとめ上げられた。
でも万人に万人の綴るべき話があるはず。あそれは、当事者となった人か「キュレーター」となり心の本に記さないといけない。なぜなら、問いを投げかけるという行為は対象があっての出来事だから。
その方法論、どう向き合ったらいいのか困ってる人にはよいナビになるのではと思います。

もう30年以上も前に出された本。色々変わったけど変わらない事。人はいずれ死ぬのだいうこと。そして人はそれに対峙しなければならないということ。

。。。

今年の僕、一味違う!?

初めの第一歩!

1月ももう終わるという時期にようやく投稿です。

毎年掲げる今年の目標。
2016年たった20日足らずで世界中で色んな濃い出来事が起きている。先が読めない大乱の年などと言われている2016年。
きっと僕もそうなのかもなーんて。安定と言う要素があるから目標も掲げられるのかと物思いにふけっていました。

今年は現れる目先の出来事に最善策を取れるよう全力を尽くすという、なんとも可も不可もない事が重要な問いになりそうです。

で、目標。。。

大晦日に
「おーーー、なんとかなったな!」と旨い酒を飲みながら言えるようにする!

今のところ。。。どーーーーーだかなーーーー。
がんばれσ(゚∀゚ )オレ

木曜日, 12月 31, 2015

15年くん行っちゃうんだね。。。

もうあと9時間ほどで16年です。変化の一年でしたねー、15年は。
2015年に立てた目標を振り返って。まぁー、これはなんとも中途半端な達成感ですわ。

「スーパーサイヤ人計画」と題打ってみたものの、初期の悟空のようにたまになれたかなぐらいです。
心技体の一年ですね!!と言っておきながらアキレス腱負傷と言うあきれた結果に。
オリジナルの研究で論文3つといいながら全てもうそこまで来ながら終わりきれないオリジナルの無さ。
唯一の救いは休肝日を前よりも多く作ったことぐらいですかねー。

でも、毎年の事ながら自分の予想を離れた事から大きく学んだり成長したりがたくさんありました。これがまさしく変化の一年と言う言葉の由来です。
さっきも出てきた怪我。なんともこのおかげで人間成長したと思います。気付けなかったものにたくさん気付けた。そして自分の性格もちょっと再確認でしたり。強くなったものです。
そして、働く環境に小さい変化がたくさん重なってその都度のその都度うまく微調整しながら過ごした日々。で、気付いたらちょっと違った景色に。おおー悪くない!いいぞオレ!


今年は「周りの状況が現状を規定する」という言葉が僕にガッチリはまった気がします。だた、その確定される現状をどうより良いものするかで結構考えれた、そこで自己も変化を起こせて準備ができた。これが良かったんだと思いました。変化とは内から生まれる意思とか半ば強制的に起きる外的要因による。これは水と油みたいに混じらないような感覚で居ました。現実は空のように繋がっていて連動していて。よく考えたら分かるのに気付いていない。気付けたと言う事実。いい経験を来年も継続出来るようにしたいですね。

さー、来年はどうなることやら。年が明けたらぼちぼち物思いにふけりましょう。
ってことで、夜は飲む!!
バイバーイ!2015年。ありがとー!





火曜日, 12月 29, 2015

44冊目2015(230)

本を読むときに何が起きているのか ことばとビジュアルの間、目と頭の間 単行本
ピーター・メンデルサンド (著), 山本貴光 (その他), 細谷由依子 (翻訳)
フィルムアート社 (2015/6/27)

完全にしてやられました。本当にいい意味で。当初イメージしてた本と全く違う展開に笑らけてしまった。そしてガッチリ引き込まれます。

小説を読むことを前提にして書いていますが、ノンフィクションでも仕事やスポーツ・アートなど相対化すれば無数に接点を作れるぐらい面白いフックがたくさんあります。

時々僕自身が使う「無意識の意識化」の意識化をされたかんじです。
五感によって起こる脳の処理能力と想像力・柔軟性と言った可塑性の部分。これらがいかに読書によって刺激されているか。なるほどですよ全く。注意と集中と散漫のケミストリーと言っていいのかな。

