木曜日, 8月 20, 2015

狐に抓まれたら緑?赤?グリーーんだよ!!

わ!!!

ここ数日暑くて。ねー。そのせいで時刻表通りにすすまない。わかります。

で、で、で。

遅れてると思われるトレイン。ネットで常にいつ来るか観てました。

はい。はい。はいはい!!!

急にね、遅れてない前提で画面から消えたよ!!
知ってます。その状況をキャプチャー出来ないので何もかも捏造できるの。
でもね、消えた!
で、数分後にね。本来あるべき時刻表通りに列車きた!!

きたーーーー!!

ちゃうやん。その遅れてた云々。。。
まー。でも時刻表を信じた人が生き残り、ネットで安楽死ですよ。

はーーーー。でもね。これ健全!本来のタイムに戻すのがベスト。
ネットに何もギャランティーはないんというね。

わらけて。てくてく帰りますよ。

これが日本でなくてよったね。
これが休日でなくてなくてよかったね。
寛容でよかったね。

あほかのあほかをいうあほか。そのじてんであほのきわみじゃーー。

あーーーーーー。おもろいね。
おこるより楽しもう。

でも、trimetあかんでーーー笑

いま酔ってます。後に編集したら言及します!!8/20/17 12:23 am!!! NO max くるはずやってんでー

月曜日, 8月 17, 2015

ウエルカム!狭間。間。アメマー!!

家訓!!

非は認める勇気を持つ。
非を正直に認めたら受け入れる。
相手の事を思いやり、想像する。
周りと相手の状況を理解する。
過去にくよよくよするより、未来に希望を抱く。



これを提示されて反抗期ならごめんなさい。でも、みんなそうだよね!って言う道徳の教科書的な文言だとおもう。

ここからーーー。

天津の大爆発。みんなの反応。あれはね。あの爆発。ハリウッドみたい!想像が現実だ!
ピッか!閃光とともにキノコ雲。原子爆弾が落されたらあれよりもすごいんだね。それをした国と受けた国があって、時間が過ぎてるね。した国は明確に謝ってないのに、違うところから謝れって。
何を受け入れて。何に反論して。何か基準で。
周りとパワーバランスをよく見なよ!
でも正直に生きないと。嘘はダメだよ。
そんなの幻想さ。
じゃー、何が真実で誰が何を守るんだよ。
未来を見ようよ。
そんな状況で未来を見れるかよ。
人それぞれ立場があるから。
エンドレスの会話に。。。

鹿児島の川内原発。
節電の広告のないこの夏の電力需要。地元の経済。技術の維持。桜島の危険度。何も清算出来てない東京電力と福島第一原発。風評被害。決まった東京五輪。危機管理。
エンドレスの会話に。。。


家訓!!

非は認める勇気を持つ。
非を正直に認めたら受け入れる。
相手の事を思いやり、想像する。
周りと相手の状況を理解する。
過去にくよよくよするより、未来に希望を抱く。

これを提示されて反抗期ならごめんなさい。でもねーーー。


一つの答えをを導き出すために。。。
あらゆる当事者をなだめるために。。。
最適解を探して奔走するために。。。
しがらみで視界が不明瞭なために。。。

色んな意見を知ったうえで行動できるために!!
なんか、普通が普通でないところでごちゃついてるよね。

寛容。

寛容。

それをできなアカンYO!!
いいんDAよー!!

知らぬが仏。無知の知。これらは寛容の極限かも。
そうじゃない優知の輪。知るが神の領域的な。説法を受けてもええやん!
なぜなら。井の中の蛙なんですよ。
知らないことの方が圧倒的に多い!!

そうでないと言う人ほど。。。うーーん、よくしゃべる。ぼくもか!!

それこそ家訓の「周りと相手の状況を理解する。」を考えて。冷静に色んな事知らないやん。「知ってる!!」というあなたがいたら。
もうそれはどうぞ。はるかかなた。さかいくにとおる。ひっこしのさかい。さいやたいち。

世界のエアポッケトにようこそ。想像力と興味本位の渓谷へ。怪我してもええやん。体験しましょう。理想と現実の狭間と言う現実と理想を。

その前にある課題。もう一杯を早く訊きに来てくれ!!

炎上したら!?燃え上がれガンダム!!

up後にかなり編集しました。もう一杯頼んで。文書は難しい。8/17/2015 10:30 pm pacific timeもう編集はないです。。。たぶん。。。なは!

金曜日, 8月 14, 2015

印象は印象派。本質は興味本位から。

手元の電子辞書を開く。入力する言葉は

anniversary

僕の脳内のライブラリーにあるように「記念日」と言った語意が表示されるのは当たり前として、目に留まった字面。

毎年(anni)巡ってくる(vaese)

あー、言語は人間の感情と言う手垢を拭うと普遍性を持った存在なんだと。


8月15日である。
談話が出たり、ちょっと良くも悪くもキリットする日。
そんな日の3日まえのこと、職場の人との会話。
「8月15日がくるね。70年目だよと。」
そこで彼女は70年目の表現に「70th anniversary」を使った。
思わず笑いながら「それは勝ったからやな」。
アニバーサリーという持つ意味に敏感に面白おかしく反応してしまった。70年目を祝うのかいなと。

そこから落ちていった言語のエアポケット

連想される感情が単語には存在し、それを結構な頻度で意識せずに過ごしている。
そんな中で合われたanniversary。まれは眩いポジティブなイメージを持ったアニバーサリー。少なくとも僕には。そして多くの日本人にとって。
でも、会話の中で「10回忌」といった出来事にanniversaryをアニバーサリーとして使わないというEnglishの経験則に触れることが出来た。
それは純粋に毎年(anni)巡ってくる(vaese)なんだと。

これを知らずにこっちの紙面をみて70th anniversaryが目に飛び込むこと。
政府の談話のこっちの新聞社の翻訳に70th anniversaryと使われていたらということ。
日本政府の英語訳に70th anniversaryでない表現が使われていたらということ。

言語の息遣い。吐息を感じた面白い経験でした。
終戦記念日っていうのもよくよく考えるとねー。無意識の意識化。

やはり今日はアニバーサリーよりもanniversaryであることが英霊の方々への敬意でありつつ、国のために殉じた方々への敬意はanniversaryよりもアニバーサリーでありたいなと。

献杯!!(飲むんかい!!)

火曜日, 8月 04, 2015

やーーまだー!!って本気で葉っぱを咥えて言えるズラか?

漫画の世界、小説の世界、ドラマの世界が現実に追いつくことにワクワクする時があるとすれば、それはこれから始まる高校野球甲子園大会でしょう。

早実の清宮君でしたっけ(ごめんなさい、調べるとすぐ出てくるんでしょうけど、ちょっと面倒で。。。)。
高校一年生でスゴイ成績を残しているとか。
まるで、山田太郎じゃないですか。

ヌンチャク打法とかでyoutubeで話題になった埼玉の高校生。
まるで、殿馬一人じあゃないですか。

あと、むっちゃ足の速い高校生。ナイジェリアのお父さんとのハーフだとか(お母さんだったらごめんなさい)。
ハーフというかそういう外国人の気配。まるでクリーンハイスクールのフォアマンじゃないですか。
俊足といえば。まるで、いわき東の足利くんじゃないですか。

ドカベン的な尖がった個性的なキャラ。現実に。いいですね!
想像できる脳が現実に変えていく。それが人間の営みだとすれば。
甲子園はカオスですね!

なんか、ふと思ったのでした。
そんなアホなの前で立ち止まって、まぁ漫画からのこじつけですけどそんな遊びができた自分の想像力に。。。カオス!!まだ2杯目だぞ。。。

金曜日, 7月 31, 2015

水を含んだ砂上の楼閣

海岸を歩いている。浜に向かうほど足場はしっかりとしてくる。足にまとわり付く砂。数時間後、そのねっとりとした砂は乾き手によって払い落とされ、元々存在していたところからかけ離れた空間で過ごすことになる。

僕の住んでいるところは今とても人気で全米だけでなく日本を含めた世界から人が流入している。
それぞれの地区ごとに個性があり、それをベースとしてアパートの建設やレストランの入れ代わりなど競争が日に日に激化しているのを感じる。平行して確実に地価が上がっているのも皮膚感覚で分かる。

さて、それに伴って気になることが。最近とみに閉じられた店のスペースに次の入り手が見つかってない場所を見かける。アツイなどと言われているエリアでさえ。これに僕は恐れを抱く。

人気エリアだからクオリティーなど落とせばあっという間に評判が広がり閑古鳥。
上げた品質を下手に価格に反映させても、マーケティングとターゲティングを見誤ると閑古鳥。
そこに、店のレベル云々ではなく高額な家賃がのしかかる。
うまく経営できないが故の撤退。たとえ、良い店でも。
資金を持った良いクオリティーの店なんてそうそう出てくるものではないだろう。

ポートランドはここのジレンマを乗り越えないと弾けると踏んでいる。あと2年ぐらいかななんて予想したり!?
この都市に愛着があるが故に、空きテナントの脅威を畏れている。

住みやすさとはだれにとってなのか?哲学のような問いが10年過ごしたポートランドの人目の付かないところで頭を擡げている。
擡げすぎてこの週末はクソ暑いようだ。。。それは関係ない!!

水曜日, 7月 22, 2015

30冊目2015(216)

藤子不二雄論: FとAの方程式
米沢 嘉博 (著)
河出書房新社 (2014/3/6)

物心ついた頃の金曜日の食卓の記憶。リモコンのないレトロテレビがまだ幅を利かせていた時代の時から現在まで。水戸黄門ほどの型はなくとも安定感と言う名の印籠をお腹に張り付いたポケットに忍ばせるハットリ君。。。ではなく、ドラえもん。

僕はこのドラえもんを起点とした藤子不二雄をしか知らなかったわけで。

この本を手に取って人に歴史ありと言うか、ドラえもんが立っている地面の下で眠っている作品群の深さに正直驚嘆しかありませんでした。

作品は時代と読者と共に歳をとる。僕が藤子作品と歩んだ時間のスケールはあまりも小さく、僕よりも上の世代の方が思い入れが入ってる漫画家さんなのだと。
果たして、そんな話を両親を含め上の世代から聞いたことが無なっかた。聞かなかった僕もいるのでなんと言えない部分はあるが。言われてみれば白黒の怪物くんを観た記憶もあれば、僕が目にしたタッチとは少し違った”古さ”や”時代感”を纏った漫画のQ太郎・ハットリ君・パーマンを見た記憶も。
そう、売れたのが言うてしまえば最近なのだと。ある意味で、この売れ方との元々の読者のギャップが無知の原因だったのではと、ポジティブに考えてしまう。

FさんとAさん。アップルやグーグルの例にもれず、2人ペアなのだ。
そしてライバルであり戦友の存在が赤塚不二夫、石ノ森章太郎、つのだじろうと言った面々。でもって、師は手塚治虫。

お笑いの世界やサイエンスの世界でこの手の環境を基に弾けた分子を思い浮かべることできるので、ある種の方程式に容易に興味が進んでしまう。この本が僕にとっての面白味なのはその点かもしれない。

テレビと雑誌の需要。特に小学X生といった媒体。そこからコロコロコミックと言った流れ。時代性はあるけど、漫画と言う方法論にこだわった藤子不二雄・両氏に尊敬を。
ストーリーと絵の妙。ストーリだけでも大変だし、絵・画だけでも大変。そこにギャグや時代性を反映させ。SF的要素を混ぜたり。

器用貧乏の極地なのかもなんて。もちろん売れてはいたと思う。でもドラえもんと言う極の前を見る限りは、ある意味自由度のある好きなことをできる人生だったのかなって。
最大の贅沢が創作という。

だからこそ、ライバルや環境や師匠や時代性など。
僕の今は何なのか。そしてどう”したい”かなって。

風通しの良い生き方。良いとか悪いとかでない。通気性やフェアとか。
表現と想像の自由度を抱えて漂流したいですね。

この気持ち、お笑い漫画道場にでも通って極めるか。。。いや、でも笑点の大喜利も捨てがたい。。。
チャラーー、Yoshi OUT... いや、ホンマちょっとほくそ笑んだだけですやん。。。

火曜日, 7月 21, 2015

29冊目2015(215)

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ 単行本
吉川 浩満  (著)
朝日出版社 (2014/10/25)

進化が理不尽!?そんなアホな!

もしそれをアホとみるなら、僕たちはアホの上に成り立っています。

ふざけるな!進化とは。。。なんて聞こえてきそうですが、よく詳細を踏まえると進化と言う言葉の「後光の影響」がどれだけ僕たちを「レトリック」と「トリック」の狭間のブラックホールに誘導してるかを垣間見れます。

進化。それは進歩であり成長である。進む変化。字面をとるならそうです。その通り。
恐竜が絶滅したのは隕石が。。。そして寒冷化で。。。よく耳にする通説です。
さて、そこで「字面の進化」で生き延びた恐竜は居たのか。聞こえてきそうですが、そんな危機的状況で進化なんて。では、進化は何のために、何を見据えて起こるのか?

危機的状況で生き延びれた種。理不尽に耐えた種が「進化」のチケットを手に入れることが出来るのです。そもそも生き残った種は自分の”進化”などを意識することは毛頭ないのではないでしょうか。この前提から、ダーウィンの進化論や自然淘汰説のバックグラウンドを丁寧に紐解き当時の論争を辿っていきます。

最初の数章からここに入ると概念から詳細にシフトし小学校の歴史の教科書が高校生のそれに化けたように細かい部分を見ることになります。でも、そこが大事な気が僕にはします。

何か新しい事を始めるといううのはそういうことであり、当事者からみてはるか先に評価されるという事実が多く存在するから。そこに、頑なにこだわった一人の科学者。その頑なこそ理不尽であり、その理不尽さがまるで進化の象徴のようでした。
筋、頑固、譲れないとか、周りにもいたり自分もそんな面がある事にはあったり(僕は確実にその系統の人間ですが。。。)。でも、そのこだわりが学会や国や世界を動かすことに出会って、それを貫徹できるか?筆者にはこの物語の深さを感じたのでは。僕はそう感じてなりませんでした。

科学者として、根本として人間として。理不尽への向き合い方。
うまく生きるべきではあるが、うまく生きるとは何か。
理不尽には屈したくないが、戦うことは人生に何をもたらすのか。
理不尽な進化の上に生きる人間。その理不尽を受け止めてこれからまた起きるであろう次回の理不尽に思いを馳せてみませんか!?

僕の人生は理不尽な酒。いや、酒が理不尽なのだ。
酒を一切飲めなくなったら。。。スーパーサイヤ人になれるかも!?
こら、僕は自然に消滅だわさ。

28冊目2015(214)

渋滞学 (新潮選書) 単行本 
西成 活裕 (著)
新潮社 (2006/9/21)

現状には必ず理由がある。まさにこれを見せてもらった気がします。そして、大事な点はもう一つ。サイエンスは身近に存在するという事。

渋滞学。車の渋滞に関する話から始まりますが、行列を渋滞ととらえたり、遅いインターネット、飛行機や電車の遅延だってある意味で渋滞です。そして、人で溢れ返った状況で起きる事故は渋滞が原因となってるともいえるでしょう。

頼んだビールが来ない!なぜ?ガラガラの店内と超満員の中では後者は忙しいからと思うのが普通でしょう。その時、「結構店員さん居るのになぁー」と思ったとき。どこかに理由がある。そう捉えて観察する。そして「あいつ、仕事せんとずっとしゃべってるやんけ!あいつのせいや!」それを改善するためには。。。そう、こういった事をサイエンティフィック説明してくれているのです。これを踏まえてもらえると最初に述べた「サイエンスは身近に存在する」という言葉が現実味を帯びてくれると思います。

混むという原因。渋滞の理由。物理的に理由を付加することが出来る場合とそうは問屋が卸さない場合。人間の存在。現象に行動学や心理学が絡む。動物に当てはめるとケミストリーを踏まえての行動学になる、とくに昆虫など。インターネットに関してはテクノロジーとプログラムの妙。解は一つに求めれないんですね。それを思い描ける想像力を駆使して思いにふける。人間に与えられた特権。人間の営みの素敵さと愚かさからなる学問「渋滞学」ですね。

ハブ空港とかサーバーとかインターチェンジとか。集まること。地方とか一本道とか限定品とか。制限されるところ。便利と不便のエアポケット。渋滞学。面白かったです!

反面、僕たちの行動、とくに便利さ(当たり前に色んなものが時間通りに・頼んらすぐに・ボタンを押したらすぐに視界に現れてくれる。(多少の遅れはあったとしても。。。))を感じる場面ではこれらの学問のアウトプットで意識しないうちにその恩恵を享受していることを忘れてはいけないことを付け加えておきたいです。

さて、今研究しているプロジェクトに当てはめるべきなんですが、僕の頭が渋滞です。解消にビール。。。より問題を複雑化させているような。。。

金曜日, 7月 10, 2015

よゆう!余裕!?Yo, You!?予油!?

暑い日々が続くこの頃。友人と入った日本食店。メニューを眺め「あ!」と漏れる。

Cold Ramen

とある。ナイス!!このしばらく続く熱波に店も策を練ったのだろう。
即決オーダー。

しばしビールをすすり待つ。出てきたラーメン。確かにCold Ramenだ。。。けど!!



「冷やし中華」と翻訳した己のミス!
説明にあった具材だけ確認してスープの詳細を見落としていた己のミス。

いやはや、予断なのか油断なのか。翻訳と思い込みの妙です。
言語の奥深さを体感したのでした。

サブイわー。スープが!?

火曜日, 7月 07, 2015

鬼の首を取ったものの果たして鬼の首なのか

近日中に投稿しようとは思っていますが記録として。

W杯後、佐々木監督への風当たり厳しくないですか?なでしこジャパンの内輪的なもの(ネガティブっぽいもの)多くないですか?

敗軍の将だからそうなのかもしれないですが、準優勝ですよ。
ボロ負けしたから。なら結果が1-2での敗北とかPKでのことだったら同じように出てたのかなって。

そういったものはもちろん然るべき形で評価・判断されるべきだとは思います。

ただ、伝える側がなんか息巻いているようにしか僕には感じられません。
日本に到着するのは今日だと思いますが、これから出てくるかもしれない当事者の声にもっと耳を傾けたいです。

あえて、同じことはマクドナルドなどにも当てはまると思うので近日中に書きたいと思います。
約束しちゃったよー。

日曜日, 7月 05, 2015

非日常への招待状

どぅばつぃん!!!

と耳元ででっかい音が。サッカーの試合中走ってくる相手を止めに行こうとした時の出来事です。
その走ってきた相手におもいっきり足を蹴飛ばされたと思って振り向いた背中越し。無人のフィールド。
なんじゃこりゃ!?と走り出そうとした瞬間に駆け抜ける激痛。

走れねーよ!!

過去に色々と怪我はしてきました。でも今回「これはちょっとメガトン級なあれではないか。。。」瞬時に脳が反応します。

左足膝から下だけ異空間に解き放たれたように浮いているような感覚。右足に感じる体重と重力に踏みしめている地面。そして地面からの反発を感じる身体。それが左足にはない。

アキレス腱やっちゃったかな。

試合後、10年目にして初めてアメリカの医療のお世話になるべく病院へ。しかもemergency room。
どんなロストバージンやねん!

担当してくださったスポーツドクターの先生に状況を伝え診察してもらった結果、ご名答!
やったー!10ポイント獲得!ではなく、MRIを受ける権利を獲得!

医療チームの方々が非常に良い方々でMRIを受けることを勧めてくださいました。というのも一部繋がっている所があるみたいだから細かく綺麗な画像で確認した方が良いと。断裂が損傷か。数日後MRIを受け、その数日後にドクターと会うことに。

MRIの音。へたくそなバンドよりもロックンロールなサウンドでした。

で、診察結果はアキレス腱重度損傷でした。

はい、今松葉杖とギプスの生活なのです。これが不自由なのですが色々と教えてくれるのです。
日常が非日常になることの意味。なかなか味わい深いです。

こんな上り坂・下り坂が大変なのか。
松葉杖だとめがねが安定しなくて毎日コンタクトだな。
変なおっさんが来たら走って逃げようって、すぐ追いつかれるじゃなーか。
公共交通機関の充実に感謝。
なにをするにもいつもの1.5倍ぐらい時間かかるな。
松葉ちゃんじゃ両手ふさがって買い物にもいけねーよ。
などなど

日々発見です。日々高速松葉杖使いに変身中です。日々いつも通り飲んでます。
uncomfortableを楽しんでいます。
非日常を楽しんでます。
日常のありがたさを感じてます。

いい経験です!

トチ狂ったように腫れた足も徐々に元の美しさ!?を取り戻しつつあります。
時間はかかりますが、またサッカーボールを蹴り、波に乗り、遅刻だと走り階段を一段飛ばしでかけめぐり、いい気分で千鳥足を両足で体現できるように。
ぼちぼち行こうと思います。

なでしこジャパンの中にも怪我での苦しみを乗り越えて今日の決勝のピッチに立つ選手たちの存在を知っています。先輩!パワーを貰いにスポーツバーで応援します!
Go なでしこ!

水曜日, 6月 24, 2015

てっぺんに辿り着くために

女子ワールドカップもいよいよ終盤。

順調に勝ち上がっている代表。
日本での報道とか知りませんが、なんとなく大丈夫か的なイメージだったりするのかなとか。如何せん生で観たカメルーンが日本で辛勝と報道されていたり。変なギャップを感じるからです。
他国が点取りまくって圧勝した相手に1-0で勝ったりとか。もありましたし。

僕はなんか物凄い高度なチャレンジをしている気がするんです。それは優勝するために。
一試合の勝った負けたの積み重ねですが、初出場でとりあえず勝て!とかグループリーグ突破を目標にとかでなく、確実に目標は「連覇」のはずなんです。それなら、それを実行する戦い方があるはずだと。

緒戦のPK以外は試合の早い段階(10分以内)に点を決めている現状。これが作戦通りに実行できてたら凄くないですか!?

そんな目を持って僕は土曜日の対オーストラリア戦を楽しみにしようと思います。

そして準々決勝の組み合わせ。


FIFAのHPよりキャプチャーしました。
歴史に経済とか現在の国際政治とかを照らし合わせてなんともよく出来たマッチメイクやなと。
そういう意味でも楽しみ方は満載ですね!

GO なでしこ!!

日曜日, 6月 14, 2015

26-7冊目2015(212-13)

クリスマスには焼き魚にローソクを 単行本
中川 剛  (著)
幻冬舎 (2009/06)

寂しさの力 (新潮新書) 新書 
中森 明夫  (著)
新潮社 (2015/3/14)

一件似ても似つかないような2冊ですが大きな共通点を感じたので一緒に記録します。

剛さんの本は幼少期見てきた両親とくに父親について記したものです。約一世代僕より上とはいえ、育った環境これがパンチの効いているのなんの。僕らの世代では共感できる部分もかなりあるかもしれませんが、今の世代なら小説とか漫画でもイメージしがたいのでは。
ここで出てくる描写をみながら、中川家のネタの原型というか元が分かった気がしました。

中森さんの本は剛さんの本同様に自分の成長過程もありますが、そこから俗に言う成功者の生い立ちに迫っていきます。坂本竜馬・ヒトラー・ディズニーにスティーブ・ジョブスなど。そしてアイドルや哲学者まで。それぞれ中川家のような貧乏とは違うが性質的に似たある種の負の部分を抱えている。そしてそれを中森さんは「さみしさ」と言う言葉で表現した。

こういった環境が生きる糧・原動力となって、激しく駆動した結果が皆さんの知るところになる彼らの業績なのだと。でも、これが僕たちが目にしたしているようなプラスに機能するかしないかは別問題で、マイナスに向けば(ヒトラーはこちらかもしれません)犯罪などに向かってしまう。

今現在読み進めている本の中からその言葉を使わせてもらうと「理不尽」環境と運の化学反応によって生まれたある種の理不尽さによる結果なのでしょう。その理不尽な環境にどう生きたか。深く回想し考えてしまいました。今現在のように生きているということを。

個別に書くと、
剛さんの本:ダウンタウンのやってのけた事のすごさをまた感じました。何組の芸人が影響を受けてきたのか。まさか中川家もその一つだったとは。
中森さんの本:読書体験について最近考えることが増えたんですが、この中でも感じました。そして本棚という存在と可能性に。それを踏まえて電子書籍と紙の本についてあらたな視座をもらいました。あと完璧さを追求と欠点を含んでいるといことの大事さ。質と人気の狭間。おもしろいですね!

僕の生い立ちをまとめるとどうなるのかな?25歳以降は確実に「酒にまみれた人生。以上」で終わりやな。。。

木曜日, 6月 11, 2015

25冊目2015(211)

美味しんぼ 111 (ビッグコミックス) コミック
雁屋 哲  (著), 花咲 アキラ (イラスト)
小学館 (2014/12/10)

第110巻からの続きでここにその感想も載せました。基本的にはそこで記した感想と同じです。
読んだ本・その26(169)

だだ、この111巻には話題になった鼻血の回が含まれているということ。この件に関してなどを含め今回感じたものを記そうと思う。

魚介類や農作物のモニタリングによって検出される放射能の強さ。基準値以下でも消費者は買ってくれないと。もちろん食事に関しては内部被爆になるので、ここの判断があってよいと思うんです。
でも、放射能以外の食品添加物の存在などに気を配らないで放射能だけを槍玉に挙げるという態度は改めるべきなのでは?なんて僕は思います。

正しく恐れるという行動をとるためにすべきこととは何か?
そして、それを踏まえた上で各人が決めた行動は尊重しないといけない。
かつ何が出来るか考えること。福島は日本の一部にしないで受け入れること。

時間軸はリアルタイムと平行しているので2013年とかでこんなにも問題がまだあるのかという現実。そして、それを知らない人のほうが多い。
ツールが漫画であれ、この福島の真実というシリーズがあったことはとても意義があったと思います。

最後に、鼻血に関して。
この取材を通じて取材班(このシリーズに関わった人たちも)は何度も福島に入り、立ち入り禁止区域や福島第一原発敷地内にも入っている。そして末巻の資料にも双葉町民の健康被害に関してなされた調査報告の資料も載せている。ここで身体のだるさや鼻血などの症状の報告について触れている。
もちろんだから全てが真だとは言いません。でもこれらのことを踏まえたら鼻血の描写があっても何の差支えが無いと思うのは僕だけかなと。
報道した側・非難を向けた人たちはここの取材班並みに現地に入ったのって?
ここまでのプロセスを理解しないで、単に一つのことでワーワーいう。こういった態度1つ1つに復興が進まない現状や昨今議論されていることに対する反応が映し出されているのではなんて思ってしまいます。

僕自身震災以降日本に帰っていないしその空気感を肌で感じることは出来ていない。それは圧倒的な発言のウイークポイントであると思う。でも、それ知るために努力も何もしない日本に住んでいる人たちより何かを言うことは出来るんじゃないかなと。

これからも何らかの形で支援・関心を維持したいです。まずは日本酒でも買いに出かけよう。


りあ充ってやつ!?

ほとんどの本はアマゾンで買ってこっちに送ってます。
その履歴から興味深い本が出てきて、ついついカートに保存してしまいます。
あとはメディア等で取り上げられた本などからの派生。
そして、興味の湧いたモノに関連したキーワードの検索から。
こうやって買う本が絞られていきます。それで十分多岐にわたる本を選べてると。

先日こちらにある紀伊国屋書店に行きました。アマゾンで見かけた本や聞いたことある本などが並んでいます。
そんななかで何これって出会う本たち。僕の上記のサーチによってまず出会うことがないであろう本が現れます。そして手にとって「おもろそうやな」でお買い上げ。

それがこの投稿の前に書いた2冊(23-24冊目2015(209-210))なのです。

アマゾンで出会うランダムもあれば本屋に足を運んだ事で起きるランダム。
どちらが記憶に残るかとなるとやっぱり後者だろうと。
こういった原体験の大切さをまさに予想外のところから学んだ事実。

ちょっとニヤリって感じですね!こういったことがあるから人生はおもしろくなっていくだろうって。
元気でましたよ!
だから今日も飲みに出かけるのです!!言い訳やん!!

水曜日, 6月 10, 2015

23冊目2015(210)

春画に見る江戸老人の色事 (平凡社新書) 新書 
白倉 敬彦 (著)
平凡社 (2015/1/17)

タイトルが示唆するように春画を解説していきます。

そこでおもしろいのは春画はフィクションであると言う点。エロ小説みたいなものです。でも、小説には時代背景が色濃く反映するので解説が可能になるわけで。現代の子が20年ほど前の小説読んで「携帯電話使えばええのに。」と思うそれがミソ!みたいな。

読み進める中で変な描写だったリがあったりすのです。完全なエロを目的としているのなら萎えるような。
ストーリー性とかとは違った描写が。そこの解説がふーーんとは思うのですが、そういったものなんかないなと。
最後の解説をよんでなるほど納得!どちらかというと笑いのために使われたツールの一つであったと。
そこに描写される老爺や老婆の姿。なるほどと。
この点に関しては最後にしてやられた感じでとても勉強になりました。使用目的の理解。
どんな文化やトレンドにも大事です。

かといって全てが全てそうではなかったのも真理でしょう。
現代のエロビデオ。熟女ものや爺さんの男優さんもいるわけで。
読んでいる途中は現代のポルノはようやく昔に追いついた!?なんて思ってました。
規制と自由と時代とテクノロジーの相互作用ですね。そんな視点で色んな物事の歴史を辿ると違うレイヤーが引けるかも知れないと思いました。

最後に。この本が世に出たのは今年の1月。そして筆者は昨年10月に他界されていたのです。
その事実を知る前まで、文体がなんか上からというかドライだなと思っていたんです。
そう書いている筆者がここで描かれる老爺的立ち位置であり、自分を観て出てくる言葉もあったのだろうと。そうするとまた文体の謎も腑に落ちたのでした。

この読書体験はちょっと得がたいものなりました。筆者・白倉さんへ感謝です。そして、ご冥福を心からお祈りする次第です。献杯。

ってまだ今日は飲んでませんが。。。

日曜日, 6月 07, 2015

22冊目2015(209)

なぜ世界でいま、「ハゲ」がクールなのか (講談社+α新書) 新書
福本 容子 (著)
講談社 (2014/8/21)

僕は基本的にこういったモノの見方がたまらく好きなので楽しく読みました。ただアマゾンの星は低いです。敢えて言及。

僕は祖父も親父もその毛ではなく"気"のある家系なので、この問題のある意味当事者かもしれない。
まえまえから感じていた事、自分が当事者になったらこうありたいと思っていたことは間違っていなかったと思ったのが読後感です。

それは「ハゲを受け入れる」こと。

潔さって素敵であり、素直であることや受け入れることって良しとしません?それに比べて、往生際の悪さや無駄な抵抗と言った意地を張るのはイメージよくないでしょ。一般的にね。

お題は「ハゲ」なのですが、これは髪型とか服装とかといった外見の本質、それも物理的に制限のかけられた身体へ出来事に対しての向き合い方の指針と言っていいと思うのです。そう言った一般的な人が人をジャッジするという前提での。