そして大事な点はこれらレトリックの公開。少し表現を荒くすると「洗脳(=没頭)する方法」の公開とも言えるかも。僕はここれがこの本の大きな意義としての無意識の意識化なのではと終わりに差し掛かった時に頭をよぎったのでした。この逆転と言うか表と裏の関係を意識できたのはとても収穫だったかも。

いやー、2回3回読み直すべきだと思った本ですね。そしてノリは深夜、それもド深夜にやってそうな。
装丁の面白さが抜群なので是非手にとってください。あまりに興味がありすぎて原著をアマゾンでポチっとorderしてしまった。。。
あーーー罪な本!!思考するって面白い!!飲みながらならさらに幸せ!!

43冊目2015(229)

ソーシャルデザイン (アイデアインク) 単行本(ソフトカバー)
グリーンズ (編集)
朝日出版社 (2012/1/10)

何かが動き出す廻り出す時。ウキウキ感がありませんか?
その感覚がなぜ仕事やシステムやイベントに生かせないのかなって思いません?
そんな楽しい成功体験がたくさん載っています。「そんなの」と思うな馬鹿げたことから、「賢いな」と唸るものまで。
友人たちと飲みながら食べながら面白半分ででる「X&*%$したらおもろいやん!」的なノリ。それを実行に移せる人がどれだけ居るのかなって。それを移せた人たちの物語。

「あそび」がそれを作り出すのだと僕は感じました。
そしてただ「あそぶ」でなく「真剣にあそぶ」。これがこれからのコンセプトかもしれません。
本の中で出てきた「目の前の"what"でない深い部分の"why"という問い」というフレーズ。
前に読んだ「ヒップな生活革命」という本を思い出しました。むっちゃこの本と似てるんだけどちょっと違う。行き着くゴールは同じ、でも山の登り方が違う感じ。これから目指すべき社会の形がぼんやり浮かんできますよ!

問題を解決するためのソーシャルデザイン(better design for the greater good / 大きなよいことのためのデザイン)。深いwhyのために必要なちょっと変わった考え方。それを得るために何をすればいいのかな?

興味を持った人はこの問いを考えるアクションを起こすことだと思いますよ!

僕の場合はdrink first the think aboutというポリシーなので。。。

土曜日, 12月 26, 2015

42冊目2015(228)

ラノベのなかの現代日本 ポップ/ぼっち/ノスタルジア (講談社現代新書)
波戸岡 景太  (著)
講談社 (2013/6/18)

久々に入ってこない本でした。原因は分かっているのです。そう僕自身。
タイトルにある「ラノベ」こと「ライトノベル」が全くの守備範囲外・エアポケットだったので。
「涼宮ハルヒの憂鬱」がこれにあたるらしい。が、名前だけ知っていて全く内容が分からないんです。
僕が予想するに日本を離れた2005年から今に至るまで、ある意味での浦島太郎状態が今回の敗因です。しかし、考えることはとても多くありました。

僕の思春期(ここでは小学校後半から大学卒まで)見ていたサブカルチャーやオタクという存在があり、それを批評していた上の世代が居た。
今ラノベを書いているのはまさに僕と同じ世代で、書かれている作品は同世代を楽しませるのではなく思春期の若者へ。その若者が僕らの時代にはなかったネットやSNSというツールによって自分たちの世界自身も発信する。そこで起きるケミストリーにより生まれる若者文化。

2つの点
自分のが消費者で無くなり下の世代の消費行動に触れた。
サブカルチャーの形成過程が自分の経験則と変わっている。

これが分かってようやくぽつんと佇んでしまった自分の存在を理解できました。つまり変化に対応できてないんですね。今のオタクと僕の当時のオタクは字面の奥に広がる空間は違うのだと。

安直な言葉になるけど希望かと絶望とか日常とかスクールカーストとか。僕が理解するために落とし込んだラノベの世界観を理解するのに苦しむのは、理屈と肌感覚の差なのかもしれません。