誰しもよく見られたいし、格好良く振る舞いたいんです。
突きつけられるのは自分が思ってるイメージと世間の抱くイメージ・世間体ってやつと時代のトレンドとの差です。その狭間でどう振る舞うかの選択の問題なんだと。
そこに迷うからこそビジネスが発生するんです。本書に「髪の文化人類学」や「ハゲノミクス」と言った項が入ってることの意義です。僕はなるほど思いましたよ。

ハゲだ差別だとか言うのではなく、人間は老いるもの。経済はそんなことでもズカズカ儲けの種にすることを忘れないという前提で、「起きたことの中でかっこよく生きる」という術。ファッション誌の役割にも言及したり。その見方で言えば至極全うですよ。

P194に出てくる「失った機能を数えるな、残った機能を最大限に生かせ。」

これなんて納得そのもですよ。清潔とか前向きとか。そこに文化や宗教とか規則とかを知ったうえでの立ち居振る舞い。
人は素敵になれるんです。格好良く生きれるんです。小さいことでくよくよするな!
そして、そんなことでしょうもない評価を下さないカルチャーが本流となればいいね。
それが起きていると感じる現代。

最後は帯に書いている言葉を。。。

「潔い!!」

「もう一杯!!」

(6/8/2015少し修正しました。)

金曜日, 6月 05, 2015

リズムとリズミカルと音感のケミストリー

高校野球漫画の名作ドカベンに最近はまっています。
観ていた当時から好きだった登場人物、ずらずら殿馬ずら。
秘打・白鳥の湖が有名なように、音楽が彼にとってのキーワードになります。

ある回で打席に入った殿馬がいつものように投手のリズムを取ろうとした時に言った言葉
「こいつはリズムがバラバラずらよー。きっと音痴に違いないずら。」
他の回では
「やつの球は4拍子ずら」

おもろい!!ビビビと来ました。
スポーツにリズムはあってしかり。それ何拍子とかで表現する。なかなか面白い視点だなって。


先日TEDxの地元のイベントに参加しました。
どのトークも個性的で示唆に富みつつ感動と感激を与える。脳みそがくたくたになりました。

ある一人のスピーカー。彼はミュージシャンで自分の過去に受けた差別的な経験を歌にのせというよりリズムに乗せ歌いました。
ラップと言えばそれまでになってしまう。
僕にはもっともっとリズムと表現と言う深いモノを感じました。
表現の中にpolitical correctnessといったフレーズが入ってくる。そうですよね、だって彼の訴えや想いは難しいissueに対してですから。

でもそんな言葉をリズムに乗せるとすっと身体に入ってくるんです。
浪曲が昔は政治的演説としての役割を果たしのが腑に落ちます。
人に届けるためのメッセージが乗ったリズム。パワーを思い知りました。


漫才やトークにもリズムがあって、スポーツにも人に訴える言葉にもリズムを見いだせる。
サイエンスにリズムを。遺伝子・タンパクの流れにもリズムを。
いや、
サイエンスにリズムが。遺伝子・タンパクの流れにもリズムが。
そのビートを殿馬のように「4拍子ずら」とTEDのスピーカーのようなビートで伝えれたら。

聴覚と音楽の底力に唸らされたついこの頃でした。

今日のビールは少なくとも2-pintsのラップだぜ!!
cheers!!


火曜日, 5月 19, 2015

21冊目2015(208)

私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ) 新書
武田 徹  (著)
中央公論新社; 増補版 (2011/5/10)

ゴジラが生まれように鉄腕アトムが生まれように(2つとも本の中で出てきます)作家さんがいて演出家がいて台本に沿って(しかもハラハラドキドキのある)ものとして、今の現状は存在しているのと。

単純な政治的や経済的といった大枠の話でない、歴史の一つ一つきの機微が”原子”という名の付く原子力周りの軌道に沿っているように思えてなりません。

第二次世界大戦(大東亜戦争)はもちろんのこと高度経済成長や冷戦に大阪万博。地域格差に科学技術、エネルギー政策、安全保障も。政治家・企業家・科学者の思惑にいたるまで。
これだけ色んなところに侵食している以上、日常で生きる僕たちも知らず知らずに当事者になっている気付かない現実。

冒頭に書いたアトムやゴジラも原子力と関係し、各種映画・アニメで放射能は話題になる(北斗の拳も宇宙戦艦ヤマトも)。
インターネットは軍が開発したといったことは知っていたのですが、それは核攻撃時における通信網と関係してたなんて。

僕の場合は第二次大戦前の物理学の発展として各種原子の発見を「若き物理学徒たちのケンブリッジ: ノーベル賞29人 奇跡の研究所の物語 (新潮文庫)」で、震災後は「福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2」や「知ろうとすること。 (新潮文庫)」などを読んでいるためか、点が綺麗な線となってしまったのもあって、この本が読者として食い入るように読んでしまったのかもしれません。
そして本当にありえないような偶然が繋がっているとしか僕には思えない。

ところがここで量子論的な偶然を勘案すると「この偶然」も真なのかと。哲学・宗教的側面まで帯びさせることが可能なのかと。

都構想もそうですがゼロサムで議論しているうちは本質ではないのでしょうかね。

この本が福島第一原発事故の前に書かれていたこと、そして新書となって事故後にもう一度出版されたこと。読後にこの2つの事実だけでも十分考えるに値します。
手にとって時代を感じ、今の現実と今後について思いを馳せて欲しいです。


ここからは感じたことを。
よく東北地方や新潟の原発を踏まえて都心への電力供給地と揶揄したり。それを考えると江戸時代の石高という制度はなんともよく出来たものなかと。米が国力を示す指標であり通貨的な役割もになっていた。都市部の反映と農村部の米の取れ高。つまりは先ほど揶揄していた地域は電力ではなく米を供給し、それは過疎とかいった言葉でない大きな強い地域だった。
時代もあったでしょう。でも何か大きな視点を獲た気がします。そして日本の国サイズというのは一つ大きなキーワードになるとも。

勉強になりました!!

結果から学ぶ

結果は結果として受け止めないといけませんが感想としては一言、

残念。

開票後に出たデータも踏まえて少し記しておこうと思います。

この写真

http://www.asahi.com/articles/ASH5L3CGXH5LPTIL00J.htmlより

地域差で票割れたという。アメリカの大統領選挙のようで斬新でした。区の割り方も影響したのでしょう。あと住民の年齢層なども。
資本的なもの(大阪駅とか)があるエリアの区、将来北区となるところだったところの賛成の数。
そしてそれ以外になるのかな。

それ以外の区へ。無いから作れる。一から自分たちでデザインできる。といったゼロからイチを生み出すことに戸惑った。つまり生み出されたイチを百まで守りたい、なのでしょうか。

あと世代間の票。若い人たちは賛成票が多かった。でも70歳以上と言った上の世代は反対多数。


http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1840548.htmlより

上も変化の話と呼応するでしょう。ただ投票率が70%近かったのは評価すべきことだと思う。

加えて経済効果の試算が1つから2桁賛成派と反対派で違う。嘘ついてるとか分からないとか言う人が多かったとも。反対派で一億円ぐらいという試算。


これらを踏まえて。大阪がどんどん力が落ちているそれをどうするかのための案としての都構想だった。つまり現状を打破することに意味があった。でも多くの人がそれを拒んだ。ってことはどんどん落ちぶれていいんだって。反対派がほとんど対案を出さなかったようだし。

残念。

実は学ぶべきは東北の被災地の復興の現状でしょう。地震・津波・放射能である意味無に帰したとから作り上げる。色々な成功体験をしている地域がある。
印象に残っているのは、津田大介さんのメルマガ「メディアの現場」のvol.159の「だれのための復興なのか?小名浜と女川町、それぞれの4年」の中で女川町の都市計画に関するくだり

津田:その柔軟さも女川の町づくり計画に欠かせないものだと思っていて、ま
ず計画に関わる人たちが若いんですよね。これは女川FRKを呼びかけた高橋さん
の鶴の一声で決まったもので、当時還暦だった高橋さんが「60代は口を出すな。
50代は口を出してもいいけど手は出すな」と言ったらしくて。これから町がで
きあがるのに最低10年、その町づくりを評価されるまでにはさらに10年かかる
と考えたとき、いまの50代60代には責任が取れないからだということでしたが、
なかなかできることじゃないですよ。(メルマガより転載)

現状に投じるのではなく未来に投じて欲しかった。上の世代の人たちに。
と言っても変化によってただでさえ生活の不安がある上の世代、景気の影響もあったでしょう。でも、あえて動いてくれればと内心思っては居ました。

経済効果にしても1億円でも出ればええやん。マイナスじゃないねんから。要は都構想をすれば最低一億円の経済効果とそれによって生まれるメリット。僕はこのマイナスじゃないっていうのに意味があって、反対派は「一億円しかないんですよ、でも僕らが考える都構想に変わる政策では○○億円です」って言うのが筋でしょって思うねんけど。。。

親だって子供に「なんでイヤやの?」「なんで行きたくないの?」って理由を聞くのにね。
しかし、これは自分の意思を投じる行動であるので強制はできない。この際には通じる「嫌なものはイヤ」。民主主義の風圧を僕自身初めて感じた気がしました。

両親の投票行動や感想など聞いた時、これは無理だなとは思いました。
政策でも人気でも人柄でも勝てないんです。まんべなく秀でないと勝てないですね。

とてもとても感じることが多かったです。
でも、一点。曇りなく思っていること。生まれ育った大好きな大阪にはいい意味で目立ってて欲しい。ずっと。

金曜日, 5月 15, 2015

王手リスタート due to update

以下はヤフージャパンのヤフーニュースから元記事が削除されたら嫌だなと思って文章をコピーして残していたものの転載です。こうやって一度ネット海に出たモノは残っていくのかと言う当事者性と共に。。。
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将棋電王戦」最終局はソフト側21手で電撃投了、3勝2敗でプロ棋士が勝ち越し
マイナビニュース 4月11日(土)11時56分配信

「将棋電王戦」最終局はソフト側21手で電撃投了、3勝2敗でプロ棋士が勝ち越し
写真: マイナビニュース
5人のプロ将棋棋士がコンピュータ将棋ソフトと団体戦で戦う「将棋電王戦FINAL」の第5局・阿久津主税八段 対 AWAKEの対局が11日、東京・将棋会館にて行われた。

【もっとほかの写真をみる】

第5局は10時49分、「第2回将棋電王トーナメント」第1位の将棋ソフト・AWAKEが、21手で投了し、両陣営勝ち越しをかけた第5局は阿久津八段が勝利。「将棋電王戦FINAL」はプロ棋士が3勝2敗で勝ち越す結果となった。将棋は、先手の阿久津八段は、序盤で角交換四間飛車と呼ばれる形に進めたが、そこからあえて自陣に隙をつくって角を打たせる特殊な作戦を選択。その直後にコンピュータ将棋ソフトAWAKEが21手で投了するというハプニングが発生し、対局開始から1時間も経たずに終局となった。消費時間は阿久津八段が13分、 AWAKEが30分。

AWAKEは「将棋電王戦FINAL」出場に先立って、アマチュアと対戦する企画に出場していたが、その際本局と同じ展開から敗れており、第5局でも同じ形を阿久津八段が採用するかどうか注目が集まっていた。AWAKEの開発者・巨瀬亮一氏は、アマチュア対戦企画の敗戦と同じ形に進んだら投了すると決めており、開発者の意思として投了を選択したという。

終局後の会見で阿久津八段は「(AWAKEの弱点は)ソフトを貸し出してもらって3日目か4日目ぐらいに気づきました。(特殊な作戦について)普段やらない形なので葛藤もありましたが、一番勝ちやすい形を選ぼうと思いました。(団体戦勝利については)素直にうれしいという感じではないですが、とりあえずはよかったなと」と振り返り、巨瀬氏は「△2八角と打ってしまったら▲2六香と上がられたところで投了しようと決めていた。アマチュアが指した形なのでプロが指してくるかどうかはわからないと思っていた。こうした穴があるのは、しかたがないところもある。最初から勝ちにはそれほどこだわっていなかった」「アマチュアが先に指した手なので、プロは指してこない可能性もあると思った」と語っている。

なお、第5局および「将棋電王戦FINAL」の記者会見は、本日18:00より行われるという。
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さらにネットの力を借りた話。このニュースから遡ること2か月ほど前だったと思う。情熱大陸でこの電王戦を素材とした回があって興味深くみました。
そこではヒトはマシンに負けた現実。

こんな感じでは書きたくないが浮かんだのがこれだからね。
コンピューターか勘ピューターか。
どんなマンパワーをも凌駕するアウトプットを生み出すコンピューター。決められたルールーに沿って。そこに正確なシュミレーションを加える。最適解も付加する。
その実践の電王戦。

それで勝ってきたコンピューターのこのチョンボ。
これをどう捉えれるか。
「ははは、ざまーみろ」なのか「こんな弱点があるのか」と思うか「そう来たか」「その発想はなかった」「想定外」「想定内」。。。


人間味ってなんだ??
融通ってなんだ??
愛嬌ってなんだ??

不確実性・不確定性・カオス
完璧を目指すが完璧は難しい。だからこそ臨機応変と言ったゆらぎとかバッファーといったものの価値。

ハイテクを使うことはそのシステムに取り込まれた世界で生きるという現実。そんな取り込まれた世界から脱出したいと求めれば求めるほど囲われている現実。それに身を委ね最小限で生きることが最大の抵抗である現代。
そんななかで、取り込まれない唯一の方法を取り込む側のコンピューター・テクノロジーがちょろってボロを出したこの出来事。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」
うまい!!確かに!!でも。。。
「すぐに踊らず、止まる馬鹿。じっくり見る馬鹿、悩む馬鹿。馬鹿できないこの阿保踊り」
なーーんてね。

使いたいとか思わないけど使われるのもねってバランスで生きたいなと思った記事でしてた。

よーやくまとめれた。。。そこでフリーズするなよな。。。

賛否両論

小泉郵政・政権交代の時のような風のイベントになっていない。凪というかイケイケドンドンといった感じでなく進んでいるのがいいですね。

まぁ、その地に足を置いてないので何ともいえないのですが。

賛成してます。

今読んでる本にもあるんですが、色んな偶然の中で決まっていくことってあると思うんです。でも一部熱狂として進んでいく側面がある。
両論どっちやねん!両派から出てくる数値もちゃうし。

だからこそ留まる。だからこそ進む。ねー。
そっちのマインドがいいのか?

議論されている構図を眺める似たようなものが多いような。以前から指摘されていたりとか。

その時々に即したものに変えることが出来るような体質になるべきだと思うから。
そして、失敗から学べる社会や空気にもっとなるべきだと思うし。

それを踏まえて、僕は後者のマインドがよいのでは。
だから僕は賛成していますと記しておきたいと思います。

はてさて何について言ってるのかね。

木曜日, 5月 07, 2015

20冊目2015(207)

日本のセックス (双葉文庫) 文庫
樋口 毅宏  (著)
双葉社 (2012/11/15)

今年最初の小説です。はい、はまって3-4時間で読んでもうた。
内容はそらタイトルにあるようなものガッツリです。

僕はどんなAVが出てるのかよくチェックします。そこら辺の人より観てると思います。デビューも早かったし。
何を赤裸々に語っているんだと思いますが、久々に帰った2010年に酔って友人と入ったエロビデコーナー。ジャンルと言うか種類と言うか。もう、痒いところに手が届く。ニッチ。
いやー、ちょっと酔いました。酔ってるのに。
確実に嗜好と言うものが反映されてます。リーチするために。でも、その嗜好は個人で楽しむうちは良いんです。でもでも、SNSとかいう時代だしねー。

この小説はその辺の擽りが堪らなかった。バームクーヘンのように切り取った出来事は当事者性の要素を十二分に持つきがしてなりません。

普通の新書や単行本だとこんなにいっぱい種類を楽しめない。小説と言う空間の凄さ。
ごちそうさまでした。

人は人の事を100%知れない。だけ知ろうと努力し話し想い関わる。でも、’100%に近似はできても100%にはなれない。知らないとか気付かないとか。僕は。あなたは。周りは。

タモリ論で知った樋口さん。なんとたくさんのスパイスの効いたフィクションを。それを買い手に取った日。
おもろいでんなー。

アメリカとセックス。米と性。蒸れ蒸れでわ。。。あほか!

19冊目2015(206)

電通の正体―マスコミ最大のタブー 単行本
『週刊金曜日』取材班 (著)
金曜日; 増補版 (2006/09)

いつ買ってどれぐらい塩漬けになってたのか。以前に苫米地さんの電通に関する本を読んだの2冊目です(2012年7月)。
この本は結構細かい点で「ほー!」「へー!」ってのが多くあり、ちょっと面白かったです。でもある意味で想定できる範囲内というか。

やっぱり実体験として接するか当事者に聞かない限りはユニコーンのような存在でしかないんだろうと言うのが結論ですね。

思うのはインターネットが無い時代。SNSが無い時代。この会社の持つネットワークは協力だったんだろうなと。それは今も強力かもしれないけど、確実にそんな業界のルールを知らない人たちが業界の知らないところで繋がる時代であること。そして、そこにどう割って入るのか考えているのか違う先手があるのかを知りえないからこそ覗きたくなるんです。

それを踏まえて規模の経済と言うか、常に先頭集団にいることの貴重性を思います。
しがみついてでも。

電通の正体。
千と千尋の神隠し。
よく分からんけど浮かんだのでした。

いつか交わるのかな。。。なんやこの表現!!

18冊目2015(205)

デザイン思考が世界を変える (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 文庫
ティム・ブラウン  (著), Tim Brown (著), 千葉 敏生 (翻訳)
早川書房 (2014/5/10)

こんなに書くのが憂鬱な本は初めてです。なぜなら、付箋の山になったから。
三日間の講習会に参加したような気分の本でした。
しこたま脳みそに刺激貰いました。

きっと考え方・行動様式や日常の隅々までに「デザイン」という言葉を埋め込んだことが発明なのだと思う。

人間工学とかグローバルデザインとか。人間・ヒトの接点を持ち込んだり含ませたり。
それをそれで終わらせない。
なんだろう究極の緩衝材(バッファー)だと思う。
このコメントは受けて側。

どちらかと言うと読んでいて、この緩衝材を与えるような思考や仕事をしている自分にぞくぞくと。至る所に響くコメント・フレーズが。ワクワクして読むとガツンとくる。
そんなところでそんなアプローチしてたの。そこにその発想なかった。
悔しかったり、羨ましかったり。

いかに自分の知らないだけで見渡せば人が悩み・苦しみ発想したものに出会えるか。
それを無意識で過ごすか、意識して過ごすか。
ここがポイント、意識して過ごそうと観察できるか。
この観察の芽を与えてくれるでしょう。その芽が多すぎて雑草のように付箋が付いたのかなって。

この本の情報、映画・マトリックスみたいに脳内にダウンロードしたい。
つまり、読後をデザインできてない。。。あかんやん。。。

水曜日, 4月 29, 2015

眺めていたある街の景色の向こう側

統計的なものを踏まえて書くともっといいのかもしれないけど、単純に色んな点が線になったので記してみようと思う。

こちらに来て思ったことは「車椅子の人をかなりの確率で見かける」。バスや路面電車などでも。
1) その人たちへの公共交通機関の設備が揃っている。
2) ある意味でそういった人たちでも積極的に外へ出かけれる土壌がある。
3) 車椅子(電動の新しいものから従来の型まで)の価格が高くない、あるいは補助金等で安く買える。
などなど考えていました。

今日ふと。そういえば若い人って基本的に見ないなと。

職場的が病院エリアなので敷地内では見かけるのですが、スーパーマーケットや交通機関に街角だとある程度の年齢層以上の人が大半な気がする。

ではなぜ。
この人たちはひょっとして朝鮮・ベトナム・湾岸戦争等で負傷した方々なのでは?
軍と言う職に従事していた以上、精神的にも肉体的にもタフであると勘案すると、街に出かけること生活を全うすることは当然可能であるのでは?

年齢層も上手く当てはまる。
地上戦から空中戦にある程度移行する過程で負傷者の種類も変わってくる。

完全な自己的な考察に過ぎないのですが、悪くない仮説なのではと思ったので。
でも、そうなるとちょっと考えてしまいますね。この方たちの負傷の上に今がある。接し方とか考えるべきですよね。

金曜日, 4月 24, 2015

17冊目2015(204)

私が弁護士になるまで (文春文庫) 文庫
菊間 千乃 (著)
文藝春秋 (2015/1/5)

菊間さん弁護士になってたんやー。
めざましテレビの朝のレポーターのイメージが強く、ビルからの転落事故から復帰なさった辺りまでの記憶しかなく、その後言われてみれば消えたに近かった。こうなられていたんですね。

タイトルにあるように、ちょっと司法試験の合格への道に詳しくなります。
僕自身は予備校時代の二年間、特に二浪目を思い出しました。

興味深く読んだのは「すべての思考は記憶力に始まる」という箇所。
学習指導要領が変わった時、ゆとり教育になった時、言われたのが考える力などといった詰め込み教育からの離別。僕は必ずしも詰め込みは悪くないと思う派です。

大人になってリテラシーが付いてからだと、暗記が詰め込みとは違うのを理解した前提で向き合えますが、子供には大人でも高度なことを押し付けても?と思います。
詰め込んだ上でそれを上手く繋げれる授業を出来る先生が居れば鬼に金棒。でも、何も無いのに考えろと言うのもねー。
小さい時に覚えたこと(覚えさせられたことも込みで)って結構覚えてると思うんですよ。

ここでのポイントは覚えたことを理解し他のものとリンクさせ自由に引き出せるということ。
思考のために覚えておかないとどうしようもないことをどう残すか。
そういったことをちょっと考えさせられました。

司法関係にお世話になったことが無いのでちょっと当事者性を持てないので、実際に法律に真剣に向き合う機会が来た際、この本の記憶が蘇れば素敵だなと。
とりあえず、かかわりの深い酒税は少し勉強しようかな、飲みながら。。。あほか!!

水曜日, 4月 08, 2015

意識の無意識化

新しい寝床に移って4か月。
最近前に比べてノイズが減ったなって。
移った当初、生活音にうるさいなって。
でも、今思うと前の住処はハイウェイの傍でもっとうるさいと言えばうるさい。

そこでハッと。
ノイズキャンセリング!
環境に慣れるというのは無駄を意識しないようになるプロセス。
だって日常なんて情報で溢れている。リテラシーとかいって、その取捨選択を日々してる。意識してるだけでそれだけあるなかで、いかに日々無意識があるか。

でも再三ここで無意識の意識化と言ったことを書いている自分が居るので、なんか新鮮でやられたような。パラメーターとかチューニングできてこそ見える世界。

環境を変えると微妙に変わるその設定。
最近感じるなんか前と違うケミストリーはそれなのかも。
マインドセットって変えてみるものですね。

引っ越ししてよかったって思ってます。寝床だけを変えてその他は特に変わらない。
面白い経験です。
それを変わらないあの飲み屋で書く。
くぅーーーー、明日もぼちぼちいきましょう!

金曜日, 4月 03, 2015

16冊目2015(203)

知の考古学
ミシェル・フーコー (著), 慎改 康之 (翻訳)
河出書房新社 (2012/9/5)

ようやく読み終えました。読み切るまで8か月ぐらいかかりました。気合いを入れて読み始め挫折して、他の本に浮気する。これを何回繰り返したことか。
難解でした。文章が頭に入ってこないんですよ。でも所々でビビビと来る。その刺激のおかげで今年の初めに出た論文の構想は生まれました。思い入れのある本ですね。でも難しいよ。
そもそも、訳こそあれ、俗にいう原著です。フーコーを研究している人が居る中でフーコーをサクサク読めたら天才ですよ。そう、世界が違う。哲学には興味を持ち始めましたが、その分厚さにシバキ上げられました。暴力ではなく知で。

前置きが長くなりました。これから述べることはひょっとすると全く持って間違った解釈が入っているかもしれません。僕の自己解釈の部分があります。ただ、僕がビビビときた箇所から導き出して総説の構想に行きついた経緯を最後の解説から鑑みるとあながち間違いでもないかもと言うのが本音。という前提でつらつら記していきます。

僕たちが疑う余地もないような言説とか言表(言葉・語・概念が示したり意味したりする事)を深く掘り下げます。どういった性質や規則性があるのかなど。
今使われれていることよりも本質的な部分を詰めていきます。
XXXの病気に効く薬のもつ本来の作用機構とか構造とかを観ていく。
なぜなら「病気に効く」が歴史や生活の中に浸透してしまって、そもそもの意味を意識しなくてもよくなっている現実があるから。効くし!うまいもんはうまい的な。
パソコンって普通に使っているけどメモリーとかCPUとか「そもそも」系を厳密に理解してます?みたいな。

連続性。つまりは歴史的なこと。既知と言うか馴染んでること。意識しない事。当たり前とか常識とか。
それらよりもそれ自身、本質的なことに着目してこそ見えるもの。それらを並べて見えてくるもの。バイアスのない即したもの。
そこから見える世界。可能性。気付くこと。感じること。
「XXXって言われてる」ではなく「YYYの可能性も!?」みたいな
飲み会的フレーズ「実のところ」「敢えて言うと」「逆に」「実際の話」「みんな気付いてないけど」「俺だけかな思ってるの」なんぼでも出てくるわ!

今を生きるからこそ、過去をベースに存在する。見た目に今の自己と同時に存在するものは同等的になる。でもそれのベースを辿ってみる。
その行為をフーコーさんは「考古学」としたのかなと。
こう書くと「そうや!」となるんですがこの行為を厳密に正確に、いや適当にでも僕らは日々実行しているのか。

洗剤は油汚れをとるけどどんなメカニズムで!?証明済みだから存在する。
ビールは酵母の発酵によって。でもその厳密な違いは?酒と焼酎とワインとビールの違いは?

そして、僕は事実を並べることで本質的な問題点が見えてくると信じたんです。ただただそれ自身の持つ「過去に論文としてちゃんと世に出ている」情報を羅列することで。
後にそのビッグデータを分析する可能性をこの本が与えてくれました。そして、なぜか出来る確証を持ったんで方針を決めた自分が居たのです!フーコーさん!

僕の総説の評価は今後どこかで個人やチームやメディアや業界や集合知でされるでしょう。でも、それも現時点で考古学の対象としてあってほしい。「XXXだから」ではなく一つの存在として。

サイエンスと哲学ってリンクしますよ。とくに基礎研究に身を置くと。だからこそこれからも知の巨人と話していきたいですね。

こんな僕。。。かっこよくない!?まじで!!!もう一杯飲んじゃう!!!
ダメだこりゃ。。。



火曜日, 3月 31, 2015

おもてなしのおもいやり

日本代表。監督が変わって2試合。なんかいい感じのようです。一喜一憂せずに見守りたいです。

2015/03/27の試合相手。2-0で勝った試合相手。

チュニジア。

テロがあったチュニジア。日本人を含む21人が犠牲になりました。29日には犠牲者の追悼デモがあってイタリアやフランスの首相が参加されたようです。

日本語のgoogleのニュースで「チュニジア」と検索するとテロ関連のニュースが、日本語のyahooのニュースで「チュニジア」を入れるとサッカーの話題が。

試合前に何か黙祷的なものがあったのか分からないけど、その国から足を運んでくれたチュニジアの選手たち。
震災後に日本代表が出かけた時はどうだったかな。
規模とか自然災害とか色々状況は違うだろうけど、そういった所から伝えるメディアがあってもいいのかな。あるのかな。でも、表に出ないのかな。yahooのサーチがマジョリティーかな。

ふと、思ったので記録しておきます。
日本は4月1日ですが、この思いはウソではないですよ。。。

金曜日, 3月 27, 2015

15冊目2015(202)

まずいラーメン屋はどこへ消えた?「椅子取りゲーム社会」で生き残る方法 (小学館101新書)
岩崎 夏海  (著)
小学館 (2013/6/3)

この本。書きだしたらつらつら書けます。でも本質はそうでない。
つまりは考えされる部分が多いんですよ。

特に生き方とか起業とか、あえていう個人事業主には。
つまりは生きる術で悩んでいる可能性が高いから。

就職活動で言う、自己分析の究極系です。
誰に何を伝えたい、自分が何をしたい。その手の。
ただこの書で言うのは、誰とか何とかの見極めです。あなたの見極めは浅いんじゃない?だから、悩むんだよと。気付きなさいと。

ここではそれをマーケティングとイノベーションで説明します。
そんなん知ってるよ。特に目新しくないよ、ばーーーか!

それが今さっき述べた「あなたの見極めは浅いんじゃない?」につながります。
発見や発明は見つける・気付くから意味があって、あったものを「なぞる」ことで知ってるように語っても意味ないんです。飲み会で意気揚々と語る以外は。
社会・ビジネス・競争は生き残らないと何も語れないんです。だからこそ、その何を考えるの!?そのモノの見方がたくさん載ってます。

ちょとね、僕も考えないとと思いましたよ。成功者から学ばないと。本当のターゲットはだれか。ちょっとずれてるぐらい!?

まー、いつも酒のターゲットに会ってる僕は何から逃れるからですけどね。。。

月曜日, 3月 23, 2015

8181!48ra1!!

おーーい、おっさん!
なんだかなんだな。

おーーーい、おっさん!?
もうそんなじきけ?

ははは、わいわい、ぐるぐる、まわるまわる、そんな日常。
そんな中で、おぬしはどうじゃーーー!?

嫉妬妬み、お前できるやつ、そして腹立つ、のりのり、岩ノリがっちり。

あーーー、もう!!
理不尽、マウンテン富士!!

ありがとうござんすーsusussus--

やっぱり楽しいおまなんなーXXXごんくさい!!

>追記 3/23/15 at 1 pm
昨日ウルフルズ再結成を追いかけた情熱大陸を見て、なんか意味もなくそれっぽい歌詞を酔っ払いの勢いで書いたのでした。。。
にしても意味不明やな。。。笑

木曜日, 3月 19, 2015

節目

米朝師匠がお亡くなりなりました。

僕の理解では、上方落語の復興・発展に尽力されてたくさんのお弟子さんを輩出され、上方演芸に多大な影響を与えた米朝師匠。

ご冥福をお祈りします。

これから大変ですが踏ん張ってくださいね、ざこば師匠。


去年から本当に昭和といううより一時代を築いた方たちが旅立たれていくように思います。
それがある意味で新しい時代への変遷なのかもしれないです。
そして新しい世代とは、当事者たちが評価するのではなく後世。今の若い世代がその存在を表現していくんでしょうか。

回想でき回想されるような渦の中でごにょごにょ生きれたら贅沢なんでしょうね。あつ意味でおもしろい世界。僕も住みたいです。


月曜日, 3月 16, 2015

14冊目2015(201)

知ろうとすること。 (新潮文庫) 文庫
早野 龍五 (著), 糸井 重里  (著)
新潮社 (2014/9/27)

本音と建前。そら、僕も使ったことあります。みなさんはどうですか?
それが回る世界と回らない世界があるのも真実。
では、回らない世界で使う建前とは?