村上春樹と村上龍の両氏の作品にも言及していてこのあたりは入ってくるのです。でも、彼らが現代を含めた上で描く世界への解説も入ってくるのです。
きっとそれは筆者らが消費した世界からの流れ(僕のそれも含まれる)が自然に投影されているからかもしれません。

今の若い世代が投影されたサブカルチャーの理解は今後その世代と一緒に仕事したりする中で不可欠な要素になりうるという。このようなことは戦後にもあったようです。しかも当時は世代に加えアメリカという存在もありましたし。そこで大事なのは自分の空間が下の空間に当てはるとは決して限らない、しかもその変化の速度がとても速くなっている。

断絶という遠くはなれたものを理解する大変さ。久々に頭をどつかれたようでした。
人の考え方とか国家間の文化とか言語とかの違いに寛容になろうとか言っていて、自国の世代間の断絶に絶望するとは。灯台下暗しでした。

あっ、そういえば今日はコンタクトしてなかった。。。




41冊目2015(227)

餃子の王将社長射殺事件 単行本
一橋 文哉  (著)
KADOKAWA/角川書店 (2014/11/28)

12月中ごろに少し新たな情報が出ましたが未だに色々と謎の多い未解決事件です。
ちなみにそのニュースと関連することはこの本の中で言及されていたと言うことは補足しておきます。

色んな視点でこの本は楽しめるかもしれません。
警察がどのように事件を捜査するのか。暴対法による闇社会の変化。中国マフィアの実情と中国の実態。無関係のようなニュースや事件の繋がり。などなど。

でも一番グッと引き込まれるのは「王将がどのように発展したか」だと思います。
マーケティング、ユニークなサービス、社員教育など参考になるような成功例が溢れています。
ただその反面、急激な成長と言うのは歪を生み「ブラック企業」といわれても仕方ない側面も多々読み取れました。
経営者側の熱と社員の熱。上に立つと言う意味と働くと言う意味。一見すれば普通な対を成すものなのですが「世代間の持つ考え方」が掛け合わさるとねじれが生じる。もちろん経営者も代替わりがあり、それによる世代間や個人の考え方の影響も反映される。
これらの齟齬の積み重ねが「ブラック企業」となり、今回の事件に繋がったのかもなど思ってしまいました。そして筆者はこれを「企業テロ」と括っています。

真相を読み解くには上に挙げた色んな視点から辿っていかないといけない。生きるということは同時にどう反応するか分からないプロッティングを知らず知らず埋め込んでいるのだと思い知らされました。
創業者自身から現在の「王将」という存在そのものが産んでしまった射殺事件かもしれません。

グローバル化は否応無しに世界のルールで迫ってきます。今回の場合は中国が関連国でしたが、TPPによってこの手の「ルールの主導権」問題は見えないところで起こるのかもしれませんね。

あと確実に言える事。途中で絶対に餃子が食べたくなります。。。

日曜日, 12月 20, 2015

内弁慶の泣き所

この前の日曜日に5 kmのfun runを走るという半年ぶりのちゃんとした運動をしました。
といっても5K。されど5K。
まだ左足一本で身体を持ち上げるだけの筋肉が戻ってないけど、目標が無いとグダグダするので思い切って登録したのが始まり。
結果は途中歩くことなく32分で完走できました(パチパチ!)。

フルマラソンは3回完走したし去年もハーフマラソンを走ったけど、この5Kは今までに経験した走るという行為から感じ得たもと違う、新たな感情をもたらしてくれました。

結構負けず嫌いの性分で、抜かれると追い越したり前に走ってる人を目標にして追い抜いたりしながら今までレースに参加してました。

それが今回。。。
追い抜かれても追い抜けない。筋肉無いからスピードでまへん。
目標を定めても追いつけない。筋肉無いからスピードでまへん。

むしろ。。。
完走することが目標と言い聞かせ。
歩かないという事が目標と言い聞かせ。
ランナーたちでも歩いてしまったりしんどそうな顔をしてる人を見ては「きっと何かあって、何かを決してこれに参加したしたのかな」などと感情移入してしまった。