読み手によって糸井さん側と早野さん側に分かれて対談を追うことになるのではないでしょうか。漫才で言うボケが好きかツッコミが好きかと同じように。
人としてと専門家として。こう対比すると糸井さんが前者で早野さんが後者に捉えるのがこの本の内容的にしっくりくる構図でしょう。でも時に早野さんの方が人間的で、糸井さんが専門的なことを理解した振る舞いを取るような描写がこの本の醍醐味かもしれません。

糸井さんが本書の最初の文で発する言葉
「でも、何か騒ぎが起こって、科学的な意見と非科学的な意見が飛び交って、その騒ぎの中で自分が大切な判断をしなければいけないような事態になったら、必ず科学的に正しい側に立ちたい。」

この本はこの命題をいろんな方法で調理して読者にアクセスできるようにするプロセスとも言うのでしょうか。

その科学的に正しい事実を提供する人とは。最初に述べた、本音と建前が回らない世界で本音を話話す人についていけますか?
その辺の人として専門家として、それを信じる信じないの振り幅を、福島原子力災害を考えたり当事者に抱えれる人(日本人とは限定できない多きさと地域間の齟齬を悲しいかな踏まえて)に届いてほしい本です。

この一つ前に読んだ本(STAP細胞に関する)の後だけに響きすぎた面はあると思います。でも、その本の読後に感じたモヤモヤをクリアにしてしてくれるほどの早野先生の言葉と行動に僕自身も気を引き締め進みたい(”進むべく”ではない)道を確認できた事に喜びを噛みしめるだけです。
最近手に取るもの(本だけでなく色々なモノ、経験や行動も含め)に何か線を感じることが多いです。その線が途絶えないようにしたいですね。

この本、ぜひ手に取ってください。
http://www.1101.com/shiroutosurukoto/
もし少しでも放射能に不安があるなら。不安を増幅することだけは無いと思います。不安の増幅は不安に不明瞭な不安が刺激を与えることによって生まれるから。

読んでほしい人がたくさんいる。酔っぱらったらみんなに配りそう。宣伝部長やりますよ笑

brainのブラインド

先週からday light saving time(サマータイム)が始まって時計の針を1時間早めました。その日は7時からの予定は前日の6時に集合みたいな。僕も過去にこの過ちでインドアサッカーの試合終了後に意気揚々と現れました。

***

今年は驚くぐらい天気がよくい日が多くもうこちらの桜は満開です。気候もよく春を感じる毎日です。あっ、もう桜が葉桜になってるやん!昨日も、あー知らん間に日が長くなってきたなと。季節の移ろいを感じます。

***

はてさて、ここで2つの事実が完全にリンクできてない馬鹿な脳みその話です。

もちろん日が長くなっているのは当然なのですが、ふと気付くぐらいに長くなったのは当然サマータイムが始まったせいです。そんなの1週間前に意識し行動し始めているのに、見た目の現象に普遍であると思っている時計を見て「おーー!変わった!」。傍から見ると馬鹿げた話です。

でも、こんな風に脳内で感じている2つの事実を結び付けれていない出来事って案外多いのでは?シナプスの結合。昨日このトラップに気付いて思ったのです。
普遍的なものの変化。法関係とか規則に習慣とか。実際にアナウンスされて変わる事実に気付いても、その変化を実体験として意識するまでに要する時間って結構ラグがあったり。

そして、この2点を繋げる事が出来てから見える世界はまた違うだろうし、大きなグレーが含まれているような気がしたのでした。
脳の勘違い。それを補正する意識。視覚や聴覚ではない理屈的なものの理解。第六感の原点はこんな所にあるのかも。なーーーんて。

第七感(セブンセシズ)を開花ささせるために、今日も飲むか?君はコスモを感じたことはあるか!?
それは二日酔いやねーー。

金曜日, 3月 13, 2015

13冊目2015(200)

捏造の科学者 STAP細胞事件 単行本
須田 桃子 (著)
文藝春秋 (2015/1/7)

感じること・考えること・響くことといった感情に訴えかけるものと、ある意味で当事者性をもって自分にフィードバックしながら読む自分。
自分にとっては相当にヘビーな本でした。

縮図

これにつきます。
性善説と性悪説。
あるべき人として・科学者としてと、組織の人として・生きるための人として。
理想と現実。
どうありたいか、どう見られたいか、どういきたいか。

葛藤ですよね。
人は疑うし距離を取れる反面、無垢の信頼をもってしまう。
ある意味での脆さとど厚かましさですね。

この本の中でかなり見える世界はあるんですが、全く見えない世界があるんです。
小保方さん自身の胸の内。
ハーバードのバカンティ教授の胸の内。
そしてここが核心だと。

以前のエントリーにも書いたし友人にも言ったことがあるんですが、本当にサイエンスコミュニティー・世の中・世界を納得させたいなら、GoPro付けて実験してyoutubeに出したらいいと思うんです。
「あります」とか言葉でなく。ケツと筋を通さないと。それがPhDという貰った責務でしょ。関わった人には思惑があるでしょう。でも当人が本当に自信があるなら。そしてサイエンスが好きなら。

最近professionalなのとjob, hobbyという立ち位置を考えます。どれが一番フェアなのか。逆説的にフェアであるべき仕事とは何なのか?

この本もある意味で論文みたいなものです。
現実の科学者はデータにはフェアであるからこそ、ディスカッション(考察)で持論を展開できる。これが醍醐味でありたい。そしてもちろんデータを得た時の感動にも。

小保方氏の側に立つわけではなく、すべてが完全な虚構では無いのでは!?というのが読後感です。それを検証する委員会であってほしいし、それを訴える科学者であってほしい。そして、そうありたい。そのためには身を粉にする。それぐらい情熱をもってしたい。それがサイエンスであってほしい。

言葉がまとまら無いのが本音です。思う部分が多くて。僕も道半ばということです。背筋を正しながらも、遊び心を忘れずに。

200冊目と言う節目。乾杯!!飲むんかい!!

3月14日追記
一つ書き忘れ。アメリカでこの騒動が本になって出版されているか調べたけど、僕のサーチでは全くヒットなし。騒動は日本だけの内輪なものだったのかもしれないと思ったりも。

火曜日, 3月 10, 2015

翼の回転数

僕の働いてるエリアには病院が多数あるため頻繁にドクターヘリの発着を見ることができる。

時にヘリの風圧を感じることも。一刻一刻を争う生死の狭間をヘリの爆音を聞きながら深く考えたのは今日が初めてかもしれない。

ヘリは医療現場ではヒローとなり報道現場では悪となる。同じ爆音を出しながら。
バス停で今着陸しようとするヘリを眺めながら両者の意義に戸惑いながら立ちすくんだ。

4年目の3月11日。

もう4年ですか?まだ4年ですか?
この問いにも立ち尽くすしかない自分がいる。

今年も精一杯生きようと思う。1時間半ほど早いが献杯。

火曜日, 3月 03, 2015

12冊目2015(199)

青春の上方落語 (NHK出版新書 422) 新書 笑福亭 鶴瓶 (著), 桂 南光 (著), 桂 文珍 (著), 桂 ざこば (著), 桂 福團治 (著), 笑福亭 仁鶴 (著), 小佐田 定雄 (編集)
NHK出版 (2013/12/6)

謎が解けました。と言うよりも、無意識が意識になる気付きですね。
僕は過去噺家さんや芸人さんの生い立ちや生き方・考え方を知るのが好きで、その手の話題になると食い入るようにトーク番組を観ていました。そして、ここ数年書物としても手に取るようになったのです。
なんでこんなにそそられるのか?好奇心がわくのか?いまいち根本的な回答はなく、芸人さんの生き方に興味があるという、自分のお笑い好きから派生した深入り的に思っていました。

自分が今のサイエンスを仕事として始めるようになって、人とのつながりやテーマ・プロジェクトのタイミング、競争相手や協力者など良くも悪くも深い人間模様と時代の変化に接する機会を得ています。その中で僕はとてもワクワク子供のように喜怒哀楽と好奇心をもって生きているのが現状で、当事者や傍観者として贅沢な時間を過ごしているのです。

そう、やってることは違えどきっと芸事の世界も似ているんですね。師匠との出会い。先輩や後輩の存在に、時代の機微などなど。どこか共鳴していてなにかを感じたかったんですよ。そして、それはスポーツにも言えること。
果たして、僕自身小学校から高校までのバスケ、大学時代のラクロス、アメリカに来てからのインドアサッカーとサーフィンなど振り返れば出会いとかタイミングに彩られた、苦くも甘くもある思い出なんですね。

さてようやく本書の内容ですが、さすがの師匠方ですよ。出会いや引きの強さや強運など。そしてそれ以上に苦悩し苦労した時代も含め。
そういった生き方に興味のある人はニヤニヤしながら読めますよ。

そして絶対に言えること。みなさん真剣に落語にと生き方に向き合っているからこそです。
さて僕は。。。drink first, then think about...

土曜日, 2月 28, 2015

10,11冊目2015(197,198)

一度、死んでみましたが 単行本(ソフトカバー)
神足 裕司 (著)
集英社 (2013/12/13)

歌に私は泣くだらう: 妻・河野裕子 闘病の十年 (新潮文庫) 文庫
永田 和宏 (著)
新潮社 (2014/12/22)

本来一冊ごとでコメントを付加できるだけの重みのある2冊をたまたまた連続性をもって読めた事実。これに対して誠実に答えるなら2冊の感想で記録すべきだと。

死と生

誰もがさまざまな角度から関連性をもって無意識と意識の狭間で葛藤する課題でしょう。
前著は死から生を得た状況に。
後著は死に向かって進む生を。

どこか交差するようでしない。でも葛藤は共有する。当人とそれを取り巻く親族・知人を含めた。

そして両当事者とも表現者であるという接点。
死から生還し、文章を残すことで生をそして自己を変化を葛藤を表現する。
死に向かい、短歌を残すことで生との接点を求め遺す作業。
それらを汲み取れる周りの存在があってのことで、だからこそ書物として残ってはいるのですが、果たして自分がそのような状況で何にすがるのか。

読書の底辺または少し空的な所に存在する命題に目を向けるか向けないか。
僕はどうしてもそっちに気が向いて脳みそに重く響く2冊になりました。

生命はタフだか精神はもろい。生命は精神に寄与し、精神は生命に関与する。
メビウスのリングのようなパラドクス。これが生きるという事。
偶然に連続性を持てたこと。その後に起きたサプライズ。人生は豊かでかつ残酷な寄せ付けない存在。だからこそ探究すうという。
釈迦の掌は大き過ぎます。

何杯目?4杯目!そのまま掌で寝そべっていてください。。。

火曜日, 2月 24, 2015

9冊目2015(196)

工学部ヒラノ教授と七人の天才 単行本
今野浩  (著)
青土社 (2013/3/22)

去年のテレビドラマ・ガリレオシリーズのキャッチコピー「天才、変人、再び。」
まさしくそれを地でいくようなエピソード。として読まれがちになりそうですが、そっち側の人間からすると腑に落ちる点がそこらじゅうに。この辺の業界感を知るにはいいと思います。

とはいっても、工学・数理と生命科学ではまた微妙に違うのでその辺の比較が当事者にも面白く読めました。あと学内・学閥ポリティクス。体験してしてない僕には面白くそしてちょっと恐ろしく、お化けをみるかんじですね。でもこれも知らないと大変なのかも。

工学・エンジニアと数学の交差が医学・応用系と基礎研究の交差を見つめる上で参考になり、なぜ経済学をやるには数学が居るのかもなるほどと。他人の芝は青く見えますね!自分がこれらの勉強を避けてきたことへの後悔を痛感しました。

そして、やはり魅力的な研究者が昔は多いなとも。抜きん出た才能って今は出にくいのかな。ハングリー精神というものが如何に活力になるかの例もここにあったので、やはり現代はいい意味でも悪い意味でも豊かなんですね。数学的な経済的な工学的な考え方・モノの見方。そしてそれらの繋がりようは一つ前に読んだ本と共になにか今後の研究に楔を入れられたような気がします。いつかはっと気付けるように。

おわりにもありますが現代から見ると当時は牧歌的な空気があるように見えますね。もちろん当時の現場はそう思わないとなるでしょうが。それだけ現代の研究・アカデミアというものが激しい生存競争になっている証左なのかもしれません。そして、この手の稼業がやっぱり僕は好きなので何とかレジズトしたいです。むこうはどう思っているか知りませんが。。。

日曜日, 2月 22, 2015

8冊目2015(195)

森の力 植物生態学者の理論と実践 (講談社現代新書) 新書
宮脇 昭 (著)
講談社 (2013/4/18)

今あなたが見ている風景はその地の原風景ですか??
問いかけとしてはこんなかんじでしょうか。

地域開発などで日々変わりゆく景観。それは現代の最新技術を駆使した設計で彩られたもの。これなら。などと思うニンゲン。
しかしこのニンゲンは知っている。如何に自然の前では無力であることを。
地震やハリケーンや火山活動などでグーの音も出ないほどに。
ニンゲンと同じように自然も自然に負けるのか?
何を酔っ払いのコメントのように言っているのか?僕は至って真面目である。
その自然をどこまで評価しているのか?と言う問いをこの本は提示してくれたから。

あのおっさんは酔うとケタケタ笑いだし、グラスをまわしゲーゲーゲップをしながら真面目な話をしたかと思うと下ネタを発し、メールですまぬと詫びてしらっと言う「断片は覚えてる。家帰ってカップヌードルを食べていた。」
それは彼の自然な振る舞いで、本来な振る舞い。で、仲良くなれば織り込み済み(であってほしい。。。)のである。しかし、知らない人には面食らうであろう。それは知らないから。でも彼は言う、僕は僕だ!

あの森やあの景色。気付けはそこにあったもの。だけど。。。!?

いかに、人為的なものを原風景だと思っていることを知るでしょう。そしてそのクレームの対象がクレームを付けようもない過去であること。張りぼてだった真実。
でもあえていうとそれは真であり、僕たちの生活には必要だった。
では、ニンゲンって何??
またー!大げさな!を打破する論拠が実際に震災での実績で証明されているからこれが重い。

歴史と科学。地産地消の地に住み、住みやすさを享受する。果たしてその歴史は本当の歴史なのか?

長く強く負けずに存在するもの。案外灯台下暗しwith 知識暗しなんですよ。

自身の研究について少し考える種をまいてくれた気がします。そして、根拠のない何かが芽生えた気もします。個人的にはとてもいいタイミングで読めました。酒ばっかり飲んで枯れないようにしないと。。。

7冊目2015(194)

日本開国 (アメリカがペリー艦隊を派遣した本当の理由) 単行本
渡辺惣樹  (著)
草思社 (2009/11/25)

歴史の教科書から試験で点数を取るために覚えた出来事。
日本史と世界史はもちろんリンクした事象なのですが、どうも別のカラムで流れで覚えてている。なぜなら点でしか覚えてないから。
しかし、歴史である以上線であって関連している。一見無関係な点も大きな影響や引き金だったり。
そして、今知ってる事実は実はその点を正確に紡ぐことで変わってしまう。

ベリーが開国を求めたのは捕鯨船の停泊や燃料補給のためというのうのは。。。実は!!

その歴史の機微が焼き鳥のように事象が串になって美味しく味わえます。その味の深いこと。

身近な話で言うと現在の生活地であるアメリカ西海岸の歴史というのが意味深く、先日訪れたサンフランシスコの存在意義とそれを含むカリフォルニアを巡るメキシコとの戦い。オレゴンと言う土地。
日本の開国に関連した地に今いる日本を離れた日本人がそれを知るのがアメリカで読んだ日本から取り寄せた本。太平洋!!!って感じですねー。

細かい点を付加すると、アヘン戦争とアメリカのアイビーリーグ、シーボルトと国家機密、イギリス・アメリカのアジアへのアプローチ、漢学・蘭学・日本語と英語を絡めた知識知人の語学力、などなど。中国・日本・アメリカの政治的距離感はずーーーーっと変化しつつも解体できないんだなと変に腑に落ちました。

昨今の中東情勢から感じいる、歴史を吸収しないと今の世界を正確に観れないなと痛感。
酔っぱらってるお前に何が見れる!?ビアメニューonly...

金曜日, 2月 13, 2015

6冊目2015(193)

スローカーブを、もう一球 (角川文庫) 文庫
山際 淳司  (著)
KADOKAWA/角川書店; 改版 (2012/6/22)

スポーツをすると言ってもプロからアマチュア、さらには初心者まで。でも、それに取り組む行為の発端は気分が乗る乗らないにせよ自発的にしか起こらないのでないだろうか。
その自発性が自主的、定期的、本格的、競技的と勾配がかかって最初に述べたようなカテゴライズに落ち着いていくのでは。

そんなスポーツに取り組む人たちのドラマが当事者性を持つかのように描写されたのが本書です。
そのドラマはプロ野球やワールドカップ・オリンピックと言った大舞台をイメージしたならそれはスポーツにコミット出来てないんじゃない!?と言わんばかりに変化球が投じられてきます。

高校野球(甲子園とその予選)、ボート、ボクシング、ファームのピッチャー、スカッシュ、棒高跳び。唯一のプロの話は江夏の21球。

「これだけ揃えたらどこかに共感できるだろう」なーんて思っているのら是非読むべきでしょう。何かに熱中したことは誰にでもあるはず。そんな高揚をもって読めばなんか切なくでも愛おしく感じる自分・回想する自分がいるはずです。

文庫本の背面に「人生がゲームのようなものなのか、ゲームが人生の縮図なのか...」とあります。そう、この本のように各人の行うスポーツ。マラソン、サッカー、草野球、ゴルフ、テニスにボーリングも入れようか。思い考え動く個人のケミストリー。
その化学変化に関与しませんか?ってこれを読んだ時点で関与してるんですよ!!
はい、ヨッパライ!万歳!

日曜日, 2月 08, 2015

5冊目2015(192)

イスラム国 テロリストが国家をつくる時 単行本
Loretta Napoleoni (原著), 村井 章子 (翻訳), 池上 彰
文藝春秋 (2015/1/7)

ちょっと頭をガーンと叩かれたような感じです。自称イスラム国を名乗る彼の地域を支配している人たちがどういう人なのか、分かりやすく解説しあります。僕にはそれと同時に色々な事を考えさせられる本でもありました。

正当性。つまりは歴史。ユダヤ人にとってのイスラエルと相対化することでそれが見えてきます。これが竹島・尖閣・北方領土と違うのは宗教が絡むからでしょう。どこを基準にするのか?これは僕らの過ごす社会でも起こりうる。

そして麻痺の恐怖というもの。中東って僕が生まれてこの方ずっといざこざがあるわけで、空爆だ侵略やテロやら。30年以上もこんなん続いたらどうなるか?その現地の人の当事者やあの地域の空気感の欠如が一番危険だなと。そしてそれを考えてから読む空気は変わりました。

これらの要素のために状況的に常に失業や貧困が起こる。笑ゥせぇるすまんの喪黒福造ではないですがココロノスキマがある。そこに言ってしまえば企業のようなマーケティングとリサーチで練りに練った戦略的方法でその隙間にアプローチする。
だれにリーチする。ストーリー性。ロイヤリティー。これらによって隙間が埋まり共感と熱狂が生まれる。
民主党に期待した時、あるいは小泉政権と同じような構図でしょう。

武装集団といった人たちを何年間も根絶させようとしてできなかった。中途半端で終わってしまったツケによって今の状況がある。

そう、この集団は現代が生んだ鬼の子なのだと。僕たちはどう向き合っていくのか?そして絶対的な価値感って何なのだろう?
教育の重要性を感じましたね。そして道徳や倫理と言うものの果たす役割も。

読む価値が十分あります。ガーンと叩かれすぎて頭が。。。それは単なる二日酔いでは??

水曜日, 2月 04, 2015

汲み取る・感じる

先日ですが一時の話題を掻っ攫った「the interview」を観て来ました。

友人評はイマイチとの事だったのですが、僕自身の感想は良く出来ている!でした。
細かいあの国の内情を調べて描写していたと思います。そのバックグラウンドがないと飲み込めない部分があるのかもしれませんね。


ここからが今回の本題なのかもしれません。
前出の友人は俳優さんの演技に関しての感想が大部分を占めていました。アカデミー賞といった賞がある以上、目がそこに行くのは仕方ないかもしれませんね。
数週間前僕が好きな映画(邦画)への批評をしている動画をyoutubeで観ました。演技やストーリーといった部分に関してたくさんの批評をしていました。

上記のそれらはそれで間違っていないのかもしれない。でも僕は違うと思うのです。
監督が何かを伝えたくて作品にするわけですから、その監督の「メッセージ」に対して批評をすべきだと思うのです。上の2つにはその事が全くなかった。

インタビューで言えばおそらく「無能なボスを持つ悲劇」なのでしょう。それを表現するにはかの国はぴったりです。でも、裏返しにいえばレイムダックとなったオバマへの痛烈なメッセージと僕には取れたのです。
ストーリーの良し悪しや演者の出来不出来云々はメッセージを伝えるための手段に過ぎないサブカルチャーには当時の社会状況が色濃く反映されるのもです。だからこそそれに対しての議論をすることが作り手への敬意となるもの僕は考えます。そして今回思いました。

たまに映画を観るのは良いですね!
それでは、さよなら、さよなら、さよなら。

月曜日, 1月 26, 2015

つらつらつらつら書いてみる

・ 先日仕事終わりに行きつけに行くとえらくにぎわっていた。みんなオバマ大統領の一般教書演説を聴きに来ていたのだ。椅子に座ってテレビをみていた。あるフレーズに反応したりとなかなか面白い空間だった。夜の時間にそれを観にバーに集まれる国民。いい国ではないか。これがアメリカの強さなのかもしれないと思った。ど昼間に首相の演説をして、みんなそれが今日あったと言う事実だけを知るどこぞの島国。今年は首相の演説はなく、それを要求しなかった野党への批判が云々。国民が聞きたい意思がないからだよね。なめられたもんだよ。

・ その演説の中で僕が盛んに耳にしたフレーズ。china。貿易関係・経済関係の話でとても出てきたこの国。日本のニュースではISISに対して強い姿勢を云々という記事。それは終盤で語られていたけど僕が聞いたchina!china!に比べたら。一部抜粋がメイントピックのようになっちゃうね。見出しは中身を全部あらわすものではないけど、見出しは大事だからね。人の興味・関心をひくから。東スポさんはなんて見出しつけたのかな!?

・ この前友人宅でたこ焼きをした。蛸のかわりにチーズを入れたのを作った。蛸自身もチーズ自身もそれは独特な風味を持っている。両者とも動物性タンパク質。焼きあがったたこ焼きの風味の違いの大きいこと。蛸は食感から旨みへと変わっていくといった2段階。反面、チーズの方は溶けるので濃厚なスープが入っていることになるのだが重い獣臭とでもいうのか。悪くないんだけど、なんか動物っすってなるですね。イカを入れたら中間のような気も。この味の質というが、たこ焼きのたこ焼きたる所以なのかもしれない。

・ 引越しして約1ヶ月。生活の形態が分かってきた。今の部屋だから出来ることは前の部屋ではやりにくかった、でも前の部屋でのルーティーンが今の部屋では出来ない。環境を変えるとは行動様式を変える、意識が変わる、で結果生活が変わるのか。ふむふむって感じで。以前出来たことをどこで時間を見つけて今のスタイルに組み込むか。あと数ヶ月かかりそうだねー。


金曜日, 1月 23, 2015

4冊目2015(191)

空港まで1時間は遠すぎる!?―現代「空港アクセス鉄道」事情 (交通新聞社新書)
谷川 一巳 (著)
交通新聞社 (2013/08)

タイトルの通り空港へのアクセスに関する本です。日本各地にある空港に関して書かれてますが、かなりのページ(一番最初の項)が成田空港に関して割かれています。最初はえらい割くなとあまり納得いってなかったのですが、読後なるほどと思いました。

ある意味で日本の空の歴史は成田の歴史なのかもしれません。
海外旅行なんてする人が圧倒的に少ない、かつ飛行機さえそんなに需要がなかった時代。そこから現代の格安航空にグローバルとか言われる現代。
それにあわせて成田にどうやっていくか?という命題に運賃と速さに利便性が追いついて行ったんですね。

それを踏まえて近年新たに出来る空港への鉄道網、特に都心部のものはそれらの課題を踏まえて作られているからどこぞの牛丼のように安く・便利・速いんです。

都市計画とか言われている昨今、その方法論を考えさせられたような気がします。
既存の街また新規開拓にもよるとは思いますが、「新規の最新の都市計画に基づく街で再生する」のか「工夫を凝らした方法でリフォーム的な都市計画で再生する」のか。
成田の歴史は後者なんです。そうせざるを得なかった。
根本的には空港の立地と都市規模に完全に左右されるんですよね。確かに成田は不便なのかもしれないでもその視点と時代背景を無視して話すのは違うのかなと。
そうなると羽田国際化はなるべくしてだったんでしょうね。

もう少し海外の事例(アメリカ・ヨーロッパ)を多く入れて欲しかった。そうすると人の移動という概念まで掘り下げれたような気もします。なんとなくですが。

この手の議論は奥が深いなと、そして旅に出たくなりますね!!ダーツでも投げるか。。。

火曜日, 1月 13, 2015

3冊目2015(190)

とまらない (新潮新書)
三浦 知良 (著)
新潮社 (2014/3/15)

友人が貸してくれた敬愛するカズさんの本。

ちょっと表現に困るぐらいに、発する言葉の意味・状況・経緯などが深く深淵で。思いのままに書いてみます。

好きこそ見える世界。
好きなことをやっている責任。
向上心。
成長。
チャレンジ。
経験から感じること。
現在を相対化できる。
過去を消化できる。
未来を創りたい。楽しみたい。
生き生き。
サッカー・スポーツ・人生。

サッカーを通じて思いの丈を綴っているんですが、経験や体験に裏打ちされた考察と分析と対応策と葛藤と責任といった「カズ味」が溢れ出て響くんですよ。
常にフラットに自分ととらえて人へのリスペクトを忘れない。

一言で言ってしまえば「かっこいい生き方!!」っす。可能な限り僕も真似したい!

借りた本なので残った言葉を引用させてください。
「ブラジルで最初は「ジャポネーゼ」とバカにされた僕が、やがて「カズ、バカ野郎」と野次られたときは時は感慨深かった」
「結果を認める、責任も負う。でも謝るのは少し違う」
「松井大輔選手がフランスで活躍し始めた頃語ってた「MFでいくらうまくても、決定的なことができないとこの先の階段は登れない。10ゴール、10アシスト、数字で示さないと」」
「(ザッケーローに前日本代表監督の言葉)「成功は約束されてないが、成長は(本人次第で)約束される。」
「(これは要約)英語の成績全然やったけど、コミュニケーションのやり方を経験で身に付けて普通に振る舞える。言葉をたくさん知るだけでは足りない。溶け込む!」
「(今の若手に対して自分がブラジルのプロの世界で育った経験から)周りは助けてくれない、を人生の基本に考えてしまう」
「(期限付き移籍の選手が「喉って来れるように頑張ります」と言ったことに対して)「頼むから戻らねいでくれ、と言われるように頑張るんだよ」」

人生の厚みには苦悩と挫折、そして成功とがうまくケミストリーを起こさないといけないんですね、きっと。仏教的フレーズの深さをまた体感です。

カズさん!!帰ったら遠目からでも見える場所に会いに行きますから!
かっこよく生きる。もう一杯迷う僕は中途半端の不恰好。。。

金曜日, 1月 09, 2015

アングル

僕の前のテーブルで女子会5人組
横のテーブルで誕生日を祝ってテキーラ飲んでる6人組
僕は一人はさみ将棋な状況で。
おもしろい!
でも、僕のニットは。。。
このギャップが筆を運びます。

これは記録・記憶として。

バスやMAX・streetcarに乗るとやっぱり大多数がスマホいじり倒してます。気持ちよさそうに。。。おっと!!

で、まぁ、写真のアングルがスマホ仕様で縦になったよねって。
デジカメは横ワイドで、状況で縦。
でもスマホで撮る写真はまず縦でしょ。
それって視界の変化の気がします。
ぼくは好きではないですが。。。

記録と記憶で。。。

ニット。。。どこ。。。

2冊目2015(189)

ヒップな生活革命 ideaink 
佐久間 裕美子 (著)
朝日出版社 (2014/9/18)

こう言った書き方はどうかと思うが、読むべくして手に取ったとしか言えない本でした。年末に日本の本を扱う店の店頭に並んでいて「ふーーむ!?」と思った矢先に、購読している津田大介さんのメルマガで筆者との対談が収録されている回を読む。
どちらが先でも後でも成り立たないタイミングによって手にした本。読みごたえ抜群でした。

僕の住む街・ポートランドが本の中で紹介されているから例の書店で並んでいたという訳なのですが、ここ数年のこの街の注目度を立ち止まって考える上でとてもよかったです。カラクリを知るうえで。。。

キーワードとして「サステイナブル」や「地産地消」とか「住みやすさ」やら「サードウエーブ」「クラフトブーム」「オーガニック」やら。

これはおそらく3つの視点で分解できるなと。因数分解!
1) 資本主義の行き詰まり
2) 情報とは!?:アクセスビリティーと発信するメソッド
3) リバイバル

厳密に言ってここで紹介されているライフスタイルと言うのはNEWではない!ということです。単に原点回帰です。昔は地産地消だし、クラフトと言うか自分で作っていたし、究極のオーガニックであり物々交換のトレイサビリティー。
産業として成立していたんです。でも、昨今の出来事の通り齟齬が発生してきた歪み。それで自分たちの生き方を守っていた人たちに注目が浴びてきて、存在感が出てきた。

存在感とは相対的なんですね。価値もそう。それを受け入れるか。究極には知るか知らないか。面白い時代です。だからこそのブルックリンでありポートランドなんですよ。このブームに乗っかるために生きてきたわけではないんですから。

アメリカの連邦制による州の話から日本の道州制を再考したり、たくさん載ってる成功体験から温故知新でモノを考えたり。クオリティーオブライフという命題と向き合うきっかけにはいいのではないでしょうか。

日本の文化って正直言って2周ぐらい先まわりしてるんで、ポートランド!!って言うより安倍政権ではないですが地域創生に応用すべきですよ。こっち来るより地方でしょう!あっ、人を呼ぶ都市計画かぁー。まぁ、多角的に読めれば楽しくて仕方ない本です。

個人的には好きなパタゴニアと言う企業との向き合い方で「うーーーん」と。ある意味で自分のイデオロギーと向き合いました。

読んだ方!いつでも語り合いましょう!コメント待ってます!!!!
来たらどないしよ。。。

水曜日, 1月 07, 2015

1冊目2015(188)

ピカソは本当に偉いのか? (新潮新書)
西岡 文彦 (著)
新潮社 (2012/10)

タイトルの通り。その素朴な疑問をピカソ自身の歴史や芸術の歴史などを辿りながら答えを導いていきます。

本当に時代の要請に答えたと言うか、すべての状況が彼のためにあったといっても良いような生き様です。印象派の勃興と一般へ向けて開かれていく美術という意義の遷移、そして美術館の誕生とマーケット。彼は時代の寵児というやつです。ヨーロッパ(スペイン・フランス)という土地柄もあったでしょう。

ただ、そうなりえたのはピカソの腕に他なりません。以前から彼は人物が風景画・静物画すべての先にあの画風「キュビズム」に辿りついたとは聞いていました。しかし、行き着く前にそれを書きえる絶対的な腕が英才教育によって備わっていたという。女性に対するある種の偏癖もそれに拍車をかけたのでしょう。
楽しかった人生ゆえに、楽しすぎたがゆえに、寵児ゆえに、己との葛藤との戦いが人生の終盤だったようにも感じれます。

成功とはなにか。楽しく生きるとはなにか。成功者の物語が生まれた所以と成功者たり得た人物像は現代に通じる部分があるような気もします。
ウルトラクイズの知力体力時の運といった、先天性・後天性・時代背景の局地を感じ自分を省みるいいきっかけとなるのではないのでしょうか。

価値の上に住み、価値と共に生き、価値を作り出した。鋼の錬金術師ですね。
ピカソの生きた時代だからこそピカソが存在しえた。答えになってないような一文ですがそれに集約されている気がします。当時それを機微に感じたピカソの凄さであり、僕にはそれは恐ろしさであり羨望ですが。

さて、タイトルの「ピカソは本当に偉いのか?」ですが、僕の答えとしては、
偉いかどうかは分からん!でも、ピカソはアイドルだった。しかもかなり基礎のしっかりした稀有なアイドル。

きゃー!!ピカソ様!こっち向いて!!目が合った!!きゃー!!
僕もなれる。。。

2015年は。。。

2015年も1週間が過ぎました。すべてがある程度落ち着いてきて、平常運転に向けてといった感じです。

果てさて、今年の目標、もとい課題「スーパーサイヤ人計画」の全貌です。

今年は自分なりに勝負の一年だと感じています。今年の出来如何が未来への道筋を左右するのではと。なので、最大限のアクティビティで走りきって付随した結果が最高になるための策を練らねばと。

そのために集中と選択。昨今の経済政策のようですが、無駄にがんばって体力を消費せず、必要な時に120%それ以上を注ぐ。そのためのアンテナと機を見て動ける軽さと洞察力。
ここ数年のベースをもとにおもいっきりちょけてみよう!!