今まで考えた事もない人それぞれの胸の内に思いを馳せる自分が居ました。
よくよく考えるとそんなの当たり前で何をするにも人それぞれの理由があるに決まっている。でもなぜか、色んな場面で「なにしてんねん」的な。「こんなんなるやったらやるなよ」とか。「うわーーー、無駄してるなーーー。」とか。思ってしまう人間でした。
やるならちゃんとせーよ!とか偉そうに上から思ってました。

初めて肉体と感情の完全な乖離を経験してからの5Kはそんな自分のしょうもない業をあぶりだしてくれました。

5 kmの道のりはなんともいえない道のりでした。けがの功名ではないですが、経験しないとわからないものです。来年はまたハーフに挑戦したいです。

追伸。まー、走った後のビールの旨いこと。。。

日曜日, 12月 06, 2015

m-1 2015

ネタの部分だけ観れました。以下率直に思ったことを少し。

・結構ダークなネタの設定が多かったような。それのせいでお客さんの空気が何度か重くなったようなkがした。
・その前後の関係で跳ねたり思ったより伸びなかったコンビもあったような。
・漫才の完成度やスタイルに加えて、いやそれ以上にお客さんの笑いの数と熱が採点に影響したのかなと僕は採点をまとめた表を見て思いました。

その日一番良かった組が優勝する。これはやっぱり変わらないんでしょう。その出来が何なのかが審査員9人の基準によってバラけるわけですし。ネタの後の審査員の方々のコメントを聞けたらまた感想は変わるかもしれませんしね。

決勝のネタ、僕はジャルジャルが好きだった。銀シャリには取って欲しかった。タイムマシーン3号は残ると思った。

トレンディーエンジェルさんおめでとう!

日曜日, 11月 29, 2015

値鳥

僕の敬愛する漫才師・千鳥をもじってこんなタイトルにしすみません。ノブさん・大悟さんごめんなさい!

ちょっとショックというか市場経済半端ないっす!

木曜日。アメリカはサンクスギビングと言うおっきな祝日で週末はその雰囲気を抱えたのんびり空間です。
その一方で、ここから1か月クリスマスに向けた商売戦争の始まりで、ブラックフライデー・サイバーマンデーといった商戦恐恐狂狂が始まります。

サンクスギビングにはターキーを食べます。
正月にはおせちを食べます。
おせちもいいけどカレーもね!

まぁ、鶏を消費します。そして今日日曜日。近所のスパーへ。まぁーーーーーー、鶏さん50%のタグまみれで。その横の牛さん豚さんの普通なこと。

人間の消費に振り回された動物の結末はこうも無残ですか。
鶏さんを敢えて購入です。彼らはこんなに虐げられるために生まれたわけではない。
僕の拙いキッチンで何とか「うめーーー!!」と食べることが唯一の報いだと。

ここで僕のこのページで出来る人たちへ。。。

おい!!!ベジタリアン・ビーガン!!
お前らなんでこのイベントに抵抗しないんだ!!
デモしろよ!!何千尾の鶏がくやしいチキンになって食されてんだぞ!!
お前らの出番ではないのか!!
私はベジタリアン・ビーガンだから食べないのおしゃれにワイン飲みながら両親と歓談してるのだろ。そこで両親を罵れよ!
はー、それはカルチャーだ!?
いまの君たちの行動もカルチャーなんだよ!!
だったらぶつかれ!!それが嫌なら偉そうにいうな!!

50%になった殺傷された鶏肉への愛情は、悪いけどおめーーらより上だよ!!!!
悔しかった食ってみろ。こんな高タンパクの美味しいだしの出る食材を。

はい、酔っ払いの勢いです。でも、議論がらるならオープンでやりましょう。
顔出し・素性出しオッケー!!

なんか、すっごい考えされられた食肉コーナーでした。
これこそ、献杯。。。