チャレンジな目標のようで実は身の丈である。脳みそと身体。

心技体の一年ですね!!

明確なゴールが見出しにくいので、オリジナルの研究で論文3つをまずは掲げます。

あと休肝日を作る!!地味にこれが一番難しいかも(P.S. 去年は5日あったのか!?)

できるかな!?たのしみですなぁー!!
投稿祝いで一杯!!
おい!

木曜日, 1月 01, 2015

来た2015、過ぎた2014

あけました!おめでとうございます!

新年から新しい寝床に移動し新たな気持ちで一年をスタートしてます。という事は引っ越しが色々と忙しいわけで、年内に2014年の総括を出来なかったという。あー!!

てなわけで、2015年は何やら面白い一年になりそうな予感がしております。目標は引っ越しが完了後落ち着いて考えるとして、まずは総括を。

2014年の目標は「積極的現状維持」でした。

一つ目の残飯処理。処理できたようで出来ないようで。終わらそうと思っても進まない時と、思いもよらず進んでしまう時。この流れを体感してその都度に合った最大限のアクションをするべきだなと反省しています。現状維持は保った気がしますが、積極的と言う意味は不完全燃焼でした
ね。

二つ目、集客力アップ。これに関しては完璧に達成です。たくさんの人と出会えただけでなく、途絶えてたものが復活したり、さらに深い関係性を構築出来たりと。皆様の親切と心意気に最大限の感謝をしつつ、本当によくできました!!!!

最後の三つ目、節約・節制。節制と言う意味では年間通じて家で数回(5回以下)しか酒を飲まなかったという事は評価したいです。酒の総量は絶対に減りました!!!!でもこれは節約とアンチパラレルの面がありますが、この外で飲むというおかげで2つ目が大きく開花したこともであるので、これもオッケーでしょう!!

総評として、「愉快な一年でした!!」

詳細は後日書きますが、2015年の目標・抱負は

「スーパーサイヤ人化計画」

です。乞うご期待!!

日曜日, 12月 28, 2014

読んだ本・その45(187)

外食2.0 (ideaink 〈アイデアインク〉) 単行本
君島 佐和子 (著)
朝日出版社 (2012/11/17)

「2.0」の持つ意味。読み進めていくうちに輪郭が見えてきます。3つのキーワードが根幹をなしていると思います。

1) ライフスタイルにおける食の存在
2) SNSなどによる評価経済学
3) おいしさとは何かとう食育

個人個人の食に対する向き合い方(スローフードやベジタリアンなど)と店を経営するする側・作る側の食に対するそれ、例えば価格帯や提供する料理のスタイルによる「お食事処」の変化(レストラン、バルやビストロといった)のそれぞれの分析と相互作用が1。

宣伝と言う方法が写真でweb上にアップすることや食べログと言ったサイトで評価される現代。昔なら雑誌やテレビなどのメディア(専門性を持った人のフィルター)を通じてマスに発信していたことが、個人ベースで出来てしまう現代への考察としての2。

最後の3は作る側・食べる側が味というものをどのように捉えるか・感じるか・表現するか。そこには知識やサイエンス・ケミストリーと言った要素が入り込むという点でこれはある意味で学習・教育の側面を持っている。

食べるという行為は生命を維持するうえで必須であるが上に、上記の事など関係なく「腹を満たす」ことで十分という考え方も存在します。
ここには文化や地域性、そして貧富、そう格差やレイヤーと言うものを避けては語れないと思います。前者の意識的なモノと後者の物理的なモノ。これらの交差と化学反応によって食は多様で文化という側面を帯びるんでしょうね。

僕自身は前者と後者の境目に浸かっているような気がします。そして住んでる場所柄それを意識できるのかも知れませんが。立ち止まって広義の食を考えるのには最適な本だと思います。

さて今日は何を食べようか。。。ビールそれは飲み物です!!!

火曜日, 12月 23, 2014

読んだ本・その43(186)

近大マグロの奇跡: 完全養殖成功への32年 (新潮文庫) 文庫 – 2013/11/28
林 宏樹 (著)
新潮社 (2013/11/28)

ドキュメンタリー。プロジェクトXやカンブリア宮殿的とでも言ってしまえば安い安い話になります。
でも現実に生物学をやる立場として感動しました。そして羨望をもってこの本を読後眺めました
。
書内に出てくるフレーズ。この成功は「私学」だから、「私学」が主導したから、といった下り。理念や予算とかこの数年の基礎研究の大きな議論にダーツの矢を投げたような。これが示す意味は重いですね。

アウトプットとしてはマグロをおいしく食べれると言った食文化ワイワイと言った話ではなく、食糧安全保障の話であるという事。資源枯渇や国際ルールに伴う規制。その中で安全に安定的に海産資源を確保するか。農業や畜産といった技術との対比なるかもしれません。なぜ魚なのか?立ち止まって考えるのにとてもいい機会を与えてくれるでしょう。

そして、GMO(gene modified organism: 遺伝子組み換え)に関しても考える事象も出てきます。完全養殖魚を海に放つこと。人工交雑によって2つの種のいいところ備えた種の生産(これは米の栽培にでも応用されている技術)。さらに選抜育種と言う手法(同じ個体種内でのセレクション)。これらは人為的(人工交雑や選抜育種は最終的に個体自身の生殖活動によって増える)な分子生物学ではなく経験則的な側面があって、これらによって過去僕たち人間も多様性を獲得してきた事実でもあります。
それと相対する遺伝子組み換え。遺伝子の交換と言った側面は両者に共通する事項である。その事実を踏まえてどこまでの人が厳密な“遺伝子組み換え”に対しての嫌悪感をあらにしているのか。

GMOの花粉の伝播やそれを食す昆虫類と言った問題から言えば、管理出来る範囲とその範囲外と言う意味では農業の方が圧倒的に不利でしょう。でも「分子生物学的」な組み換えと「ある側面で自然発生的に起こりうるものを「人工・人為的」に自然交配に任せて行った」組み換え(はい、説明が長いのは知ってる!)の時の問題のレベルはどうなの??

きっと大きな議論は起きていて僕自身完全にフォローできていない確証はあります。でもそれすら混同してしまっている方たちには、考えるきっかけを与える良書としか僕にはおもえません。
米・肉・魚そして野菜。もう一度何をもって天然・安全と言ったことを考えてみませんか?

この本もまた帰国時に訪れたい場所を与えてくれました。いつか、僕のサイエンスも人に感動を与える機会がやってこればと思います。
知ってます。それを意識てるようじゃ一生無理なのも。。。
知らぬが仏。ちょっと違うか!?。。。

読んだ本・その42(185)

伊良部秀輝 (PHP新書) 新書 
団 野村  (著)
PHP研究所 (2013/2/17)

その道を極めるとはどいうことなのか?この問いを受けて目が向くのは極めた先なのではないでしょうか。でもその道筋の苦悩。そして極めた先が現実に明確に存在するのか?

伊良部選手と聞いてどういったイメージを皆さんは抱くのでしょうか?
僕は阪神時代のいろいろな話やyoutubeで彼の野球理論と言うものに接していたので、この本で書かれている伊良部選手の素顔と言うのにはすっと馴染めました。というか、ここ最近やしきたかじんさんやサッカー・我那覇選手の本を読んだ為かまたかと思ってしまったの事実です。

逆になぜそこまでターゲットになったのか?イチロー選手ほどグーの音が出ないほどの成績ではなかったのは大きいのかもしれないですね。それらを踏まえて、現在のサッカーの香川選手や本田選手の報道なんてそんなものと見るのがいいのかもしれませんね。

表面的な評判はさておき、伊良部選手の野球に対する情熱を目の当たりにして感じたことが一つあります。厳密には2人の例を知ってしまったと言うのが事実です。
それは、明確な答えが存在しにくい道を追求することは自分との消耗戦を性格によっては強いられ、結果として鬱といった深みにはまってしまう可能性が高いのではということです。

故・桂枝雀さんのことを色々見たり聞いたり調べたりと言う時間がここ数日あってから、この伊良部選手の本を読んだのでした。そして残念ながらお二方とも自殺と言う結末を迎えてしまった事
実。

研究と言う仕事も遠からず近からずこの種の職であり、それを導くのは科学的真ということへの議論となるのからでしょう。野球とはピッチングとは。芸とは話術とは笑わせるとは。
表と裏(報道上とヒトとして)の伊良部選手を知れてよかったです。

2003年の日本シリーズ・阪神vsダイエーの第六戦。甲子園球場へパブリックビューイングに出かけた僕。誰もが先発ムーアと予想したなか伊良部選手が先発。今でも球場のどよめきを覚えています。ある人はかなりの剣幕だったのを鮮明に覚えている。
でもなぜか僕は第二戦でKOされた伊良部選手を優勝のかかるこの試合に先発させた星野監督の心意気だろうと勝手に解釈し、感動したのを覚えています。前述している、その後に知った伊良部選手の素顔的なモノ。

人を知る、人に知ってもらう、生きると言う旅には語ってくれる友と話せる友が必要なのでしょうか。そんな友を見つけることが目的の旅になっていけない訳で。

うーーーん。。。もう一杯!!

伊良部選手ありがとう!ヒデキは僕の中では松井でも西城でもなく伊良部です!

読んだ本・その41(184)

東京最後の異界 鶯谷 単行本
本橋 信宏 (著)
宝島社 (2013/12/13)

現代の男女の性や現代の風俗と言った各レイヤーによって切り取られた鶯谷は、歴史的な土地の流れと言う軸が刺さり文化や時代背景と言った飾りによって、その界隈の空気感を読者に伝えてきます。

欲望渦巻く街。この欲望は男性のものと連想した人は残念ながら浅はかと言えるかもしれません。女性側にも存在する欲望に目を背けた時点でこの本はノベル・フィクションになるでしょう。男性が欲望と言えば性的なモノが浮かびますが、女性に対してこれを投げると男性とは違った色を帯びるのではないでしょうか。

だからこそこの鶯谷と言う異界が存在がしうるのでしょう。

人間模様は以前ここでも書いた名前のない女たちに似ています。街としては同じく前出の色町の飛田の話との比較になるのでしょうか(吉原への玄関と言う意味でも)。

かと思えば、文化人の愛した街であり(正岡子規や林家三平)名店と言われるような老舗の店や料亭があり、下町としての風情もある。

本の中でも出てくるが大阪の西成・通天閣周辺といった描写に妙に腑に落ちた自分がいたのでした。

街の空気感とは何によって醸成されるのだろうか?流れと滞留という項があった。流れてもダメかけど、動かないのもだめ。そのバランス。
うーーん。都市計画とかはこのようなものも踏まえて設定するのならなんとも創造的な仕事だと思う。でも実際の思惑といがう形(そもそもそんな学術を語ることが野暮なのかもしれない)で存在する今の形の鶯谷は面白いですね。帰国時に寄りたい場所が増えました。

えっ!?何しに!?社会勉強ですよ。。。

金曜日, 12月 19, 2014

読んだ本・その40(183)

女子会2.0 単行本(ソフトカバー)
「ジレンマ+」編集部 (編集)
NHK出版 (2013/5/23)

タイトルから連想した本のイメージとは全く違います(僕の予想・男子の予想・世間の予想がどれぐらい相補的かは不明ですが。。。)。

内容は女性の社会進出や結婚・出産といったものを座談会参加者の皮膚感覚・統計・調査や社会の趨勢と言ったモノからひも解いてます。

この女性が置かれた現状と生き方。これらは男性とのそれらとの相対的変化と制度など絶対的変化の兼ね合いから見えてきます。。。

などと書いてきましたが、僕がここで感じたことは実はこの現在の女性が辿る道を男子がこれから歩という現実です。
ここでいう男子は日本男子。

グローバルとロボットなどによって割を食う男子。
女性の悩みは将来男子が直面する悩みとして見るべきでしょう。
じゃー、その時女性は?
男子とフラットになってむしろアクティブに生きていると思います。

そう、この本は男子が自己を見つめ認識しどうするべきかを思案するべき書と僕は認識しました。
男性の地位なんてそれが地位と思っている男子にしか存在しないんですよ。
相対的な地位に胡坐をかく。
相対性と絶対的な自己との葛藤の時ですかね。

この本。面白いです。
そして、今こうして女子を観察したくなる@ 行きつけの飲み屋。。。
キモイ!!

木曜日, 12月 18, 2014

止まっていた時間

有朋自遠方来、不亦楽乎。

孔子の言葉で論語に収められています。

時間が止まったら。あの時に戻れたら。
この世界の中で生きる以上は避けて通れない連続する時間。

その時間。

それは心の中・脳の中・身体の中で止まって存在するのだと感じた。

最初の一文の通り友人が遊びに来てくれました。4年ぶり。でもアメリカ生活が長い分がっちりシェアした時間的には9年とかぶりかな。

卒業式でみんなで発した、
「走馬灯のように甦ってきます!」
来ました!

同じような経験は高3の同期と飲んだ時にも起きます。

脳内に浮かぶあの当時の絵と声。

濃い人間関係とか言うのかな。
でもそれは本当に偶然の出会いでも僕には残っている。

それを踏まえて感じたこと。
自分の思い入れとかインパクトとか。濃さ深さ重さ楽しさ、時に悲しさ。
それはしっかり記憶されいつでもその時の臨場感を伴って帰ってくる。

それをシェア出来た人がそこに居たなら。
それを想起させる機会を作ってくれたなら。

僕も作る側に立てたらいいなぁー。

この34年の臨場感。ありがとう。そして、その先の臨場感。

ワクワクでいくぜ!!!

読んだ本・その39(182)

魚料理のサイエンス (新潮文庫) 文庫 – 2013/12/24
成瀬 宇平  (著)
新潮社 (2013/12/24)

50種類以上の魚に関する知識が詰まってます。タイトルにサイエンスとあるように、科学的な栄養素の考察もふんだんにちらばめられており読むと魚を食したくなります。

自分の研究対象であるタンパク質の含有量と味の相関。なるほど!と何度も付箋を貼りつけました。
生態から調理法まで。如何に日本の魚食文化が深遠かを知ることができます。

ここから、敢えて問題提起とまではいきませんが自己を主張したと思います。
これだけの生態系を保持する海の偉大さ。そして、その棲み分けに侵食し多幸感を得る人間を罪に感じました。
なぜ?
それはベジタリアンという敢えていう種の人たちが居るからです。
僕は彼らを否定する気は全くありません。でもなぜその決断をしたのだろうという部分に興味があります。

可哀想。

植物も土から抜かれたら死に向かいます。
声を発しない植物。

肉はダメでも魚介類は良しとするタイプの人もいるようです。

家畜としてに肉類。可哀想。でもすでに述べたように、多様に且つ棲み分けた水の中を犯す人間は自分たちの管理に基づいた家畜と罪の重さはどう違うの?

食も連鎖のヒエラルキーで自分の力でエネルギーを生産できない人間に生まれた以上、何人もその罪を無意識に背負う。
それに尊さを持ち生を全うする。
だからこそ得られたものを味わう。
食文化。

だから敢えて。なぜあなたは食生活の制限を選んだのかを聞きたいのです。
善や悪でなく。どんな耐久性を備えた軸に沿っているのか。

何も誤りではないし価値観の多様性もあります。
だからこそ、浅はかではなくツッコミどころ満載でない意思でやってほしい。

それをこれを読んで思いました。
魚を食する尊さを感じたいと思ったから。

昨日食べたすしはとても美味しかった。母なる海よありがとう!
今日飲むビールはとても美味い。母なる大地よありがとう!

水曜日, 12月 03, 2014

エネルギー

小さいときに耳に残っている曲。音楽。リズム。
なんか心躍る旋律。ワクワクした感情。
その音に沿って思い出される思い出。

今それらをどんなモノで誰が歌って購入可能でアルバムにしていつでも聴ける。

感慨深い!!!なんかやる気でます!!!
当たり前でなかったからね。

小学生から高校生までスマホを持ちインターネット駆使する世代は20年いや10年後に何をもって過去との接点で感動するのかな。
それを想像するという大きな宿題を授かった気がします。
だから、その音源聞いてテンション上げよう!!

いや。。。遅いから寝ろよ。。。

水曜日, 11月 26, 2014

読んだ本・その38(181)

ペンギンが空を飛んだ日―IC乗車券・Suicaが変えたライフスタイル (交通新聞社新書) 単行本 – 2013/8
椎橋 章夫 (著)
交通新聞社 (2013/08)

当たり前になっていることが当たり前でなかった時。その当たり前を考案するするとはどういった事なのか?

この本は物語とか、ビジネスモデルとか、企業のありかたとか、投資とはとか、技術者とはとか、テクノロジーとか、社会インフラとか、色んな側面で語ることが出来るでしょう。
なぜなら、だれもが当たり前のように接するものが出来るまでの話だから。

久しく日本を離れていますが、僕が居た当時でもかなり普及していたIC乗車券。この本を読む限り社会インフラとしてそして便利さの象徴として広がったこのシステムの凄さを感じました。

「XXXしたい。XXXだったら。」から行動をおこして最後に「XXXになった。XXXができた。」という夢の実現。夢物語。この実現は現状維持との戦いでしょうね。だって今までの切符のシステムで一応はちゃんと回っているんだから。
そこに、でもって切り口を入れる勇気と覚悟と決断がそれぞれの立場で出来るか。
揃う時があるから面白いし、揃ったから現在の空間が存在する。

興味深く思ったのはSuicaが自己の機能を果たしだしてからの提携の動き。利便性を得たことによる更なる欲求。その欲求が反映する現実。
本書に出てく関東圏のSuicaと北海道のKitacaの提携の話なんて、なるほどなーって!
こういった視点の数々に唸りました。

自分のやってることに当てはめてみて、僕もがんばるか!ってなりました。そして気付いてない何かを感じ取れるようになれたらなと。
そのために。。。
もう飲みに出かけよう!明日は休みやしええやろーーー。。。アカンと思う。。。

木曜日, 11月 20, 2014

読んだ本・その36, 37(179, 180)

殉愛 単行本
百田 尚樹  (著)
幻冬舎 (2014/11/7)

争うは本意ならねど ドーピング冤罪を晴らした我那覇和樹と彼を支えた人々の美らゴール 単行本(ソフトカバー)
木村 元彦 (著)
集英社インターナショナル (2011/12/15)


殉愛に関しては1冊について感想を述べるつもりでいました。ところが、次に手にした我那覇選手の本があまりにも本質的な部分で似ているので一緒に記すことにしました。

戦う人と支える人。
共感する人と問題を作る人。
真実を知ろうとする人と嘘をつく人。
奇跡としか思えない出来事や人と人のつながりから生まれるケミストリーの数々。
いいかげんなマスコミとそれによって真実から遠ざかる我々。
あきらめの淵であきらめないヒトの強さと耐久性
そしてこの2冊には医療と言う現場で戦う人の職業倫理が加味されます。

これはノンフィクションなのです。その深さ。悲劇の極地は喜劇。嘘のような事実。

真実は当事者とそれに関わった人しか知らない。
そして幸いに真実に誠実な人と残念ながら自分を第一に行動する人が交錯します。
人としてとか義とが善とか悪とかフェアとか。

結局はそこにその人の人間性が如実に反映される。
それが闘病とか裁判とかといったある意味で追い込まれた状況。
だからこそ、真実や現実に対して向き合える自己犠牲を払えるという尊さ。

読んでいて腹が立ちます。ある一部の人たちの立ち居振る舞いに。
もちろん書く側の立ち位置があるからこそ発生します。でも、ここで”向う側”に立つような人間にはなりたくない。
同じ気持ちの人と付き合いたい。心意気とか優しさとか友情とか。ウエットなもの。
でも、そのウエットティッシュを自分に差し出してくれる人たちのクラスター。
だからこそ、この2冊が世に出たことに心から「よかった」と言いたい。
そして手に取れたことにも「よかった」と。

各人の自問自答の描写。そう、日々自問自答し決断する。でも、それを極限状態でも冷静にかつ全うできるのか?フェアに。
この2冊を読めてよかった。そして改めて真実を知るためのリテラシーと、その前での立ち居振る舞いを当たり前に出来る大人になりたいと。

じんちゃん!ありがとう!
我那覇選手!応援します!

さー!飲むぞ!



P.S. 今トップの本の状を見るべくアマゾンの殉愛のページへ。平均の星は2つ。678のレビュー。463のレビューが星1つ。少し目を通して気分が悪くなった。真実とか上で書いてた己を。。。尊敬するわ!恥を知れ!こんな糞日本に誰が帰るかボケ!!!

木曜日, 11月 13, 2014

溝

映画 Interstellar を観てきた。日本では22日から公開のようですね。

ネタばれ云々はしません。ただ宇宙や最新の量子力学や素粒子といった類のもの。
ダークエネルギーとかビックバンとか。超ひも理論とか。
ちょっと知っていると面白く見れるとおもいます。そして僕はとても素晴らしく映像化していると思いました。

存在とかまたそんな話になります。でもね、この世に生きてることを人との関係性でなく宇宙とかのちょっと大きなビューで視るのは意義があるかなって。
映画の中のあるシーンで頻繁にかつ効果的に出てきた言葉。

「time is relative」

相対的な時間。でも絶対的。でもでも主観的。
時間をどう感じてますか??

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何となく線を入れました。区切り!?

面白い夢をみました。人が死んだり事故に遭ったり的な夢なんですが、厳密に言うとデジタルとアナログの境界の夢でした。

流れてる時間が寸断される。その寸断面に向かい合う時。
すごい情報量。
流れているものを区切った瞬間にフローしてた情報を受け止めないといけない。

自分の中でこれがスゴイ発見で。
受け止める。流れを。

「すみません、ここまでどう行くんですか?」
と、フローが止まった時に何処とか誰とか色んな詳細が発生する。
それは全て情報と言う名のフローとぶつかった瞬間。

研究をしていてある側面を観察する際、観てるのは流動的な動的な部分の側面。
その側面に向き合うから情報を感知する。
何か切り口を作るという、アナログからデジタルというかゼロサムと連続性の立ち位置。切り口を入れるセンス。
でも前提として忘れてはいけない動的感。

ここ数日そんなことに思い巡らせます。見極めと耐久性の狭間の決断。
しびれるねー。

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 何かを感じたり知ったりって、自分の流路から離れて他のフローを感じることかなって。
だからこそ時間は流れる。それぞれの速度をもって。
その速度感。
相対的な時間。
何か大きな大きな溝があるそうな。
どんな溝!?
それが分かった時、きっと快適な人生なんでしょうね。
でもそのフローも相対的みたいな。


ふふふ。だから生きることを体感しないといけないんですね。
この急に来た寒さはブレーキかアクセルか。
なーーーんて考えるヨッパライ。
これもまた偶然。

宝くじでも買うか!?


金曜日, 11月 07, 2014

ごにょごにょボソボソつぶやきサブローシロー

何かが起きる時は連続的に起きたりする。朝から夜更けまで。
その一日を振り返って「あー、カオス」だったなって。

でもその反面、朝に起きたトリガーによってその日のカオスが決まったような気もする。
その時その場所そのタイミングに出くわすことは一連の流れの出来事だったりする。

ここでこれがあって、そこでそうなって、あのときああ言ったからといった具合で。
これは縁起というか巡り合わせなんだけど巡って来たというのかな。

ある一言を空気中に投げたあとに起こる反応。それは瞬時だったり時間差だったり。
そこでその一言、あるいはキーワードに言及したことで始まる物語。

ハッピーエンドかバッドエンドかは時間の経過に身を委ねないと見えてこない。

まぁ、最近そんなことを富に感じるのですよ。
あっ!はっ!みたいな。

それを最大化、時に最小化するために物思いにふけります。
でも、ふけってるだけじゃ何も起こらないんですよね。

この数日アクションと言うか行動ということを考えます。
出来る。知ってる。だから後回しに。この怠惰の王様的行動の影響を切に感じます。
ルーティーン。このルーティーン。
ハードルを自ずと上げる、いや上げておく。いや、当たり前にしておく。
慣れですか。慣れたらいんですよ。だって人間サボりたがり。

なぜサボる。面倒くさいとか、やらなアカンことあるとか。
その通りなんですけど、僕のライフはフレキシブルを前提にしてる以上、その言い訳はダメなんですよね。言っちゃえば。言っちゃった。

あーーーーーーーーー。
最近学んだことを踏まえたら、上手に環境に変化を与えます。それが行動を促すから。

何が言いたいかと言うと、これを気付く機会も偶発でこれを記すのも気分。
ねー。規定された現状を可能な限り見極める目。
でも、それするには飲んじゃうよねぇー。

今日あった一番のハイライトが何故起きたかと辿ってみると思いですよ。
そして先日に見た夢の意味とか。

まぁ、明日も同じ作業から現状との違いでケタケタやりますわ。
つらつら。意外と。。。書けるね!!笑
はい!終わり!行きつけここで閉店!15 min!

火曜日, 11月 04, 2014

読んだ本・その35(178)

弱いつながり 検索ワードを探す旅 単行本
東 浩紀  (著)
幻冬舎 (2014/7/24)

僕にはいつくか鉄板とまではいきませんが、うけるネタがあります。そしてそのほとんどが旅に関するものです。

旅とは非日常を体験する時間として前から位置づけていて、自分でも可能な限りその時間を作りたいと思うのでした。

今回この本を読んで、旅が持つ新たな側面を実感ししました。果たしてその側面はすでに僕の旅の中で実体験を通して日常に還元されているものでした。
でも、意識と無意識の狭間。今後これを意識的にすることで僕の引き出しは格段に増えるのではと、いつになるかわからない次回の旅に想いを馳せるのでした。

敬愛する東さんの新刊。読みたくて読みたくてついに手にできました。キーワードは先に述べた旅とネット。

ネットが生活の大分部において果たす役割が大きくなった現代において、よりよく生きるための方法。それを気付くための旅という行為。
手段として。ネットを扱う上で発生する言葉との接し方。その言葉と深く関わるリアルな社会生活と存在としてのモノ。

環境として。購読している佐々木俊尚さんのメールマガジンで取り上げられていた、小笠原諸島に移住した写真家の人の言葉
「自分を変えるには、住む場所を変えること、一番要らないのは、新しい決意」
そして現状が現在の自分を規定するという僕の好きな言葉。

僕の日常で大事な要素として存在する、色んな人と偶発的に出会うことによって起こるケミストリー。

こういった僕の頭の中で点でバラバラで存在した考え方や感じていたこと自分の意見といったものが、この東さんの書によってふわっと輪郭を浮かべたように思いました。

結構僕の人生おもろく過ごせてますやんって自己評価高くしてしまいました(恥)。
旅かぁ。最近自分のスタイルで旅をしていないので近いうちに出かけたいと思いました。どこへ??
ダーツでも投げますか!?

月曜日, 10月 27, 2014

勇気をもって

ごめん!

ごめん。。。

すみません

I'm sorry

偶然に意図的に人は謝らないといけない時があると僕は思う。
でも逃げる人もいます。言い訳から。
言い訳はみんなします。いや、出来ます。

でもそれ以上に非を認めること。

置き換えましょう。謝るとき非があります。謝られた人に非があります。
その非ははたしてどれだけの非なのか。
非よりも声に出した勇気の方が大きかったりしません?
人に求めるよりも自分が向き合う時。

ごめんなさい。

聞く側として。大丈夫と言いたい。
いう側として。心から詫びたい。

そのケミストリー。死ぬわけじゃないし。そこは笑おう。
フェアな人間関係であるために。健全であるため。自分が正直に生きるために。

読んだ本・その34(177)

芸術原論 (岩波現代文庫) 文庫
赤瀬川 原平 
岩波書店 (2006/5/16)

キーワードは偶然。これに尽きるでしょう。

書の前半に偶然をキーワードとした出来事の数々が紹介されます。それを読みがら「おもしろいなー」と思う反面、タイトルとどう関係するのだろうと。

果たしてそれは杞憂に終わったのだった。
観察と気付くという人間に与えられた好奇心と言う名の癖とでもいうのだろうか。
それを如何に鋭敏に深く出来るか。そこからアートとの素が生まれてくる。

だから芸術原論であり。偶然の出来事の紹介なのである。
時に人は鈍感である。かと思えば敏感でる。
そして細かいところまで気付く人まったく気にしない図太い人。

偶然と言うのもある種の感受性であり才能であり運だったり。
それは個人差により、その差異がアーティストを芸術家たらしめる要素なのだろうなと。
読み進めるうちに響いてくるのでした。

物凄く本質を突いたコメントも出てきて、相対化が好きな僕は自分のサイエンスと重ね合わせて固まったりもしました。

読み始めた当初、偶然に僕も翻弄されていました。なぜならたまたまた訪れた書店でsaleで売られたこの本。本棚に並んでいたら手にしていたか分かりません。そして偶然の紹介の中で出てくる日航機墜落事故の記述。そうその年阪神タイガースが日本一になった年の文章。その墜落事件に阪神の球団関係者が不幸にも被害者として関わったこと。そのタイガースが日本一をかけて日本シリーズを戦っている現状。

これで結構ふわーっとなっていた昨日。
著者である赤瀬川原平さんが他界されました。
yahooのニュースで見たとき目を疑いました。こんなにも固まっる経験はありません。
そして、この本を読み切ろうと向かい合ったのでした。
赤瀬川さんとの対話は本当に楽しかった。そして心に響ききっと新たな偶然を生んでくるのだろうと思います。
心からご冥福をお祈りいたします。献杯。